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本編

7話 メアリーヌの野望 *他者視点

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○○○メアリーヌ視点

「この馬鹿娘が~~~」

ヨークランド子爵家でのパーティーも終わり、家へ帰り休む間もなく、私はお気に入りのドレスを着たまま、お父様の執務室へ呼ばれた。入ってくるなりの第一声が私を馬鹿にする言葉、そして左ほほを打たれてしまう。これまで、両親には一度も打たれたことなどなかった。

たった一度のミスだけで、ここまで罵倒されるなんて……

「あなた!! 何もそこまですることは!!」

お母様が床に倒れた私を庇ってくれたけど、お父様はお構いなしに私を睨んでくる。どうして、こんな目に遭うの? きっと、私の護衛がヘマを犯したから怒っているのよ。護衛騎士の中でもトップクラスとか言いながら、8歳の子供に負けるなんて我が家の恥晒しだわ。

「メアリーヌ、貴様は我が家の恥晒しだ」
「な!? ……あ」

恥晒しと聞いた瞬間、頭がカッとなってお父様を見たけど、身体の震えが止まらない。お父様は護衛騎士たちとの訓練時に見せるあの非情かつ冷徹な視線で、私を睨んでいる。

「何故、私が悪いのですか!? 悪いのは任務に失敗した…」
「護衛騎士のラムザスとでも言いたいのか?」

だって、そうでしょう? あいつが8歳の女の子に負けたせいで、事が明るみになって、マクガイン公爵家の恥に繋がったのだから。 

「は…い」

私を射抜く視線が怖いせいもあって、身体も震え、言葉が途切れてしまう。私はお父様やお母様に公爵令嬢としての教育だけでなく、闇の中で秘かに動き、国を蝕む餓鬼どもを葬るのが我が公爵の役目だと常日頃から教えられてきた。自分に歯向かうものがいれば、公爵家の恥にならないよう、見えない力で制圧するようにも言われてきたわ。だから、アリアを陥れて、私の力をあの子だけに知らせ恐れさせたのに。パーティーの件だって、あいつが上手く動いていれば、あの子の存在を失墜させることができたのに!! そうよ、ラムザスが悪いのよ!!

「この愚か者が!!」
「ひ!?」

お父様の怒号、その声量だけで、身体が恐怖を感じてしまい動けない。
目を合わせられない。

「周囲に気づかれずにターゲットを暗殺、もしくは何らかの方法で相手を陥れる際などの場合は、必ず事前調査が必須だ。たとえ相手が誰であろうとも、絶対に油断せず事を運ぶよう皆に言っている。我々公爵家に与えられし任務に、失敗は許されんのだ!!」

事前調査、それは私もわかっていますわ。パーティーで建物内の警備は手薄、戦闘に特化したメイドたちも配膳に、残りのメイドたちは1階の調理場付近にいることもわかっていたからこそ、簡単に事が運べると思ったのよ。

でも……まさか、護衛騎士が8歳の女の子に負けると思わないわ!!

まさか、新しく取り入れる監視制度の運営試験で、ヨークランド家が選ばられていたなんて思わないわ!!

「おまけに、貴様は私に無断で事を起こした。お前は、当主の私より偉いのか?」
「あ…」

アリアを陥れることばかり考えて、公爵家の仕来りを失念していた。無断で事を起こし、ラムザスが任務に失敗し、私の仕業だと発覚、洗いざらい全部話して、お父様に頭を下げさせた。

私は……とんでもない失態を犯してしまったのね。
私は、これからどうなるの?
身体の震えが止まらない。

「今更になって、震えているのか? 貴様の無様な愚かさのせいで、ラムザスは護衛騎士を辞職することになったのだ!!」

あのラムザスが護衛騎士を辞職?
一度の失敗だけで?

「奴の右手手首と右足首のアキレス腱、牙で細かく噛み砕かれたせいもあって、回復魔法でも元の組織には戻らん。日常生活に支障をきたすことはないだろうが、騎士にとって、些細な違和感が命取りとなる。貴様が、奴の騎士生命を奪ったに等しい!!」

あの獣人の子供が、ラムザスにそこまでの怪我を負わせたの?
どこに、そんな力があるのよ。
私のせい…なの?

「メアリーヌには、《スキル》の怖さを教えたはずだ。この世には《ノーマルスキル》《レアスキル》《チートスキル》の3種類があり、その中でも注意すべきは《チートスキル》だとな。これを持つ者は子供や赤子であろうとも、時に強者を屈服させることが可能だと教えたはずだ。邸内にいるメイドたちの情報収集を何故怠った?」

《チートスキル》、その存在は私だって知っているわ。

《レアスキル》が50人に1人、《チートスキル》が1000人に1人持つかどうかと言われているくらい稀有なもの。それじゃあ、あの子がチートスキルを持っていたというの? 

……甘く見ていた。

下位の子爵家に、ラムザスを倒せる程のスキル所持者がいるなんて思わなかった。まずい…まずいわ、このままだとお父様やお母様から見放されてしまう。

「子爵家だからと…子供だからと…侮っていました。申し訳…ございません。お父様、私に汚名返上のチャンスを頂けないでしょうか?」

 ここで全てに諦観してすごすご引き下がってしまったら、お父様とお母様はそんな私を見て呆れてしまうはずよ。むしろ、《再挑戦する》と言った方が、少しでも評価は良くなるはず。

「何を企んでいる?」

私を冷徹な目で見るお父様、ここで目を逸らしたらダメ。
勇気を出して発言しないと!!

「私は、アリアが憎いです。あの子に絶望を与えたい。次こそは、私に繋がる物的証拠を残さずにやってみせます。どうか…どうかチャンスを!!」

あの子にだけは負けたくない。
ガイアス様の婚約者になるのは、私よ!!


○○○ マクガイン公爵視点


恋は人を盲目にするというが、まさかあそこまで性格が変わるとはな。今のメアリーヌはガイアス王子への恋で、視野狭窄に陥っている。私に意気揚々とアリア嬢への復讐を語る娘、見ていて醜悪なものしか感じん。ガイアス様がアリア嬢を恋しているのなら、あそこまで嫉妬に駆られるのもわかるが、互いに笑顔で話し合っただけでああなるとはな。

手遅れになる前に、対処しておかねばな。
私の執務室には、妻のナターシャだけがいる。
彼女からも、状況を聞いておくか。

「ナターシャ、メアリーヌにガイアス様の婚約者候補としての意義を教えたのか?」

私の対面に座っている妻に娘の教育を任せているが、彼女自身も今のメアリーヌの変容に驚いている。

「はい、伝えています」

表面上、メアリーヌはガイアス様の婚約者候補と言われているが、現実問題として婚約者に選ばれることはない。王家にとって、闇を裁くマクガイン公爵家の力は脅威、これは他の貴族にも言えることだ。だからこそ、このパワーバランスを乱さないためにも、我が公爵家からは通例として婚約者候補には選出されるが、婚約者として選ばれることは絶対にない。

これは、メアリーヌにも伝えているはずだ。

「それならば、何故ああなった?」

  学園に入学する前までは、お淑やかな娘が、いつの間にか馬鹿になっている。これは親の責任でもあるな。私も、もう少し妻や娘と接する回数を増やすか。

「《恋》でしょうね。あの子の場合、悪い意味で変わりました。申し訳ありません、再度婚約者候補の意義をお伝えしておきます。それで…あの…あの子の言ったアリア嬢への仕打ちを本当に実現なさるおつもりですか?」

ああ、あれか。
娘が名誉挽回とばかり、活き活きとした表情で語っていたな。

「子供なりに考えた稚拙な復讐だな。俺にとって好都合だから、協力はするがな」

ヨークランド子爵、奴は使える。
メアリーヌには、一度歓喜からの絶望を味合わせる必要がある。
この二つを、娘の復讐に利用させてもらおう。

「娘を利用してでも…それほどまでにヨークランド子爵を気に入ったのですか?」

ナターシャめ、意地の悪い事を言う。
まあ、気に入ったのはヨークランド子爵だけではないがな。

「ああ、気に入ったよ。私に臆する事なく、堂々とした振る舞いで、あの記録魔石を受け渡す様、あの子爵は今後大きく邁進するだろう。娘のやろうとしていることは、《絶望》ではなく、子爵家全体の《カンフル剤》となる一手だ。復讐を果たしたとしても、アリア嬢は数日で学園に復帰し、今後娘を敵視して大きく成長していくだろうな」

私の言い様が気に入らなかったのか、ナターシャは目を潜めるが、すぐに笑顔となる。

「稚拙な復讐を果たせることで娘に《ハリボテの栄光》を与え、絶望から復帰したアリア嬢が、娘に《大きな挫折》を与える。これは、メアリーヌにとっても《カンフル剤》になりますわ。ふふ、もっと素直になれば良いでしょうに。この件で、あの子は自分の視野の狭さに気づきますわ。だからこそ、承諾したのでしょう?」

「まあな」

恋をしたせいで視野も狭くなっているが、本来のあの子は聡明で賢い。今後、奮起するアリア嬢を見ていけば、自ずと自分の至らなさに気づくだろう。ヨークランド子爵も、奴なりに私への対処も考えているだろうが、これから行う取引には必ず応じるはずだ。

メアリーヌの飛躍的成長を促すためにも、アリア嬢とリコッタには娘の用意する稚拙な復讐に付き合ってもらおう。また私に内緒で何かを画策するだろうから、全てを見張っておく必要もあるな。その後は、彼女を手厚く王都から追放し、私の子飼いのいるあの街へ行ってもらうか。
 
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