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本編

10話 非情なる通告です

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目覚めると、そこは自分の使用人部屋で、私はベッドで寝ていました。寝ぼけながらゆっくり起き上がると、昨日起きた出来事が鮮明に甦ってきます。

「お嬢様!?」

そうだ、アリアお嬢様はどうなったのでしょう?
王都正門でクラリッサさんに出迎えられてからの記憶がありません。

「あれ? ここは屋敷で…今の時間は……」

私が魔道具《目覚めし時計》を見ると、現在の時刻はなんと9時20分でした。

「ふおおお~大寝坊です~~~~~」

 この部屋には、ルームメイトのルカさんがいるのに、何故いつもの朝5時に起こしてくれないんですか~~~~。

「あれ? いつの間にか、メイド服から寝巻きになってます……って、今はそれどころではありません!! 早く着替えないと!!」

急いで寝巻きからメイド服に着替え部屋を出ると、すぐ近くにルカさんがいました。私が彼女のいる場所へ行こうとすると、彼女の方からこちらに駆け寄ってきました。

「リコッタ!? 身体に異常はない? 痛いところは?」

なんだか凄く心配されています。
……そうだ!!
脱出のことばかり考えて、子爵家の置かれていた状況を忘れていました!!

「ぐっすり寝たので、私はもう大丈夫です。あの後、どうなったのでしょうか? ルカさんを見る限り怪我もなさそうで安心したのですが、他の皆さんは?」

ルカさんをよく見ると、目が赤く充血し、周囲も少し腫れていて、クマもできています。何故か怒りや悲しみの入り混じった感情を抱きながら、私を優しく抱きしめます。
 
「アリアお嬢様や屋敷の皆も大丈夫、負傷者はいないわ。ただ……先に言っておくね。ごめんね…私たちに力あれば…本当にごめん…」

ルカさん、何故泣いているんですか? 
何故、私に謝っているんですか?
あの後、屋敷で何が起きたんですか?

私はルカさんに連れられ、旦那様の執務室へと向かいました。旦那様の許可を得て部屋に入ると、そこには旦那様だけでなく、お嬢様もいるのですが、雰囲気がおかしいです。特に、お嬢様のお顔の両目付近が腫れています。泣いていたのでしょうか? ルカさんが深くお辞儀をし、悲しい目で私を見てから部屋を出て行くと、旦那様が話し始める。

「リコッタ、アリアから全て聞いたよ。君は力を使い果たすまで、娘の救出に尽力してくれた。アリアは、擦り傷とスキル《身体強化》過度使用による筋肉痛程度の軽症だけで済んだ。ここへ帰還できたのも、君の力が非常に大きい」

旦那様の様子がおかしいです。
私にお礼を言っていますが、その声にいつもの覇気がありません。

疲れ切っているような……というか、お嬢様も旦那様と同じで、疲れてはいますが、目には怒りが孕んでいるような気がします。

どういうことでしょう?
今の状況が、全く飲み込めません。

「ありがとうございます。あの…何かあったのですか? 皆の様子がおかしいです」

「そうか、君は匂いで人の感情の機微がわかるのだったね。アリアとリコッタが拉致された後、我々は土魔法の拘束から解放されたのだが、すぐにマクガイン公爵から電話が入った」

それって、自分達が私たちを拉致したと自白しているようなものです。
一体、何を言われたのでしょう?

「内容は、『ヨークランド子爵、1週間前のパーティーでは世話になった。そのお詫びとして、私と取引をしよう。君が私の願いを聞き入れるのなら、今後マクガイン公爵家はヨークランド子爵家の後ろ盾となることを誓おう』だ」

「取引ですか?」

貴族のことは詳しく知りませんが、私とアリアお嬢様を拉致しておいて、どんな願いを持ちかけてきたのでしょう?

「奴は…『愚かな我が娘を再教育したい。私なりの方法を考えたのだが、実現させるには、アリア嬢お気に入りのリコッタというメイド見習いが邪魔だ。彼女をこの王都から追放してほしい。なあに、追放と言っても、娘が成人するまでの5年間だけだ。それまでには、第一王子ガレアス様の婚約者も決まるだろうから、娘の精神も落ち着き、私向けに矯正できる。どうだ、いい条件だと思うが?』」

なんですか、その理不尽な取引は!!
娘の再教育のために、私はここから追放されるのですか!?

「奴は、続けてこう言ったよ。『逆らう場合は、子爵家の存在そのものを消す。私の力を使えば、正面から堂々とアリア嬢の拉致も可能だということを、たった今理解しただろう。今の君は、国を動かすための予備の効く歯車の一つに過ぎない。これが何を意味するのか、よく考えることだ。1人の孤児を《一時的に追放》するだけで、我が公爵家の《後ろ盾》が手に入る意味をな』」

あの公爵、最低です!! 
そんなことを言われたら、取引に応じるしかないじゃないですか!?

「流石に《子爵家の存在を消す》というのは不可能だろうが……リコッタと同じ平民のルカやナオトたちをこの世から消すことは容易い」

 それじゃあ、私が王都から出て行かないと、ルカさんやナオトさんと言った屋敷内にいる平民の人たちが殺されるってことですか? 

巫山戯んなです!!
どうして、私を追放させることに拘るのですか!?
絶対、メアリーヌが絡んでいます!!

「30分の猶予が与えられたが、気づけば屋敷の全方位が、奴の放った刺客共に囲まれていて、濃密な殺気が私たちに向けられていたんだ。マクガイン公爵の力を思い知らされ、我々は自分の力のなさを痛感した。リコッタ……すまない」

旦那様が私に謝罪?
つまり、それは脅しに屈したということ。
無理もありません。

私を追放しないと屋敷の誰かが犠牲になるのなら、私は喜んで追放処分を受け入れましょう。私の我儘で、ルカさんやナオトさんたちを死なせるわけにはいきません。そう、獣人の頭では理解しているのですが、犬としての私の心が納得していません。旦那様とアリアお嬢様は、今の私にとっての大切なご主人様なのですから。

《ご主人様、見捨てないで》
《どうして、そんな理不尽な処分を受け入れないといけないの?》
《私は、何も悪い事をしていないのに……どうして?》

「お嬢様たちと…離れたく…ありません」

心の中で、犬と獣人としての私が葛藤しています。
旦那様から怒られることを覚悟して、私は犬としての意見を言ってしまった。
気づけば、私は大粒の涙を流していました。

私がヘマをして、メイド見習いをクビとなるのなら追放も理解できますけど、こんな形でみんなとお別れしたくない。

《でも、これを守らないと、みんなが私の代わりに殺される》
《それだけは……嫌です》
 
ここでの生活を始めて2ヶ月くらいだけど、仕事自体も凄く楽しい。
ようやく人間関係や業務にも慣れてきたのに、みんなとお別れしたくない。
でも……受け入れるしかない…受け入れるしかないんだ。

旦那様やお嬢様からも、自分たちの下す処分に、不満があることは匂いでわかります。屋敷中の誰もが納得していないけど、納得せざるをえない状況なんだ。

承諾したくない…承諾したくないけど、受け入れるしかない。

「旦那様…私…我儘言いました…すいません…追放処分を…」

私が意を決して受け入れることを告げようとすると、お嬢様が急に立ち上がる。

「リコッタは、悪くない!! 全部、親の権力に頼った性悪メアリーヌが悪いのよ!! あの女を再教育させるために、リコッタを追い出すなんておかしいわ!! あの女の願いを叶えたら、ますますつけ上がるだけじゃない!! 許せない、公爵家の力で私たちを捻じ伏せるなんて、あの女だけは絶対に許せないわ!! お父様、リコッタの追放を回避できる案はないの?」

アリアお嬢様の激昂する姿を初めてみます。
私のために、ここまで言ってくれるなんて…

「アリア、それは私も同じだ。私とて、リコッタをここで働かせる方法をずっと模索していた。だが、マクガイン公爵家に口を挟めるのは王家くらいだ。私には、その王家に協力してもらうための後ろ盾もないんだよ」

ああ、そっか。

みんなが昨日から私の追放を阻止しようと色々考えてくれていたから、目にクマが出来て疲れきっているんだ。

「これほど惨めな気持ちになるのは、生まれて初めてだ。今の我々では、力が圧倒的に足りない。ここは、素直に従うしかない。幸い、5年間という期間限定の追放だ。私はその5年の間に貴族としての力を付ける。もう2度と、こんな横暴に屈しないために。アリア、リコッタ、この不運を糧に前へ進むんだ」

5年間という期間限定の追放、それだけの期間があれば、私だってもっと強くなれるはずです。

「……わかった…私…メアリーヌにだけは絶対負けたくない!! 今後、学園内での全ての科目で、あの女に勝ち続けてやる!! 昨日もリコッタの力に頼って、私は何もできなかった!! そんな悔しくて惨めな気分を味わいたくない!! 私はもっと強くなる!!」

お嬢様を背中に乗せて以降、黙っている時間が多々ありました。
まさか、そんな事を思っていたなんて。

追放処分を変えることはできない。
お嬢様とのお別れで寂しいけど、決して捨てられるわけじゃない。
旦那様の言うように、前へ進まなきゃ駄目なんだ。
私も、その思いに応えないといけません。

「旦那様、お嬢様、私は追放処分を受け入れます。そして5年間、みっちり修行して立派な戦闘メイドになってみせます!!」

あの公爵や性悪メアリーヌの思った通りに動いてたまるかです!!
追放処分に関しては甘んじて受け入れますが、いつか必ず後悔させてやるです!!
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