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第4章・迷動
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野崎の指定したその公園は、飛び降りがあった橋より更に上流にある。
大きな遊具や、多目的グラウンドなどもある公園で、休日ともなると大勢の家族連れで賑わう場所だ。
桜の時期もきれいだったが、新緑の今も気持ちが良い。
宇佐美は敷地内に入り、子供たちが遊ぶ遊具を脇に見ながら河川敷の方へ向かった。
夕べ、あの現場を見ていた土手の上に立つ。
男が自らに火を放った現場は、敷地より更に河川の方へ降りた場所だった。
その辺一帯は草に覆われていて、正直、何か起こらなければ誰にも気づかれることはない。
今は現場にブルーシートと規制線の黄色いテープが張られていて近づくことができなくなっている。
「意外と早かったな」
そう声をかけられて宇佐美は振り向いた。
野崎が笑って、手にしていた缶コーヒーを1本、投げて寄越した。
宇佐美は慌ててキャッチする。
「あっちにベンチがある。そこに座ろう」
2人は連れ立って近くのベンチに腰を下ろした。
ジャケットを脱ぎ、ノーネクタイのワイシャツの第一ボタンを外して、ベンチに浅く腰掛ける。野崎は缶を開けて一口飲んだ。そしてくたびれたように項垂れる。
宇佐美は、その様子を隣に座ってじっと見つめた。
「平気ですか?」
「え?」
「寝てないんじゃない?」
野崎は笑って言った。
「仮眠は取ってるから大丈夫」
そうは言ったものの……襲い掛かる疲労感に打ちのめされるように、野崎はため息をつく。
「参ったよ……せっかく意識が戻ったのに」
「……残念でしたね」
「どう思う?」
ふいに聞かれて宇佐美は「え?」と言った。
「ただの焼身自殺だと思う?」
宇佐美は黙っていた。缶を開けて自分も一口飲む。
嫌な予感はあった――でも確信を持っていたわけじゃない。もしかしたらそうなるかも……という漠然としたものだ。
宇佐美は「さぁ……どうだろう」と曖昧に言葉を濁した。
遊んでいた子供たちが帰り支度を始めている。日が伸びたとはいえ、じき夕刻だ。
「話って、これだけですか?」
宇佐美に聞かれて、野崎は顔を向けた。
何となく不安げな表情が見て取れる。少し言い淀んでいたが、宇佐美の視線に促されるように野崎は言った。
「宇佐美は……そいつの姿を見ていないんだよな?」
「幽霊を?えぇ」
「本当に?」
「――」
なにか言おうとした宇佐美を、野崎は慌てて遮って言った。
「いや、分かってる!嘘をついているとは思ってない。本当に見てないならそれでいいんだ」
っていうか……と、野崎は呟くと、「見てなくてよかった……」と頷く。
「姿を見た奴がみんな死んでる」
「……」
宇佐美は黙り込んだ。
「目撃者は消せ、じゃないけど――もしそんな法則があるなら次は……」
野崎はそう言うと、思わず苦笑した。
自分が言っていることが、いかに非現実的か。
でも、もし当たっていたら次は宇佐美の番だ。
「本当に見てないんだよな?」
「大丈夫。見てないよ」
まっすぐに、自分を見てくる。
あの、網膜を通して何かを見るような強い視線。
その目に、嘘はなさそうだった。
「そうか……よかった」
野崎は心底ホッとしているように見えた。
(もしかして……心配してくれたのか?)
大事な目撃者――というより、現実では殺人の容疑者だ。その男が死んで、現場はきっと大変だったろう。
(俺の心配なんかしてる場合じゃないだろうに……)
安心した様に笑う野崎を見て、何故だか、ほんの一瞬胸が痛んだ。
「わざわざ呼び出してごめんな」と野崎は言った。
「誰かと話がしたくてさ――でもこんな話、他の人にはできないし。そう思ったら、急に宇佐美のことが頭に浮かんで」
「……」
「思わず呼んじゃった……」
野崎は照れたように頭をかく。
「でも、来てくれてありがとう」
宇佐美は一瞬言葉に詰まり、すぐには何も言えなかった。
この人は――
なんでこんなに真っすぐなんだろう……
意地っ張りでプライドが高そうだけど、でも基本的には素直で真っすぐな人なんだ。
自分なんかより、はるかに地に足の着いた仕事をして、責任感もあって、人に信頼されて……
一緒にいると、劣等感でいっぱいになりそうなのに……
(ありがとうなんて……俺は言われるような人間じゃないのに)
宇佐美は答える代わりに黙って微笑んだ。
空き缶を捨てるため自販機まで歩いている途中、宇佐美はふと、前を歩く野崎の足元に小さな黒い影が寄り添っていることに気が付いてハッとした。
(アイツだ――)
いつだったか、野崎と入ったコーヒー店で見た。初めは猫かと思ったが、こうしてよく見ると、やはりそれは小さな子供のようだ。
野崎が手に持っているジャケットの端を握って、一緒に並んで歩いている。
「……」
宇佐美は無言でその様子を見つめていた。
「飲んだ?缶、捨てるよ」
野崎が自分の方へ手を差し出していることに気づかず、宇佐美はじっと小さな影を見ていた。小さな影は、差しだされている野崎の手に向かって、必死に両腕を伸ばしている。まるで抱っこをせがんでいるようだ。
「おーい」
呼びかけられて、宇佐美はハッと我に返った。
「大丈夫?何か見えるの?」
「え?あぁ……いや、なんでも」
ないよ――と呟いて、周囲を見回す。
(あれ?消えた……?)
野崎は宇佐美の手から空き缶を取るとゴミ箱に捨てた。
「あ、ごちそうさまです……」
慌てて礼を言う宇佐美に、野崎は「あなたといると退屈しないよ」と苦笑いを浮かべた。
大きな遊具や、多目的グラウンドなどもある公園で、休日ともなると大勢の家族連れで賑わう場所だ。
桜の時期もきれいだったが、新緑の今も気持ちが良い。
宇佐美は敷地内に入り、子供たちが遊ぶ遊具を脇に見ながら河川敷の方へ向かった。
夕べ、あの現場を見ていた土手の上に立つ。
男が自らに火を放った現場は、敷地より更に河川の方へ降りた場所だった。
その辺一帯は草に覆われていて、正直、何か起こらなければ誰にも気づかれることはない。
今は現場にブルーシートと規制線の黄色いテープが張られていて近づくことができなくなっている。
「意外と早かったな」
そう声をかけられて宇佐美は振り向いた。
野崎が笑って、手にしていた缶コーヒーを1本、投げて寄越した。
宇佐美は慌ててキャッチする。
「あっちにベンチがある。そこに座ろう」
2人は連れ立って近くのベンチに腰を下ろした。
ジャケットを脱ぎ、ノーネクタイのワイシャツの第一ボタンを外して、ベンチに浅く腰掛ける。野崎は缶を開けて一口飲んだ。そしてくたびれたように項垂れる。
宇佐美は、その様子を隣に座ってじっと見つめた。
「平気ですか?」
「え?」
「寝てないんじゃない?」
野崎は笑って言った。
「仮眠は取ってるから大丈夫」
そうは言ったものの……襲い掛かる疲労感に打ちのめされるように、野崎はため息をつく。
「参ったよ……せっかく意識が戻ったのに」
「……残念でしたね」
「どう思う?」
ふいに聞かれて宇佐美は「え?」と言った。
「ただの焼身自殺だと思う?」
宇佐美は黙っていた。缶を開けて自分も一口飲む。
嫌な予感はあった――でも確信を持っていたわけじゃない。もしかしたらそうなるかも……という漠然としたものだ。
宇佐美は「さぁ……どうだろう」と曖昧に言葉を濁した。
遊んでいた子供たちが帰り支度を始めている。日が伸びたとはいえ、じき夕刻だ。
「話って、これだけですか?」
宇佐美に聞かれて、野崎は顔を向けた。
何となく不安げな表情が見て取れる。少し言い淀んでいたが、宇佐美の視線に促されるように野崎は言った。
「宇佐美は……そいつの姿を見ていないんだよな?」
「幽霊を?えぇ」
「本当に?」
「――」
なにか言おうとした宇佐美を、野崎は慌てて遮って言った。
「いや、分かってる!嘘をついているとは思ってない。本当に見てないならそれでいいんだ」
っていうか……と、野崎は呟くと、「見てなくてよかった……」と頷く。
「姿を見た奴がみんな死んでる」
「……」
宇佐美は黙り込んだ。
「目撃者は消せ、じゃないけど――もしそんな法則があるなら次は……」
野崎はそう言うと、思わず苦笑した。
自分が言っていることが、いかに非現実的か。
でも、もし当たっていたら次は宇佐美の番だ。
「本当に見てないんだよな?」
「大丈夫。見てないよ」
まっすぐに、自分を見てくる。
あの、網膜を通して何かを見るような強い視線。
その目に、嘘はなさそうだった。
「そうか……よかった」
野崎は心底ホッとしているように見えた。
(もしかして……心配してくれたのか?)
大事な目撃者――というより、現実では殺人の容疑者だ。その男が死んで、現場はきっと大変だったろう。
(俺の心配なんかしてる場合じゃないだろうに……)
安心した様に笑う野崎を見て、何故だか、ほんの一瞬胸が痛んだ。
「わざわざ呼び出してごめんな」と野崎は言った。
「誰かと話がしたくてさ――でもこんな話、他の人にはできないし。そう思ったら、急に宇佐美のことが頭に浮かんで」
「……」
「思わず呼んじゃった……」
野崎は照れたように頭をかく。
「でも、来てくれてありがとう」
宇佐美は一瞬言葉に詰まり、すぐには何も言えなかった。
この人は――
なんでこんなに真っすぐなんだろう……
意地っ張りでプライドが高そうだけど、でも基本的には素直で真っすぐな人なんだ。
自分なんかより、はるかに地に足の着いた仕事をして、責任感もあって、人に信頼されて……
一緒にいると、劣等感でいっぱいになりそうなのに……
(ありがとうなんて……俺は言われるような人間じゃないのに)
宇佐美は答える代わりに黙って微笑んだ。
空き缶を捨てるため自販機まで歩いている途中、宇佐美はふと、前を歩く野崎の足元に小さな黒い影が寄り添っていることに気が付いてハッとした。
(アイツだ――)
いつだったか、野崎と入ったコーヒー店で見た。初めは猫かと思ったが、こうしてよく見ると、やはりそれは小さな子供のようだ。
野崎が手に持っているジャケットの端を握って、一緒に並んで歩いている。
「……」
宇佐美は無言でその様子を見つめていた。
「飲んだ?缶、捨てるよ」
野崎が自分の方へ手を差し出していることに気づかず、宇佐美はじっと小さな影を見ていた。小さな影は、差しだされている野崎の手に向かって、必死に両腕を伸ばしている。まるで抱っこをせがんでいるようだ。
「おーい」
呼びかけられて、宇佐美はハッと我に返った。
「大丈夫?何か見えるの?」
「え?あぁ……いや、なんでも」
ないよ――と呟いて、周囲を見回す。
(あれ?消えた……?)
野崎は宇佐美の手から空き缶を取るとゴミ箱に捨てた。
「あ、ごちそうさまです……」
慌てて礼を言う宇佐美に、野崎は「あなたといると退屈しないよ」と苦笑いを浮かべた。
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