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俺の義妹がなんか変だ
後編
しおりを挟む「……ん、うぅ……こ、ここ、は……」
体に走る鈍い痛みとともに、ゆっくり意識が覚醒していく。
重たい瞼を開けると、そこはいつもの見慣れた自分の部屋ではなかった。
どこだろう、そう思った時に仄かに鼻孔をくすぐる独特の薬品のような匂い。
自分がいる部屋の内装に目を向けて……。
「……病院? 私、どうしてこんなところに……」
一体何があったのか。
思い返そうとして頭に浮かんだのは、意識がなくなる前の記憶。
私は図書委員会に所属していて、その日はいつもより遅い時間まで学校に残っていた。
別に仕事が多いせいで、遅くまで残っていたわけではない。
ただ丁度その日は、私の希望していた書籍が入荷した日で、元々人も少なかったから夢中で読書に時間を費やしてしまっただけだ。
気づいたら、外は薄暗い時間帯。
鍵を返しに職員室に行くと、残っていた先生が勉強で遅くなったのかと勘違いしていた。
図書委員なのと、あとは私自身の雰囲気のせい、いやおかげだろう。
どうやら私は周囲から勉学少女に見られているようで、遅くなったことにあまり小言を言われなかったのは幸いだった。
……そこまで勉強の成績が良いわけでもないんだけど。
薄暗い帰り道。
私は帰り際まで見ていた本について、思いを馳せていた。
見ていたのはいわゆるラノベで、最近人気が高まりアニメ化までこぎつけた作品だった。
女の子でラノベが好きなんて、ちょっと恥ずかしくて仲のいい友達以外には言えないけど。
前々から気になってはいたもので、図書の教諭に何か入荷する書籍に希望はないかと委員会で聞かれた時、いつもより熱を上げてその作品を推していた。
その甲斐があって、私の希望が通った時は凄く嬉しかった。
まだ読んでいる途中で、続きはどうなるのだろうと、早く明日になって学校に行くのが待ち遠しかった。
そんな浮かれ気分でいたせいだろう、耳に届く大きなクラクションの音に反応が遅れてしまったのは。
それに気付いて慌てて目を向けると、眼前にせまる大きな何かがそこにあった。
逃げる暇もなくすぐに大きな衝撃が体を襲い、そこで私の意識は途絶えてしまった。
状況から考えて、事故にあったんだろうと簡単に予想がつく。
「……よく無事だったなぁ」
体のあちこちが痛くて、見たところ包帯も巻かれているけど、どうやら命は無事だったようだ。
貧弱な体と自覚しているだけに、本当に奇跡的だと思う。
「やっぱり歩いてる途中に、考え事はだめだね。もっと早く気付けたら、逃げることも出来……たらいいなぁ」
運動が苦手だから、事前に気付けても逃げれなかった可能性の方が高い気がする。
でも、そもそもの話しだ。
考え事をしていた私も悪いけど、私は歩道を歩いていたのだから、突っ込んできた向こうの方が圧倒的に悪いと思う。
そう自己弁護する。
そして……。
「……で、“もう一つ”の方」
頭の中にある、もう一つの記憶。
それは私と違い、すでに社会人になっている“あたし”の記憶。
そう、私の中には私と“あたし”の二つの記憶が同時に存在していたのだ。
こういった状況に当てはまるものが、私と“あたし”の記憶の中にあった。
“転生物”
“憑依物”
多分、そのどちらかに当てはまるのだろう。
事故のせいで、前世の記憶が蘇ったのか。
はたまた事故の時に、どこからか“あたし”の魂が入り込んでしまったのか。
“あたし”の最後の記憶が、とあるゲームをしている時で途切れているから、多分寝落ちでもしたのだろう。
「……憑依物、かなぁ?」
少なくとも死んだ記憶はないし。
どういうわけか“あたし”の魂が抜けて、私の中に入ってしまい、今の私になったと……。
「いや、それはそれで“あたし”って、普通に死んでるんじゃないの? 魂が抜けてるわけだし。だとしたら、やっぱり転生物?」
よくわからないけど、最近のラノベにありそうな話だ。
「……ほんと、どうしてこうなったと」
それから私の世話をしてくれていただろう、看護婦をしているお母さんがやってきたり、主治医の先生に診てもらったり、家族の人達や学校に連絡を送ってくれたりと、色々あった。
そして今は義兄さんが見舞いに来てくれている。
お母さんの再婚相手の息子、吉永翔(よしながかける)。
私の1歳年上で、現在高校2年生。
口下手で話し上手ではない私に、何かと気にかけて話しかけてきてくれる優しい人。
多分、良い印象は持たれていないと思うけど、私自身は義兄さんのことは結構好きだった。
今もこうして、持ってきてくれたリンゴを剥いて食べさせてくれてるし。
「ムグムグ……おいし」
「そりゃよかった。病み上がりなんだから、程々にな」
「うん!」
どうやら“あたし”の影響で、今は以前より普通に話せるようになれたみたい。
いきなりのことで色々ビックリしたけど、このことに関しては素直に嬉しい。
(今までちゃんと話せなかった分、これからはたくさん義兄さんと話していきたいなぁ)
そう思っていると、不意にドアをノックする音が聞こえてきた。
「ん? 客か? どうぞ」
「お邪魔しまーす!」
「失礼します」
義兄さんが対応してくれて、入ってきたのは2人の少女だった。
「ムグムグ……ッ!?」
その2人を見た時、私は驚きで目を見開いてしまった。
私が知っている人達だったのは間違いないけど、2人のことは私だけじゃなくて“あたし”も知っていたからだ。
それは現実で会ったことがあるということではない。
なんと2人は、“あたし”が最後にやっていたと記憶しているゲームに登場したキャラクターだった。
“白百合の学園”
それが“あたし”がやっていたゲームの名前だ。
やり込み要素満点なキャラ育成、そして多数のルート分岐によるマルチエンディングの多さが売りのゲームだ。
それらが面倒で少しやって投げる人もいる。
しかし全ルートクリアしてからも、愛着のあるルートを何度も繰り返すようなファンも一定数以上は存在していた。
“あたし”もその一人だ。
話しとしては現代の女子校が舞台で、主人公がテニス部に入って活動していく青春ラブコメディ……そう、ラブなのだ。
女子校でラブ要素。
ゲームの名前からわかるように、このゲームはいわゆる百合ゲーと呼ばれるゲームだった。
やり込み要素だの、マルチエンディングだのが売りなゲームだが、そんなの“あたし”にとって本当はどうでもよかった。
店でパッケージを見た瞬間、百合物で、かつキャラ絵が滅茶苦茶好みに合ってたから始めたゲームである。
そういうジャンルにはまっていたのだ、“あたし”という女は。
「優子ちゃん! 目が覚めたって聞いて、お見舞いに来たよ!」
「……灯里ちゃん?」
若干涙を浮かべ、嬉しそうに抱き着いてくるのは春日灯里ちゃん。
彼女こそがゲームの主人公だ。
天真爛漫な笑顔、健康的な肢体、程良い膨らみ等々、主人公からして見た目が“あたし”のドストライクだった。
この子もヒロインだったらよかったのにと、ゲームをしていて何度も勿体なく思っていた。
「無事でよかったわ、優子。これ貴方が休んでいた間の授業内容、コピーしてきたから。後で見て」
「夏凛ちゃん? ……あ、うん。二人ともありがと」
そしてもう一人。
私と同じように物静かで、でも根暗っぽい私と違ってクールな感じの少女が、ヒロインの1人である渋谷夏凜ちゃん。
172cmと女性にしては少し高い身長、すらっとしたボディ、クールな表情、そしてポニーテールと、夏凛ちゃんも“あたし”の好きな要素が盛り沢山な子だ。
ゲームでは2人はテニス部に入った時に、性格の不一致から色々とごたごたがあったけど、それも解決してテニスを通して友情を育んでいくことになる。
だけどそれがいつしか愛情へと変わっていって、テニスの全国大会で優勝した後に夏凛ちゃんから愛の告白をしてきて、最後に幸せなキスをしてハッピーエンド。
それが夏凛ちゃんルートの展開だ。
ヒロインは他にも5人はいたけど、その中でも春×夏は“あたし”が最も好きなカップリングである。
(……そっか。この世界、白百合の学園の世界なのか)
私にとっては現実だけど、“あたし”にとっては夢にまで見たゲームの世界。
もしかして最後にやっていたゲームだから、魂がその世界に入ってしまったのだろうか。
自分でいくら考えてみても、理由なんて全く解らないけど。
(でも、これってある意味チャンスじゃない? 春×夏を間近で観察できるってことだし)
この世界でも夏凛ちゃんルートに進んでるのか定かではないが、見たところ2人は普通に仲がいいみたいだし、すでにある程度の好感度は稼いでいると思っていいだろう。
私の知ってる限りでも、2人はテニスでダブルスを組んでから、そこそこ経っている。
それらのことから考えて、夏凜ちゃんルートには沿っているはずだ。
(全国大会まで、まだ時間はあるね。今後どうなっていくかわからないけど……春×夏好きとしては、是が非にでも夏凛ちゃんエンドに進んでもらわないと。ふふふ、あの最後のイベントCGが生で見れるわぁ!)
好感度が足りないなら、足りるように私がフォローすればいいだけのこと。
幸い、2人とは友達だし、チャンスはいくらでも巡ってくるだろう。
そんなことを企んでいたら、どうやら2人はもう帰ってしまうらしい。
(くぅ! 私の体を気遣ってくれるのは嬉しいけど、せっかく推しのカップリングと出会えたのに!)
もっと2人がイチャイチャする場面を見ていたかった。
ベッドの中で皆に見えないように、悔しさで拳を強く握り締める。
「……その、また明日来てもいいですか?」
「あぁ、もちろんだ。その方が優子も嬉しいだろうしな」
(ナイス、義兄さん!)
義兄さんがこっちをチラッと見た時、私は全力で頷く。
これで2人は明日も見舞いに来てくれることになった。
(お見舞いが続けばテニスの練習量が少し心配だけど、さいあく優勝できなくてもルートに入るだけなら問題ないわ。最後のイベントCGはちょっと惜しいけど、そん時は別のイベントCGが楽しめるし……よし、やるわよぉ! 目指せ、春×夏エンド! えいえい……)
「……お兄さんも、明日は来るんですか?」
「ん? まぁ、そのつもりだけど」
(おー……ん?)
「……そう、ですか」
「えへへ、楽しみが増えたね!」
「ちょ、あ、灯里!」
(……んん?)
夏凜ちゃんの反応を見て、一瞬疑問符が頭に浮かぶ。
よく見てみると、夏凛ちゃんは視線をチラチラと義兄さんに向けている。
そして表情が薄くてよく読めないけど、何となく頬を染めているような……。
(え、ちょ、待てよ……もしかして、これって……)
「そ、その、何でもありませんから! また明日!」
「お兄さん、また明日来ますね! 優子ちゃんも!」
「あ、あぁ」
「……うん」
(いつから? いったい、いつから夏凜ちゃんは……)
確かに2人とは仲が良くて、何度か家に遊びに来たことはあるけど。
だけど、それだってそんな頻繁にでもない。
(数少ない機会で、夏凛ちゃんが義兄さんに惚れた、だと!? いったい何しやがった、うちの義兄さんは!?)
しかも灯里ちゃんもそれに気付いていて、夏凛ちゃんを後押ししてるように見えた。
というか微妙に灯里ちゃんも、義兄さんに対して距離感が近かったような気さえする。
そして当の義兄さんはというと、そのことに全然気づいてないみたいだ。
どこの鈍感系主人公だと、見ていてイライラしてくる。
あんまり好きではないのだ、そういう鈍感系主人公というのは。
(いや、それよりも! まず私がしないといけないことがある!)
「……義兄さん、ちょっと屋上いこうよ。義兄さんには、お話し(肉体言語)が必要みたいだからさ」
「……えぇー」
お話し(肉体言語)をするなら、開放的で広い屋上へ行くのが最適である。
そこでしっかりと義兄さんに、自分がしでかした罪の大きさを自覚してもらわないといけない。
(百合の中に男が混じるなんて、たとえ義兄さんでも許すまじ!)
普段はここまで熱くなることはない私ではあるが、これも“あたし”の影響か。
今の私は熱血漫画の主人公のごとく、瞳にメラメラと凄まじい炎を宿しているだろう。
◇◇◇◇◇
何が何だかというやつで、もう何でもいいやと若干諦めの境地に達していた。
しかし流石に俺の一存で移動させるわけにもいかず、優子が気分転換で奥上に行きたいらしいと適当に誤魔化して義母さん伝えた。
すると義母さん経由で担当医に話を通して許可を貰えたらしく、短時間だけという約束で屋上に連れていくことができた。
この病院は設備もいいようで、屋上へ上がる階段にも段差昇降機があって助かる。
でなければ俺が優子と車椅子を担いで、長い階段を登ることになっていたかもしれない。
出来なくはないけど、それは流石にしんどかっただろう。
「……んー、良い風だなぁ」
ふわっと肌にあたる風が心地良い。
屋上は丁度誰もいないらしく、俺達2人の貸し切り状態。
もうそろそろ日も落ちる頃合いで、夕焼けに染まる街並みが、また何ともいい景色だ。
「……義兄さん。手、放して」
「ん? お、おぉ」
屋上の中央くらいの所で景色を堪能していると、優子は車椅子を自分で操り俺と向かい合うように位置どった。
一体何をするのかと思って見ていると、なんと優子はおもむろに拳を向けてきた。
俺は驚きで体が動かず、その拳をもろに受けてしまう。
「うおぉぉぉおお! ふんっ、ふんっ、ふんっ! てりゃ!」
しかし……。
「……怪我人が無茶すんなって」
その拳はあまりにも貧弱だった。
それはそうだろう、元々運動が苦手で図書委員になった優子だ。
体だって鍛えていたわけでもないし、そもそも病み上がりの車椅子に乗ってる状態の女の子だ。
帰宅部とはいえ、男の俺にそんなダメージを与えられるわけがない。
「義兄さんが! 泣くまでぇえええ!!! ……い、いたいぃ」
「ほーら見ろ、言わんこっちゃない」
そして人を殴ったことのない女の子の拳で、そんな何度も拳を繰り出したらどうなるか。
答え、自分の手を痛めるだ。
人を殴る時は、自分の手も同じくらい痛いらしいし。
まぁ、俺はまったく痛くなかったけど。
どうやら手首を痛めたらしい優子は、痛めた方の手首をさすりながら涙目になる。
状況が理解できず、涙目になりたいのは俺の方だというのに。
「くぅ、貧弱な我が身をこれほど呪ったことはいまだかつてない! ……それでも、それでもぉ! 全国数百万の百合好きのため、私は戦う! 百合の間に、男など入れてなるものかぁ!」
まだ諦めていないのか、今度は車椅子を操作して突進してくる。
狙うは俺の脛らしい……が、それはあまりにも遅かった。
「……はぁ。ほれ、そろそろ戻るぞ」
優子の操る車椅子の背後に回り込み、取っ手を掴んでそのまま入口に歩みを進めた。
ジタバタと藻掻く優子だが、こんな状態の優子に力負けする理由が欠片もない。
元気だった時でも負ける気はしないけど。
「くぅ、う、うおおおおおおお!!!」
優子は何もできない悔しさで、ただただ男泣きするだけだった。
ドン引き、とまではいかないが、流石に少し引いてしまう。
(これ、本当に頭に影響なかったのか? もう一回、検査してもらった方がいいんじゃ……)
よくわからないまま取り合えず慰めるように、「よしよし」と頭を撫でてやりながら俺は思う。
(……俺の義妹がなんか変だ)
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