61 / 195
7
7一1
しおりを挟む怜は本当に温かい家庭で育ったようだ。
幼い頃の怜の思い出のアルバムを見せてくれながら、遠い目をしている怜の横顔が寂しそうでいたたまれない。
由宇は何もかもを順調に進めていた。
怜の自宅に泊まる事になって三日目、ついに怜の楽しかった思い出を語らせる事が出来ている。
だがそれは由宇が意図していたような筋書きではない。
泊まりに来て二日目の夜、悪夢にうなされて泣きながら目を覚ました由宇は、怜に抱き締められて背中を撫でられる事でようやく落ち着いた。
ここしばらくそんな事は無かったのに、ひどく汗をかいてやたらと呼吸が苦しかった。
まったく覚えていないけれど、相当に嫌な夢だったのだ。
無意識に怜にしがみついて、「家族って何?」と泣きながら問うたらしい。
由宇はこの時の事をあまり覚えておらず、怜は今日渋々とだがこうしてアルバムを見せてくれている。
「由宇、眠りたくなかったら無理に寝なくていいよ。 俺も一緒に起きてるから」
「ううん、大丈夫。 でもうなされてたら起こしてくれる? 寝ながら泣くのしんどいんだよ」
「……分かった。 なぁ由宇。 ……ずっとここに居なよ。 由宇は平気な顔してるけど、心はツラいんじゃない? そろそろ我慢できなくなってるんだと思うよ?」
「……どうかなぁ……最近あんまり喧嘩する声聞いてないから、大丈夫だと思うけど。 それより毎日俺が居たら怜が眠れなくなるよ」
「俺は寝不足でも構わないよ。 ……俺も独りだし……由宇が居てくれたら嬉しい」
優しい怜に魅力的な提案をされたけれど、由宇はそれには即答しなかった。
泣きながら目を覚ますのはこれが初めてではなくて、実は何回か同じように怜に迷惑を掛けてしまっている。
自宅で一人の時なら構わず泣き喚けるのだが、怜にもその様を見せてしまうのが何となく心苦しい。
相手が事情を知る怜であっても、出来ればそんなに見せたいものではないからだ。
無意識下で、しかもその時の事はあまりよく覚えていないので、やはり泊まるのは週末だけにしなければと思った。
「……由宇?」
ふと楽しげな家族写真に目をやる。
怜は由宇とは違い、家族の愛を知っている。
このアルバムの中に居る園田家の笑顔を取り戻せる可能性が1%でもあるならば、行動を起こすべきだ。
橘に協力しなければという思いもあるにはあったが、由宇の知らない家族というものを怜は知っているのだから、何もしないでただいたずらに時間が過ぎていくのを待つだけなのはよくない。
(どうか、お母さんを助けてあげて、怜───)
「……ねぇ怜。 またその話?って嫌がられるの分かってるけど……。 お母さんのお見舞い行ってあげようよ。 俺も……」
「嫌だよ、それだけは嫌」
「聞いて、怜。 ……俺さ、母さんとの思い出も父さんとの思い出も無いから、単純に怜の事が羨ましいよ。 今は怜もツラいかもしれないけど、お母さんはもっとツラいんじゃないかな? たくさん思い出もあって、笑い合って、あったかい家族だったんでしょ? 愛し合って結婚したはずの旦那さんが離れていって、心が壊れないはずないよ。 今その旦那さんは頼りにならないんだから、それを支えてあげられるの、怜しか居ないんじゃない?」
「………………」
「俺、分かったんだ。 怜はお母さんに会いたくないんじゃなくて、怖くて会えない。 そうだよね?」
俯いて、言葉を発さなくなってしまった怜の顔を覗き込む。
由宇は、怜の家族が羨ましかった。
アルバムの中の三人は何とも美しい笑顔で写っていて、まるで知らない世界を見ているようだ。
怜の顔から視線を外し、瞳を瞑る。
事故で入院を余儀なくされた時、外科医である父親が勤務する病院ではない場所を選ばされた。
ああいう場合、息子が大怪我を負ったとなれば我先にと執刀してくれそうなものだが、病院からして違ったので頼るに頼れず寂しい思いをした。
母親の勤務先でも無かったし、友人らは中学三年という受験戦争真っ只中だったのでお見舞いにはほとんど誰も来ずだった。
個室で独りポツンと窓の外を眺めては、どうしてこんな事になったのだろうと何度悲観したか分からない。
夜中は、骨の軋む痛みに眉を顰めて堪えた。
退院してリハビリ生活を送っていても、暗くジメジメした家に活力を見出すものなど何一つ無くて切なかった。
両親共に確かに現存しているのに、この孤独感は一体どういう事かと考えるのも寂しくなるからやめて、とにかくひたすら勉強した。
苦手な数学は伸び悩んだが、他の教科はそこそこ取れていたため怜と出会えたこの高校に入れたものの、状況はひどくなる一方でついに両親は離婚だ。
一刻も早く離ればなれになればいいのに。
そうすれば、家族一緒くたに孤独に苛まれるだろう。
それを望む由宇の胸中は、ひどく寒々しい。
(チャンスがあるかもしれないんだよ。 元に戻そうよ、怜───)
こんなにも温かい家族はバラバラになんかなってはいけない。
由宇とは違う家族の形を知る怜が、孤独など味わう必要はない。
今は少しだけ、人間としての試練を誰からともなく与えられているだけ。
(そんな風に思えたら、怜も前に進めるかもしれない……)
頑な怜の心に呼び掛けて、当初は説得なんて不可能だと思っていた由宇だったが、それは見事に成功しそうだった。
0
お気に入りに追加
225
あなたにおすすめの小説
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
club-xuanwu
一園木蓮
BL
ナンバーワンホスト同士のエロティック・ラブ。
男性客を相手に枕営業を重ねる彼に恋をした……!
同系列ホストクラブの本店と支店でNo.1同士の波濤と龍。
『波濤』は色香漂う美麗のイケメンだが、人懐こくて誰にでも好かれる明るい性質。相反して『龍』は客に煙草の火を点けさせるような頭領気質。
ひょんなことから同じ店舗で勤めることになった二人は、あまりに異なる互いの接客方法に興味を持ち始める。
俺様丸出しの上に強引ではあるが自分の気持ちを素直に表す龍と、明るい笑みの裏で苦悩を抱える波濤の紆余曲折の恋愛模様。
※エピソード一覧
1. Daydream Candy
2. Nightmare Drop
3. Halloween Night
4. Allure
5. Night Emperor
6. Red Zone
7. Double Blizzard
8. Flame
※表紙イラスト:芳乃カオル様
※ホスト×ホスト / 俺様攻め×強気美形受け
※カップリング / 龍(氷川 白夜)×波濤(雪吹 冰)
少年ペット契約
眠りん
BL
※少年売買契約のスピンオフ作品です。
↑上記作品を知らなくても読めます。
小山内文和は貧乏な家庭に育ち、教育上よろしくない環境にいながらも、幸せな生活を送っていた。
趣味は布団でゴロゴロする事。
ある日学校から帰ってくると、部屋はもぬけの殻、両親はいなくなっており、借金取りにやってきたヤクザの組員に人身売買で売られる事になってしまった。
文和を購入したのは堂島雪夜。四十二歳の優しい雰囲気のおじさんだ。
文和は雪夜の養子となり、学校に通ったり、本当の子供のように愛された。
文和同様人身売買で買われて、堂島の元で育ったアラサー家政婦の金井栞も、サバサバした性格だが、文和に親切だ。
三年程を堂島の家で、呑気に雪夜や栞とゴロゴロした生活を送っていたのだが、ある日雪夜が人身売買の罪で逮捕されてしまった。
文和はゴロゴロ生活を守る為、雪夜が出所するまでの間、ペットにしてくれる人を探す事にした。
※前作と違い、エロは最初の頃少しだけで、あとはほぼないです。
※前作がシリアスで暗かったので、今回は明るめでやってます。
ハッピーエンド
藤美りゅう
BL
恋心を抱いた人には、彼女がいましたーー。
レンタルショップ『MIMIYA』でアルバイトをする三上凛は、週末の夜に来るカップルの彼氏、堺智樹に恋心を抱いていた。
ある日、凛はそのカップルが雨の中喧嘩をするのを偶然目撃してしまい、雨が降りしきる中、帰れず立ち尽くしている智樹に自分の傘を貸してやる。
それから二人の距離は縮まろうとしていたが、一本のある映画が、凛の心にブレーキをかけてしまう。
※ 他サイトでコンテスト用に執筆した作品です。
壁穴奴隷No.19 麻袋の男
猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。
麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は?
シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。
前編・後編+後日談の全3話
SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。
※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。
※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。
俺の義兄弟が凄いんだが
kogyoku
BL
母親の再婚で俺に兄弟ができたんだがそれがどいつもこいつもハイスペックで、その上転校することになって俺の平凡な日常はいったいどこへ・・・
初投稿です。感想などお待ちしています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる