16 / 139
◆ 静電気 ◆
第十六話
しおりを挟む… … …
十時に駅で待ち合わせとなると、九時には起き出して支度をしなければならない。
スヌーズ機能を二時間前から十分おきに鳴らしてやっとの事で目を覚ました天は、のそのそと支度をして寝ぼけ眼で電車に揺られている。
起きてすぐは確実に頭が働かないと分かっていたので、前日のうちから着て行くものを準備していて正解だった。
「うー……眠い……。 眠いぃぃ……」
ホームに降り立つと、揺れもないのに躓きそうになった。
瞳をパチパチと瞬かせ、じわりと屈伸運動をしてみる。 これで眠気が飛んだかと言えばまったくだが、気休めにはなるだろう。
朝から爽やかな笑顔をこれでもかと振りまいてくるであろう潤の前で、いかにも気だるそうにしていては失礼だという自覚はあるがどうしたものか。
ドタキャンはしないから予定を来週にしてくれと、実は喉まで出かかった。
しかし先延ばしにすると潤に色々と勘繰られて、あげく拗ねられても面倒だ。
午前中を何とか耐え凌げば、眠気もだるさも午後からはわりと平気になる。
とにかくそれまでの辛抱だ。
「天くん、おはよー!」
駅の改札を抜けてすぐ、若々しくも落ち着いた低い声が案の定近付いてきた。
今日も無邪気で可愛げのある笑顔を浮かべた背の高い潤は、シンプルでラフなシャツとパンツ、それほど丈の長くないネイビーのトレンチコートを羽織っていて、その辺のお洒落な大学生よりも着こなしている。
やはり実際年齢よりも随分と大人っぽい。 そして天の予想通り、とても元気そうである。
「おはよ」
「……あれ、昨日やっぱり遅くまで飲んでたんじゃない?」
「いや全然。 ちゃんと二十一時で解散したよ」
「寝癖付いてる。 慌てて起きた感じ?」
「えっ……うそっ?」
ふふ、と笑う潤の目線を頼りに、手櫛で自分の髪を梳く。
連日豊からも揶揄われるように、敏い潤にも笑われるのではと予想して念入りに梳いたはずだったが、こうも毎日とは深い睡眠の間一体どんな寝姿をしているのだろう。
「天くん、お腹空いてる? 起きたばっかりなら食べられないかな?」
「ううん、お腹は空いてるよ」
「無理しなくていいからね」
「……うん」
これではどちらが歳上か分からない。
歩ける?と小さく首を傾げた潤に向かって素直に頷いてみせた天は、ゆっくりと歩き出した。
朝食は潤がアルバイトをしているというカフェでモーニングを食べると話していたので、まずはそこで腹を満たして本日一回目の抑制剤を飲まなくてはならない。
潤の見てくれからして、きっとそこは天には馴染みのない雰囲気の良いカフェだ。
敷居が高い "カフェ" とやらの経験がないので、この時期で無ければもう少し楽しむ余裕があったのにと思うと残念としか言いようが無い。
よたよたと歩く天に気付いた潤が、ふと立ち止まる。
さり気なく道路側を死守していた潤を見上げて、天はやや見惚れた。 今日も絶好調に、目に見えないαオーラを背負っている。
「ねぇ、……天くん? どこか痛いの?」
「ん、何で? 痛くないよ」
「そう……」
歩みの遅い天の歩調に合わせていた潤は、時折よろめく天の体をいつの間にか支えてくれていた。
あからさまに眠そうにしていては潤にも失礼だからと気を張るも、思うように体が言うことをきかないのは単純に歯痒い。
支えられていた事にも気付かず、早速 潤に気を使わせてしまっている。
天はかろうじて働く頭でぼんやりと考えた。
抑制剤を飲み始めて今日で五日目。 どうも日を追うごとにだんだんと副作用が強くなっている気がする。
一昨日より昨日、昨日より今日と、翌日のだるさや眠気の強さが顕著だ。
こんなにも制御出来ないほどの副作用は、昨夜豊に話した通り初めてである。
「……天くん。 今日は全部のプランやめて、どこかでのんびりしよっか」
「うん、……うんっ? なんで!? せっかくプラン考えてくれたのにっ?」
「だって天くん、ツラそう。 無理して来たんじゃない? 僕が駄々こねたから」
「いやそんな事な……」
「連絡してくれたら良かったのに。 僕、そこまで分からずやじゃないよ?」
しまった、と天は顔を歪めた。
寝癖を指摘される事よりも、潤にこれを言わせたくなかったのである。
潤は、天への心配を通り越して悲しげな瞳をしていた。 先延ばしにしたくないからと、無理して出て来た天が完全に迂闊だった。
日増しに強くなる副作用を自覚していたなら、潤には嘘を交えて断るのが正解だったのだ。
申し訳ないという気持ちを全面に出していると、何故か目の奥が熱くなってきて潤の姿がぼやけてくる。
「……せっかく会えたし、こんなにツラそうな天くんを前にしてもまだ解散したくないと思ってる。 僕ってやっぱり、天くんから見ると子どもだよね」
「え、うん……? いや、ていうか……ごめん、俺が悪い」
「どうして天くんが謝るの。 目がうるうるしてる……熱でもあるんじゃ……、っ!」
「────ッッ!」
肩を落とした潤の大きな手のひらが、天のおでこにぴたりと触れたその瞬間。
天と潤は同時に息を詰め、二人は瞬時に距離を取った。
天から僅かに遠退いた潤は自身の手のひらをまじまじと見ていて、天はというとそんな潤をぼやけた視界のまま凝視していた。
今の今まで意識を飛ばす寸前だったはずの天の意識が、一気に覚醒したのが分かる。
眦に溜まった雫が溢れた事を悟られぬよう、手のひらを見詰めている潤に隠れて天は袖口を濡らした。
「な、なんか大丈夫そうだ! とりあえずモーニング食べよ、なっ?」
「う、うん……、っ」
お腹空いたなぁ!と空元気に呟いてみたものの、歩き出した潤の方を見られない。
潤もどうやら何かに戸惑っている様子で、カフェへの道中何度も首を傾げていた。
11
お気に入りに追加
197
あなたにおすすめの小説
恋した貴方はαなロミオ
須藤慎弥
BL
Ω性の凛太が恋したのは、ロミオに扮したα性の結城先輩でした。
Ω性に引け目を感じている凛太。
凛太を運命の番だと信じているα性の結城。
すれ違う二人を引き寄せたヒート。
ほんわか現代BLオメガバース♡
※二人それぞれの視点が交互に展開します
※R 18要素はほとんどありませんが、表現と受け取り方に個人差があるものと判断しレーティングマークを付けさせていただきますm(*_ _)m
※fujossy様にて行われました「コスプレ」をテーマにした短編コンテスト出品作です
完結・虐げられオメガ側妃なので敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン溺愛王が甘やかしてくれました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
傷だらけの僕は空をみる
猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。
生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。
諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。
身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。
ハッピーエンドです。
若干の胸くそが出てきます。
ちょっと痛い表現出てくるかもです。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
スタッグ・ナイト
須藤慎弥
BL
玩具業界シェアのトップを独走する「Fun Toy」、その背を追う「花咲グループ」の二社は、国内の誰もが知る大手玩具メーカーだ。
しかし、ライバル関係と言っていい両社の令息たちには秘密があった。
ただただ世襲を重んじ、ならわしに沿って生きることが当然だと教え込まれていた二人。
敷かれたレールに背くなど考えもせず、自社のために生きていく現実に何ら違和感を抱くことがなかった二人は、周囲の厳格な大人に隠れ無二の親友となった。
特別な境遇、特別な家柄、特別な人間関係が絡むことのない普通の友情を育んだ末に、二人は障害だらけの恋に目覚めてゆくのだが……。
俺達は、遅すぎた春に身を焦がし
背徳の道を選んだ──
※ BLove様で行われました短編コンテスト、
テーマ「禁断の関係」出品作です。
※ 同コンテストにて優秀賞を頂きました。
応援してくださった皆さま、ありがとうございました!
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる