天使は歌を望む

冬野月子

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23 女神

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「そうして私は…無断で女神の力を使い、子供を助け、火を消したの」

人気のなくなった礼拝堂は先刻までの熱気が嘘のように静まり返っていた。
灯りは落とされていたが、女神像が淡い光を放ち、室内をほんのりと照らし出していた。

「罪を犯した私は消滅したけれど…何故か人間に生まれ変わって、この昔村だった町に戻ってきたわ」
戦争から数百年経ち、国は栄え村も町へと発展していた。
黒く焼け落ちた岬の砦だけがあの時の悲劇を伝えていたが、人々の記憶からは遠い歴史上の事として既に消え去っていた。


「———それでいつもフランカは海を見ていたのか」
フランカの話を聞いていたスヴェンが口を開いた。
子供とは思えない眼差しで見つめるその先にあったのは、この町の遠い昔だったとは。

「…だが、人助けをする事が罪になるのか?」
「罪なのは無断で地上に降りた事と、女神の力を使った事よ」
フランカは女神像を見上げた。
女神から力を分け与えられた時に、それだけはやってはならないと念を押されたのだ。
「好き勝手に行動してしまえば天の秩序の乱れに繋がるから」
フランカは視線をスヴェンへ戻した。

「スヴェンは私の話を信じてくれるの?」
「———今まで疑問だった事の辻褄が会うからな」
幼い頃から大人びていたフランカ。
誰に教わることもなく歌を歌い、神父よりも深い知識を見せる事もある。
それらも全て…彼女の過去を知れば納得のいくものだった。

「フランカはずっと一人でそんな重い過去を抱えていたんだな」
スヴェンはフランカを抱きしめた。
「スヴェン…」
労わるように腕の中の頭を撫でると、スヴェンはハルムを見た。

じっと女神像を見上げていたハルムは、視線を感じたようにこちらを見た。
「フランカ」
紫色の瞳が大きく揺れた。
「僕も、勝手に地上に降りたから消えないといけない?」
「っそれはハルムのせいじゃないわ」
「だけど僕はフランカの歌を聴いて、声の主にどうしても会いたくて落ちたんだ」
「でもそれは…」

ふいに強い光が礼拝堂を満たした。

光は人影をとると、やがて中から銀色の髪の女性が現れた。
裾の長い光沢のある白いドレスを纏い、光を帯びたその姿は神々しさに満ちていた。


「女神…」
『トゥーナ。元気そうで何よりです』
かつてそうしていたように、膝をついたフランカを見て女神は目を細めた。

「どうしてここに…」
女神は地上に降りられない。
そう聞いていたのに。

『月と天使の星が重なる十年に一度の夜と、そなたの歌で道が繋がったようです。人間になってもそなたの歌には力があるのですね』
そう言うと、女神はハルムを見た。
『ハルム。この度の事はトゥーナの歌による事故。そなたが地上に落ちた事への罪は問いません。さあ天へ帰りましょう』

「僕は…!」
ハルムは女神を見上げた。
「僕はもう、あんな寂しい所に帰りたくありません」
『これ以上ここにいればそなたは消えてしまいますよ』

「———僕は少しでも長く…消えるならその瞬間まで、フランカの側にいたいんです」
女神を見据えてハルムは言うとフランカを見た。

「僕はフランカから離れたくない」
「ハルム…」
「……そもそも、何でそんな寂しい場所に住んでいるんだ?」
独り言のようなスヴェンの言葉に、フランカとハルムは顔を見合わせた。
———そういうものだと思っていたから、これまでそれについて疑問を抱く事はなかったのだが。


『本来、天使は孤独を感じないものなのですよ』
女神が答えた。

『天使とは私の天を維持する力が形になったもの。各地に散らばる事で私の力を天の隅々まで行き渡らせるのです。普通ならばそこでひとりで生きられるのですが…たまに生まれてしまうのですよ、孤独という感情を持ってしまう天使が』
女神は少し悲しそうな表情を浮かべた。
『そういう天使は孤独に耐えきれずに消滅してしまったり、人間に惹かれて地上に堕ちてやがて消えてしまうのです』

「…消えるのを止める事は出来ないのですか」
『これまで色々と試してみましたが、こればかりはどうしようもないのです』

「では…どうして私は、人間に生まれ変わったのですか」
それはずっと疑問に抱いていた事だった。
身体も魂も全て消え去ると聞いていたのに。


『それはそなたが愛し子だからでしょうね。今までの愛し子の中でも特にそなたの力は強かったですから。それに』
女神は優しい眼差しをフランカに向けた。
『そなたの人間への想いはとても強かった』
初めは女神に命じられたから。
けれどやがて人間の為に、トゥーナは歌い続けた。

『この国の教会で歌われる歌の多くが、かつてそなたが人間たちに歌ったもの。そなたの心が人間たちの心に響いていたから、そなたの魂は消えずに人として生まれ変わる事が出来たのでしょう』

戦争が終わり、荒れた人々の心を癒したのはトゥーナが残していった歌だった。
それを元に歌詞を変え、幾つもの歌を作り集まった教会で歌う事で人々は再び女神への信仰を取り戻していった。

あの時は結局、戦争を止める事は出来なかったけれど。
時間を越えて———トゥーナの想いは届いていたのだ。

『確かにトゥーナが勝手に行動した事は罪です。けれどそれ以上にそなたの功績は大きかった』
「女神…」
『トゥーナ…いえフランカ。そなたは今でも私の愛し子です』
女神の言葉にフランカの瞳から大きな雫が溢れていった。
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