上 下
33 / 34
本編

31話 幼児に救われ凹むギルドマスターたち *イザーク視点

しおりを挟む
おうおう、べクルトンの中枢を担っているギルド支部とはいえ、最高責任者の1人でもある商業ギルドのギルドマスター・マリクが机に突っ伏しているよ。この人は若くして商売を成功させ、三十中頃でギルドマスターの地位に就き、この街の発展に尽力してきた切れ者なんだが、六十代になったことで耄碌したのかもな。

「幼児に救われるとは……こんな手が……思いつかなんだ」

俺が治安騎士団の隊長ウォーレンと共に、リコッタとカトレアが手紙を残して、既に逃亡していることを伝えたら、当初激怒したが、彼女の残した手紙(筆跡は俺)を伝えた途端、こうなるんだもんな。この行為だけで、リコッタの策を認めたと言ってもいいだろう。

「それで、どうします? まだ、王都にも状況を伝えていませんし、街内の情報も錯綜していますから、今から新聞記者たちに伝えれば間に合うと思いますが?」

そう言うと、ギルドマスター・マリクはガバッと起き上がる。

「無論、リコッタの言った案を採用する‼︎ 部下に、急いで他のギルドマスターたちに言うよう伝える。それで肝心の2人の行方は?」

「誰も知らないそうです。おそらく、この街に愛想が尽きたのでしょう。2人は命懸けであの魔物の囮になってくれたのに、その【お礼】がこれでしょう? しかも、リコッタは昨日の騒動で、逸早く犯人を見つけ出し、騒動を沈静化させ、解毒ポーションを飲ませることで、多くの招待客を救いました。その全員が裏切ったのですよ? 俺が同じ立場なら、もう2度とこの街へ訪れないでしょうね」

街の人間たちが真実を知ったら呆れ返り、ギルドマスターや招待客たちを批難するだろうよ。

「そ…そうか…あの子たちには、申し訳ないことを…してしまった」

本当に、わかっているのかね?
あのまま事が運べば、王族を動かす程の大騒動が起きていたはずだ。自分たちの保身だけでなく、目の前にぶら下がる金に目が眩むと、人はこうなるのかね。

「俺も、これで失礼します。あとは、あなた方にお任せしますよ」
「ああ…わかった。イザーク……ありがとう」

青白い顔をしたまま、魔道具『電話機』を掴み、何処かに電話するマリク、これで2人は指名手配されることもないな。

俺は商業ギルド部屋を出て、道を歩きながら今後のことを考える。

まずは公衆電話を使って、あの方に連絡を入れるか。多分、マリク以上に激怒するかもな。あの人はリットのことを気に入っていた。おまけに、メタルリキッドゴーレムの件の真実を知っているから、リコッタへの仕打ちを考えると……こっちの方が気が重い。

俺は近くの公衆電話を見つけると、急ぎボックスの中へと入る。この中は100%の防音効果もあるから、周囲を気にせず話せる。目的の家へ電話をかけ、雇用主に代わってもらえるよう要件だけを伝える。

「イザーク、どうした? 業務報告は2日おき、時間も夕方のはずだ」

相変わらず威圧感のある声だ。
相手が公爵家で雇用主である以上、この電話のやり取りだけでかなり緊張する。

「状況が一変しました。まずは、昨日からの顛末をご報告します」

俺は昨日の出来事と、ギルドマスターたちの失態、リコッタによる救援策を話すと、彼は俺の耳がキーンとなるほどの大声で笑い声をあげる。

「すまんすまん、まさか幼児に助けられるとはな。奴らも、欲に目が眩んだことで耄碌したようだ」

「笑い事じゃないですよ‼︎ リットは死んでしまうし、リコッタがあの策を思いつかなかったら、王家も動いていたはずです」

俺の最愛の人でもあるリットが、復讐に身を任せることでゴルドと相討ちになった。俺がもっと彼女の心の中に踏み込んでいれば、この事態を防げたかもと思うと、正直心が痛む。

「すまない。リット…あの子は優秀な人材だったが、復讐に囚われた可哀想な女性でもあった。私も再三注意していたんだが…惜しい女性を亡くしたものだ」

この方は、リットの抱える事情を全て把握している。公爵家側と雇用契約する際、優秀な人材を失いたくないからこそ、復讐自体を公爵家側で執り行うことも可能だと主張したが、リット自身がそれを断った。『復讐は自分の手で必ず実行します。たとえ、相討ちになっても構いません』と豪語したらしい。公爵様は彼女の意志を尊重し、復讐相手の名を俺にも教えてくれなかった。

「イザーク、頭を切り替えろ。亡くなった以上、君も彼女に囚われるな。君はリットの任務を引き継ぎ、リコッタの監視を頼む。彼女は、匂いに敏感だ。呉々も悟られるなよ」

元々、リットがリコッタを監視し、彼女のスキル《絶対嗅覚》に見合った依頼内容を見繕っていた。まさか、その依頼の中で復讐する絶好の機会が訪れることになろうとはな。

「了解。任務を引き継ぎ、リコッタの監視を行います。と言っても、俺自身が彼女とカトレアを気に入っているので、彼女たちの保護者になって、旅のお供になる予定です」

「それでいい。リットからの報告を聞き、私も戦慄したよ。リコッタのスキル《絶対嗅覚》《身体硬健》《獣化》の3つは、我々公爵家側だけでなく、王族にも貢献できうるものだ。5年間、リコッタとカトレアの心を正しい道に導いてやれ。たとえ、国外に出てどんな事が起ころうとも、2人の側にいろ」

この方はリコッタの件で、ヨークランド子爵家の者たちに嫌われている。にも関わらず、子爵を気に入ったという理由だけで後ろ盾となり、遠くに離れようとしているリコッタにも、俺とリットを差し向け、生活に不便がないよう気配っている。彼女自身、今までが恵まれた依頼ばかりであることに気づいているはずだが、そこまで疑っていない。

全く、マクガイン公爵様は損な役回りばかりを演じているな。

「わかりました。どこへ向かうのかは不明ですが、定期的に電話で連絡を入れていきます」

俺を電話を切り、今後の生活のことを考える。今後、2人はどこへ向かうのか、それが当面の問題だが、生活面は問題ない。何故なら、俺には公爵様から貰った生活資金があるからだ。そうなると、やはり2人には何処かの街や村で訓練を施し、早い段階で実戦経験を積ませた方がいい。

さて、まずはリットの遺体を火葬させて、その遺灰を生まれ故郷に運ぶか。
彼女を手厚く葬ってやろう。
リット、救えなくてごめんな。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

女神を怒らせステータスを奪われた僕は、数値が1でも元気に過ごす。

まったりー
ファンタジー
人見知りのゲーム大好きな主人公は、5徹の影響で命を落としてしまい、そこに異世界の女神様が転生させてくれました。 しかし、主人公は人見知りで初対面の人とは話せず、女神様の声を怖いと言ってしまい怒らせてしまいました。 怒った女神様は、次の転生者に願いを託す為、主人公のステータスをその魂に譲渡し、主人公の数値は1となってしまいますが、それでも残ったスキル【穀物作成】を使い、村の仲間たちと元気に暮らすお話です。

人間不信の異世界転移者

遊暮
ファンタジー
「俺には……友情も愛情も信じられないんだよ」  両親を殺害した少年は翌日、クラスメイト達と共に異世界へ召喚される。 一人抜け出した少年は、どこか壊れた少女達を仲間に加えながら世界を巡っていく。 異世界で一人の狂人は何を求め、何を成すのか。 それはたとえ、神であろうと分からない―― *感想、アドバイス等大歓迎! *12/26 プロローグを改稿しました 基本一人称 文字数一話あたり約2000~5000文字 ステータス、スキル制 現在は不定期更新です

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?

甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。 友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。 マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に…… そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり…… 武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語

野生児少女の生存日記

花見酒
ファンタジー
とある村に住んでいた少女、とある鑑定式にて自身の適性が無属性だった事で危険な森に置き去りにされ、その森で生き延びた少女の物語

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

処理中です...