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18 見舞い
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「ハルム」
アンナが顔を覗かせた。
「畑の仕事を手伝ってくれる?」
「フランカから離れたらフランカが起きちゃう」
「代わりの見張りは用意したから大丈夫」
エミーを抱き抱えたベックが入ってきた。
「エミーは昼寝の時間なんだ。フランカ、エミーを見てて」
眠そうなエミーをフランカの隣へ寝かせると、エミーは嬉しそうにフランカへとすり寄った。
「エミーもこの二日間フランカに構ってもらえてないから寂しいの。添い寝してあげて」
「…分かったわ」
アンナの言葉に苦笑して、皆が部屋から出ていくのを見送ると、フランカは早くも寝息を立て始めたエミーをそっと抱きしめた。
…あの子もこれくらいだった。
目覚めるまで見ていた昔の夢を思い出す。
村中が燃える中、奇跡的に助かった唯一の子供。
あの子はあの後無事に生きる事ができただろうか。
———あの時自分がした事を後悔はしていないけれど、あの子の行く末を見る事が出来なかったのは唯一の心残りだった。
フランカが再びこの地へ戻ってきた時には既に数世代を経て、村は町となりあの砦の残骸以外、当時の面影を残すものは何もなかったのだ。
あの子の子孫がこの町で生きていたらいいのに。
エミーの頭を撫でながらそんな事を考えていると、ドアをノックする音が聞こえてフランカは顔を上げた。
「フランカ…起きていたか」
スヴェンは部屋に入ってくると、ベッドの傍らに立った。
「具合はどうだ」
「もう平気だけど、みんな起きさせてくれないの」
「まだ熱が少しある」
フランカの額に手をあててスヴェンは眉をひそめた。
「働きすぎなんだ。祭りだって控えているんだし、いい機会だから少し休め」
「十分休んだわ」
「じゃあもっと休め」
額から頬へと手を滑らせると、熱で赤みのあるそこを労わるようにそっと撫でる。
中性的でひんやりとしたハルムの手と違い、スヴェンの大きくて温かな手で撫でられるとほっとするような、安心感を感じる。
心地よさに思わずフランカが目を閉じると、唇に何か触れる感触を覚えた。
ぱちりと目を開くと、すぐ目の前にスヴェンの顔があった。
「…スヴェン」
「無防備に目なんか閉じるから」
悪びれる様子もなくそう言うとスヴェンはもう一度フランカに口付けた。
「…エミーがいるのに…」
「よく寝てるだろう」
フランカの腕の中のエミーの頭を撫でると、スヴェンは笑みを浮かべた。
「拒否はしないんだな」
「え?」
「キスしても」
再び顔を近づけたスヴェンがフランカの唇を軽く吸うように食むと、赤みのある頬がさらに赤くなった。
「っなんで…急にこんな…」
これまでスヴェンとは親しくしていたが、それは幼馴染という関係でスヴェンがフランカに触れてくる事はほとんどなかった。
スヴェンのフランカへの気持ちに気付いてはいたけれど、あくまでもスヴェンの心の中にだけあるものだったのに。
「口説いている最中だからな、男として意識してもらわないと。———変な奴も現れたし」
「変な…ってハルムの事?」
「まったく。天使が恋敵とはな」
「…あの子はそういうんじゃ…」
「あいつはフランカに惚れてるだろう」
スヴェンはベッドの縁に腰を下ろした。
「そんなの…分からないわ。人間と天使は感情が違うもの」
「そうなのか?」
「ハルムは…何百年も独りきりで過ごしてきたの。ずっと独りで…誰かと一緒にいるという事が初めてなのよ。だからハルムが私を慕うのは、エミーが家族の代わりに私を慕うのと同じなのよ」
「それは君がそう思っているだけじゃないのか」
大きな手がフランカの髪を撫でた。
「エミーと同じなら、俺に嫉妬したりしないだろ」
「…それは」
「フランカ、君は気づいていないだろうけれど」
スヴェンは髪を撫でる手を止めた。
「君は声だけじゃなくて、歌う姿もとても美しいんだ、それこそ天使や女神のように。あの天使が落ちてくるのも分かる」
正面から褒められ、フランカの顔が再び赤くなった。
そんなフランカに微笑むと、スヴェンはフランカの顔に落ちてきた髪をかきあげ、額に手を当てた。
「また少し熱が上がってきたか」
「…スヴェンが変なこと言ったりするから…」
「それは悪かったな」
触れた額にキスを落とすとスヴェンは立ちあがった。
「リンゴを持ってきたんだ。台所に置いておくから」
「…ありがとう」
「また来る。ちゃんと寝ているんだぞ」
最後にもう一度フランカの頭をひと撫ですると、スヴェンは部屋から出て行った。
アンナが顔を覗かせた。
「畑の仕事を手伝ってくれる?」
「フランカから離れたらフランカが起きちゃう」
「代わりの見張りは用意したから大丈夫」
エミーを抱き抱えたベックが入ってきた。
「エミーは昼寝の時間なんだ。フランカ、エミーを見てて」
眠そうなエミーをフランカの隣へ寝かせると、エミーは嬉しそうにフランカへとすり寄った。
「エミーもこの二日間フランカに構ってもらえてないから寂しいの。添い寝してあげて」
「…分かったわ」
アンナの言葉に苦笑して、皆が部屋から出ていくのを見送ると、フランカは早くも寝息を立て始めたエミーをそっと抱きしめた。
…あの子もこれくらいだった。
目覚めるまで見ていた昔の夢を思い出す。
村中が燃える中、奇跡的に助かった唯一の子供。
あの子はあの後無事に生きる事ができただろうか。
———あの時自分がした事を後悔はしていないけれど、あの子の行く末を見る事が出来なかったのは唯一の心残りだった。
フランカが再びこの地へ戻ってきた時には既に数世代を経て、村は町となりあの砦の残骸以外、当時の面影を残すものは何もなかったのだ。
あの子の子孫がこの町で生きていたらいいのに。
エミーの頭を撫でながらそんな事を考えていると、ドアをノックする音が聞こえてフランカは顔を上げた。
「フランカ…起きていたか」
スヴェンは部屋に入ってくると、ベッドの傍らに立った。
「具合はどうだ」
「もう平気だけど、みんな起きさせてくれないの」
「まだ熱が少しある」
フランカの額に手をあててスヴェンは眉をひそめた。
「働きすぎなんだ。祭りだって控えているんだし、いい機会だから少し休め」
「十分休んだわ」
「じゃあもっと休め」
額から頬へと手を滑らせると、熱で赤みのあるそこを労わるようにそっと撫でる。
中性的でひんやりとしたハルムの手と違い、スヴェンの大きくて温かな手で撫でられるとほっとするような、安心感を感じる。
心地よさに思わずフランカが目を閉じると、唇に何か触れる感触を覚えた。
ぱちりと目を開くと、すぐ目の前にスヴェンの顔があった。
「…スヴェン」
「無防備に目なんか閉じるから」
悪びれる様子もなくそう言うとスヴェンはもう一度フランカに口付けた。
「…エミーがいるのに…」
「よく寝てるだろう」
フランカの腕の中のエミーの頭を撫でると、スヴェンは笑みを浮かべた。
「拒否はしないんだな」
「え?」
「キスしても」
再び顔を近づけたスヴェンがフランカの唇を軽く吸うように食むと、赤みのある頬がさらに赤くなった。
「っなんで…急にこんな…」
これまでスヴェンとは親しくしていたが、それは幼馴染という関係でスヴェンがフランカに触れてくる事はほとんどなかった。
スヴェンのフランカへの気持ちに気付いてはいたけれど、あくまでもスヴェンの心の中にだけあるものだったのに。
「口説いている最中だからな、男として意識してもらわないと。———変な奴も現れたし」
「変な…ってハルムの事?」
「まったく。天使が恋敵とはな」
「…あの子はそういうんじゃ…」
「あいつはフランカに惚れてるだろう」
スヴェンはベッドの縁に腰を下ろした。
「そんなの…分からないわ。人間と天使は感情が違うもの」
「そうなのか?」
「ハルムは…何百年も独りきりで過ごしてきたの。ずっと独りで…誰かと一緒にいるという事が初めてなのよ。だからハルムが私を慕うのは、エミーが家族の代わりに私を慕うのと同じなのよ」
「それは君がそう思っているだけじゃないのか」
大きな手がフランカの髪を撫でた。
「エミーと同じなら、俺に嫉妬したりしないだろ」
「…それは」
「フランカ、君は気づいていないだろうけれど」
スヴェンは髪を撫でる手を止めた。
「君は声だけじゃなくて、歌う姿もとても美しいんだ、それこそ天使や女神のように。あの天使が落ちてくるのも分かる」
正面から褒められ、フランカの顔が再び赤くなった。
そんなフランカに微笑むと、スヴェンはフランカの顔に落ちてきた髪をかきあげ、額に手を当てた。
「また少し熱が上がってきたか」
「…スヴェンが変なこと言ったりするから…」
「それは悪かったな」
触れた額にキスを落とすとスヴェンは立ちあがった。
「リンゴを持ってきたんだ。台所に置いておくから」
「…ありがとう」
「また来る。ちゃんと寝ているんだぞ」
最後にもう一度フランカの頭をひと撫ですると、スヴェンは部屋から出て行った。
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