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本編

2話 始まりは8歳のメイド見習いです

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ここは異世界《ラストリア》。

現在、私《リコッタ》は、人間族が統治するローレシム王国王都ローレシム内にあるヨークランド子爵家に、メイド見習いとして住み込みで働いています。私の寝る部屋は、お世辞にも広いとは言えませんが、ルームメイトで先輩メイドでもある12歳のルカさん、ツインテールの茶髪で両ほほのそばかすを気にする女の子と一緒に寝泊まりしていることもあり、結構楽しい雰囲気を構築できています。

時刻は早朝6時、天気は快晴です。

私は部屋の空気を入れ替えるため、窓を開けると、太陽が出始めたばかりで、季節も秋ということもあり、ひんやりした風がゆっくりと入ってきました。外気温は少し肌寒い程度、明日のパーティーイベントの準備を進めていく上で、今日は絶好のコンディションですね。

私とルカさんは朝食を食べ終え、メイド服に着替え、全ての準備を整い終えたところです。

さあ、今日もメイド見習いとしての仕事を始めましょう‼︎

「リコッタ、早朝の仕事は、乾燥部屋で私たち使用人のお洋服などを綺麗に畳むことよ。私がアイロンをしていくから、あなたはシワにならないよう、手順通りにやるのよ」

「服を畳むのですね!! 了解です!!」

先輩メイドで人間族のルカさんから言われた朝のお仕事は、服を綺麗に畳むこと。胸がワクワクするです。仕事に関しては厳しいルカさんだけど、普段は優しいから好きです。

「あなた、大量にある服を畳むだけの仕事で、どうして毎回尻尾をそんなに振るのよ? 本当に変わった獣人ね」

8歳の《獣人》の女の子に転生し、これまで出来なかった様々なことができるようになったので、今の私にとって全ての仕事が楽しいのです!!

「只今から乾燥部屋へ移動します!!」

「無駄に元気な子ね。だからこそ、お嬢様も変わったのかもね。他の先輩方は明日のパーティー準備に入るから、それが終わったら、私と一緒に各客室の掃除をやるわよ。明日の状況次第で、何人か泊まることになるわ」

ルカさんは私に優しく微笑み、乾燥部屋に向けて歩き出します。

「はいです!!」

私も彼女の後を追い、ルンルン気分で2階の部屋から邸内1階にある洗濯物の干された乾燥部屋へと移動します。


私の名前は前世も今世もリコッタ、孤児として孤児院で暮らしていたけど、3ヶ月前のある日、出掛けている時にすれ違った馬車が急に止まり、そこから人間族で10歳くらいのか弱く綺麗なお洋服を着た黒髪の女の子がおずおずと降りてきて、身震いしながら私を指差し、か細い声でこう言いました。

「お父様…あの獣人の女の子を…私付きのメイドにして…あの子とならお話しできる…と思う」

そこからは怒涛の速度で手続きが進み、私はヨークランド子爵家の《メイド見習い》として、住み込みで働くことになりました。私を指差した女の子はアリア・ヨークランド様、子爵家のご令嬢で重度の人見知り、これを解消させるため、私は彼女付きのメイドとなるべく、見習いとしてメイド教育に日々励む中、10日前に8歳となり前世の記憶を取り戻したのです。

女神様の言った通り、私は8歳になった時点で前世の犬(パピヨン)だった時の記憶を思い出し、ご主人様のもとへ行けると喜んだけど、その後すぐに今世のリコッタとしての記憶が流れ込んできて、今の状況を理解しました。幸い、自分の部屋内での出来事で、ルカさんも寝ていたので、私の異変に気づく者は誰もいませんでした。

記憶を思い出して真っ先に確認したのは、自分の容姿です。手鏡で確認すると、白に近い銀色のモフモフ耳、モフモフ尻尾、フワフワ髪の可愛い女の子だとわかりました。手足だけでなく、犬の時と同様に尻尾も耳も自由に動かせたので、私は喜びの声を爆発させるところでしたが、自分のいる場所を思い出し、何とか声に出さずにすみました。この姿が獣人なんだと認識したところで、ルカさんも目覚め、仕事が始まったのです。

それまでの自分も今と似た性格だったこともあり、全然怪しまれなかったけど、何故か皆温かい視線を毎回私に向けてきます。私はどんな仕事でもイキイキとこなすから、見ていて癒されるそうです。メイド見習いとして3ヶ月間お嬢様の話し相手となったことで、彼女の人見知りもかなり緩和され、屋敷内では普通に会話できるようになりました。

ここでの生活は快適だけど、私の使命を忘れちゃいけません。
私は、前世のご主人様のもとへ行き、もう一度仕えたい。

でも、それを実現させるには、どうしてもお金が必要になります。
だから、今はその路銀を貯める時期なのです。

それに、子爵様は私のいた孤児院に多額の寄付金を与えてくれたし、今の私の主人、アリア様を見捨てるわけにもいきません。そんな事したら、多頭飼育崩壊を起こした奴らと同じです。アリア様は私にとって、前世の主人と同等の存在、最低でも彼女が成人(15歳)するまで、私はここにいるつもりです。明日はお嬢様10歳の誕生日パーティーが開催されますから、みんなと協力して準備を進めていきましょう。

乾燥部屋に入って初めのお仕事は、布袋で私の尻尾を隠す事です。毎回尻尾をぶんぶん振り回すので、ルカさんが私用に作ってくれたのです。これを尻尾につけてから部屋内をざっと見渡すと、そこには大量の洗濯物が壁から壁に繋がっているロープに干されていました。天気が《晴れ》の場合は外で干しますが、雨の場合は温度や湿度を制御している乾燥部屋で干します。明日、庭でパーティーを催すため、3日前から庭師の方々が屋敷敷地にある全ての木々や花々を全面的に手入れしていることもあり、邪魔にならないよう、洗濯物は乾燥部屋で干されているのです。

ルカさんと私は脚立を使い、洗濯物をカゴの中に次々と入れていきます。この部屋内には、魔道具のアイロンやその専用台も設置されており、ルカさんがアイロンで衣服のシワを消していき、私がそれらを順次畳んでいくという態勢です。尻尾の振りすぎに注意して、耳の毛も衣服に付かないよう気をつけないといけませんね。

「さあ、始めましょう!!」

○○○

ルカさんは、全ての衣服を1時間ほどで仕上げ、次の仕事へと移りましたが、私は作業速度が遅いこともあり、まだ全てを畳みきれていませんので、1人で作業を続けています。没頭していると、誰かが音を立てずに部屋へ入って来ました。

誰なのかは、匂いですぐにわかります。
私は仕事をこなしながら、相手に声をかけます。

「お嬢様、どうしたんですか?」
「う…こっちを見ないでもわかるの?」
「ふふふ、私の嗅覚を甘く見ないでください。一度覚えた匂いならばわかるのです」

スキル《絶対嗅覚》、これはかなり有用なスキルです。
主な効果は3つあります。

《匂いによる絶対記憶》
一度感じた匂いで、私自身がその元を確認することができれば、頭の中にインプットされ、絶対に忘れることはありません。

《匂いによる絆把握》
私の認めた[もの]であれば、屋敷内という近距離であれば、どこにい[あ]るのかをすぐに把握できます。匂いが遠くなるほど、その距離を掴みにくくなりますが、方向だけは正確にわかります。前世のご主人様の匂いは限りなく薄いので、相当遠距離にいると思いますが、感じ取れるので安心感があります。

《匂いによる感情把握》。
その時の会話から発せられる微量の体臭だけで、相手の感情を正確に把握することができます。

このスキルの扱いに関しては、私もある程度制御できるようになったのですが、残り2つの《身体硬健》と《獣化》については、未だに使用できません。そもそも、どうやって発動させればいいのかもわかりません。

「獣人の嗅覚って反則…せっかく驚かそうと思ったのに」

そういえば獣人の嗅覚は、人間の10倍優秀と言われていますから勘違いして……私のスキルも嗅覚でした。メイド服を1枚折り畳み、後ろを振り向くと、不安そうな顔を浮かべるお嬢様がいます。今のお嬢様の抱えているものは、顔にも出ていますけど、《不安》《憂鬱》です。

「お嬢様、パーティーがお嫌いなのですか?」
「え…」

私の言葉が当たっていたのか、お嬢様は目を背けます。

「いいえ、パーティー自体は…好きよ。でも…」

私は、極度の人見知りとなった原因をアリアお嬢様の父で、雇い主でもある旦那様から少しだけ聞いています。6ヶ月前から学園に通いだし、当初は交友関係も順調だったけど、ある日友達の1人に裏切られてしまい、大勢の生徒の前で恥をかかされた。それ以降も些細な嫌がらせが続いたことで、人間不信に陥ってしまい、人と話すのを恐れ、お茶会やパーティーを全て欠席するようになりました。

今回の誕生日パーティー、お嬢様の人間不信を完全払拭するべく、ご自分でクラスメイトたちに招待状を出し積極的に動いており、全てが万全の状態です。

「お嬢様、パーティー場所はここですから、嫌がらせなんて起きませんよ。私たちが厳重に見張りますから、何か起きた時は必ずお守りします。絶対、裏切りません‼︎」

お嬢様は私の言葉を聞くと、にっこりと優しく微笑んでくれました。

「ふふ、リコッタの声を聞いたら安心したわ。でも、あなたの担当は調理場での食器洗いだから、パーティーそのものを見れないわよ?」

「あ…そうでした‼︎」

パーティーでの配膳担当は、ベテランメイドたちのお仕事です。
私の場合、背が低いから立食形式のテーブルに物を置けません。
はっきり言って、戦力外です。

「でも、悪事の働く臭いを感知できるかもしれません。もし、感知できたら、私が先輩方にお知らせします」

「ふふ、ありがとう。頼りにしているわ」

お嬢様は優しく笑ってくれました。彼女のお母様は2年前に病気で亡くなられたそうなので、今の私のご主人様は、旦那様とお嬢様のお二人だけです。

亡くなった奥方様のためにも、私はお嬢様のこの笑顔を守りたい。
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