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06「友人として、これからよろしくお願いいたします」
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「――これをもって入学祝いの言葉とする」
校長の挨拶が終わると会場から拍手が湧き上がった。
「長かったわ……」
隣のルイーザが小さくため息をついた。
「ふふ、そうね」
校長の言葉は、一字一句前世と同じように思えた。
入学式の様子もヴェロニカの記憶にある通りだ。
(これから未来に起きた出来事通りのことがあるならば、一年後にアリサが現れるのよね)
ヴェロニカの望みは前世の過ちを繰り返さないこと。そのためにはこの一年が大事だと思っている。
(嫉妬なんてしない。皆と仲良くするの)
そう自分に言い聞かせていると、新入生代表を呼び出す声が聞こえた。
記憶にあるまばゆい金色の髪が視界に入った。
直接最後に会ったのは六年以上前だ。
その時よりもすっかり大人びて――そして前世の記憶通りに凛々しく成長したフィンセントの姿が壇上にあった。
(殿下……)
その顔を見た瞬間、胸の奥にズキリとした痛みを感じた。
六年前に会った時は感じなかった苦しみや悲しみ……前世、この学校で過ごした二年間の記憶や感情が、一瞬、身体中を駆け巡った。
(ああ……嫌な感覚だわ)
まだ忘れていなかったのか。
ヴェロニカは改めて思い知らされた。
「大丈夫? 顔色があまり良くなさそうだけど」
「ええ。大丈夫よ」
心配そうなルイーザにヴェロニカは笑顔を向けた。
顔色が良くないように見えるのは、おそらく入学式で六年ぶりにフィンセントの顔を見て前世を思い出してしまったせいだろう。
(これから……うまくやっていけるかしら)
不安を感じながらヴェロニカは手元の構内図に視線を落とした。
入学式後、二人は校内を散策していた。
新入生は構内図を渡され、各自で歩いて施設の配置を確認することになっている。
爵位の高い生徒はなんでも使用人が仕切ってくれるが、学校では自分自身で行動することを求められる。
自分で地図を見て位置を確認することもその練習の一環だ。――ヴェロニカはどこになにがあるか全て知っているから必要のないことだけれど。
「この先が図書館ね」
構内図を見ながらルイーザが言った。
「行ってみましょう」
「ええ」
「君たち、新入生だよね」
不意に声が聞こえて二人は振り返った。
青いタイを首に巻いた、三人の二年生が立っていた。
「僕たちが校内を案内してあげるよ」
「分からない場所はある?」
ヴェロニカとルイーザは顔を見合わせた。
昨日、入寮式で注意を受けたのだ。新入生を狙って男子生徒が声をかけてくることがあるから気をつけるようにと。
在学中に婚約者を探す生徒も多い。
良い出会いならいいけれど、中には遊び相手を探そうとする者もいるから安易に誘いには応じないようにと寮母から言われていた。
「いえ、自分たちで行くので大丈夫です」
ルイーザが男子生徒たちに言ったのでヴェロニカもうなずいた。
「そんなこと言わずにさ、一緒に行こうよ」
「遠慮しなくていいから」
そう言いながら一人がヴェロニカの腕をつかもうとした。
「やめてください……」
「ヴェロニカ!」
名前を呼ぶ声にヴェロニカは振り返った。
「……殿下」
「探したよ」
大股で歩み寄ってきたフィンセントは、ヴェロニカに手を伸ばしていた男性生徒を見た。
「お、王太子殿下⁉︎」
「彼女になにか用か」
冷たい声に男子生徒は見る間に顔を青ざめさせ、大きく首を振ると他の二人と共に慌ててその場を立ち去っていった。
「ディルク。あとであの三人の素性を調べておけ」
「は」
控えるように後ろに立っていた男子生徒に小声でそう言うと、フィンセントはヴェロニカに向いた。
「大丈夫か」
「……はい」
「変なことをされなかったか」
「はい……ありがとうございます」
ヴェロニカは頭を下げた。
「おかげで助かりました」
「ならば良かった」
うなずいて、フィンセントはルイーザを横目で見た。
「ルイーザ・バンニンクと申します」
フィンセントの視線に気づいたルイーザは、スカートの裾をつまんで膝を折り名乗った。
「バンニンク嬢。ヴェロニカに話があるのだが」
「……かしこまりました」
もう一度ルイーザは頭を下げた。
「それでは私は失礼いたします」
「ディルク、バンニング嬢を送っていってくれ」
「いえ、大丈夫です」
「今の者たちがまだいるかもしれないだろう」
「――それではお願いいたします」
断ろうとしたルイーザは、フィンセントの言葉にうなずくとディルクと呼ばれた男子生徒に頭を下げた。
(ディルク・コーレイン様……)
前世でも彼はフィンセントの側近候補としていつも側にいた。
侯爵家の次男で、生真面目な性格だ。
「ヴェロニカ」
ディルクとルイーザが立ち去るのを見送ると、フィンセントは振り向いた。
「会うのはあの時以来だな」
「……はい。お久しぶりです」
(良かった……普通に話せる)
入学式で見た時は前世の感情で心が揺れたけれど。
こうして直接向かい合い、落ち着いて受け答えできることにヴェロニカは安堵した。
「元気そうで良かった」
ヴェロニカの顔を見つめてそう言うと、フィンセントは少し迷ったように視線をそらし、再び口を開いた。
「……傷痕は」
「一生消えないそうです」
額に手を当ててヴェロニカは答えた。
「ですが、普段はこうして前髪で隠せますから」
「そうか。……それは、良かった」
フィンセントは改めてヴェロニカに向いた。
「六年前の君への言葉は……本当に申し訳なかった」
ヴェロニカは目を見開いた。
「……その件は……もう謝罪をいただきました」
「手紙だろう。直接謝ってはいない」
フィンセントは自嘲するように口元をゆがませた。
「子供だったとはいえ、言っていい言葉ではなかった。君は大怪我を負い心身共に辛かったというのに」
(あの殿下が……後悔するなんて)
ヴェロニカの知るフィンセントは、自分の言動には絶対の自信を持っていたのに。
「……ありがとうございます」
フィンセントを見てヴェロニカは微笑んだ。
「王太子殿下から直接謝罪をいただけるなんて、光栄です」
「……『光栄』か」
どこか寂しげに聞こえる声でフィンセントはつぶやいた。
「領地での生活は充実していたか」
「はい」
「退屈ではなかったか」
「いえ。刺繍をしたり本を読んだりしていましたから」
「刺繍か。たしかに年々複雑になっていたな」
毎年誕生日にフィンセントから贈り物が届くので、ヴェロニカはそのお礼に刺繍したハンカチやタイなどを送っていた。
「それに、今一緒にいたルイーザもですが。友人もできましたので退屈はしませんでした」
今のところ、前世と比べてとても穏やかに過ごせている。
この先社交界に出たらこの傷がどう影響するかは分からないけれど、この傷ができて良かったとヴェロニカは思っていた。
「そうか、友人か……」
つぶやいてフィンセントは再び視線をそらせ、ヴェロニカを見た。
「私とも友人になってもらえないだろうか」
「……はい?」
思いも寄らない言葉にヴェロニカはその目を丸くした。
「私がこういうことを言える立場ではないことは分かっている。だが……君のことを知る前に一方的に婚約破棄を求めてしまったことを後悔している。――私は、君を婚約者としてなにも理解できていなかったと」
言葉を選ぶように口ごもりながらフィンセントは言った。
「このままでは、また新たな婚約者を立てても同じことを繰り返すかもしれないと思っている。それで……まずは君を知ることから始めたいんだ」
(殿下に婚約者がいないのは、私にしたことを後悔しているからということ?)
それは理解できたが、だから友人になってヴェロニカのことを知りたいというのはどういう意味なのだろう。
(それはよく分からないけれど……友人だったらいいのかな)
たとえフィンセントに新しい婚約者ができたり、アリサと親しくなったりしても。友人ならば嫉妬しないだろうし、むしろ祝福できるだろう。
「それに、私と婚約解消したことで色々言われることもあるだろう。その時に友人として君を守れればいいと思っている」
「ああ……」
入寮式でのことを思い出した。
なぜかヴェロニカがフィンセントの婚約者候補と思われているが、友人となればそんな誤解もされにくくなるだろう。
「分かりました」
ヴェロニカはうなずいた。
「友人として、これからよろしくお願いいたします」
「ああ」
フィンセントはほっとしたような笑顔を見せた。
(殿下が私に向ける作り笑いじゃない笑顔……初めて見たかもしれない)
ヴェロニカが手を差し出すと、フィンセントはその手をぎゅっと握りしめた。
校長の挨拶が終わると会場から拍手が湧き上がった。
「長かったわ……」
隣のルイーザが小さくため息をついた。
「ふふ、そうね」
校長の言葉は、一字一句前世と同じように思えた。
入学式の様子もヴェロニカの記憶にある通りだ。
(これから未来に起きた出来事通りのことがあるならば、一年後にアリサが現れるのよね)
ヴェロニカの望みは前世の過ちを繰り返さないこと。そのためにはこの一年が大事だと思っている。
(嫉妬なんてしない。皆と仲良くするの)
そう自分に言い聞かせていると、新入生代表を呼び出す声が聞こえた。
記憶にあるまばゆい金色の髪が視界に入った。
直接最後に会ったのは六年以上前だ。
その時よりもすっかり大人びて――そして前世の記憶通りに凛々しく成長したフィンセントの姿が壇上にあった。
(殿下……)
その顔を見た瞬間、胸の奥にズキリとした痛みを感じた。
六年前に会った時は感じなかった苦しみや悲しみ……前世、この学校で過ごした二年間の記憶や感情が、一瞬、身体中を駆け巡った。
(ああ……嫌な感覚だわ)
まだ忘れていなかったのか。
ヴェロニカは改めて思い知らされた。
「大丈夫? 顔色があまり良くなさそうだけど」
「ええ。大丈夫よ」
心配そうなルイーザにヴェロニカは笑顔を向けた。
顔色が良くないように見えるのは、おそらく入学式で六年ぶりにフィンセントの顔を見て前世を思い出してしまったせいだろう。
(これから……うまくやっていけるかしら)
不安を感じながらヴェロニカは手元の構内図に視線を落とした。
入学式後、二人は校内を散策していた。
新入生は構内図を渡され、各自で歩いて施設の配置を確認することになっている。
爵位の高い生徒はなんでも使用人が仕切ってくれるが、学校では自分自身で行動することを求められる。
自分で地図を見て位置を確認することもその練習の一環だ。――ヴェロニカはどこになにがあるか全て知っているから必要のないことだけれど。
「この先が図書館ね」
構内図を見ながらルイーザが言った。
「行ってみましょう」
「ええ」
「君たち、新入生だよね」
不意に声が聞こえて二人は振り返った。
青いタイを首に巻いた、三人の二年生が立っていた。
「僕たちが校内を案内してあげるよ」
「分からない場所はある?」
ヴェロニカとルイーザは顔を見合わせた。
昨日、入寮式で注意を受けたのだ。新入生を狙って男子生徒が声をかけてくることがあるから気をつけるようにと。
在学中に婚約者を探す生徒も多い。
良い出会いならいいけれど、中には遊び相手を探そうとする者もいるから安易に誘いには応じないようにと寮母から言われていた。
「いえ、自分たちで行くので大丈夫です」
ルイーザが男子生徒たちに言ったのでヴェロニカもうなずいた。
「そんなこと言わずにさ、一緒に行こうよ」
「遠慮しなくていいから」
そう言いながら一人がヴェロニカの腕をつかもうとした。
「やめてください……」
「ヴェロニカ!」
名前を呼ぶ声にヴェロニカは振り返った。
「……殿下」
「探したよ」
大股で歩み寄ってきたフィンセントは、ヴェロニカに手を伸ばしていた男性生徒を見た。
「お、王太子殿下⁉︎」
「彼女になにか用か」
冷たい声に男子生徒は見る間に顔を青ざめさせ、大きく首を振ると他の二人と共に慌ててその場を立ち去っていった。
「ディルク。あとであの三人の素性を調べておけ」
「は」
控えるように後ろに立っていた男子生徒に小声でそう言うと、フィンセントはヴェロニカに向いた。
「大丈夫か」
「……はい」
「変なことをされなかったか」
「はい……ありがとうございます」
ヴェロニカは頭を下げた。
「おかげで助かりました」
「ならば良かった」
うなずいて、フィンセントはルイーザを横目で見た。
「ルイーザ・バンニンクと申します」
フィンセントの視線に気づいたルイーザは、スカートの裾をつまんで膝を折り名乗った。
「バンニンク嬢。ヴェロニカに話があるのだが」
「……かしこまりました」
もう一度ルイーザは頭を下げた。
「それでは私は失礼いたします」
「ディルク、バンニング嬢を送っていってくれ」
「いえ、大丈夫です」
「今の者たちがまだいるかもしれないだろう」
「――それではお願いいたします」
断ろうとしたルイーザは、フィンセントの言葉にうなずくとディルクと呼ばれた男子生徒に頭を下げた。
(ディルク・コーレイン様……)
前世でも彼はフィンセントの側近候補としていつも側にいた。
侯爵家の次男で、生真面目な性格だ。
「ヴェロニカ」
ディルクとルイーザが立ち去るのを見送ると、フィンセントは振り向いた。
「会うのはあの時以来だな」
「……はい。お久しぶりです」
(良かった……普通に話せる)
入学式で見た時は前世の感情で心が揺れたけれど。
こうして直接向かい合い、落ち着いて受け答えできることにヴェロニカは安堵した。
「元気そうで良かった」
ヴェロニカの顔を見つめてそう言うと、フィンセントは少し迷ったように視線をそらし、再び口を開いた。
「……傷痕は」
「一生消えないそうです」
額に手を当ててヴェロニカは答えた。
「ですが、普段はこうして前髪で隠せますから」
「そうか。……それは、良かった」
フィンセントは改めてヴェロニカに向いた。
「六年前の君への言葉は……本当に申し訳なかった」
ヴェロニカは目を見開いた。
「……その件は……もう謝罪をいただきました」
「手紙だろう。直接謝ってはいない」
フィンセントは自嘲するように口元をゆがませた。
「子供だったとはいえ、言っていい言葉ではなかった。君は大怪我を負い心身共に辛かったというのに」
(あの殿下が……後悔するなんて)
ヴェロニカの知るフィンセントは、自分の言動には絶対の自信を持っていたのに。
「……ありがとうございます」
フィンセントを見てヴェロニカは微笑んだ。
「王太子殿下から直接謝罪をいただけるなんて、光栄です」
「……『光栄』か」
どこか寂しげに聞こえる声でフィンセントはつぶやいた。
「領地での生活は充実していたか」
「はい」
「退屈ではなかったか」
「いえ。刺繍をしたり本を読んだりしていましたから」
「刺繍か。たしかに年々複雑になっていたな」
毎年誕生日にフィンセントから贈り物が届くので、ヴェロニカはそのお礼に刺繍したハンカチやタイなどを送っていた。
「それに、今一緒にいたルイーザもですが。友人もできましたので退屈はしませんでした」
今のところ、前世と比べてとても穏やかに過ごせている。
この先社交界に出たらこの傷がどう影響するかは分からないけれど、この傷ができて良かったとヴェロニカは思っていた。
「そうか、友人か……」
つぶやいてフィンセントは再び視線をそらせ、ヴェロニカを見た。
「私とも友人になってもらえないだろうか」
「……はい?」
思いも寄らない言葉にヴェロニカはその目を丸くした。
「私がこういうことを言える立場ではないことは分かっている。だが……君のことを知る前に一方的に婚約破棄を求めてしまったことを後悔している。――私は、君を婚約者としてなにも理解できていなかったと」
言葉を選ぶように口ごもりながらフィンセントは言った。
「このままでは、また新たな婚約者を立てても同じことを繰り返すかもしれないと思っている。それで……まずは君を知ることから始めたいんだ」
(殿下に婚約者がいないのは、私にしたことを後悔しているからということ?)
それは理解できたが、だから友人になってヴェロニカのことを知りたいというのはどういう意味なのだろう。
(それはよく分からないけれど……友人だったらいいのかな)
たとえフィンセントに新しい婚約者ができたり、アリサと親しくなったりしても。友人ならば嫉妬しないだろうし、むしろ祝福できるだろう。
「それに、私と婚約解消したことで色々言われることもあるだろう。その時に友人として君を守れればいいと思っている」
「ああ……」
入寮式でのことを思い出した。
なぜかヴェロニカがフィンセントの婚約者候補と思われているが、友人となればそんな誤解もされにくくなるだろう。
「分かりました」
ヴェロニカはうなずいた。
「友人として、これからよろしくお願いいたします」
「ああ」
フィンセントはほっとしたような笑顔を見せた。
(殿下が私に向ける作り笑いじゃない笑顔……初めて見たかもしれない)
ヴェロニカが手を差し出すと、フィンセントはその手をぎゅっと握りしめた。
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