23 / 25
23 女神
しおりを挟む
「そうして私は…無断で女神の力を使い、子供を助け、火を消したの」
人気のなくなった礼拝堂は先刻までの熱気が嘘のように静まり返っていた。
灯りは落とされていたが、女神像が淡い光を放ち、室内をほんのりと照らし出していた。
「罪を犯した私は消滅したけれど…何故か人間に生まれ変わって、この昔村だった町に戻ってきたわ」
戦争から数百年経ち、国は栄え村も町へと発展していた。
黒く焼け落ちた岬の砦だけがあの時の悲劇を伝えていたが、人々の記憶からは遠い歴史上の事として既に消え去っていた。
「———それでいつもフランカは海を見ていたのか」
フランカの話を聞いていたスヴェンが口を開いた。
子供とは思えない眼差しで見つめるその先にあったのは、この町の遠い昔だったとは。
「…だが、人助けをする事が罪になるのか?」
「罪なのは無断で地上に降りた事と、女神の力を使った事よ」
フランカは女神像を見上げた。
女神から力を分け与えられた時に、それだけはやってはならないと念を押されたのだ。
「好き勝手に行動してしまえば天の秩序の乱れに繋がるから」
フランカは視線をスヴェンへ戻した。
「スヴェンは私の話を信じてくれるの?」
「———今まで疑問だった事の辻褄が会うからな」
幼い頃から大人びていたフランカ。
誰に教わることもなく歌を歌い、神父よりも深い知識を見せる事もある。
それらも全て…彼女の過去を知れば納得のいくものだった。
「フランカはずっと一人でそんな重い過去を抱えていたんだな」
スヴェンはフランカを抱きしめた。
「スヴェン…」
労わるように腕の中の頭を撫でると、スヴェンはハルムを見た。
じっと女神像を見上げていたハルムは、視線を感じたようにこちらを見た。
「フランカ」
紫色の瞳が大きく揺れた。
「僕も、勝手に地上に降りたから消えないといけない?」
「っそれはハルムのせいじゃないわ」
「だけど僕はフランカの歌を聴いて、声の主にどうしても会いたくて落ちたんだ」
「でもそれは…」
ふいに強い光が礼拝堂を満たした。
光は人影をとると、やがて中から銀色の髪の女性が現れた。
裾の長い光沢のある白いドレスを纏い、光を帯びたその姿は神々しさに満ちていた。
「女神…」
『トゥーナ。元気そうで何よりです』
かつてそうしていたように、膝をついたフランカを見て女神は目を細めた。
「どうしてここに…」
女神は地上に降りられない。
そう聞いていたのに。
『月と天使の星が重なる十年に一度の夜と、そなたの歌で道が繋がったようです。人間になってもそなたの歌には力があるのですね』
そう言うと、女神はハルムを見た。
『ハルム。この度の事はトゥーナの歌による事故。そなたが地上に落ちた事への罪は問いません。さあ天へ帰りましょう』
「僕は…!」
ハルムは女神を見上げた。
「僕はもう、あんな寂しい所に帰りたくありません」
『これ以上ここにいればそなたは消えてしまいますよ』
「———僕は少しでも長く…消えるならその瞬間まで、フランカの側にいたいんです」
女神を見据えてハルムは言うとフランカを見た。
「僕はフランカから離れたくない」
「ハルム…」
「……そもそも、何でそんな寂しい場所に住んでいるんだ?」
独り言のようなスヴェンの言葉に、フランカとハルムは顔を見合わせた。
———そういうものだと思っていたから、これまでそれについて疑問を抱く事はなかったのだが。
『本来、天使は孤独を感じないものなのですよ』
女神が答えた。
『天使とは私の天を維持する力が形になったもの。各地に散らばる事で私の力を天の隅々まで行き渡らせるのです。普通ならばそこでひとりで生きられるのですが…たまに生まれてしまうのですよ、孤独という感情を持ってしまう天使が』
女神は少し悲しそうな表情を浮かべた。
『そういう天使は孤独に耐えきれずに消滅してしまったり、人間に惹かれて地上に堕ちてやがて消えてしまうのです』
「…消えるのを止める事は出来ないのですか」
『これまで色々と試してみましたが、こればかりはどうしようもないのです』
「では…どうして私は、人間に生まれ変わったのですか」
それはずっと疑問に抱いていた事だった。
身体も魂も全て消え去ると聞いていたのに。
『それはそなたが愛し子だからでしょうね。今までの愛し子の中でも特にそなたの力は強かったですから。それに』
女神は優しい眼差しをフランカに向けた。
『そなたの人間への想いはとても強かった』
初めは女神に命じられたから。
けれどやがて人間の為に、トゥーナは歌い続けた。
『この国の教会で歌われる歌の多くが、かつてそなたが人間たちに歌ったもの。そなたの心が人間たちの心に響いていたから、そなたの魂は消えずに人として生まれ変わる事が出来たのでしょう』
戦争が終わり、荒れた人々の心を癒したのはトゥーナが残していった歌だった。
それを元に歌詞を変え、幾つもの歌を作り集まった教会で歌う事で人々は再び女神への信仰を取り戻していった。
あの時は結局、戦争を止める事は出来なかったけれど。
時間を越えて———トゥーナの想いは届いていたのだ。
『確かにトゥーナが勝手に行動した事は罪です。けれどそれ以上にそなたの功績は大きかった』
「女神…」
『トゥーナ…いえフランカ。そなたは今でも私の愛し子です』
女神の言葉にフランカの瞳から大きな雫が溢れていった。
人気のなくなった礼拝堂は先刻までの熱気が嘘のように静まり返っていた。
灯りは落とされていたが、女神像が淡い光を放ち、室内をほんのりと照らし出していた。
「罪を犯した私は消滅したけれど…何故か人間に生まれ変わって、この昔村だった町に戻ってきたわ」
戦争から数百年経ち、国は栄え村も町へと発展していた。
黒く焼け落ちた岬の砦だけがあの時の悲劇を伝えていたが、人々の記憶からは遠い歴史上の事として既に消え去っていた。
「———それでいつもフランカは海を見ていたのか」
フランカの話を聞いていたスヴェンが口を開いた。
子供とは思えない眼差しで見つめるその先にあったのは、この町の遠い昔だったとは。
「…だが、人助けをする事が罪になるのか?」
「罪なのは無断で地上に降りた事と、女神の力を使った事よ」
フランカは女神像を見上げた。
女神から力を分け与えられた時に、それだけはやってはならないと念を押されたのだ。
「好き勝手に行動してしまえば天の秩序の乱れに繋がるから」
フランカは視線をスヴェンへ戻した。
「スヴェンは私の話を信じてくれるの?」
「———今まで疑問だった事の辻褄が会うからな」
幼い頃から大人びていたフランカ。
誰に教わることもなく歌を歌い、神父よりも深い知識を見せる事もある。
それらも全て…彼女の過去を知れば納得のいくものだった。
「フランカはずっと一人でそんな重い過去を抱えていたんだな」
スヴェンはフランカを抱きしめた。
「スヴェン…」
労わるように腕の中の頭を撫でると、スヴェンはハルムを見た。
じっと女神像を見上げていたハルムは、視線を感じたようにこちらを見た。
「フランカ」
紫色の瞳が大きく揺れた。
「僕も、勝手に地上に降りたから消えないといけない?」
「っそれはハルムのせいじゃないわ」
「だけど僕はフランカの歌を聴いて、声の主にどうしても会いたくて落ちたんだ」
「でもそれは…」
ふいに強い光が礼拝堂を満たした。
光は人影をとると、やがて中から銀色の髪の女性が現れた。
裾の長い光沢のある白いドレスを纏い、光を帯びたその姿は神々しさに満ちていた。
「女神…」
『トゥーナ。元気そうで何よりです』
かつてそうしていたように、膝をついたフランカを見て女神は目を細めた。
「どうしてここに…」
女神は地上に降りられない。
そう聞いていたのに。
『月と天使の星が重なる十年に一度の夜と、そなたの歌で道が繋がったようです。人間になってもそなたの歌には力があるのですね』
そう言うと、女神はハルムを見た。
『ハルム。この度の事はトゥーナの歌による事故。そなたが地上に落ちた事への罪は問いません。さあ天へ帰りましょう』
「僕は…!」
ハルムは女神を見上げた。
「僕はもう、あんな寂しい所に帰りたくありません」
『これ以上ここにいればそなたは消えてしまいますよ』
「———僕は少しでも長く…消えるならその瞬間まで、フランカの側にいたいんです」
女神を見据えてハルムは言うとフランカを見た。
「僕はフランカから離れたくない」
「ハルム…」
「……そもそも、何でそんな寂しい場所に住んでいるんだ?」
独り言のようなスヴェンの言葉に、フランカとハルムは顔を見合わせた。
———そういうものだと思っていたから、これまでそれについて疑問を抱く事はなかったのだが。
『本来、天使は孤独を感じないものなのですよ』
女神が答えた。
『天使とは私の天を維持する力が形になったもの。各地に散らばる事で私の力を天の隅々まで行き渡らせるのです。普通ならばそこでひとりで生きられるのですが…たまに生まれてしまうのですよ、孤独という感情を持ってしまう天使が』
女神は少し悲しそうな表情を浮かべた。
『そういう天使は孤独に耐えきれずに消滅してしまったり、人間に惹かれて地上に堕ちてやがて消えてしまうのです』
「…消えるのを止める事は出来ないのですか」
『これまで色々と試してみましたが、こればかりはどうしようもないのです』
「では…どうして私は、人間に生まれ変わったのですか」
それはずっと疑問に抱いていた事だった。
身体も魂も全て消え去ると聞いていたのに。
『それはそなたが愛し子だからでしょうね。今までの愛し子の中でも特にそなたの力は強かったですから。それに』
女神は優しい眼差しをフランカに向けた。
『そなたの人間への想いはとても強かった』
初めは女神に命じられたから。
けれどやがて人間の為に、トゥーナは歌い続けた。
『この国の教会で歌われる歌の多くが、かつてそなたが人間たちに歌ったもの。そなたの心が人間たちの心に響いていたから、そなたの魂は消えずに人として生まれ変わる事が出来たのでしょう』
戦争が終わり、荒れた人々の心を癒したのはトゥーナが残していった歌だった。
それを元に歌詞を変え、幾つもの歌を作り集まった教会で歌う事で人々は再び女神への信仰を取り戻していった。
あの時は結局、戦争を止める事は出来なかったけれど。
時間を越えて———トゥーナの想いは届いていたのだ。
『確かにトゥーナが勝手に行動した事は罪です。けれどそれ以上にそなたの功績は大きかった』
「女神…」
『トゥーナ…いえフランカ。そなたは今でも私の愛し子です』
女神の言葉にフランカの瞳から大きな雫が溢れていった。
20
お気に入りに追加
152
あなたにおすすめの小説
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!
やっと、
mahiro
恋愛
婚約破棄しろ、と言われ私はやっとここまでこれたと思った。
本当はもっと早くにこうなりたかった。
そう思っていると拳銃を向けた兵が部屋にやってきて……?
※『お飾りの私と怖そうな隣国の王子様』の登場人物が出ております。同じ世界のお話です。
人間、平和に長生きが一番です!~物騒なプロポーズ相手との攻防録~
長野 雪
恋愛
降ってわいた幸運によって、逆に命を縮めてしまった前世アラサーの橘華は自分がいわゆるファンタジー世界の子爵令嬢リリアンとして転生したことに気づく。前世のような最期を迎えないよう、齢3歳にして平凡かつ長生きの人生を望む彼女の前に、王都で活躍する大魔法使いサマが求婚に現れる。「この手を取ってもらえなければ、俺は世界を滅ぼしてしまうかもしれない」という物騒なプロポーズをする大魔法使いサマと、彼の物騒な思考をどうにか矯正して、少しでも平穏な生活を送りたい転生令嬢の攻防録。※R15は保険。
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
お飾り王妃の受難〜陛下からの溺愛?!ちょっと意味がわからないのですが〜
湊未来
恋愛
王に見捨てられた王妃。それが、貴族社会の認識だった。
二脚並べられた玉座に座る王と王妃は、微笑み合う事も、会話を交わす事もなければ、目を合わす事すらしない。そんな二人の様子に王妃ティアナは、いつしか『お飾り王妃』と呼ばれるようになっていた。
そんな中、暗躍する貴族達。彼らの行動は徐々にエスカレートして行き、王妃が参加する夜会であろうとお構いなしに娘を王に、けしかける。
王の周りに沢山の美しい蝶が群がる様子を見つめ、ティアナは考えていた。
『よっしゃ‼︎ お飾り王妃なら、何したって良いわよね。だって、私の存在は空気みたいなものだから………』
1年後……
王宮で働く侍女達の間で囁かれるある噂。
『王妃の間には恋のキューピッドがいる』
王妃付き侍女の間に届けられる大量の手紙を前に侍女頭は頭を抱えていた。
「ティアナ様!この手紙の山どうするんですか⁈ 流石に、さばききれませんよ‼︎」
「まぁまぁ。そんなに怒らないの。皆様、色々とお悩みがあるようだし、昔も今も恋愛事は有益な情報を得る糧よ。あと、ここでは王妃ティアナではなく新人侍女ティナでしょ」
……あら?
この筆跡、陛下のものではなくって?
まさかね……
一通の手紙から始まる恋物語。いや、違う……
お飾り王妃による無自覚プチざまぁが始まる。
愛しい王妃を前にすると無口になってしまう王と、お飾り王妃と勘違いしたティアナのすれ違いラブコメディ&ミステリー
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる