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Side.A・八木輝之の告白
#4
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それから一年後。
式場を見に行くことになったという話を聞いた時は、いよいよカウントダウンか?と、八木も他人事ながらドキドキしていたが……
その倉見から、珍しく退社後に飲みに行こうと誘われて、てっきり具体的な式の話を聞かされるかと思いきや――
「破談になったのか……」
八木は驚いてそう呟いた。
週末の店は混んでいたが、常連のよしみで店長が席を確保してくれた。その一角で、昼間あった出来事を語る倉見は、可哀そうなくらい落ち込んでいた。
今日の昼に香穂子の母親から連絡があり、待ち合わせた喫茶店でいきなり告げられた婚礼の延期。
けど実際は、取り止めだ。
「もうさ……頭ん中グチャグチャ……」
「まぁまぁ……」
八木はそう言いながら、コップにビールを注いでやった。
日取りと式場を仮押さえしただけで、まだ招待状などは出していない。結婚話を知っているのは、ごく限られた人だけだ。
「招待状出す前で良かったじゃないか。式場キャンセルくらいで済んだのが不幸中の幸いだよ」
「まぁね。でも部長に仲人頼んじゃったし……何て言えばいいんだよ」
「明日、正直に言えよ。破談になりました。申し訳ありませんって」
倉見はため息をついて項垂れた。八木も何と声を掛けてよいか分からず、一緒にため息をつく。
「ま。こういう大事なことを親の口から言わせるような女性だったって、分かってよかったじゃないか」
「それは――」
そうだけど……と呟く倉見に、掛けてあげられそうな気の利いた言葉が見つからず、八木は黙っていると、「女って分からないな……」と倉見が言った。
「……」
八木は空になった自分のコップにビールを注ぎ、「すいません、もう一本」と注文した。
そして、新しく来たビールを倉見のコップに注いでやると、わざと明るい口調で言った。
「まぁ、こういう時は仕事に打ち込むに限るよ」
勤続12年目のこの春。
倉見は販売促進課の課長に昇進した。その倉見を労うように八木は続けた。
「課長に昇進したことだしさ。今は仕事に邁進しろってことなんじゃないの?」
「そうかなぁ……」と倉見は首を傾げて、「幸せってなんだろう……」と、哲学的な疑問を投げてくる。
八木は思わず苦笑すると、「そんなもん、毎日飯食って酒飲めりゃ充分幸せだろう」と答えた。
その台詞に、倉見はようやく笑顔を浮かべると「そうか……」と頷いた。
素直で真面目で誠実で。爽やかを絵にかいたような男。
なのに女運が無くて、どこか不器用で――何故か放っておけない。
この時、八木はほんの一瞬だけ思ってしまった。
破談になってよかった――
友人としてあり得ない。
絶対口に出しては言えないけれど。
独りに戻ってくれてよかった……と。
式場を見に行くことになったという話を聞いた時は、いよいよカウントダウンか?と、八木も他人事ながらドキドキしていたが……
その倉見から、珍しく退社後に飲みに行こうと誘われて、てっきり具体的な式の話を聞かされるかと思いきや――
「破談になったのか……」
八木は驚いてそう呟いた。
週末の店は混んでいたが、常連のよしみで店長が席を確保してくれた。その一角で、昼間あった出来事を語る倉見は、可哀そうなくらい落ち込んでいた。
今日の昼に香穂子の母親から連絡があり、待ち合わせた喫茶店でいきなり告げられた婚礼の延期。
けど実際は、取り止めだ。
「もうさ……頭ん中グチャグチャ……」
「まぁまぁ……」
八木はそう言いながら、コップにビールを注いでやった。
日取りと式場を仮押さえしただけで、まだ招待状などは出していない。結婚話を知っているのは、ごく限られた人だけだ。
「招待状出す前で良かったじゃないか。式場キャンセルくらいで済んだのが不幸中の幸いだよ」
「まぁね。でも部長に仲人頼んじゃったし……何て言えばいいんだよ」
「明日、正直に言えよ。破談になりました。申し訳ありませんって」
倉見はため息をついて項垂れた。八木も何と声を掛けてよいか分からず、一緒にため息をつく。
「ま。こういう大事なことを親の口から言わせるような女性だったって、分かってよかったじゃないか」
「それは――」
そうだけど……と呟く倉見に、掛けてあげられそうな気の利いた言葉が見つからず、八木は黙っていると、「女って分からないな……」と倉見が言った。
「……」
八木は空になった自分のコップにビールを注ぎ、「すいません、もう一本」と注文した。
そして、新しく来たビールを倉見のコップに注いでやると、わざと明るい口調で言った。
「まぁ、こういう時は仕事に打ち込むに限るよ」
勤続12年目のこの春。
倉見は販売促進課の課長に昇進した。その倉見を労うように八木は続けた。
「課長に昇進したことだしさ。今は仕事に邁進しろってことなんじゃないの?」
「そうかなぁ……」と倉見は首を傾げて、「幸せってなんだろう……」と、哲学的な疑問を投げてくる。
八木は思わず苦笑すると、「そんなもん、毎日飯食って酒飲めりゃ充分幸せだろう」と答えた。
その台詞に、倉見はようやく笑顔を浮かべると「そうか……」と頷いた。
素直で真面目で誠実で。爽やかを絵にかいたような男。
なのに女運が無くて、どこか不器用で――何故か放っておけない。
この時、八木はほんの一瞬だけ思ってしまった。
破談になってよかった――
友人としてあり得ない。
絶対口に出しては言えないけれど。
独りに戻ってくれてよかった……と。
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