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05「側妃になりたい人は多かったけど……」
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十六歳になったヴェロニカは、四月から王都にある寄宿学校に入ることになった。
ここは貴族子女のみが入れる全寮制の学校で、学問の他に社交界デビューするための知識やマナーといったものも学び、人脈を作る場所だ。
(そして私の人生が狂った場所……)
前世のヴェロニカはここで外の世界を知り、心を病んで破滅したのだ。
ヴェロニカはこれから二年間生活することになる部屋を見回した。
前世では、王太子の婚約者という立場だったため最上階の特別室が与えられていた。
今は侯爵令嬢なので同じ四階にある個室が与えられているが、前世よりは狭くて部屋も一つしかない。
屋敷のものより半分くらいの大きさのベッドと机、クローゼットと本棚が一つずつ、そしてソファ。
最低限の家具しかなくてバスルームも狭い。
(でも、これで十分だわ)
制服があるからドレスは必要ないし、自分で掃除しなければならないのだ。あまり広いと手に余ってしまうだろう。
ヴェロニカは鏡の前に立った。
額の傷は今も残っているが、厚めの前髪で隠しているから目立たないだろう。
この傷は自分の未来を変えるきっかけになったものだけれど、やはり人に見られるのは恥ずかしいので隠すことにしたのだ。
入学式を明日に控え、今日は入寮式が行われる。
女子寮の仲間たちや先輩との顔合わせだ。
(前世は……全然話しかけられなかったのよね)
それまでフィンセント以外は大人としか接する機会がなかったヴェロニカは、人見知りしてしまい同じ年頃の子たちと馴染むことができなかった。
けれど今世は、隣国にアンという友人ができた。
おそらく会うことはもうないだろうけれど、手紙のやりとりは今も続いている。
それに五年近い領地生活の間、積極的に他人と関わるようにした。
十三歳を過ぎたころからは侯爵が他の貴族たちを領地へ招いた時に、同世代の娘がいる場合はお茶をするなどして交流するようにしたのだ。
そのおかげで友人を作ることができた。
学校でも新しい友人ができたらうれしいと思いながら、ヴェロニカは部屋を出て食堂へ向かった。
「ヴェロニカ!」
廊下を歩いていると背後から声をかけられた。
「ルイーザ」
「制服似合っているわよ!」
背後から駆け寄ってきた女子がヴェロニカを見て笑顔を見せた。
「ありがとう。ルイーザも似合っているわ」
チェック柄の制服には首元にリボンがついていて、そのリボンの色で学年を区別する。一年生は赤、二年生は青だ。
ルイーザ・バンニンクはフォッケル侯爵領に隣接するバンニンク伯爵の娘。
領地にいた時に一番会っていた友人だ。
「カリキュラムを見た? 明後日に早速テストがあるのよ」
「ええ、見たわ」
「その結果でクラス分けをするのでしょう?」
「ええ」
生徒たちは入学前、それぞれ家庭教師をつけて家で学んでいる。
だからその能力も個人差が大きく、テストで学力を調べてクラス分けや今後の指導の参考にするのだという。
「ヴェロニカと一緒のクラスがいいわ」
「なれるといいわね」
二人が食堂へ入ると、既に一、二年生合わせて二十人くらいの生徒が集まっていた。
今年は一年生が男女合わせて六十二名で、三クラスに分かれるという。
(顔ぶれは……前世と同じような気がするわ)
見覚えのある顔を見渡してヴェロニカは思った。
「ヴェロニカ・フォッケルさん?」
二年生の一人が歩み寄ってきた。
「はい」
「ヴェロニカさんは王太子殿下の婚約者候補と聞きましたが。本当ですの?」
「え?」
思いがけない言葉にヴェロニカは目を見開いた。
「いえ、私はもう……何年も前に婚約解消していますから」
ヴェロニカがかつて王太子の婚約者だったこと、そして今はもう婚約が解消されていることは、貴族ならば皆知っているはずだ。
ただし公表されているのは事実とは異なり、フィンセントからではなく、半年間治療院に入るほど大きな怪我をしたせいで妃としての職務を全うできないと、侯爵家から婚約解消を申し出たことになっていた。
婚約破棄されたとなると、ヴェロニカの将来に大きな傷となる。
だからヴェロニカ側から辞退したとした方がいいと王家が配慮したのだ。
「殿下が未だに婚約者を立てないのはヴェロニカさんの回復を待っていたと聞いていますわ」
「私も聞きましたわ」
「殿下はヴェロニカさんに想いを残していらっしゃるって」
周囲の女生徒たちがうなずき合った。
(殿下が私を?)
そんなこと、あるはずないのに。
「それは……ありません」
「そうなんですの?」
女生徒たちは疑うような眼差しをヴェロニカに向けた。
(だって、殿下は……アリサを選ぶのに)
今はまだいないけれど、来年になればアリサが現れる。
そうすればきっとフィンセントは彼女と親しくなるだろう。
(婚約者がいない理由は分からないけれど、私には関係ないことだわ)
そのあとも何人かに同じようなことを聞かれるのを疑問に思いながらヴェロニカはその度に否定していた。
*****
「昨日どうして皆があんなことを聞いてきたか分かったわ」
翌日、ヴェロニカに会うなりルイーザが言った。
「あんなこと?」
「ヴェロニカが王太子殿下の婚約者候補じゃないかって」
「ああ……」
「ひどいうわさがあるのよ」
ルイーザはヴェロニカに顔を寄せると小声になった。
「ヴェロニカは怪我のせいで、子供が生めない身体になったんじゃないかって」
「え……」
「それでね、そのヴェロニカがお妃になれば子供を生むための側妃が必要でしょう? 皆それを狙っているんですって」
ルイーザの言葉にヴェロニカは絶句した。
(前世でも、側妃になりたい人は多かったけど……)
そんな推測で側妃の座を狙うなんて。
「お妃になるには侯爵家以上の家柄がないと厳しいけれど、側妃ならば貴族であれば誰でもなれる可能性があるでしょう」
「……そうだったの」
「お母様が『貴族はあることないこと、どんなうわさが流されるか分からないから気をつけなさい』って言っていたけど。まさかそんなふうに思われていたなんて失礼ね」
頬を膨らませてそう言うと、ルイーザはヴェロニカを横目で見た。
「さっきそんなことを言っている人たちがいたから、思わず怒っちゃったわ」
「ありがとう、ルイーザ」
ヴェロニカは微笑んだ。
友人思いのルイーザはいつもこうやってヴェロニカをかばってくれる。
前世ではそんな経験が一度もなかったヴェロニカにはとてもうれしくて幸せなことだった。
「ヴェロニカ……あなたそうやっていつも笑顔でいるのはいいけど。もし面と向かって言われたらちゃんと否定するのよ」
ルイーザは眉をひそめて言った。
「……ええ、分かっているわ。早く入学式へ行きましょう」
友人を促してヴェロニカは歩き出した。
ここは貴族子女のみが入れる全寮制の学校で、学問の他に社交界デビューするための知識やマナーといったものも学び、人脈を作る場所だ。
(そして私の人生が狂った場所……)
前世のヴェロニカはここで外の世界を知り、心を病んで破滅したのだ。
ヴェロニカはこれから二年間生活することになる部屋を見回した。
前世では、王太子の婚約者という立場だったため最上階の特別室が与えられていた。
今は侯爵令嬢なので同じ四階にある個室が与えられているが、前世よりは狭くて部屋も一つしかない。
屋敷のものより半分くらいの大きさのベッドと机、クローゼットと本棚が一つずつ、そしてソファ。
最低限の家具しかなくてバスルームも狭い。
(でも、これで十分だわ)
制服があるからドレスは必要ないし、自分で掃除しなければならないのだ。あまり広いと手に余ってしまうだろう。
ヴェロニカは鏡の前に立った。
額の傷は今も残っているが、厚めの前髪で隠しているから目立たないだろう。
この傷は自分の未来を変えるきっかけになったものだけれど、やはり人に見られるのは恥ずかしいので隠すことにしたのだ。
入学式を明日に控え、今日は入寮式が行われる。
女子寮の仲間たちや先輩との顔合わせだ。
(前世は……全然話しかけられなかったのよね)
それまでフィンセント以外は大人としか接する機会がなかったヴェロニカは、人見知りしてしまい同じ年頃の子たちと馴染むことができなかった。
けれど今世は、隣国にアンという友人ができた。
おそらく会うことはもうないだろうけれど、手紙のやりとりは今も続いている。
それに五年近い領地生活の間、積極的に他人と関わるようにした。
十三歳を過ぎたころからは侯爵が他の貴族たちを領地へ招いた時に、同世代の娘がいる場合はお茶をするなどして交流するようにしたのだ。
そのおかげで友人を作ることができた。
学校でも新しい友人ができたらうれしいと思いながら、ヴェロニカは部屋を出て食堂へ向かった。
「ヴェロニカ!」
廊下を歩いていると背後から声をかけられた。
「ルイーザ」
「制服似合っているわよ!」
背後から駆け寄ってきた女子がヴェロニカを見て笑顔を見せた。
「ありがとう。ルイーザも似合っているわ」
チェック柄の制服には首元にリボンがついていて、そのリボンの色で学年を区別する。一年生は赤、二年生は青だ。
ルイーザ・バンニンクはフォッケル侯爵領に隣接するバンニンク伯爵の娘。
領地にいた時に一番会っていた友人だ。
「カリキュラムを見た? 明後日に早速テストがあるのよ」
「ええ、見たわ」
「その結果でクラス分けをするのでしょう?」
「ええ」
生徒たちは入学前、それぞれ家庭教師をつけて家で学んでいる。
だからその能力も個人差が大きく、テストで学力を調べてクラス分けや今後の指導の参考にするのだという。
「ヴェロニカと一緒のクラスがいいわ」
「なれるといいわね」
二人が食堂へ入ると、既に一、二年生合わせて二十人くらいの生徒が集まっていた。
今年は一年生が男女合わせて六十二名で、三クラスに分かれるという。
(顔ぶれは……前世と同じような気がするわ)
見覚えのある顔を見渡してヴェロニカは思った。
「ヴェロニカ・フォッケルさん?」
二年生の一人が歩み寄ってきた。
「はい」
「ヴェロニカさんは王太子殿下の婚約者候補と聞きましたが。本当ですの?」
「え?」
思いがけない言葉にヴェロニカは目を見開いた。
「いえ、私はもう……何年も前に婚約解消していますから」
ヴェロニカがかつて王太子の婚約者だったこと、そして今はもう婚約が解消されていることは、貴族ならば皆知っているはずだ。
ただし公表されているのは事実とは異なり、フィンセントからではなく、半年間治療院に入るほど大きな怪我をしたせいで妃としての職務を全うできないと、侯爵家から婚約解消を申し出たことになっていた。
婚約破棄されたとなると、ヴェロニカの将来に大きな傷となる。
だからヴェロニカ側から辞退したとした方がいいと王家が配慮したのだ。
「殿下が未だに婚約者を立てないのはヴェロニカさんの回復を待っていたと聞いていますわ」
「私も聞きましたわ」
「殿下はヴェロニカさんに想いを残していらっしゃるって」
周囲の女生徒たちがうなずき合った。
(殿下が私を?)
そんなこと、あるはずないのに。
「それは……ありません」
「そうなんですの?」
女生徒たちは疑うような眼差しをヴェロニカに向けた。
(だって、殿下は……アリサを選ぶのに)
今はまだいないけれど、来年になればアリサが現れる。
そうすればきっとフィンセントは彼女と親しくなるだろう。
(婚約者がいない理由は分からないけれど、私には関係ないことだわ)
そのあとも何人かに同じようなことを聞かれるのを疑問に思いながらヴェロニカはその度に否定していた。
*****
「昨日どうして皆があんなことを聞いてきたか分かったわ」
翌日、ヴェロニカに会うなりルイーザが言った。
「あんなこと?」
「ヴェロニカが王太子殿下の婚約者候補じゃないかって」
「ああ……」
「ひどいうわさがあるのよ」
ルイーザはヴェロニカに顔を寄せると小声になった。
「ヴェロニカは怪我のせいで、子供が生めない身体になったんじゃないかって」
「え……」
「それでね、そのヴェロニカがお妃になれば子供を生むための側妃が必要でしょう? 皆それを狙っているんですって」
ルイーザの言葉にヴェロニカは絶句した。
(前世でも、側妃になりたい人は多かったけど……)
そんな推測で側妃の座を狙うなんて。
「お妃になるには侯爵家以上の家柄がないと厳しいけれど、側妃ならば貴族であれば誰でもなれる可能性があるでしょう」
「……そうだったの」
「お母様が『貴族はあることないこと、どんなうわさが流されるか分からないから気をつけなさい』って言っていたけど。まさかそんなふうに思われていたなんて失礼ね」
頬を膨らませてそう言うと、ルイーザはヴェロニカを横目で見た。
「さっきそんなことを言っている人たちがいたから、思わず怒っちゃったわ」
「ありがとう、ルイーザ」
ヴェロニカは微笑んだ。
友人思いのルイーザはいつもこうやってヴェロニカをかばってくれる。
前世ではそんな経験が一度もなかったヴェロニカにはとてもうれしくて幸せなことだった。
「ヴェロニカ……あなたそうやっていつも笑顔でいるのはいいけど。もし面と向かって言われたらちゃんと否定するのよ」
ルイーザは眉をひそめて言った。
「……ええ、分かっているわ。早く入学式へ行きましょう」
友人を促してヴェロニカは歩き出した。
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