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41「幸せになって欲しいと思っているの」

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 今年のファーストダンスは、ダンスサロンによる集団演技だ。
 この日のために振り付けやフォーメーションを工夫して練習を重ねてきたのだという。

 何度も練習をしたというだけあって、ダンスは全員の動きが揃いとても見事だった。
(本当にすごいわ。ルイーザがアイデアを出したと聞いたけれど……)
「去年のヴェロニカと殿下のダンスに触発されたからよ」とルイーザは言っていた。
 あの曲の時、ヴェロニカたちが一番上手く踊ったことがよほど悔しかったらしい。
 ダンスが終わると会場中から大きな拍手が送られた。

「じゃあヴェロニカ、行こうか」
 カインが手を差し出した。
「……クラーセン様は最後に踊るのでは」
「二曲踊ることにしたんだ。な、ヴェロニカ」
 眉をひそめたエリアスにそう答えると、カインはヴェロニカの手を引いてフロアへと向かった。
「二曲……?」
 二人の後ろ姿を見つめてエリアスは目を見開いた。


 皆が踊る一曲目は、テンポがゆっくりとしたスローワルツだ。
「ヴェロニカは、夏休みは領地に帰るのか?」
 踊りながらカインが尋ねた。
「いいえ。花壇の世話もあるし、王立図書館にも行きたいから」
 去年もそうやって過ごしたのだ。
「ああ。図書館は俺も通ったな」
「そうなの? じゃあすれ違ったかもしれないわね」
「俺は一度見かけたよ」
 カインは言った。
「そうだったの?」
「真剣に本を選んでいたな」
「……たくさんあるから選ぶのが大変なんだもの」
 読みたい本はたくさんあるが、時間には限りがある。
 本を選ぶのは大変だが楽しい時間でもあった。
「確かに。本を選ぶだけで一日が終わるな」
 カインは笑顔で言った。

「カインは領地へ帰るの?」
「いや。遠いし、帰ったところですることもないし」
「カインは領主なのでしょう?」
「実際の管理は祖父の代からいる者が行っている。俺は爵位だけを受け継いでいるようなものだ」
 そう答えて、カインは一度視線をそらした。

「……公爵家へ行く予定だ」
「お父様に会いに?」
「一度来いと何度も手紙がくるからな」
「それだけ気にかけているのね」
「さあな」
 カインは短く息をはいて、ヴェロニカを見ると笑みを浮かべた。

「夏休み中に一緒に王室図書館へ行こうか」
「いいわね」
「書きかけだった小説も、もう少しでできる予定なんだ」
「まあ、本当に?」
 ヴェロニカは目を輝かせた。
「楽しみだわ」
「期待に添えるかは分からないけどな。……ヴェロニカは小説を書いたりしないのか?」

「え、私?」
 ヴェロニカは首を振った。
「私は無理だわ」
「そうなのか?」
「……書いてみたこともあるけど、どうしても上手く書けなくて」
「上手く書こうとしなくてもいいだろ」
「でも……」
「俺は書きたいものがあるから書く、それだけだ」
 ヴェロニカを見つめてカインは言った。
「それに、書いていればそのうち腕も上がってくる」
「そういうものなのね」

(ああ……やっぱり、カインとお話しするのは楽しいわ)
 ヴェロニカはつくづく思った。
 気負わないカインとの会話はとても楽しく、心地よさを感じる。
(カインとだったら……婚約しても穏やかにいられるのかしら)
 前世のように嫉妬に狂うことも、その結果破滅することもなく。
 そんなことを考えたら過去を思い出して、ヴェロニカは心の奥に鈍い痛みを感じた。


 曲が終わるとエリアスが歩み寄ってきた。
「ヴェロニカ様、サロンの方々の元へ参りましょう」
「ええ」
「じゃあヴェロニカ、後でな」
 ヴェロニカの頬に手を触れると、カインは去っていった。

 カインと別れて二人が向かった先には、既に他のサロンメンバーが集まっていた。
「ヴェロニカ先輩! とっても綺麗です」
「ありがとう。みんなもとても可愛いわ」
 お揃いの髪飾りをつけた女子たちは皆それぞれ可愛らしく着飾っていた。
 胸に花を飾った男子たちもよく似合っている。
「それじゃあ早速踊りに行こうか」
 ルートが声をかけた。
「ヴェロニカ様」
 差し出されたエリアスの手を取ると、ヴェロニカはフロアへと入っていった。

「先ほどはクラーセン様とずいぶんと楽しそうに踊られていましたね」
 踊り始めるとエリアスが尋ねた。
「そうね、楽しかったわ」
 エリアスを見上げてヴェロニカは答えた。
「何か話されていたようですが」
「夏休みに王立図書館に行こうという話をしていたの。それから、カインはお父様に会いにいくんですって」
「……そうですか」
「お父様と仲良くなれるといいわね」

「ヴェロニカ様は……クラーセン様のことを……どう思われているのですか」
「え? ……何て?」
 演奏の音が大きくなり、エリアスの声を聞き取れずにヴェロニカは首をかしげて聞き返した。
「……いえ。クラーセン様のことが心配ですか」
 エリアスはそう言い換えた。
「そうね。お父様と仲良くなって欲しいわ」
 前世では父親を恨み、親族であるフィンセントを恨んで罪を犯したカイン。
 本来は優しい性格である彼に、今世では幸せになって欲しいとヴェロニカは心から思った。

「……そうですか」
 わずかに眉を寄せてエリアスはそう答えた。
「カインには幸せになって欲しいと思っているの」
「幸せ、ですか」
「ええ。もちろんエリアスもね」

「――私はこうしてヴェロニカ様のお側にいられることが幸せです」
 ヴェロニカを見つめてエリアスは言った。


(あの二人……大丈夫かしら)
 皆で踊る最後の五曲目。
 ルートと踊るヴェロニカの視線の先には、エリアスとアリサの姿があった。
 エリアスはアリサが苦手だし、アリサもそのことに気づいている。
 だからだろうか、手を組む二人の姿はぎこちなく見えた。

「あの……エリアス先輩。すみません」
 アリサは口を開いた。
「私とは踊りたくありませんよね」
 踊ることを断れればよかったのだが、園芸サロンメンバーは男女五人ずつなので、一人が欠けると踊れない者が出てしまうのだ。
 それに、他の人たちが楽しんでいるのに水を差すようなことはできなかった。

「……そのようなことはございません」
 やや間があって、エリアスは口を開いた。
「でも……私のこと、嫌いですよね」
 サロンに入って以来、まともに話をするのも、目を合わせるのもこれが初めてだ。

「そう思わせていたのでしたら、申し訳ございません」
 アリサを見てエリアスは言った。
「お嫌いというわけではありません。ただ……その、色が苦手でして」
「色?」
「赤い色が、どうしても苦手なのです」

「……赤が……そう、ですか」
 アリサは自分の髪をちらと見た。
(髪色が嫌い……? 『前』は、好きだと言っていたのに)
 そう思い、すぐにアリサは心の中で打ち消した。
(今の先輩は『前の先輩』と違うもの……)

「申し訳ございません」
 エリアスはもう一度謝罪の言葉を口にした。
 その声には何の感情も感じられず――彼が本心では謝罪を望んでいない、つまり本当に自分の髪色が不快なのだとアリサは悟った。

(また……先輩に迷惑をかけてしまった)
 ズキリ、とアリサの心が痛んだ。

 以前とは別人のようなヴェロニカが、『彼女』が言っていたように本当に大丈夫なのか確かめたくて、同じ園芸サロンに入った。
 そのサロンにいたエリアスは、以前のように怪我をしておらず、さらにヴェロニカの執事となっていたことには驚いた。
 エリアスもまた、アリサが知るエリアスとは別人のようで――けれど、髪色が理由で自分が嫌われるとは思わなかった。

 アリサも以前は自分の髪色が自慢だった。
 アウロラの花に似ていたし、皆も褒めてくれたが、それが原因で悲劇が起こってしまった。

 今は髪色について触れられたくはないし、目立ちたくないと思っている。
 園芸サロンのメンバーは皆優しくて、アリサの意向を汲んで髪色のことを何も言わないし、普通の学校生活を送れていたけれど。
 よりによってエリアスに不快感をずっと与えていたなんて。
(園芸サロンに入らなければ良かったのかな)
 彼には今度こそ幸せになって欲しいのに。
(幸せ……)
「……先輩は、幸せですか」

「え?」
「……あっ」
 無意識に声に出していたことに気づいてアリサは慌てた。
「あ、あのっすみません。ええと……」
「――執事としては幸せですね」
 独り言のように、エリアスはぽつりと言った。
「執事として……」
「ええ。幸せです」
 その視線をルートと踊るヴェロニカへ送り、エリアスはもう一度言った。
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