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第1部
9.
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「またそこに座る」
蛍子はキャンバスのほうを向いたままいつもの不平をもらした。明里と魅那子は行儀悪くすぐうしろの机の上に座って雑談していた。
「描いてる途中を見られるのは嫌なんだってば」
「前にいたら目障りって言うじゃない」
「それはあなたたちがなにもしないでくっちゃべってるからでしょ。この忙しいときに」
「まあまあ、それほぼ完成してるんじゃない? もう仕上げだろ?」
魅那子がまっとうな指摘をする。絵心がないものにもわかるくらいに蛍子の作品は出来上がっていた。
「まあ、そうだけど……」
「じゃあ、今日中に終わる?」
明里が足をパタパタさせながらたずねる。
「うん……終わる、かな」
「それなら完成記念ってことで明日は早めにあがってニャスコに寄って帰ろうよ」
明里はショッピングセンターが大好きだ。フードコートで買い食いしたがる。
「なにが完成記念よ。時間があればもう一枚描くわよ」
「ええ! まだ描くの?」
「そうよ、展示品少ないんだから。あたしの名前の作品ばっかりになるのは格好悪いけど」
「美術部員、ひとりしか居ねーのかよって言われるね」
「言われないように明里もなにか描きなさい」
「わかった、描く。描くから明日はニャスコ行こ。明後日から本気出すから」
「うーん……」
「よし、明日は、まんまる屋のお好み焼きにしよう」
「まだ行くって言ってないし。それに明日なにが食べたくなるかなんてまだわかんないわよ」
「いまからお好み焼きの口にしといて」
「お好み焼きなんて食べて帰ったら晩ごはんが入らないでしょ」
「晩ごはんは別腹だから」
「明里は粉物好きだよな。前に行ったときもたこ焼き食べてたし」
魅那子は家に帰りたがらないので道草は大歓迎のようだ。
「コナモノって言うの? たこ焼きもお好み焼きも大好き」
「そういえば」
蛍子は粉物と聞いて思い出したことがあった。
「あなた、こないだニャスコのフードコートでお好み焼きのことを外国人に『ジャパニーズピザ』って説明してたでしょ」
「え、マズかった?」
「まずいでしょうよ」
「えー、なんでー?」
「外国人に教えるんなら、ピザじゃなくてピッツァだろ」
魅那子が見当違いの方向からツッコミを入れる。
「ああ」
「ああ、じゃないのよ」
「まあまあ」
魅那子が蛍子のなだめにかかる。
「それはそれとして、たまには休憩もいいじゃん。どうしてももう一枚必要ってわけじゃないんだろ?」
「まあ、そうだけど……」
蛍子は「魅那子は明里に甘いからなあ」と思いながらうなずいた。
「蛍子も息抜きしないと」
「そうそう。たまには休憩しないと」
魅那子の援護を受けて明里が調子づく。
「一日休憩すればちゃんと次の日には二日分の力が出るから」
「さすが、休憩の合間に人生やってる人は言うことがちがうわね」
「ちゃんと女子高校生らしいこともしといたほうがいいと思うのよ」
「文化祭の準備もちゃんと女子高校生らしい、こ、と、で、す」
学校帰りの道草もいましかできないことではある。同級生の死を経験しての言葉かもしれないが。明里の口から出るとさぼりたい一心にしか聞こえない。
結局、翌日は三人でショッピングセンターに行くことに決まった。二対一なのでしかたない。もう一枚描くことは描くが間に合わなくても魅那子が言うとおりそれなりに展示数はそろっているのだ。
蛍子は窓の外を見た。もうすっかり暗くなっていた。ほかの部員はとっくに帰宅している。グラウンドの運動部も活動をやめて帰りじたくをしているだろう。
「まあ、なんとかなるか」
蛍子は筆を置いて大きく伸びをした。
終わりとみて、明里が座っていた机からすとんと降りた。魅那子も床に足をつける。
冴木祥子の死から二週間ちかくが経ち、文化祭に向けて学校も日常を取りもどそうとしていた。
蛍子はキャンバスのほうを向いたままいつもの不平をもらした。明里と魅那子は行儀悪くすぐうしろの机の上に座って雑談していた。
「描いてる途中を見られるのは嫌なんだってば」
「前にいたら目障りって言うじゃない」
「それはあなたたちがなにもしないでくっちゃべってるからでしょ。この忙しいときに」
「まあまあ、それほぼ完成してるんじゃない? もう仕上げだろ?」
魅那子がまっとうな指摘をする。絵心がないものにもわかるくらいに蛍子の作品は出来上がっていた。
「まあ、そうだけど……」
「じゃあ、今日中に終わる?」
明里が足をパタパタさせながらたずねる。
「うん……終わる、かな」
「それなら完成記念ってことで明日は早めにあがってニャスコに寄って帰ろうよ」
明里はショッピングセンターが大好きだ。フードコートで買い食いしたがる。
「なにが完成記念よ。時間があればもう一枚描くわよ」
「ええ! まだ描くの?」
「そうよ、展示品少ないんだから。あたしの名前の作品ばっかりになるのは格好悪いけど」
「美術部員、ひとりしか居ねーのかよって言われるね」
「言われないように明里もなにか描きなさい」
「わかった、描く。描くから明日はニャスコ行こ。明後日から本気出すから」
「うーん……」
「よし、明日は、まんまる屋のお好み焼きにしよう」
「まだ行くって言ってないし。それに明日なにが食べたくなるかなんてまだわかんないわよ」
「いまからお好み焼きの口にしといて」
「お好み焼きなんて食べて帰ったら晩ごはんが入らないでしょ」
「晩ごはんは別腹だから」
「明里は粉物好きだよな。前に行ったときもたこ焼き食べてたし」
魅那子は家に帰りたがらないので道草は大歓迎のようだ。
「コナモノって言うの? たこ焼きもお好み焼きも大好き」
「そういえば」
蛍子は粉物と聞いて思い出したことがあった。
「あなた、こないだニャスコのフードコートでお好み焼きのことを外国人に『ジャパニーズピザ』って説明してたでしょ」
「え、マズかった?」
「まずいでしょうよ」
「えー、なんでー?」
「外国人に教えるんなら、ピザじゃなくてピッツァだろ」
魅那子が見当違いの方向からツッコミを入れる。
「ああ」
「ああ、じゃないのよ」
「まあまあ」
魅那子が蛍子のなだめにかかる。
「それはそれとして、たまには休憩もいいじゃん。どうしてももう一枚必要ってわけじゃないんだろ?」
「まあ、そうだけど……」
蛍子は「魅那子は明里に甘いからなあ」と思いながらうなずいた。
「蛍子も息抜きしないと」
「そうそう。たまには休憩しないと」
魅那子の援護を受けて明里が調子づく。
「一日休憩すればちゃんと次の日には二日分の力が出るから」
「さすが、休憩の合間に人生やってる人は言うことがちがうわね」
「ちゃんと女子高校生らしいこともしといたほうがいいと思うのよ」
「文化祭の準備もちゃんと女子高校生らしい、こ、と、で、す」
学校帰りの道草もいましかできないことではある。同級生の死を経験しての言葉かもしれないが。明里の口から出るとさぼりたい一心にしか聞こえない。
結局、翌日は三人でショッピングセンターに行くことに決まった。二対一なのでしかたない。もう一枚描くことは描くが間に合わなくても魅那子が言うとおりそれなりに展示数はそろっているのだ。
蛍子は窓の外を見た。もうすっかり暗くなっていた。ほかの部員はとっくに帰宅している。グラウンドの運動部も活動をやめて帰りじたくをしているだろう。
「まあ、なんとかなるか」
蛍子は筆を置いて大きく伸びをした。
終わりとみて、明里が座っていた机からすとんと降りた。魅那子も床に足をつける。
冴木祥子の死から二週間ちかくが経ち、文化祭に向けて学校も日常を取りもどそうとしていた。
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