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第一章 不遇からの脱出

十五話 国王の心情 *アーゲイル視点

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 九年、九年もの間、私は我慢を虐げられた。

 あの事故が起きるまで、私は空いている時間を利用して、幼いティアナと手を繋いで城のあちこちを探索したり、肩車をしたりと、毎日が楽しかった。しかし、たった一度の事故により、私の楽しみが全て奪われてしまった。

 全ては、ウィンドルの起こした魔法暴走が悪いのだ。肝心の息子は子供だったこともあり、その件を話していないが、今となって激しく後悔している。魔力を失ってしまえば、王族であろうとも、利用価値さえ失われてしまい、平民落ちとなる。あの事故以降、娘の教育方法が一新され、触れ合いも無くなった。国王は国の要となる存在、自分の私室以外には、必ず影や護衛が付いている。彼らも、決して娘を軽蔑しているわけではない。中には、私同様溺愛している者もいる。だが、情報が何処で漏れるかわからない以上、私は娘に本心を語ることができなかったし、行動も起こせなかった。

『お父様、テストで満点をとりました』
『お父様、学園でやっと友達を一人作れました』
『お父様、今日初めて先生が私を褒めてくれました』

 笑顔で語りかけてくる娘を見て、私は抱きしめたくなる衝動を必死に我慢したが、次第に娘から笑顔が失われていき、私に笑顔を見せることはなくなった。胸が張り裂けそうな思いがしたが、私が娘を褒めるだけで、何処かの貴族が娘に対し敵意を向ける可能性がある。過去の歴史において、そういった敵意が事件に発展し、誘拐され無惨に殺されてしまうケースも起きている。娘を愛しているが故に、娘を冷たくあしらうしか方法がなかった。

【魔力こそが全て】、この世界中に浸透している王族貴族の魔力至上主義だけは、そう簡単に排除することができない。

「陛下、ようやくティアナ様を抱きしめることができますね」

 今日の護衛が、ユアンで良かった。
 私の親友でティアナを自分の娘のように接する男。
 あの病気以降、互いにティアナとも疎遠になっているが、ユアンであればティアナも警戒しないだろう。

「ああ、行こう」

 私がノックをすると、ルミネが静かにドアを開ける。
 中に入ると、ティアナは王族用の動きやすい普段着を着ている。
 ああ、間違いなく娘から魔力を感じる。
 可愛いな、本当に可愛いな。
 こんな可愛い娘に、婚約者がこれからできるのか…そいつを殴りたいな。
 ああ、ダメだ。感情を抑えられそうにない。
 もう厳しい顔をしなくていいんだよな?
 娘を抱きしめていいんだよな?
 今まで虐げてきたことが、走馬灯のように浮かんでいく。
 あんなことは、もう二度とやらんぞ‼︎

「ティアナよ」
「は…はい」

 私が名を告げると、娘はやや警戒しながらも、私を見つめてくる。
 六歳だったティアナが、もう十五歳に。

 この九年、娘との邂逅は無論あったが、私が愛情を見せないよう、必死に我慢し続ける毎日で、楽しい思い出など一つもなかった。

 やっと…やっと、九年分の思い出を今から作り出すことができる。

 もういいよな? 
 病気も完治したんだし、娘を抱きしめてもいいよな? 
 これまで私だけが散々我慢させられたんだ…いいよな?

「あの…お父様?」

 何故か私の顔を見て、少し後ずさる娘。
 そんな事はお構いないなしに、私は前進していく。

「よくぞ…よくぞ…よくぞ帰還してくれた~~~~~」

 私は欲望の赴くまま、娘の元へ突っ走り、彼女を強く強く抱きしめる。

「ふぎゃああ~~~~~」

 あははは、可愛い声を出すじゃないか?
 そんなに父に抱きしめられ嬉しかったのか?
 可愛い、可愛いな~。
 親子の仲直りだ~~~。

「ぐええええ~~~、ユアン様~~ルミネ~~」

 私が娘を抱擁していると、後方から私の頭に衝撃が走る。

「痛‼︎ ユアン、何をするんだ‼︎ 娘と和解して、抱擁を楽しんでいるんだぞ‼︎」

 というか、国王の頭を手で引っ叩くな‼︎

「阿呆か‼︎ どこが和解だ!? まだ、話し合ってすらいないだろう? 昨日、あれだけ手順を話し合ったのに、早速やらかしてどうする? ほら、ティアナが混乱しているだろ? まずは、暑苦しい抱擁を今すぐやめるんだ」
 
 は、そうだった。いかん、いかん、娘の顔を見た途端、タガが外れてしまった。
 抱擁から解放すると、娘はサッとユアンの後ろに隠れる。
 うん、どういうことだ? 
 何故、私を警戒するのに、ユアンは何の躊躇もなく触れることができる?
 
「ティアナ、私の言った通りだろう? 本来のあいつは、君を溺愛しているんだ。九年もの間、ずっと我慢していたのだから、その心情を察してあげないと」

 娘が、何故かユアンに対して心を許しているだと?

 そういえば、娘の心が深く傷ついている時、ユアンとルミネが周囲にわからぬよう、娘の話し相手となり、心を癒していたと言っていたな。いくらユアンが私のことをフォローしても、私自身が九年間娘を言葉だけで虐げていたのだ。私を警戒するのも、無理はないか。

「以前から聞いてはいましたが……まさか本当だったとは……九年間ずっと私を見もしないし、褒めもしなかったんですよ?」

 手順、そう手順通り、まずは娘の警戒を解かないといかん。

「臣下たちがいる手前、本音を話せなかったのだ。私の場合、何処にいようとも、必ず誰かが護衛に付いている。そこから私の心情が伝わってしまうと、ティアナの命すら危険な状態だったのだ。そのため、手紙すら送れなかった。九年間、本当にすまなかった」

 私は誠心誠意を持って、娘に深く謝罪する。

 私とて、手紙を経由して自分の心情を伝えたかったが、《もしこれが明るみになったら》と思うと、どうしても書けなかった。一度や二度なら、まだいい。だが、そんな行為を続けていけば、いつか何処かで露見する。そうなったら…娘が誘拐され、物静かな場所で殺される。この病気に関わっている貴族たちの恨みは深い。証拠を残さぬ手段で殺す方法など、いくらでもある。

 私はその恐怖に侵食されてしまい、娘のことを思うと、手が震え手紙を書けなかった。そんな愚かな自分が、どうしても許せなかった。

 私の様子を見て、ティアナは当惑しているものの、ユアンから離れ、私に近づいてくる。

「謝罪を受け入れますから、どうか頭を上げてください……お父様。私の事を考えてのことであれば……もう何も言いませんから」

 顔を上げると、ティアナは恥ずかしがっているのか、私から目を逸らしているものの、ほほを赤く染めている。ああ、可愛い、可愛いな。

「ありがとう…ありがとう。愚かな父を許してくれてありがとう。これで…これで…和解成立だ~~~~~あはははは」

 私は、再びティアナを深く抱きしめ、高い高いをしてあげる。
 これが、好きだったよな。

「ふぎゃああああ~~~~、だからって、いきなり抱きつくな~~~~。もう十五なんだから、高い高いはやめて~~~~」

 これだ、これこそが親子の絆だ。
 私は、この瞬間をずっと待っていたんだ。
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