上 下
14 / 65
第2章・邂逅

#8

しおりを挟む
 連日の捜査で、本当は疲れているのではないか……

 そんな気がして、宇佐美は少し心配そうな顔をした。
 その様子に野崎は気づくと、心配させまいと笑顔を浮かべ、「そういう君もさ」と負けずにスマホのアプリを開き、宇佐美のアイコンを指差して言った。
「この……ウサギと宇佐美はシャレなの?」
 今度は自分が指摘されて宇佐美は苦笑する。
「寒いオヤジギャグって言いたいの?」
「そうじゃないけどさ」
「昔飼ってたんだ」
 なんだ、ペットか……と野崎は呟く。
「同棲してた女が連れてきて……出ていく時置いてった」
「――」
「可愛い置き土産でしょう?」
 そう言って、過去に撮った写真の一枚を見せた。白くてフワフワしている。なんていう種類かは分からないが、撮影者の愛おしさが伝わってくるような写真だった。
「2年前に死んじゃったけどね」
「……」
 寂しそうに俯く宇佐美に、野崎は言った。
「彼女作らないの?」
「もういいよ」
「なんで?」
「めんどくさい」
 野崎は苦笑した。苦笑しながら、「そっか……」と呟く。
 会話が途切れ、一瞬沈黙が流れる――
 宇佐美は刺身を一切れ箸で摘まんだが、すぐに口には運ばず、しばらく弄んでから言った。
「それで?」
「?」
「なんなんですか?」
 野崎と視線が合い、その目をじっと覗き込む。
「まさか、おしゃべりがしたくて飯に誘ったわけじゃないですよね?」
「――」
 野崎は黙っていたが、フッと笑うと「なんで?ダメ?」と聞いた。
「え?いえ、ダメじゃないけど……」
「いきなり本題に入ってもよかったんだけど……ちょっとウォーミングアップしてからの方がいいかなと思って」
「……」
「だって宇佐美さんって、警戒心が野良猫みたいだったから」
「宇佐美でいいですよ……っていうか野良猫ってなんですか?」
「野良猫並みに警戒心が強くて扱いにくいってこと」と言った後にすぐ「気を悪くしたらゴメン」と詫びを入れる。
 宇佐美は驚いたように目を丸くしたが、ゆっくりとその口元に微笑を浮かべる。
 隣の個室から賑やかな人の声が聞こえてきた。
 金曜の夜だけあって、さすがに店は混みあっている。が、その賑やかさが今は逆に有難かった。
 野崎は軽く咳払いして居住まいを直すと、「でもこうやって誘いに応じてくれたってことは、多少警戒心を解いてくれたって思っていいのかな?」と聞いた。
「……」
 宇佐美は黙っていたが、「約束しましたからね」と言った。
「あなたに協力するって」
 相手の思いがけない生真面目な一面を見て、野崎は戸惑いながら笑った。
「会って2度目でそこまで思ってくれるのは有難いけど、そんな風に堅苦しく考えないで欲しいな」
「?」
 宇佐美は首をかしげた。
「確かに――協力を仰ぎたい気持ちもあるけど、この関係は義務じゃないから」
「……」
「俺の方から用があれば連絡するし、君の――宇佐美の方から何かあれば遠慮なく言って欲しい。その為に、プライベートの連絡先を教えた」
 宇佐美は何かを探るように、じっと野崎の目を覗き込んだ。
「呼び出されたからって応じなきゃいけないわけじゃない。嫌なら断ったってかまわない。実際――ちょっと迷ってたろう?」
 逆に野崎の方から覗き込まれ、宇佐美は思わずたじろいだ。
 その様子を見て、「でも既読無視されなくてよかった」と照れ笑いを浮かべる野崎に、宇佐美は戸惑いを隠せずにいた。
 相手の気持ちを読み取ろうとするのに、いいようにはぐらかされている気がする。
 宇佐美としては、用件だけ言ってくれればそれでいいのに、そこに至るまでのやり取りがもどかしくて仕方がない。
 言わなくてもいい事や、知らなくてもいい自分の事など……話す必要があったのか?
 (刑事になったいきさつなんて、別に聞いてないのに……)
 ウサギの話や、ましてや自分が過去に女と同棲してたことなんて。
 なんで言ったんだろう?

 (俺が話題を振ったのか?) 

 宇佐美は何となく釈然としない思いで、目の前の野崎を見つめた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

GPTが書いた小説 無人島のゲーム

沼津平成
ミステリー
5000字程度のサバイバル小説を頼んだ結果です。主婦2人青年1人……という設定は沼津平成によるものです。 一部沼津平成による推敲があります。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

時の呪縛

葉羽
ミステリー
山間の孤立した村にある古びた時計塔。かつてこの村は繁栄していたが、失踪事件が連続して発生したことで、村人たちは恐れを抱き、時計塔は放置されたままとなった。17歳の天才高校生・神藤葉羽は、友人に誘われてこの村を訪れることになる。そこで彼は、幼馴染の望月彩由美と共に、村の秘密に迫ることになる。 葉羽と彩由美は、失踪事件に関する不気味な噂を耳にし、時計塔に隠された真実を解明しようとする。しかし、時計塔の内部には、過去の記憶を呼び起こす仕掛けが待ち受けていた。彼らは、時間が歪み、過去の失踪者たちの幻影に直面する中で、次第に自らの心の奥底に潜む恐怖と向き合わせることになる。 果たして、彼らは村の呪いを解き明かし、失踪事件の真相に辿り着けるのか?そして、彼らの友情と恋心は試される。緊迫感あふれる謎解きと心理的恐怖が交錯する本格推理小説。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

処理中です...