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第三章

10話 わがまま

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 昼食を食べ終わって、お勉強の時間。

 午前中に市に行って遊んだので、午前午後入れ替えだ。

 単に家の中で遊ぶことも多いけど、今日は真面目に勉強の時間。

 週の半分くらいはこうやって勉強をしているんだけど、子供たちにとっては勉強すら僕と一緒にやっていると遊び判定になるらしく、すごい楽しそうに僕の話を聞いている。

 逆に楽しそうにしすぎてて、教えたことを理解できてるか心配になったことがあったけど、全て完璧に理解していた。

 末恐ろしい子たちだ。

 と言っても、ノゾミちゃんは主に読み聞かせをして文字に親しんでるところだし、ユーキくんとアリスちゃんも簡単な書き取りと計算くらいだ。

 それでも勉強嫌いだった僕からするとすごいと思う。

 シャルは僕と一緒にみんなの先生をしてくれている。

 みんなは僕に教えてもらいたがるけど、間違いなく僕よりシャルのほうが頭いい。

 本を読んでいてみんなから聞かれたことがわからなくて、シャルに教えてもらうなんてこともザラだ。

 リンはもっぱら語学の勉強をしている。

 一度、文字の方も勉強してみようと――僕も逆に魔物の文字を教わろうと――したことがあるんだけど、お互いまっっっっったく理解できなかった。

 どうやら根本的な……理屈というか思考方法というか?から違うらしく、魔物文字は僕には絵にしか見えなかった。

 さらに文の読み書きとなると、文字と思われるものが斜めに飛んだり戻ってきたかと思ったら上に行ったり……当然規則性はあるんだろうけど全然理解できなかった。

 リンはリンで、「ナゼ ヨコ カク デス?」と僕と同じく『文』という概念から悩んでいる状態だ。

 これは……文字の理解については語学の専門家レベルの知識が必要になると思う……。

 ということで、話す方の練習がリンの課題になっている。

 ちなみに、僕も魔物語……というかゴブリン語を習っているんだけど「ぎゃうぎゃ」と「ぎゃうぎゃ」の差で今は詰まっている。

 …………僕そもそもそんなに頭良くないんです……。



 お勉強の時間が終わり、お昼寝タイムも過ぎ、晩ごはんも食べ終わって。

 お風呂の時間。

 幸せな時間ではあるんだけど、色々問題がある時間。

 いや、色々問題があるんだけど、幸せすぎてやめようと思えない時間と言ったほうがいいか。

 添い寝と同じくこっちも徐々に改善していかなきゃとは思うんだけど、添い寝の方は完全に説得失敗したからなぁ。

 むしろあれ以来色々と状況が悪化した気すらする。

 実際、お風呂に関しては悪化した……多分。



 いつも通り、みんな一緒になってのお風呂。

 脱衣所で服を脱いで、洗い場でかけ湯をして軽く体を洗って……。

 いつの間にか『布で隠す』という約束は有耶無耶になっていたけど、ここらへんはもういい加減慣れた。

 恥ずかしくないと言ったら嘘にはなるけど、恥ずかしくて周りを見ることが出来ないってことはなくなった。

 というか、みんな僕の周りによってくるのでちゃんと見て動かないと色々ぶつかって危ない。

 ポヨンポヨンプニプニして危ない。

 周りを見て動いててもこれなんだから、見てなかったらもっと酷いことになる。

 そして悪化点その1。

 前まではみんな僕が当たりそうになっても避けないって程度だったのに、脱添い寝交渉以来積極的に当たりに来ている気がする。

 今日に至ってはシャルがわざとらしくよろけて抱きついてきた。

 「わざとでしょ」と思いつつも、避けるわけにもいかなくて受け止めてる僕をユーキくんが「その手があったかっ!」って顔で見てた。

 やめていただきたい。

 色々ワチャワチャしていつもより時間がかかったかけ湯をした後、湯船に入る。

 湯船の中での位置取りはいつも大体決まっていて、とりあえず僕の右腕にギルゥさんが申し訳無さそうに抱きついている。

 まだまだ水は怖いらしく、無理に入ることはないと伝えてはいるんだけど、なんやかんやみんなで一緒に入るのは好きらしい。

 そして、僕の左側にはシャルが肩に頬を乗せるようにしてもたれかかっている。

 左側についてはシャルの向こうにいるユーキくんと一日交代ってことになっているらしい。

 そのユーキくんの向こう側にはアリスちゃんがいて、この二人はいつもセットだ。

 リンは洗い場側の湯船のヘリにしがみついている。

 ギルゥさんよりマシとは言っても、水はやっぱり怖いらしい。



 そして、悪化点……とまで言うのは悪いかもしれないけど、その2。

 普段、ノゾミちゃんは泳いだり、頭をヘリに乗せて横になったり、普通にのんびりしたり……まあ、一人でお風呂を満喫してたんだけど……。

 ちょっと困惑しながらノゾミちゃんの可愛らしいつむじを眺めてたら、なにかを感じ取ったのか振り向いたノゾミちゃんがニパーっと嬉しそうに笑った。

 そして、さっきまで以上に背中を押し付けて寄りかかってくる。

 こんな感じで、ノゾミちゃんは昨日から僕の腕の中をお風呂での落ち着き先に決めてしまったようだった。

 昨日は「たまにはこういう日もあるのかなー」なんてのんきに考えていたんだけど、今日も一日ここから動く気配がない。

 まあノゾミちゃん本人は気持ちよさそうにしているし実害はないんだけど……。

 僕がなんとなくソワソワするのと、ノゾミちゃんが寝ちゃいそうになるのが問題と言えば問題だ。

「ほら、ノゾミちゃん、そろそろ体洗うよ」

「……ふぇ?……はーい」
 
 今も僕に体を預けてウツラウツラしていたノゾミちゃんを揺すって起こしてお湯船から上がった。



 そして悪化点その3にして一番の問題点。

 体を洗う時間だ。

 まずは全く問題ない組から。

 アリスちゃんは頭から足の先まで完璧に一人で洗える。

 全身をアワアワにして洗うのが好きみたいで、楽しそうに泡まみれになっている。

 ゴブリン組も問題ない。

 体を洗うという習慣がなかったゴブリン組だけど、ギルゥさんが来てからはリンと二人で楽しそうに洗いっこをしている。
 
 石鹸というものにももう馴染んでくれたみたいで、むしろ匂いを含めて結構気に入ってくれてるみたいだ。

 そして問題点組。

 シャルとユーキくんは僕の体を洗ってくれるんだけど、結局洗い布は採用されなかった。

 「肌を痛めるから」と言われてしまっては、そういうことに詳しくない僕としてはもうなにも言い返すことが出来なかった。

 実際、シャルは肌が弱い方みたいで、洗い布を使ってみた時は僕が力加減を間違えて肌が赤くなってしまった事があったので、これについては文句はない。

 ただ、油断していると隅々まで洗ってこようとするのは流石に困る。

 そして、隅々まで洗わせようとしてくるのにもすごい困る。

 僕の自制心が試されている。

 でも、ここまでは前までと別に変わらない。

 色々問題はもりだくさんだけど慣れも諦めもついてきていた。

 なのに昨日から……。

「あ、ご、ごめんなさい……」

 どこかがプニョンと僕の肩に当たってしまってシャルが恥ずかしそうに謝る。

 どこが当たったかは認識しないことにしている。

「はーい、失礼しますねー」

 なんでそんな無理な体勢で?という手の伸ばし方をしたユーキくんのどこかが背中のあたりにプニンと当たる。

 どこが当たっているのかはやっぱり認識しないことにしている。

 こんな感じで昨日から二人の体を洗う時の立ち位置が近い。

 そんなに近けりゃそりゃ色々当たるよね?ってところから洗ってくる。

 しかも、今まで一日おきに交互に洗ってくれたのに昨日からは二人いっぺんに洗ってくれるようになった。

 お陰で僕の方でかわしきれないことも増えてきた。

 そして何よりの悪化点……というか変化点。

 眼の前で背中を向けて座るノゾミちゃんである。

 今までアリスちゃんと同じくほとんど一人で洗えてたノゾミちゃんが、完全に「洗え」という体勢で僕の前に鎮座している。

 昨日は湯船での話と同じで「たまにはこういうのもいいなー」とか気楽に考えていたけど、流石に二日続けてとなるとちょっと戸惑う。

「あの……ユーキくん、ノゾミちゃんどうしちゃったのかな?」

 ノゾミちゃんの頭をワシャワシャ洗いながら、僕の背中を洗ってくれていたユーキくんに小声で聞いてみた。

「あー……なんといいますか……。
 ノゾミ、どうやら我慢しすぎてたと思っちゃったみたいで……」

 『我慢しすぎ』。

 普通の子供に言われたら苦笑いを浮かべてしまうところだけど、三歳児にして身の回りのことはほとんど全部自分でやって、わがままらしいわがままを殆ど言わないノゾミちゃんが言うと頷くしか無い。

 わがままを言わないどころか、僕が用事があるときなんかはなにも文句を言わずに我慢してくれるし、僕が約束をやぶることになっても笑顔で我慢してくれる。

 …………頷くどころか、土下座して謝らなきゃいけないレベルだな。

「今までやってほしかったことを我慢しないことにしたみたいなんです……。
 ご迷惑なようでしたらやめさせますが……」

 ユーキくんとしてもノゾミちゃんがわがまま?を言い出したことには「仕方ない」と思う部分があるらしくて「できればこのままにしてやってほしい」という感じが見て取れる。

「そういうことかー。
 いや、これくらい可愛いくらいだから別に全然構わないよ」

 そういうことなら、今まで我慢してくれてた分思いっきり甘やかそう。

 そう思って、気合を入れ直してノゾミちゃんの体を洗う。

「ユーキくんも、あんまり我慢しなくていいんだからね?」

「…………ありがとうございます」

 うちの子たちは良い子すぎるのが悩みどころです。
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