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勇者、テンプレ
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『おきのどくですが ぼうけんのしょ1ばんは きえてしまいました』
正直で、誠実で、真っ直ぐな彼がこの世界で最初に聞いた台詞は、そんなものだった。
それは突然の出来事で、聞こえるといっても声の主の姿は見えないし、そもそも彼は毎週恒例の日曜サービス残業を終えた、帰宅中のしがない社畜営業マンのはずだった。
だからスーツを身に纏っていたはずの身体が安っぽい【ぬののふく】一枚着ただけとなっていて、手に持っていた黒塗りの鞄が70センチほどの【ひのきのぼう】に変わっていて、ついでに頭に橙色のバンダナが巻かれている事実をすぐには飲み込めない。
→【ぼうけんのしょをつくる】
そんな彼に追い討ちをかけるように、またしても謎の言葉が囁きかける。
というより、今度は脳内に直接文字が浮かび上がるような、そんな錯覚に囚われてしまう。
(……ん? 何だ?)
と、ここで彼は違和感に気付く。
やけに軽い自分の身なり、やけに硬い自分の手荷物、ついでに頭に何か巻いている事を認識すると、わざとらしいくらいに目を見開いた。
(なんだ、これは……!)
彼が最初に危惧したのは会社。営業用の鞄を無くしてしまったと認識した瞬間に脳内に芽生えた、クビの恐怖。
次に生まれたのは経済的不安。彼のスーツはリク○ートで選びに選び抜いて買ったもの。指輪で言えば宝石の部分であり、相手にどれだけ自分を良く見せるかという意味でとても重要な役割を果たす、それだけに高価な物を買い直さなければならないのかという不安。
最後に脳の違和感。
先程頭に浮かんできた【ぼうけんのしょをつくる】という文字が、どうしても頭から離れない。
それに加えて、
(なんだ……? この矢印を押したくて仕方が無い……!)
ピッ。
(……ピっ……だと?)
どう考えても選択したとしか思えない効果音が脳内に反響してしまう。
彼は明日からの出勤の事を考えながらも、言い知れぬ不安に襲われ始める。
【なまえ:たかし】
(なぜだ、私の本名が……)
次に脳内に浮かんだ文字は、彼――たかしの本名を自動的に効果音付きで入力していった。
【それではぼうけんをはじめます】
(待て、ぼうけんとは何の事だ。私には仕事が――)
たかしは自分の脳内に自分で直接語りかけながら混乱する。
あまりにも訳の分からない、唐突な出来事だがこうでもしないと取り返しのつかない事になると踏んだからだ。
……しかし、もう遅い。
(……吸い込まれる? 私の中に浮かんだ、言葉の渦に……!)
薄れ行く意識の中で最後にそれだけ考えて、たかしは自分の意識を手放してゆく――……
正直で、誠実で、真っ直ぐな彼がこの世界で最初に聞いた台詞は、そんなものだった。
それは突然の出来事で、聞こえるといっても声の主の姿は見えないし、そもそも彼は毎週恒例の日曜サービス残業を終えた、帰宅中のしがない社畜営業マンのはずだった。
だからスーツを身に纏っていたはずの身体が安っぽい【ぬののふく】一枚着ただけとなっていて、手に持っていた黒塗りの鞄が70センチほどの【ひのきのぼう】に変わっていて、ついでに頭に橙色のバンダナが巻かれている事実をすぐには飲み込めない。
→【ぼうけんのしょをつくる】
そんな彼に追い討ちをかけるように、またしても謎の言葉が囁きかける。
というより、今度は脳内に直接文字が浮かび上がるような、そんな錯覚に囚われてしまう。
(……ん? 何だ?)
と、ここで彼は違和感に気付く。
やけに軽い自分の身なり、やけに硬い自分の手荷物、ついでに頭に何か巻いている事を認識すると、わざとらしいくらいに目を見開いた。
(なんだ、これは……!)
彼が最初に危惧したのは会社。営業用の鞄を無くしてしまったと認識した瞬間に脳内に芽生えた、クビの恐怖。
次に生まれたのは経済的不安。彼のスーツはリク○ートで選びに選び抜いて買ったもの。指輪で言えば宝石の部分であり、相手にどれだけ自分を良く見せるかという意味でとても重要な役割を果たす、それだけに高価な物を買い直さなければならないのかという不安。
最後に脳の違和感。
先程頭に浮かんできた【ぼうけんのしょをつくる】という文字が、どうしても頭から離れない。
それに加えて、
(なんだ……? この矢印を押したくて仕方が無い……!)
ピッ。
(……ピっ……だと?)
どう考えても選択したとしか思えない効果音が脳内に反響してしまう。
彼は明日からの出勤の事を考えながらも、言い知れぬ不安に襲われ始める。
【なまえ:たかし】
(なぜだ、私の本名が……)
次に脳内に浮かんだ文字は、彼――たかしの本名を自動的に効果音付きで入力していった。
【それではぼうけんをはじめます】
(待て、ぼうけんとは何の事だ。私には仕事が――)
たかしは自分の脳内に自分で直接語りかけながら混乱する。
あまりにも訳の分からない、唐突な出来事だがこうでもしないと取り返しのつかない事になると踏んだからだ。
……しかし、もう遅い。
(……吸い込まれる? 私の中に浮かんだ、言葉の渦に……!)
薄れ行く意識の中で最後にそれだけ考えて、たかしは自分の意識を手放してゆく――……
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