世界は残り、三秒半

須藤慎弥

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世界は残り、三秒半

第十話

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「え!? て、てか残秒数って言った!? 秒数って秒!? やばいじゃん! もう終わりだ! 俺はリアムと思い出話も出来ないまま死んでしまうんだ!」
「ユーリ、落ち着きなさい。終末時計は地上での時間の概念とは別ものだ」

 仰天した俺の腕を引き、グレッグを急かしたリアムは飛行機の中でもう一つ新たなハイテク機器を取り出した。
 熱心にそれを操作するリアムの横顔からは、全く焦りを感じない。
 でもすごい速さで英数字を打ち込んでいる事から、終末時計がもたらす破滅の可能性を信じざるを得なくなった。

「そういえば俺が捕まる前の日、残り十秒って言ってた気がする。今は……? 今は残り何秒?」
「現在、残り五秒だ」
「半分になってんじゃん!」
「あぁ。いつこの世が終わってもおかしくない」
「そ、そんな……」

 轟音に慣れてきた俺たちは、自然と顔を寄せ合って互いの声を聞き取る事が出来るようになっていた。
 争いによって数え切れないほどの様々な命が絶ち消え、二つのチェックポイントで目の当たりにした地上はすでに荒廃。
 太陽をも覆い隠し、光合成による酸素が足りてないせいで淀んだ空気も薄い。
 ヒトの支配欲が行き過ぎた結果がこれだ。
 息吹を感じない世の中にしたのは、紛れもなくカースト上位のアルファ様達。

「リアム……どうやってその針を止めるって言うんだよ。そもそもヒトが……」
「ユーリと初めて出会った日の事は、今でも鮮明に覚えている」
「え?」

 話、逸らされた……?
 異国の者ゆえ、言葉が通じなかったのかとリアムを伺うも、彼はひたすら機器に英数字を打ち込んでいる。
 ただし彼に限って、そんな事はない。

 そこでふと思ったのは、さっき俺がパニック状態で漏らした台詞。
 無表情で危機を匂わせるリアムが、俺と思い出話をしようとしてる真意に気付くと……発狂してしまいそうなくらい悲しくなった。

「……俺もだよ。俺も、リアムに初めて会った時ビビビッときた」
「何だ、そのビビビッというのは」
「直感だよ。リアムとはずっと縁が切れないかもしれないなーって」
「そうなのか。では私もビビビッときた。見送りに来てくれた日にキスした事を、ユーリは覚えているか」
「え、あ、……リアムこそ覚えてたんだ」
「忘れるわけないだろ」

 宝石の瞳がチラと俺に視線をくれる。
 リアムの表情が少しだけ和らいでいて、その柔らかな笑みを見るとようやく俺の中の現在と過去が重なった気がした。

 ……そっか。覚えててくれたんだ。

 俺はそっと、リアムの二の腕に頭を寄せて甘えた。

 囚われていて何も目にしていない俺に、リアムは詳しい惨状の実態を語らなかった。
 今日という日で、世界は最期になるかもしれない。根拠なら地上にいくらも転がっている。
 それだけを忠告して、終焉を覚悟させたんだ。

 六種の性別を利用し、悪に染まったヒトの心は容易に浄化出来ない。
 ロクでもないアルファ様が居る限り、世の中は何にも変わらないから。

「どこの国のお偉いさんもみんな、アルファ様だよな」

 ぽつりと呟いた俺の言葉に、リアムが顔を上げる。
 至近距離でジッと見詰められ、今度はリアムの方が甘えるように俺の肩口におでこを付けてきた。

「な、何……?」
「私にもその血が脈々と流れている」
「あ、……リアムはやっぱりそうなんだ」
「……あぁ」

 どこか切なげに頷いたリアムは、耳元で苦々しく「彼らと一緒にしないでくれ」と囁いた。
 同性としての苦慮が滲むそれに、俺はまた悲しくなった。



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