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第一部 空の城
翼のはえた使者(2)
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数日後、フレイヤが帰ってくると、サディは真っ先にミレディ来訪の話をしました。以前、ルーシアがその名前を出したときのフレイヤの反応から、これがただ事ではないと思っていたからです。
ミレディの前で金縛りにあったように動けなかった使い魔たちも、同様にフレイヤの言葉に耳を傾けました。
しかし、フレイヤは「ふうん」と気のない返事をしただけで、あまり関心を引かれたようには見えませんでした。百歳以上だと聞いていたのに見た目がとても若かったことについても「あの子は意外と見栄っ張りだからね」と言っただけで、サディを納得させるような答えはありませんでした。
「ほかに変わったことは無かったかい?」
肩すかしを食らって口を半開きにしたまま固まっているサディにフレイヤがたずねました。
「……はい、あとはなにも」
長い髪の先を指でいじりながらしばらく考えたあとそう答えると、サディは肩のちからを抜いて口を閉じました。あとで思えば、フレイヤはルーシアからミレディの話を聞いたとき、すでにここを訪れることを予期していたのかもしれません。さらに考えるなら、「ミレディがなにか事を起こすときには、フレイヤに会う必要がある」ということでしょうか。でも、このときのサディには、そこまで考えが至らず、たいしたことではなかったのかなあ、と思うばかりでした。
「大事な用ならまた来るだろうよ」
足もとのシンラと目を合わせて残念がっていたサディは、そう言ったフレイヤの表情に少し厳しいものがあったことに気づきませんでした。
魔女会議のことについて、フレイヤは多くを語りませんでした。
「イーディスは若いけど、ロリーナの弟子だけあって上手いことやっていたよ」
と、以前訪ねてきた魔女同盟の新盟主の議長ぶりを褒めたくらいです。
「結局、ミレディのことにしても、ウルスラっていう盗賊団の首領にしても、こないだの王立教育委員会にしても、なにもわかっちゃいないからね。これまで通りにしとこうってことさ」
あまり意義のある会議ではなかった、と言ってその話を打ち切りました。
ついに、左肩を固定している包帯がはずれるときがきました。しかし、すぐに空を飛ぶ練習ができるかというとそうではありません。まずは、固まってしまった筋肉を動かすことからです。フレイヤがサディの二の腕を握って、少しずつ上げたり下げたり角度をつけていくのですが、これがかつて経験したこともないような激しい痛みをともなうのでした。
「本当だ、泣いてないな」
「邪魔だよ」
苦痛に懸命に耐えているサディの顔を覗きこんで感心しているヨルを、シンラが前足で追い払いました。ツキとシンラは痛がるサディを気の毒そうに見ていましたが、ヨルはフレイヤのすることに間違いはないと確信していたので、まったく心配しているようすはありませんでした。
それを何日も続け、やっと左腕が自由に動くようになると、ようやくサディはほうきを持って庭に出ることができました。
玄関のドアを開けると、ときに冷たく感じられるようになった風が、長い黒髪をなびかせました。
森はもうすっかり秋のよそおいでした。草木の一部は紅や黄や茶に色を変えていました。
木の根のように絡まっていたサディの髪の毛は、フレイヤの根気強いブラッシングで、本来の状態であろうと思われるツヤツヤのサラサラになっていました。長さはお尻のあたりで切りそろえられました。その長さにとくに意味はなく、あまり長いとしゃがんだときに地面に触れて汚れるからといった程度の理由でした。サディは指がすっと通るしなやかな髪がとても気に入っていたので、フレイヤに切られるとき「あまり短くしないでほしい」とお願いしました。この半年間でサディがフレイヤに「お願い」したのはそのひとつだけでした。
衣服は、夏場は新しく買ってもらったものを身につけていましたが、いま着ているものは、フレイヤのお下がりをサディが裁縫を教わりながら丈を詰めたものでした。新品の服を着るのは嬉しいものですが、自分で作った服にも愛着がありました。ただし、総じて色は黒っぽいものに限られました。ルーシアが淡色のコートを着ていることからしても、魔女の服が黒一色という決まりはないようです。これはただフレイヤの好みが黒というだけのことか、あるいは魔女同士おたがいわかりやすいように色を統一しているのかもしれません。理由はどうあれ、サディはフレイヤとお揃いでとても満足していました。
そんなわけで、サディがここへ来たとき着ていた「とても裁縫したとは思えない」服は、ばらして雑巾にされました。持っていたほうきは焚き木になりました。
代わりにルーシアは二本のほうきを持って来ていました。一本は竹でできたほうき、これは掃除用です。もう一本はエニシダでできたほうき、これが空を飛ぶ用です。エニシダはマメ科の低木で春には黄色い花をたくたん咲かせます。毒性があったり、トゲのついた種類があったりと怖いところもありますが、ほうきの材料としては一般的で古くから使用されてきました。
ミレディの前で金縛りにあったように動けなかった使い魔たちも、同様にフレイヤの言葉に耳を傾けました。
しかし、フレイヤは「ふうん」と気のない返事をしただけで、あまり関心を引かれたようには見えませんでした。百歳以上だと聞いていたのに見た目がとても若かったことについても「あの子は意外と見栄っ張りだからね」と言っただけで、サディを納得させるような答えはありませんでした。
「ほかに変わったことは無かったかい?」
肩すかしを食らって口を半開きにしたまま固まっているサディにフレイヤがたずねました。
「……はい、あとはなにも」
長い髪の先を指でいじりながらしばらく考えたあとそう答えると、サディは肩のちからを抜いて口を閉じました。あとで思えば、フレイヤはルーシアからミレディの話を聞いたとき、すでにここを訪れることを予期していたのかもしれません。さらに考えるなら、「ミレディがなにか事を起こすときには、フレイヤに会う必要がある」ということでしょうか。でも、このときのサディには、そこまで考えが至らず、たいしたことではなかったのかなあ、と思うばかりでした。
「大事な用ならまた来るだろうよ」
足もとのシンラと目を合わせて残念がっていたサディは、そう言ったフレイヤの表情に少し厳しいものがあったことに気づきませんでした。
魔女会議のことについて、フレイヤは多くを語りませんでした。
「イーディスは若いけど、ロリーナの弟子だけあって上手いことやっていたよ」
と、以前訪ねてきた魔女同盟の新盟主の議長ぶりを褒めたくらいです。
「結局、ミレディのことにしても、ウルスラっていう盗賊団の首領にしても、こないだの王立教育委員会にしても、なにもわかっちゃいないからね。これまで通りにしとこうってことさ」
あまり意義のある会議ではなかった、と言ってその話を打ち切りました。
ついに、左肩を固定している包帯がはずれるときがきました。しかし、すぐに空を飛ぶ練習ができるかというとそうではありません。まずは、固まってしまった筋肉を動かすことからです。フレイヤがサディの二の腕を握って、少しずつ上げたり下げたり角度をつけていくのですが、これがかつて経験したこともないような激しい痛みをともなうのでした。
「本当だ、泣いてないな」
「邪魔だよ」
苦痛に懸命に耐えているサディの顔を覗きこんで感心しているヨルを、シンラが前足で追い払いました。ツキとシンラは痛がるサディを気の毒そうに見ていましたが、ヨルはフレイヤのすることに間違いはないと確信していたので、まったく心配しているようすはありませんでした。
それを何日も続け、やっと左腕が自由に動くようになると、ようやくサディはほうきを持って庭に出ることができました。
玄関のドアを開けると、ときに冷たく感じられるようになった風が、長い黒髪をなびかせました。
森はもうすっかり秋のよそおいでした。草木の一部は紅や黄や茶に色を変えていました。
木の根のように絡まっていたサディの髪の毛は、フレイヤの根気強いブラッシングで、本来の状態であろうと思われるツヤツヤのサラサラになっていました。長さはお尻のあたりで切りそろえられました。その長さにとくに意味はなく、あまり長いとしゃがんだときに地面に触れて汚れるからといった程度の理由でした。サディは指がすっと通るしなやかな髪がとても気に入っていたので、フレイヤに切られるとき「あまり短くしないでほしい」とお願いしました。この半年間でサディがフレイヤに「お願い」したのはそのひとつだけでした。
衣服は、夏場は新しく買ってもらったものを身につけていましたが、いま着ているものは、フレイヤのお下がりをサディが裁縫を教わりながら丈を詰めたものでした。新品の服を着るのは嬉しいものですが、自分で作った服にも愛着がありました。ただし、総じて色は黒っぽいものに限られました。ルーシアが淡色のコートを着ていることからしても、魔女の服が黒一色という決まりはないようです。これはただフレイヤの好みが黒というだけのことか、あるいは魔女同士おたがいわかりやすいように色を統一しているのかもしれません。理由はどうあれ、サディはフレイヤとお揃いでとても満足していました。
そんなわけで、サディがここへ来たとき着ていた「とても裁縫したとは思えない」服は、ばらして雑巾にされました。持っていたほうきは焚き木になりました。
代わりにルーシアは二本のほうきを持って来ていました。一本は竹でできたほうき、これは掃除用です。もう一本はエニシダでできたほうき、これが空を飛ぶ用です。エニシダはマメ科の低木で春には黄色い花をたくたん咲かせます。毒性があったり、トゲのついた種類があったりと怖いところもありますが、ほうきの材料としては一般的で古くから使用されてきました。
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