上 下
13 / 14

第13話 夕日の決闘

しおりを挟む
『モトヒコ!』
「モトヒコ君!」
『モトヒコ!』
「モトヒコ君!」
 あの声はイクミちゃん?……そしてもう一人の声はリトル?……そうだ、リトルだ。2人ともボクの名前を呼んでる。いったい、どうしたんだろ?
 頭の中のもやもやが晴れるにつれて、目の前に、もくもくと発煙筒の煙を吐き出しているトラックが見える。しかもドアが開いたトラックは傷だらけで横倒しになっている。
「イクミちゃん……」
「リトル……」
 ボクの顔を心配そうにのぞき込む2人の顔を見た途端とたん、すべてを思い出した。
「よかった!」
 思わず涙ぐんだイクミちゃんに、リトルは『火事場の馬鹿力ばかぢからだったね』と微笑ほほえみかける。でもひさりに姿を見せてくれたリトルは、とてもつかれているように見える。
 イクミちゃんにトラックから引きずり出されて横たえられていた草地から立ち上がったボクは、リトルの顔をあらためてまじまじと見た。言葉が出てこなかった。それでも、やっと口を開くと「リトル」とつぶやくような一声をしぼり出せた。リトルはれくさそうに、はにかんだ。
 今度こそ言える。今だから言える。たった今までめてきたものが、その言葉がボクの口から出かかった瞬間しゅんかん、パーンというするどい銃声がリトルの体を貫いた。
               *
 驚いた3人が振り向いた先に銃をかまえた黒背広がいた。片手で頭を押さえ、ふらふらとボクたちに近づいてくる。
「なんなんだ、お前は?……」銃がリトルに向けられている。「向こうがけて見えるじゃないか。お前は幽霊か、それともまぼろしなのか……」
『そんなものじゃないよ』
「だまれ!」
 銃が再び火を吹き、リトルの体を通り抜けた銃弾が地面に当たってパッと土くれをき上げた。
「やはり、まぼろしだな……。そうか、わかったぞ。私の部下たちをまどわせたのも、これだったんだな」
 そのとき、黒背広の側に大きな2匹の犬が現れた。犬たちは威嚇いかくするようにウーッとうなっているが、黒背広は平然と犬たちを無視した。
「ふん。私は部下たちのようにまどわされはせんぞ」
「悪いことは、もうやめなよ」とボク。
「なんだと?」
『そうだよ。あなたの友だちも、きっと悲しんでるよ』
 いつの間にか、リトルの姿が外国人の少年のそれに変わっていた。所々、穴の開いた古びた服をまとった、やせ細った少年の姿に。
「ば、バカな……」
 黒背広の陰気な表情がひきつった。そして彼が一歩後ろに退しりぞくごとに、リトルは二歩前進した。見知らぬ少年の姿をりたリトルと黒背広の距離がちぢまった。黒背広は顔色を失い、かすかにふるえているように見えた。そんな黒背広にリトルはドロだらけの手をゆっくりと差しだした。
「や、やめろ……」
『昔は、そんなじゃなかったろ』
「やめろ。そんな目で私を見るな……」
『さぁ、そんなあぶない物は捨ててくれ。ぼくらは友だちだろ。また、いっしょに遊ぼう』
「『友だち……』だと?」
『そうだよ』
「だったら、どうして私にウソをついたのだ。お前だけ、どうして先に死んでしまったのだ。まずしくても、兄弟のように、いっしょに生きていこうと誓い合ったではないか!」
 後退がぴたりとみ、黒背広の顔は赤黒くゆがみはじめた。
「よくも……」黒背広は怒りのために声もしわがれ、体もふるえている。「お前は……よくも私に、こんなものを見せてくれたな」
 銃の引き金が引かれそうになった時、2匹の犬が黒背広におどりかかった。なぼろしだと思っていた犬たちにおそわれた黒背広は驚きのあまり、反撃もままならずに服をぼろぼろにされていく。でも、黒背広の怒りはこんなことではおさまらなかった。犬のきばと爪から体をたくみにすり抜けると、今度は銃口を犬たちに向けた。
「この犬コロめ!」
 そのときだった。ボクとリトルはひろった石を渾身こんしんの力を込めて黒背広に見舞みまったのは。
 石は矢のように、びゅっと風を切ると、黒背広の顔に当たってサングラスを粉々こなごなくだいた。
「ぎゃっ!」
 黒背広は短い悲鳴を上げると、凶器を取り落として草の上にドスンと大の字にひっくりかえってびてしまった。
 ボクたちの勝利だった。
               *
「ありがとう、コモコリ。リトルの呼びかけで、よく来てくれたね。助かったよ。さぁ、しかられないうちに、おばあさんの所へお戻り」
 2匹の犬は、ボクとリトルに元気よく「ばうっ」とあいさつすると、いつかのようにリードを引きずりながら、仲良く土手どてけ上がっていった。
「リトルは大丈夫?」
 イクミちゃんのその言葉を背中に聞いた途端とたん、ボクはリトルの手をとって一目散いちもくさんけ出した。その手はけて見えていても本当に存在するかのように暖かかった。
 イクミちゃんがボクを呼ぶ声がだんだん小さくなる。土手どての上まで来ると、不意ふいに涙が出てきた。みちの向こうから走ってくる何台ものパトカーの姿がにじんで見える。涙をぬぐってリトルを見ると、目の下に深いくまができて、まるで病人のようだ。
 イヤだ。こんなこと絶対にイヤだ。
 でも、その瞬間がやってくることがけられないこともわかっていた。
 闇雲やみくもに走るうち、土手どてにある大きなが見えてきた。ボクはその下に着くと、リトルをおぶり、はるか頭上の一本の太い枝まで一気に上りめた。コモコリたち2匹のシェパード犬に追いかけられたとき、登れなかっただ。
 ボクはゆっくりとリトルを太い枝に座らせるとみきに背中をもたせかけてやった。
「リトル……」
 ボクはやさしく声をかけた。必要なら何度でも声をけるつもりだった。
「モトヒコ……」
 リトルは、人差し指で自分の頭を指し、そしてその手を胸に当てた。ボクも同じ仕草しぐさを返した。そんなボクらの顔を夕日がオレンジ色にめ上げた。リトルはかすかに開けた目を、その夕日に転じた。
『きれいだね……』
「うん」
『今日はいろいろあったね……』
「そうだね」
『いろいろあって、ちょっとつかれちゃったよ……』
「ボクもだよ。ねぇ、リトル」
『なに?……』
「ボク、きみにあやまんなきゃ。いっぱいあやまんなきゃいけなかったんだ。ごめんよ」
『いいよ、そんなこと……』
「どうして?」
『だって、ボクらは一番の友だちだろ……』
 一陣いちじんの風がボクの顔をなでつけた。
 しずみゆく夕日に引き伸ばされたビルの影が、河むこうの土手どておおいはじめるころ、ボクは誰もいなくなったみきをずっと見つめ続けていた、涙でなにも見えなくなっても。
「おやすみ、リトル……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔界プリンスとココロのヒミツ【完結】

小平ニコ
児童書・童話
中学一年生の稲葉加奈は吹奏楽部に所属し、優れた音楽の才能を持っているが、そのせいで一部の部員から妬まれ、冷たい態度を取られる。ショックを受け、内向的な性格になってしまった加奈は、自分の心の奥深くに抱えた悩みやコンプレックスとどう付き合っていけばいいかわからず、どんよりとした気分で毎日を過ごしていた。 そんなある日、加奈の前に突如現れたのは、魔界からやって来た王子様、ルディ。彼は加奈の父親に頼まれ、加奈の悩みを解決するために日本まで来たという。 どうして父が魔界の王子様と知り合いなのか戸惑いながらも、ルディと一緒に生活する中で、ずっと抱えていた悩みを打ち明け、中学生活の最初からつまづいてしまった自分を大きく変えるきっかけを加奈は掴む。 しかし、実はルディ自身も大きな悩みを抱えていた。魔界の次期魔王の座を、もう一人の魔王候補であるガレスと争っているのだが、温厚なルディは荒っぽいガレスと直接対決することを避けていた。そんな中、ガレスがルディを追って、人間界にやって来て……

もしも『あれ』がこの世になかったら

夜船 銀
児童書・童話
日常に当たり前にある『あれ』がなかったら世界はどうなるのでしょう。

かわいいお話

文野志暢
児童書・童話
思わずかわいいって言いたくなる短編をまとめています。

にゃんとワンダフルDAYS

月芝
児童書・童話
仲のいい友達と遊んだ帰り道。 小学五年生の音苗和香は気になるクラスの男子と急接近したもので、ドキドキ。 頬を赤らめながら家へと向かっていたら、不意に胸が苦しくなって…… ついにはめまいがして、クラクラへたり込んでしまう。 で、気づいたときには、なぜだかネコの姿になっていた! 「にゃんにゃこれーっ!」 パニックを起こす和香、なのに母や祖母は「あらまぁ」「おやおや」 この異常事態を平然と受け入れていた。 ヒロインの身に起きた奇天烈な現象。 明かさられる一族の秘密。 御所さまなる存在。 猫になったり、動物たちと交流したり、妖しいアレに絡まれたり。 ときにはピンチにも見舞われ、あわやな場面も! でもそんな和香の前に颯爽とあらわれるヒーロー。 白いシェパード――ホワイトナイトさまも登場したりして。 ひょんなことから人とネコ、二つの世界を行ったり来たり。 和香の周囲では様々な騒動が巻き起こる。 メルヘンチックだけれども現実はそう甘くない!? 少女のちょっと不思議な冒険譚、ここに開幕です。

6分の1ヒーロー!

水山 郡
児童書・童話
【第2回きずな児童書大賞】参加作品です。

落語のような世界

青西瓜(伊藤テル)
児童書・童話
 サッカーに取り組んでいたが、ケガをして選手になる夢が絶たれた由宇。  やりたいことが無くなって虚ろにリハビリを繰り返していると、幼馴染の京子が暇つぶしにと落語のCDと落語の本を持ってくる。  最初は反発したが、暇過ぎて聞いてみると、まあ暇つぶしにはなった、と思う。  そのことを1週間後、次のお見舞いに来た京子へ言うと、それは入門編だと言う。  そして明日は落語家の輪郭亭秋芳の席が病院内で行なわれるという話を聞いていた京子が、見に行こうと由宇を誘う。  次の日、見に行くとあまりの面白さに感動しつつも、じゃあ帰ろうかとなったところで、輪郭亭秋芳似の男から「落語の世界へ行こう」と誘われる。  きっと輪郭亭秋芳の変装で、別の寄席に連れてってくれるという話だと思い、由宇と京子は頷くと、視界が歪む。  気が付いたら落語のような世界にワープしていた。

盲目魔女さんに拾われた双子姉妹は恩返しをするそうです。

桐山一茶
児童書・童話
雨が降り注ぐ夜の山に、捨てられてしまった双子の姉妹が居ました。 山の中には恐ろしい魔物が出るので、幼い少女の力では山の中で生きていく事なんか出来ません。 そんな中、双子姉妹の目の前に全身黒ずくめの女の人が現れました。 するとその人は優しい声で言いました。 「私は目が見えません。だから手を繋ぎましょう」 その言葉をきっかけに、3人は仲良く暮らし始めたそうなのですが――。 (この作品はほぼ毎日更新です)

完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています

オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。 ◇◇◇◇◇◇◇ 「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。 14回恋愛大賞奨励賞受賞しました! これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。 ありがとうございました! ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。 この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)

処理中です...