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俺の義妹が変なことを言い出した
前編
しおりを挟む「……ふぁ……ねむ」
朝。
寝起きのボーっとする意識の中、目を覚ます。
外では小鳥のさえずりが聞こえてくる。
「……まぶし」
カーテンの隙間から光が僅かに入ってきて、運悪くそれが俺の目に直撃する。
さほど眩しいというわけでもないが、俺の今の寝惚け眼にはいささか煩わしい。
俺のベッドは窓際に寄せて置いてある。
寝起きにカーテンと窓を開けて、そのまま天日干しをしてしまおうという考えによるものだ。
ちなみにこれは俺がまだ子供だった頃に考えて配置したもので、それからこの年まで一度も位置は変えていない。
本棚や、勉強机の位置も同様だ。
我ながら素晴らしい配置だったから、などではなく、ただ単に配置換えが面倒だからだ。
少なくともベッドの位置についていえば、この配置は失敗だったと現在進行形で後悔している。
「んー……」
起きるのが面倒で寝たまま手を伸ばし、カーテンの先っちょを人差し指と中指で摘まんで、ちょいちょいと引きながら少しずつ開けていく。
寝起きのせいで今一距離感がつかめず、中々摘まめなくて少しイライラしてくる。
それでも体を起こして開けようという気が起きないのだから、我ながら面倒臭がりな性質だ。
「もう、ちょい……」
やっとのことで半ばまで開くと、こんな態勢の俺にも空の様子くらいは見えてくる。
雲一つない、透き通るような青空。
朝のまだあまり眩しくない、清々しい日差しが降り注いでいる。
この頃になると、俺のボーっとした頭も段々と働き出してきたらしい。
体を起こして窓を開けると、ふわっと優しい風が舞い込んでくる。
「今日もいい日になりそうだな」
時計を見ると、もう少しで8時になるところだった。
ぐっと伸びをして、凝り固まった体を解しながらリビングに向かう。
―――トントントン
1階に降りる階段の音とは別に、リビングに近づくにつれて乱れのないリズミカルな音が聞こえてくる。
義母さんが朝食を作ってくれているところなのだろう。
ほのかにみそ汁のおいしそうな香りも漂ってくる。
「おはよう、父さん、義母さん」
「あぁ、おはよう」
「おはよう、翔君」
リビングに入ると、ソファーではすでにスーツに着替えた父さんが、新聞を読みながらコーヒーを啜っていた。
そして隣の台所では、朝食作りに勤しむ義母さんの姿があった。
我が家の、いつもの朝の風景だ。
「翔。コーヒー、丁度さっき淹れたばっかりだぞ」
「あぁ、貰うよ」
早速台所に向かい、サーバーからカップに移し替える。
濁りのない透明感のあるコーヒーが、トクトクと注がれていく。
丁度一杯分、それでサーバーの中身は空になった。
家では義母さんと優子はお茶派で、俺と父さんがコーヒー派。
だからサーバーに淹れるのもいつも2人分、もしくは多めに淹れても3人分くらいになる。
俺も優子もそうだが、小さい頃から父さんや義母さんが飲んでいるのを見ていて、自然と同じのを飲むようになっていた。
そういう好みの違いが身近にあると、何かと諍いがあるのが定番ではあるが、幸いなことに家ではそういった諍いは起きていない。
飲み物も、目玉焼きにかける調味料も、豆腐の種類も、カレーの辛さも……。
人それぞれ、好みもそれぞれ、そういうスタンスである。
平和で何よりだ。
「……うん、ばっちり!」
「いい匂いだね、義母さん。今日もおいしそうだ」
「うふふ、ありがとう」
味噌汁の味付けを見ていた義母さんが、嬉しそうに柔らかな笑顔を浮かべる。
相変わらず、心が和むような優しさに溢れた笑顔だ。
「もうご飯は出来るから、悪いんだけど優子を起こしてきてくれる?」
「いいけど……優子、まだ起きてないのか。まったく、毎度毎度」
「前までは、ちゃんと自分で起きてたんだけど。ふふふ、いつもお兄ちゃんが起こしてくれるから、甘えてるのかもね」
「どうだか」
冗談かどうかわからないことを言う義母さんに肩をすくめつつ、コーヒーの入ったカップをリビングのテーブルに置いて優子を起こしに行く。
優子の部屋は2階の、奥から2つ目の部屋。
ちなみに一番奥は俺の部屋だ。
「おーい、優子。起きてるか?」
『うん、起きてるよー』
優子の部屋の前に立ってノックすると、すぐに声が返ってくる。
丁度起きたところなのか、それともすでに起きていたのか。
寝惚けたような声じゃないから、多分後者だろう。
「朝飯出来たから、早く降りて来いよ」
『わかった……あ、義兄さん。少し手伝ってほしいんだけど』
「……わかった。入るぞ」
少し考え、頭に嫌な予感を浮かべながらも、俺は意を決して部屋に入る。
「チェストー!」
「おっと」
雑誌か何かを丸めたものを手に、俺の頭に一直線に振り下ろしてくる。
しかもベッドでも使ったのか、天井すれすれのハイジャンプからの、勢いをつけてというオマケ付きだ。
しかし事前に嫌な予感がしていた俺は慌てない。
頭への直撃を回避しながら、降ってくる優子を優しく抱き留める。
「わぷっ!」
「治りたてなんだから、無茶すんなよ」
優子を下ろしてため息混じりに小言を言うが、優子は俺の言うことなど聞いていないようだ。
悔しそうに地団太を踏んでいる。
「うわーん! また避けられたー!」
「そりゃ、こんだけやられてたら慣れるわ……そい」
「んにゃ!」
お仕置きに優子の頭にチョップを落とす。
地味に痛かったのか、「うごごごご」などと頭を抱えている。
しかし俺がやったのは、あくまでツッコミレベルの軽い一発。
何を大げさに痛がってるのやらと呆れる。
「ほら、バカやってないで、さっさと着替えて降りて来いよ。今日も学校だろ」
「う~、はーい」
まだパジャマ姿の優子を置いて、部屋を後にする。
後ろからごそごそと衣擦れのする音が聞こえる。
ちゃんと着替えを始めたらしい。
「……やれやれ。元気になったのはいいけど、元気になり過ぎだろ」
あの優子が事故にあった日から、もうかれこれ1ヶ月が経っていた。
優子自身がリハビリを意欲的に取り組んでいたこともあり、順調に体の機能も戻っていき、実際は1ヶ月も経たずに退院して家に帰ってくることが出来た。
それについては何も問題はない……そう、それについてはだ。
1ヶ月前のあの屋上の出来事以来、優子はことあるごとに俺にちょっかいをかけてくるようになった。
見舞いに行けばティッシュ箱、もしくは枕を投げてくるのは日常茶飯事。
他にもこんなこともあった。
気晴らしにどこか行きたいという時には車椅子に乗せるのだが、背中から優子を抱えようした時、そのまま頭を俺の顎に目掛けて突き上げてきたのだ。
流石にそれは回避出来ずに見事命中。
結構痛かったけど、でも俺より優子の方が痛かったらしく、頭を抱えて涙目になっていた。
自業自得である。
そんなことが退院した後も続き、今も変わらず元気にちょっかいをかけてきているというわけだ。
俺の対応力も日に日に上達し、あの頭突き以降は何とか回避出来ている。
「優子もいつまで、こんなアホなこと続けるつもりなのやら」
しかし、優子もいつまでもそんな事ばかりしている余裕はない。
俺は扉越しに、優子に向けて注意を促す。
「優子、宿題とか忘れないで持っていくんだぞ。忘れたからって、俺に頼んで持ってこさせるのは無しだからな」
『わかってるよー!』
「ほんとか? 3日前に忘れて、届けさせたのを俺は忘れてないからな」
『……ひゅーひゅーひゅー』
「ふけてねぇし」
女子校に男の俺が行くなんて、どれだけハードルが高いことか。
そのことを優子の奴は、ちゃんと理解しているのだろうか。
「ったく、俺は俺で、夏休みの宿題があるんだから。あんまり時間、とらせないでくれよ」
愚痴りながら階段を降り、一足先にリビングへ戻る。
今のペースでいけば夏休みの中頃には、沢山ある宿題も全部終わる見込みとなっている。
早いうちにとっとと終わらせて、後は悠々自適に長い休みをエンジョイすると心に決めているのだ。
「……夏休みか。ほんと、時間が過ぎるのはあっという間だな」
あれから1ヶ月、世間ではすでに夏休みの1週間目が過ぎようとしている。
他の人達も俺と同じように宿題に勤しんだり、趣味に興じたり、だらだらとしていることだろう。
出席日数が足りなかったり、テストの成績が悪く、学校で補講を受けることになっている一部の生徒以外は。
そう、1ヶ月の入院生活をしていた優子は現在、夏休み返上で補講に勤しんでいた。
◇◇◇◇◇
「はむはむ、はむぅ!」
「飯くらい、ゆっくり食えっての。のどに詰まらせても知らないぞ」
「……んくんくんくっ! ……よし、行ってきます!」
「はいはい、いってらっしゃい」
「車に気を付けるんだぞ」
「わかってるよー!」
義母さんが丹精込めて作ってくれた朝食をしっかり味わってるのかいないのか、優子はがつがつと休む間もなく口に放り込んで、5分もしないで平らげてみせた。
最後に温くなったお茶を一気飲みし、白百合学園のマークが入ったスクールバッグを持って家を飛び出していった。
「もう、あんなに急いで。あれじゃあ、また事故にあいそうで心配だわ」
「優子だって、好きで事故にあったわけじゃないだろうが……やっぱり、車で送ってやった方がいいか?」
「いやいや、小学生じゃないんだから。それに行く方向も別だし。父さんも義母さんも、少し過保護になってないか?」
「そうか?」
「そうかしら?」
確かにあの急ぎ様には、また事故にあうんじゃないかと心配になるところはある。
しかし優子もまた痛い思いはしたくないだろうし、いくら急いでいるとはいえ車には細心の注意をしていくはずだ。
とはいっても、前回のも優子のせいじゃなくて車が突っ込んできたせいだし、いくら注意していても事故にあう時はあうのかもしれないけど。
「ま、そんな何回も事故になんてあわないだろ。ほら、父さんもそろそろ時間だろ? 優子の心配もいいけど、父さんも急ぎ過ぎて事故らないように気を付けろよ」
「おっと、もうそんな時間か。じゃあ、俺も行ってくる。翔、縁、行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
「いってらー」
残りのコーヒーを飲み干し、父さんも少し急ぎ気味に家を出て行った。
残ったのは、まだ食べてる途中の俺と義母さんの2人。
「義母さんは今日も休みなんだよな?」
「えぇ。今日まで休みで、明日からは夜勤になるわね」
「大変だねぇ」
「うふふ、好きでやってることだもの」
看護師は小さい頃からの憧れだとか。
自分が好きなことを仕事に出来るのは、大変そうだけどとても羨ましくも思う。
そんなことを考えていると、義母さんは頬に手を当てて、どこか嬉しそうに微笑んで俺を見る。
「休みの日に、家で誰かと一緒にいられるのって少し嬉しいわね」
「……そう?」
「えぇ」
看護師をしている義母さんは、昼勤の日もあれば夜勤の日もある。
父さんみたいなサラリーマンのように、土曜や日曜が休みという勤務形態ではい。
だから家族揃って1日過ごせる日は結構稀だ。
「まぁ、夏休みだからなぁ。補講じゃなかったら、ここに優子も一緒にいたんだけど」
「それは言っちゃだめよ、優子だって好きで補講を受けてるわけじゃないんだもの」
それはそうだ。
好きで補講を受ける人なんて、世界広しといえど1人もいやしないだろう。
「……さて、俺もご馳走様っと」
「はい、お粗末様でした。お皿は流しに置いておいて、後でまとめて洗うから」
「りょーかい」
食器を流し場に置いて、そのまま俺は自分の部屋へ戻る。
机に宿題を広げてポキポキと指を鳴らし、やる気を込めてシャーペンを持つ手に力を籠めた。
「よし、今日も頑張るとしますか!」
目標は今日中に1科目分は終わらせること。
得意科目に絞れば、何とかなるだろう。
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