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3.Witch of Ouroboros

Ⅰ.

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 人間たちは闇を怖れ、太陽の光に包まれた「昼の面」に住んでいる。

 しかし、太陽の光が強くなれば、影は一層濃くなる。

 そして、それは太陽の位置からは決して見ることができない。



 影の中にうごめく者たち――。

 彼らは強大な力を持ち、太陽さえも覆い尽くそうとしている。

 光が消えれば影も消える。

 現れるのは限りない闇の世界か、それとも、真の無なのか。



 ウロボロスの調停官は人間としてただひとり影の中に入り、法のランタンを持ち闇を穿うがつ者である。



『ウロボロス』(後編)
Witch of Ouroboros



 ウロボロス調停官のふたつの刃であるヴァンパイアのヨルとワーウルフのシンラは二手に分かれて戦闘を開始した。
 彼らが戦いながら遠ざかっていくのは、調停官を巻き込んで負傷させないためでもあったろう。
 しかし、調停官を孤立させるのはいささか不安でもあった。
 ワーウルフのガルシアは離れていく二組を交互に見ながら「大丈夫かね?」と調停官のサディに問うた。

「おそらく」

「おそらく……か」

 ヨルもシンラも決して弱くはないが、最強の戦士というわけでもない。これまでは上手くやってこれたが、今回もそうとは限らないのだった。
 しかし、ヨルに限って言えば問題は無いように見えた。
 ヴァンパイアは世代が違うほどに力の差もはっきりしてくる。古株のヴァンパイアが若い世代に不覚を取るとは考えにくいのだ。
 シンラは——こちらは異種間の戦闘なので不測の事態も考えられる。
 予断を許さない状況だった。

「さて、邪魔者は居なくなったことだし、俺は俺の仕事をするか」

 ガルシアは調停官のほうへ向き直った。

「あなたの仕事?」

「ああ、今回のコウモリどもは要領が悪いようだが、ひとつだけいいことを言った」

「なにかしら?」

「『調停官は今後邪魔になるだろうから、今のうちに始末しとこう』ってことさ」

 ふたりを包む空気が、ぴんと張り詰めた。



 レッドタロン氏族はシンラより頭ひとつほど背が高く、腕の太さは太腿ほどあった。
 それに比べればシンラは華奢にさえ見えるが、実際には力も早さも彼のほうが上まわっていた。
 ついでに言えば経験においてでもである。
 しかし、ヴァンパイアとワーウルフでは、ひとつだけ戦い方に違いがあった。
 打撃では分が悪いと見てレッドタロンは壁際に押し込み胴タックルを試みた。
 シンラは打撃で応酬したが、体格の違いもあってこれを許してしまった。
 レッドタロンはシンラの身体に腕を回すと腰を沈めた。
 本来、胴タックルは相手を倒し寝技の攻防に持ち込むためのものだが、レッドタロンは逆に空中に飛び上がった。
 そのままどんどん高度を上げていく。
 個人差はあれ、ヴァンパイアは空を飛ぶことができる。
 そして、ワーウルフはそれができない。
 高いところから落とすだけで容易に決着は着くのだった。
 持ち上げて落とす。
 単純ながら過去のウロボロス戦争でも最もワーウルフが苦しんだ戦術で、現在に至ってもまだ対策を確立できないでいた。
 レッドタロンはシンラの身体をつかんだまま高度を上げていった。
 高いビルの屋上を通り過ぎようとしたときレッドタロンが呻いた。
 腕のロックがわずかに弛んだ隙に、シンラは手を伸ばし屋上のまわりを囲む鉄柵を掴んだ。
 柵は上空へ引っ張られ、金属でできているにもかかわらずぐにゃりと曲がり根元から次々に外れていった。
 それでもシンラが手を離さなかったので、なんとかレッドタロンの拘束から逃れることができ、ボトリと屋上に落ちた。
 したたか打ちつけた箇所をさすりながら立ち上がる。
 視線の先にレッドタロンが立っていた。

「ひでぇことしやがる……」

 レッドタロンは片耳を押さえていた。
 その腕を伝って血が滴り落ちている。
 シンラが脳まで破壊する勢いで指を突っ込んだからだった。

「こっちも必死なんでな」

 シンラはぶっきらぼうに言った。

「キレイにはやれないぜ」

「いいさ、じゃあ小細工なしだ」

 レッドタロンは後ろへジャンプして距離を取ると、シンラに向かって猛然とダッシュしてきた。
 屋上に数歩足型を付けると、あとは水平飛行に変わる。
 胸のあたりに必殺の一撃を期した拳を握りしめていた。

(なるほど「御しやすい」か)

 迎え撃つためシンラも足を開き腰を落として力を溜めた。
 突っ込んでくるぶん向こうが有利だが仕方ない。
 多くを考える間もなくふたりの拳が交差した。
 肉と骨を打つ鈍い炸裂音のあと、シンラの身体はキリキリと舞い倒れた。
 右腕は拳から肩までが破壊され、右頬が裂けていた。
 だが、左手を着いてすぐに起きあがった。
 レッドタロンが過ぎていったほうを見る。
 向かいのビルの壁に激しくぶつかったあとがあった。



 シンラが下りてくると、レッドタロンはあお向けに倒れていた。

「……やるねえ」

 顔の半分近くが粉砕されていたがまだ話せるようだった。

「この事件に関してなにか言うことがあるか?」

 シンラの問いにレッドタロンはまだ残っている口もとを歪めた。

「ねえよ」

「だろうな」

 ワーウルフはヴァンパイアの顔に足を乗せた。

「おい……名前くらい聞けよ」

「いらん」

 シンラは足に力を込めレッドタロンの頭を踏みつぶした。

「名前を聞いたとろで墓碑を立てる者もいないだろう」

 レッドタロンの身体がビクンと一度だけ痙攣した。
 この世代のヴァンパイアなら頭部を完全に破壊されればもう再生することはない。

「あっちは片付いたかな……」

 シンラは右肩を押さえ、ヨルたちが向かった方角に耳を澄ました。
 そのとき、その耳に激しい爆発音が届いた。
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