恋というものは

須藤慎弥

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◆ 静電気 ◆

第十九話

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 天の体調を心配しつつもまだ解散したくないと話していた言葉通り、潤はプランを実行する事に決めたようだ。

 奢られたくないとごねられて、歳下の潤がカフェでの代金を支払っていたが天は納得がいかず、おまけに抑制剤も飲めていないのでソワソワと落ち着かなかった。


「潤くん、あの……トイレ行ってきていい?」
「僕も行くよ」
「い、いや潤くんは席取っておいてよ。 指定席だけど不届き者が居るかもしれないし!」
「……分かった」


 行ってくる、と言い捨てた天は、薄暗い館内でありながら低い階段を駆け下りた。

 潤の二つ目のプランは映画鑑賞である。

 話題の映画の中でどれが一番気になるかとメッセージで問われた時から、映画鑑賞は確実にプランに入っているなと予想が付いていた。

 カフェから徒歩で十五分ほどであろうか。

 この場に到着したと同時に、薬を飲むチャンスを見出した天は心の中でガッツポーズをした。


「危なかった……十二時超えたら効果なくなっちゃうもんな」


 呟きながら、自動販売機で買った水を手にトイレへと駆け込む。

 前回の薬から十五時間が空くと、抑制剤の効果が無くなるのである。

 それは一度でも飲み忘れると、それまで飲んでいたものが台無しになるという恐ろしい決まりがあって、まさに冷や汗ものだった。

 他の薬と同じく空腹時に飲むと胃が荒れ、何故か頭痛が起きてしまう厄介さもある。


「ふぅ、……マジでこんな性要らない……」


 本当に、こんな性などまっぴらゴメンだと、三ヶ月に一度は独りで恨み言を呟く。

 しかしトイレでゆったりしている暇はない。

 潤に怪しまれるとこれまた面倒なので、天はミネラルウォーターを一気飲みしてゴミ箱へと放り、急ぎ足で館内へと戻った。


「おかえり、天くん」
「た、ただいま」
「一人で待ちぼうけなんて寂しかったんだけど」


 中央脇のカップルシートで待っていた潤は、キャラメル味のポップコーンが満タンに入った大きなポップコーンバケツを抱いている。

 あまりにもそれが不似合いで吹き出しそうになったが、何やら彼は足を組んでムッとしていた。

 それほど親しくなった覚えはないが、こういう事をさらりと言うところが人懐っこいと思う所以なのだろう。


「ごめんってば。 不届き者居なかった?」
「居ないよ。 僕が守ってたから」
「お、えらいえらい。 ありがとな」
「また子ども扱いして……」


 この席しか空いていなかったので今さら文句などはないけれど、天はなるべく潤と密着しないように腰掛けた。

 定刻となり薄暗かった館内が暗闇に包まれる。

 土曜日、かつ話題の映画ともあって満員御礼だ。

 日本のラブストーリーか海外の喜劇映画かで悩んだ二人は、観賞後の感じが良いものがいいという意見が一致し後者を選択した。

 抑制剤を服用できた安心感から、天はポップコーンをつまみつつ映画に観入っていた。

 海外の映画は展開が早く、次々とシーンが変わる。

 吹き替え版ではなく字幕版を選んだ事を若干後悔しながら、久々の娯楽を無心で楽しんでいた天にふと潤が寄り添ってきた。


「ねぇ、天くん」
「…………?」
「下の二人、イチャイチャしてる」
「え……っ」


 ストーリーの中盤頃か。

 囁きに近い声での潤の言葉に、一つ下のカップルシートを見やった天は元々大きな瞳を限界まで見開いた。


「おぉ……っ、マジだ……! こ、こんなとこで……!」
「……ね? ちゅーしてるの、さっきから何度も」
「こらっ、ジッと見るのやめなさいっ」


 男女の若いカップルは、暗闇にかこつけて寄り添い合い幾度となく唇を重ね、時折リップ音や粘膜音まで立てて愛を育んでいる。

 ふふっと笑いながら羨ましそうにそれを凝視していた潤が、窘めた天に向かって自身の唇を指差した。


「僕らもイチャイチャしてみる?」
「しないよっ。 何を言ってるんだ」
「残念」
「…………っ」


 突拍子もない提案は考える間もなく却下だ。 ただでさえ天は、例によって潤から素肌に触れられる事を恐れている。

 カップルにあてられて何を言い出すんだと、背もたれに深く腰掛けて潤の視線から逃げた。

 けれども潤は、映画を観るフリでその後も何度か天に耳打ちしてきた。


『あの二人は友達かな? 付き合いたて?』
『あ、あっちの人寝ちゃってる。 こんなに面白い映画の最中なのにね』
『また下の二人ちゅーしてるよ』
『ねぇねぇ、天くん。 この映画面白いね』


 ……天は、まったく集中出来なかった。

 構ってほしいと頭からフサフサの耳を生やした潤は、決して天に触れる事なくとても上手に耳打ちしてきたのだ。

 低過ぎない優しい声で、「ねぇねぇ」と天を呼ぶ潤は確かに年相応である。

 次のプランであるらしい植物公園を散歩中、休憩がてらベンチに並んで腰掛けた天は呆れた顔で潤を見上げた。


「……潤くん、映画の内容覚えてる?」
「覚えてるよー」
「嘘じゃん。 潤くんは人間観察しかしてなかっただろ」
「えへ、バレた?」


 まったく……と目を細めた天は、空を仰いだ。

 空気は冷たいが、清々しい晴れの日和に心が静まる。 辺りが緑でいっぱいなので、空気も澄んでいて美味しい。

 眩しい陽射しに瞳を閉じると、穏やかな時の流れにすぐにでも寝てしまえそうだ。

 思えば休日に用事以外で出掛ける事など、就職してからは一度も無かった。

 隣で同じく空を眺めている潤の世界に、ひょんな事から突然天が入り込んだというのに彼は柔軟過ぎると思った。

 黙って静かに風の音を聞いていると、前触れもなく潤が口を開く。


「───僕ね、好きな人が居るんだ」




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