上 下
9 / 21
第1部

9.

しおりを挟む
「またそこに座る」

 蛍子はキャンバスのほうを向いたままいつもの不平をもらした。明里と魅那子は行儀悪くすぐうしろの机の上に座って雑談していた。

「描いてる途中を見られるのは嫌なんだってば」

「前にいたら目障りって言うじゃない」

「それはあなたたちがなにもしないでくっちゃべってるからでしょ。この忙しいときに」

「まあまあ、それほぼ完成してるんじゃない? もう仕上げだろ?」

 魅那子がまっとうな指摘をする。絵心がないものにもわかるくらいに蛍子の作品は出来上がっていた。

「まあ、そうだけど……」

「じゃあ、今日中に終わる?」

 明里が足をパタパタさせながらたずねる。

「うん……終わる、かな」

「それなら完成記念ってことで明日は早めにあがってニャスコに寄って帰ろうよ」

 明里はショッピングセンターが大好きだ。フードコートで買い食いしたがる。

「なにが完成記念よ。時間があればもう一枚描くわよ」

「ええ! まだ描くの?」

「そうよ、展示品少ないんだから。あたしの名前の作品ばっかりになるのは格好悪いけど」

「美術部員、ひとりしか居ねーのかよって言われるね」

「言われないように明里もなにか描きなさい」

「わかった、描く。描くから明日はニャスコ行こ。明後日から本気出すから」

「うーん……」

「よし、明日は、まんまる屋のお好み焼きにしよう」

「まだ行くって言ってないし。それに明日なにが食べたくなるかなんてまだわかんないわよ」

「いまからお好み焼きの口にしといて」

「お好み焼きなんて食べて帰ったら晩ごはんが入らないでしょ」

「晩ごはんは別腹だから」

「明里は粉物好きだよな。前に行ったときもたこ焼き食べてたし」

 魅那子は家に帰りたがらないので道草は大歓迎のようだ。

「コナモノって言うの? たこ焼きもお好み焼きも大好き」

「そういえば」

 蛍子は粉物と聞いて思い出したことがあった。

「あなた、こないだニャスコのフードコートでお好み焼きのことを外国人に『ジャパニーズピザ』って説明してたでしょ」

「え、マズかった?」

「まずいでしょうよ」

「えー、なんでー?」

「外国人に教えるんなら、ピザじゃなくてピッツァだろ」

 魅那子が見当違いの方向からツッコミを入れる。

「ああ」

「ああ、じゃないのよ」

「まあまあ」

 魅那子が蛍子のなだめにかかる。

「それはそれとして、たまには休憩もいいじゃん。どうしてももう一枚必要ってわけじゃないんだろ?」

「まあ、そうだけど……」

 蛍子は「魅那子は明里に甘いからなあ」と思いながらうなずいた。

「蛍子も息抜きしないと」

「そうそう。たまには休憩しないと」

 魅那子の援護を受けて明里が調子づく。

「一日休憩すればちゃんと次の日には二日分の力が出るから」

「さすが、休憩の合間に人生やってる人は言うことがちがうわね」

「ちゃんと女子高校生らしいこともしといたほうがいいと思うのよ」

「文化祭の準備もちゃんと女子高校生らしい、こ、と、で、す」

 学校帰りの道草もいましかできないことではある。同級生の死を経験しての言葉かもしれないが。明里の口から出るとさぼりたい一心にしか聞こえない。
 結局、翌日は三人でショッピングセンターに行くことに決まった。二対一なのでしかたない。もう一枚描くことは描くが間に合わなくても魅那子が言うとおりそれなりに展示数はそろっているのだ。
 蛍子は窓の外を見た。もうすっかり暗くなっていた。ほかの部員はとっくに帰宅している。グラウンドの運動部も活動をやめて帰りじたくをしているだろう。

「まあ、なんとかなるか」

 蛍子は筆を置いて大きく伸びをした。
 終わりとみて、明里が座っていた机からすとんと降りた。魅那子も床に足をつける。
 冴木祥子の死から二週間ちかくが経ち、文化祭に向けて学校も日常を取りもどそうとしていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

(ほぼ)5分で読める怖い話

アタリメ部長
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

拷問部屋

荒邦
ホラー
エログロです。どこからか連れてこられた人たちがアレコレされる話です。 拷問器具とか拷問が出てきます。作者の性癖全開です。 名前がしっくり来なくてアルファベットにしてます。

校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話

赤髪命
大衆娯楽
少し田舎の土地にある女子校、華水黄杏女学園の1年生のあるクラスの乗ったバスが校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれてしまい、急遽トイレ休憩のために立ち寄った小さな公園のトイレでクラスの女子がトイレを済ませる話です(分かりにくくてすみません。詳しくは本文を読んで下さい)

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

処理中です...