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26「そんなことないわ、いい人よ」
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「ヴェロニカって、天然のたらしというか……」
午後の準備があるからと、エリアスとカインが立ち去っていくのを見ながらルイーザが口を開いた。
「意外と男を手玉に取るタイプよね」
「え?」
「ううん」
小さくつぶやいたのを聞き返したヴェロニカにルイーザは首を振った。
エリアスがヴェロニカに、主人以上の感情を抱いているであろうことは側から見ていて伝わってくる。
カインもバッジを預けたりクイーンに選ぶことを約束したりするくらいだ、ヴェロニカは特別な存在なのだろう。
フィンセントもヴェロニカに対して恋心に近い感情を抱いているのが分かる。
けれど当人は、まったくそれに気づいていないのだ。
いや、気づいているのかもしれないが、傷のある自分には恋など関係ないと思い込んでいるようなのだ。
確かに、傷が気にならないと言えばうそになるが、その欠点を補っても余りあるほどの美しさと魅力がヴェロニカにはある。
そうして、自分に向けられる好意に気づかないまま相手に親しく、自然体で接するから、更に相手の感情を刺激するのだろう。
(まあ、それがヴェロニカの魅力でもあるんだけどね)
「やる気を出させるのが上手いなって」
ルイーザはそう言った。
「そう?」
「エリアス様はきっと必死になるでしょうね」
「だといいわね」
「やっぱり分かってないのよね。……ねえ、ヴェロニカ」
ルイーザは笑顔で答えたヴェロニカを見た。
「ところで、あのカインって人とはどういう関係なの?」
「え? どうって……読書仲間?」
「読書?」
「ええ。おすすめの本を教え合ったり感想を言い合ったりするの。とても楽しいのよ」
「ふうん。楽しいのね。――あの人、厳しいガードを潜り抜けてヴェロニカと親しくなるって、相当な曲者よね」
「曲者?」
(確かに……前世のカインは色々と問題があったけれど)
今のカインは、父親やフィンセントに対して思うところはあるようだけれど、勉強や狐狩りに真剣に取り組んでいる。
「そんなことないわ、いい人よ」
「ヴェロニカにとってはいい人でしょうけれど。他の人たちにとっては脅威よね」
「え?」
「ヴェロニカ。ここにいたのか」
意味が分からず首をかしげていると、フィンセントの声が聞こえた。
「殿下。一つ勝ったそうですね、おめでとうございます」
「ありがとう」
歩みよってきたフィンセントは、ヴェロニカの手元を見て眉をひそめた。
「……どうしてそのバッジを持っているんだ?」
「これは、無くしたらいけないからと預かったんです」
「預かった? カイン・クラーセンから?」
「はい」
「キングになったら、ヴェロニカをクイーンに選ぶそうですよ」
ルイーザが口を挟んだ。
「ヴェロニカをクイーンに?」
少し低い声でそう言ったフィンセントの、眉間のしわが深くなった。
「そうか。それは私も頑張らないとならないな」
そう言って、フィンセントはその口角を上げた。
「ヴェロニカ。私もキングを狙うから」
「はい。頑張ってください」
「――やっぱり、分かってないのよね」
笑顔で答えたヴェロニカを横目に、ルイーザはぽつりとつぶやいた。
午後の狩りが始まり、女生徒たちはお茶会の準備にとりかかった。
主催役と招待客役に分かれ、主催役はテーブルセッティングなどの準備を、招待客役はお茶会で使うお菓子作りを行う。
ヴェロニカとルイーザは招待客役のため、宿舎のキッチンへと移動した。
作るのは料理などしたことのない貴族令嬢たちでもできるようにと、簡単なマフィンとサンドイッチだ。
「ヴェロニカ様」
慣れないながらもなんとか生地を混ぜ合わせて容器に流し入れ、オーブンに入れてひと息ついていると、他クラスの女生徒が話しかけてきた。
「はい」
「ヴェロニカ様は、カイン・クラーセンと仲がよろしいのですか? 昼食の時にお話しされていましたが……」
「……ええ」
ヴェロニカはうなずいた。
「楽しくお話ししています」
「楽しく……」
女生徒は驚いたように胸に手をやると、ふいにその目に涙をにじませた。
「ありがとうございます」
「え?」
頭を下げられヴェロニカは目を丸くした。
「私、リンダ・アールデルスと申します」
顔を上げると女生徒はそう名乗った。
「クラーセン家はアールデルス家の分家筋で、カインのことは我が家でも気にかけておりました。……彼は幼い頃に血縁を全て亡くしたものですから」
「……そうでしたか」
「一時は家で引き取ったのですが、うまく馴染めなくて。入学して再会してもずっとクラスの中で誰とも話さず独りでいて、いつも怖い顔だったんです」
リンダの目にまた涙が浮かんだ。
「でも今日、ヴェロニカ様とお話ししている時の顔が……とても楽しそうで……」
声を詰まらせながらそう言うと、リンダはヴェロニカに再び頭を下げた。
「カインと親しくしてくださって、ありがとうございます」
「あ……はい……」
どう返事を返したらいいか分からず、ヴェロニカはとりあえずうなずいた。
「カインとは、本の趣味が似ているのでよくその話をしています」
「……そういえば我が家にいた時も、よく独りで本を読んでいました。これからもカインをよろしくお願いいたします」
もう一度頭を下げるとリンダは立ち去っていった。
「……今の人、同じ年よね?」
ルイーザが口を開いた。
「お姉様かお母様みたいだったわね」
「……ええ」
おっとりとした雰囲気と、心から彼を心配しているであろうその表情は、確かに年上の血縁者のようだった。
(あんなに心配してくれる人がいるのに……)
前世のカインは取り返しのつかない罪を犯してしまったのだ。リンダはどれほど悲しんだだろう。
(今のカインからは想像がつかないけれど……前世のようなことにならないで欲しいわ)
ヴェロニカはそう強く思った。
お茶会は他のクラスの子と同じテーブルにつくことになる。
「先ほどリンダさんとのお話が聞こえたのですが、ヴェロニカ様はカイン・クラーセン様と仲がよろしいのですか」
「昼食の時お話ししているのを私も見ましたわ」
「夏休み前のパーティでも踊っていましたわよね」
同席した二組の女子三人が口々に言った。
「ええ……」
「あのクラーセン様と親しくなるなんて、すごいですわ」
「私たち、怖くて目も合わせられませんのに」
「……そんなに怖いのですか?」
ヴェロニカは思わず聞き返した。
カインは初めて会ったときにヴェロニカを助けてくれたし、口調こそあまり上品なものではないけれど、一度も怖いと思ったことはない。
一緒にいるルイーザにも普通に接していると思う。
「怖いといっても何かされるという怖さではなくて……」
「自分に近づくなという雰囲気が怖いんです」
女子たちは顔を見合わせながらそう答えた。
「入学したてのころ、リンダさんが何度か話しかけていたのですが。無視するかにらむかで……」
「見ていてかわいそうでしたわ」
「でも夏休み明けから少し雰囲気が変わりましたの」
「試験も高得点を取って、どうしたんだろうってうわさしていたんです」
「ヴェロニカ様のおかげだったんですね」
「私のおかげ……というわけでは」
女子たちの言葉に困ったようにヴェロニカは返した。
ヴェロニカが何かをしたわけではない。
キッカケは向こうからだし、あとはただ趣味の話をしているだけだ。
「いえ、ヴェロニカ様のおかげです」
「クラスの空気も良くなってきたんです」
「ありがとうございます」
「……はあ」
目を輝かせる二組の女子たちに戸惑うヴェロニカの隣でルイーザが小さく吹き出した。
「確かにヴェロニカは何もしてないわね。むしろ助けてもらっているもの」
「……ええ」
「まあ、クラーセン様が?」
「人助けを?」
(カインって……どれだけ冷酷な人扱いされているのかしら)
ルイーザの言葉に目を丸くする二組の子たちに、ヴェロニカは少し悲しくなった。
前世のカインのしたことを考えると、冷酷な面もあるのかもしれないけれど。
ヴェロニカが実際に接したカインは優しい青年なのに。
「カインは優しい人です」
ヴェロニカは言った。
「私は何度か助けていただきましたし、真面目な方だと思うので……ですから、怖がらないで欲しいです」
そう言って、ヴェロニカは女子たちに頭を下げた。
夕方となり日も暮れたころ、男子たちが戻ってきた。
「ヴェロニカ!」
お茶会の片付けを終えて、ヴェロニカとルイーザが談話室へ向かおうとしているとカインが駆け寄ってきた。
「取ったぜ」
目の前で広げた手のひらには二つのバッジがあった。
「……全部で三つ?」
ヴェロニカはカインを見上げた。
「じゃあカインがキングになったの?」
「ああ。……王太子と二勝ずつで同位だったから、最後に一騎打ちで勝ったんだ」
「まあ、殿下に勝ったの? すごいわ」
ヴェロニカが声を上げると、カインはうれしそうに顔をほころばせた。
「――午前二回、午後三回でしょう?」
ルイーザが言った。
「二勝が二人で、残り一つは誰が勝ったの?」
「あの執事だ」
「……エリアス?」
カインが顎で示した方を振り返ると、ちょうどエリアスがこちらへ向かってくるところだった。
その胸元には狐のバッジがついている。
「エリアスも一つ勝ったの?」
「ええ」
ヴェロニカの側まで来るとエリアスはうなずいた。
「エリアスもすごいわね」
「ありがとうございます」
「こいつ、相変わらず本気出さないからちょっと刺激してやったんだ」
「刺激?」
カインの言葉にヴェロニカは首をかしげた。
「ああ」
「何をしたの?」
「――大したことではありません」
答えようとしたカインを制するようにエリアスは口をひらいた。
そんなエリアスを見てカインは小さく笑みを浮かべると、ヴェロニカの手を取り持っていた二つのバッジをその手の上に乗せた。
「それじゃあヴェロニカ、今夜のパーティはよろしくな」
「ええ」
「またあとで」
そう言ってカインは立ち去っていった。
「……もしかして、カイン様とエリアス様って気が合うの?」
「そのようなことはございません」
やり取りを見ていたルイーザの言葉に、エリアスはやや不満げに眉をひそめてそう答えた。
午後の準備があるからと、エリアスとカインが立ち去っていくのを見ながらルイーザが口を開いた。
「意外と男を手玉に取るタイプよね」
「え?」
「ううん」
小さくつぶやいたのを聞き返したヴェロニカにルイーザは首を振った。
エリアスがヴェロニカに、主人以上の感情を抱いているであろうことは側から見ていて伝わってくる。
カインもバッジを預けたりクイーンに選ぶことを約束したりするくらいだ、ヴェロニカは特別な存在なのだろう。
フィンセントもヴェロニカに対して恋心に近い感情を抱いているのが分かる。
けれど当人は、まったくそれに気づいていないのだ。
いや、気づいているのかもしれないが、傷のある自分には恋など関係ないと思い込んでいるようなのだ。
確かに、傷が気にならないと言えばうそになるが、その欠点を補っても余りあるほどの美しさと魅力がヴェロニカにはある。
そうして、自分に向けられる好意に気づかないまま相手に親しく、自然体で接するから、更に相手の感情を刺激するのだろう。
(まあ、それがヴェロニカの魅力でもあるんだけどね)
「やる気を出させるのが上手いなって」
ルイーザはそう言った。
「そう?」
「エリアス様はきっと必死になるでしょうね」
「だといいわね」
「やっぱり分かってないのよね。……ねえ、ヴェロニカ」
ルイーザは笑顔で答えたヴェロニカを見た。
「ところで、あのカインって人とはどういう関係なの?」
「え? どうって……読書仲間?」
「読書?」
「ええ。おすすめの本を教え合ったり感想を言い合ったりするの。とても楽しいのよ」
「ふうん。楽しいのね。――あの人、厳しいガードを潜り抜けてヴェロニカと親しくなるって、相当な曲者よね」
「曲者?」
(確かに……前世のカインは色々と問題があったけれど)
今のカインは、父親やフィンセントに対して思うところはあるようだけれど、勉強や狐狩りに真剣に取り組んでいる。
「そんなことないわ、いい人よ」
「ヴェロニカにとってはいい人でしょうけれど。他の人たちにとっては脅威よね」
「え?」
「ヴェロニカ。ここにいたのか」
意味が分からず首をかしげていると、フィンセントの声が聞こえた。
「殿下。一つ勝ったそうですね、おめでとうございます」
「ありがとう」
歩みよってきたフィンセントは、ヴェロニカの手元を見て眉をひそめた。
「……どうしてそのバッジを持っているんだ?」
「これは、無くしたらいけないからと預かったんです」
「預かった? カイン・クラーセンから?」
「はい」
「キングになったら、ヴェロニカをクイーンに選ぶそうですよ」
ルイーザが口を挟んだ。
「ヴェロニカをクイーンに?」
少し低い声でそう言ったフィンセントの、眉間のしわが深くなった。
「そうか。それは私も頑張らないとならないな」
そう言って、フィンセントはその口角を上げた。
「ヴェロニカ。私もキングを狙うから」
「はい。頑張ってください」
「――やっぱり、分かってないのよね」
笑顔で答えたヴェロニカを横目に、ルイーザはぽつりとつぶやいた。
午後の狩りが始まり、女生徒たちはお茶会の準備にとりかかった。
主催役と招待客役に分かれ、主催役はテーブルセッティングなどの準備を、招待客役はお茶会で使うお菓子作りを行う。
ヴェロニカとルイーザは招待客役のため、宿舎のキッチンへと移動した。
作るのは料理などしたことのない貴族令嬢たちでもできるようにと、簡単なマフィンとサンドイッチだ。
「ヴェロニカ様」
慣れないながらもなんとか生地を混ぜ合わせて容器に流し入れ、オーブンに入れてひと息ついていると、他クラスの女生徒が話しかけてきた。
「はい」
「ヴェロニカ様は、カイン・クラーセンと仲がよろしいのですか? 昼食の時にお話しされていましたが……」
「……ええ」
ヴェロニカはうなずいた。
「楽しくお話ししています」
「楽しく……」
女生徒は驚いたように胸に手をやると、ふいにその目に涙をにじませた。
「ありがとうございます」
「え?」
頭を下げられヴェロニカは目を丸くした。
「私、リンダ・アールデルスと申します」
顔を上げると女生徒はそう名乗った。
「クラーセン家はアールデルス家の分家筋で、カインのことは我が家でも気にかけておりました。……彼は幼い頃に血縁を全て亡くしたものですから」
「……そうでしたか」
「一時は家で引き取ったのですが、うまく馴染めなくて。入学して再会してもずっとクラスの中で誰とも話さず独りでいて、いつも怖い顔だったんです」
リンダの目にまた涙が浮かんだ。
「でも今日、ヴェロニカ様とお話ししている時の顔が……とても楽しそうで……」
声を詰まらせながらそう言うと、リンダはヴェロニカに再び頭を下げた。
「カインと親しくしてくださって、ありがとうございます」
「あ……はい……」
どう返事を返したらいいか分からず、ヴェロニカはとりあえずうなずいた。
「カインとは、本の趣味が似ているのでよくその話をしています」
「……そういえば我が家にいた時も、よく独りで本を読んでいました。これからもカインをよろしくお願いいたします」
もう一度頭を下げるとリンダは立ち去っていった。
「……今の人、同じ年よね?」
ルイーザが口を開いた。
「お姉様かお母様みたいだったわね」
「……ええ」
おっとりとした雰囲気と、心から彼を心配しているであろうその表情は、確かに年上の血縁者のようだった。
(あんなに心配してくれる人がいるのに……)
前世のカインは取り返しのつかない罪を犯してしまったのだ。リンダはどれほど悲しんだだろう。
(今のカインからは想像がつかないけれど……前世のようなことにならないで欲しいわ)
ヴェロニカはそう強く思った。
お茶会は他のクラスの子と同じテーブルにつくことになる。
「先ほどリンダさんとのお話が聞こえたのですが、ヴェロニカ様はカイン・クラーセン様と仲がよろしいのですか」
「昼食の時お話ししているのを私も見ましたわ」
「夏休み前のパーティでも踊っていましたわよね」
同席した二組の女子三人が口々に言った。
「ええ……」
「あのクラーセン様と親しくなるなんて、すごいですわ」
「私たち、怖くて目も合わせられませんのに」
「……そんなに怖いのですか?」
ヴェロニカは思わず聞き返した。
カインは初めて会ったときにヴェロニカを助けてくれたし、口調こそあまり上品なものではないけれど、一度も怖いと思ったことはない。
一緒にいるルイーザにも普通に接していると思う。
「怖いといっても何かされるという怖さではなくて……」
「自分に近づくなという雰囲気が怖いんです」
女子たちは顔を見合わせながらそう答えた。
「入学したてのころ、リンダさんが何度か話しかけていたのですが。無視するかにらむかで……」
「見ていてかわいそうでしたわ」
「でも夏休み明けから少し雰囲気が変わりましたの」
「試験も高得点を取って、どうしたんだろうってうわさしていたんです」
「ヴェロニカ様のおかげだったんですね」
「私のおかげ……というわけでは」
女子たちの言葉に困ったようにヴェロニカは返した。
ヴェロニカが何かをしたわけではない。
キッカケは向こうからだし、あとはただ趣味の話をしているだけだ。
「いえ、ヴェロニカ様のおかげです」
「クラスの空気も良くなってきたんです」
「ありがとうございます」
「……はあ」
目を輝かせる二組の女子たちに戸惑うヴェロニカの隣でルイーザが小さく吹き出した。
「確かにヴェロニカは何もしてないわね。むしろ助けてもらっているもの」
「……ええ」
「まあ、クラーセン様が?」
「人助けを?」
(カインって……どれだけ冷酷な人扱いされているのかしら)
ルイーザの言葉に目を丸くする二組の子たちに、ヴェロニカは少し悲しくなった。
前世のカインのしたことを考えると、冷酷な面もあるのかもしれないけれど。
ヴェロニカが実際に接したカインは優しい青年なのに。
「カインは優しい人です」
ヴェロニカは言った。
「私は何度か助けていただきましたし、真面目な方だと思うので……ですから、怖がらないで欲しいです」
そう言って、ヴェロニカは女子たちに頭を下げた。
夕方となり日も暮れたころ、男子たちが戻ってきた。
「ヴェロニカ!」
お茶会の片付けを終えて、ヴェロニカとルイーザが談話室へ向かおうとしているとカインが駆け寄ってきた。
「取ったぜ」
目の前で広げた手のひらには二つのバッジがあった。
「……全部で三つ?」
ヴェロニカはカインを見上げた。
「じゃあカインがキングになったの?」
「ああ。……王太子と二勝ずつで同位だったから、最後に一騎打ちで勝ったんだ」
「まあ、殿下に勝ったの? すごいわ」
ヴェロニカが声を上げると、カインはうれしそうに顔をほころばせた。
「――午前二回、午後三回でしょう?」
ルイーザが言った。
「二勝が二人で、残り一つは誰が勝ったの?」
「あの執事だ」
「……エリアス?」
カインが顎で示した方を振り返ると、ちょうどエリアスがこちらへ向かってくるところだった。
その胸元には狐のバッジがついている。
「エリアスも一つ勝ったの?」
「ええ」
ヴェロニカの側まで来るとエリアスはうなずいた。
「エリアスもすごいわね」
「ありがとうございます」
「こいつ、相変わらず本気出さないからちょっと刺激してやったんだ」
「刺激?」
カインの言葉にヴェロニカは首をかしげた。
「ああ」
「何をしたの?」
「――大したことではありません」
答えようとしたカインを制するようにエリアスは口をひらいた。
そんなエリアスを見てカインは小さく笑みを浮かべると、ヴェロニカの手を取り持っていた二つのバッジをその手の上に乗せた。
「それじゃあヴェロニカ、今夜のパーティはよろしくな」
「ええ」
「またあとで」
そう言ってカインは立ち去っていった。
「……もしかして、カイン様とエリアス様って気が合うの?」
「そのようなことはございません」
やり取りを見ていたルイーザの言葉に、エリアスはやや不満げに眉をひそめてそう答えた。
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