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本編
33 妹
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「リナ様! ソフィア様!」
殿下が離れると、入れ替わるようにアリスたちが集まってきた。
「素敵なバラですね」
「色がだんだんと変わっていくなんて不思議だわ。どういう仕組みなのかしら」
サロメ様が真剣な顔で王家のバラを見つめるので思わずクスリと笑ってしまう。
確かにこの国で見る他のバラは単色のものばかりだ。
「異なる種類のバラを交配させることで二色の色を持つバラを作ることができると聞いたことがありますわ」
ソフィア様が説明した。
「他国でもバラの交配は行われていますが、この『王家のバラ』はこの国で独自に作られた種類なのだとか」
「すごいですね」
「ソフィア様はお詳しいんですね」
「幼い頃王宮の庭で遊んでいた時に庭師に教えてもらいましたの」
幼い頃から……王宮で。
(そうだ、ソフィア様は殿下たちと幼馴染なんだ)
改めて思い出した。
私があの思い出したくもない小さな部屋で、独り、痛みに耐えている時も。
今の家族に引き取られて、愛情に包まれながらも教会以外に出かけることは許されなかった時も。
私はまだ数回しかお会いしたことのない殿下と、ソフィア様は何年も――
ずきりと心が痛んだ。
「リナ様?」
顔に出ていたのだろう、ソフィア様が心配そうに首を傾げた。
「どうかなさいましたか」
「いえ」
慌てて首を振った。
あの暗い日々から救い出されただけでも幸せなのに。
それ以上を望んでしまうなんて。
(って、それって……殿下ともっと早くから会いたかったということを望んでいるということ?)
そう思い至って、今度は顔に血が昇る。
――それじゃあまるで、私は殿下のことを……。
「リナ様? 顔が赤いですわ」
「だ、だいじょっ」
大丈夫ですと言おうとしたその時。
どん、と背中に衝撃が走った。
衝撃で前のめりになり、床に倒れ込む。
その上にずしりとした重みがかかった。
そして、いくつもの悲鳴。
背後からガチャガチャと重たげな音と足音が響いて、私は動けないながらも首だけ動かした。
何人もの騎士たちに押さえつけられている、ドレス姿の、あれは。
「コゼット……?」
「リナ様!」
「アリス!」
叫び声に、私の身体に覆い被さったものがぴくりと動いた。
ローズゴールド色の髪が揺れ、その下の青い瞳が私を見る。
「アリス……」
「おねえ、ちゃん」
震える口から溢れ落ちる――懐かしい響きの言葉。
「よかった……こんど、は、わたし……」
ふいに目の前の顔が歪むと視界から消えた。
どん、と胸に落ちる重み。
私に覆いかぶさる身体を思わず支えようとした指先に――ぬるっとした感触。
「え」
視線を送った先には、真っ赤に染まった自分の指。
そして床に落ちている、銀色に光る……赤く染まったナイフ。
「リナ様!」
「アリス様を早く運べ!」
騎士たちがアリスを抱き上げた。
(おねえ、ちゃん)
先刻の声が頭の中に響く。
「アリス――亜里朱?」
すとん、と心の中に何かが落ちた。
そうだ、私が。
『里奈』が『リナ』に転生したのなら。
『亜里朱』は――
「アリス?! いやぁ!」
「リナ!」
ドレスを血に染め、意識のないアリスに手を伸ばそうとした私を背後から誰かが抱きしめた。
「リナ! 怪我は?!」
怪我?
それは私じゃない。
私を庇ったアリスが、妹が。
「何であんたが!」
耳障りな声が響いた。
見やると、騎士に押さえつけられていたコゼットが私を睨みつけていた。
「何で汚いあんたが! 公爵令嬢になって! お妃候補に! 床に這いつくばってたあんたが!」
「黙れ」
騎士の一人がコゼットを押さえつける力を強めた。
「その者を連れて行け」
耳元で低い声が響いて――私を抱きしめているのが殿下だと気づいた。
引きずられながらもコゼットが振り返り、何か喚いた。
何を言っているのかと傾けようとした耳を、殿下の手が塞いだ。
「――君が聞くような言葉ではない」
コゼットの姿が消えてようやく私の耳から手を離すと殿下は言った。
きっと、よほどの暴言だったのだろう。
「散々聞かされましたから、慣れていますわ」
「……それは」
「――あのコゼットは、腹違いの、妹です」
「妹だと?」
妹などと呼びたくはないけれど。
私の妹はたった一人だ。
そう、今私を庇った――
どうして。
毒ではなかったのか。
どうしてコゼットは……私を直接襲おうとしていたのか。
どうしてアリスは――あの子は、私を庇って。
もしも、あの子に何かがあったら。
今更ながら震えがきた私の身体を、殿下はずっと抱きしめ続けてくれた。
殿下が離れると、入れ替わるようにアリスたちが集まってきた。
「素敵なバラですね」
「色がだんだんと変わっていくなんて不思議だわ。どういう仕組みなのかしら」
サロメ様が真剣な顔で王家のバラを見つめるので思わずクスリと笑ってしまう。
確かにこの国で見る他のバラは単色のものばかりだ。
「異なる種類のバラを交配させることで二色の色を持つバラを作ることができると聞いたことがありますわ」
ソフィア様が説明した。
「他国でもバラの交配は行われていますが、この『王家のバラ』はこの国で独自に作られた種類なのだとか」
「すごいですね」
「ソフィア様はお詳しいんですね」
「幼い頃王宮の庭で遊んでいた時に庭師に教えてもらいましたの」
幼い頃から……王宮で。
(そうだ、ソフィア様は殿下たちと幼馴染なんだ)
改めて思い出した。
私があの思い出したくもない小さな部屋で、独り、痛みに耐えている時も。
今の家族に引き取られて、愛情に包まれながらも教会以外に出かけることは許されなかった時も。
私はまだ数回しかお会いしたことのない殿下と、ソフィア様は何年も――
ずきりと心が痛んだ。
「リナ様?」
顔に出ていたのだろう、ソフィア様が心配そうに首を傾げた。
「どうかなさいましたか」
「いえ」
慌てて首を振った。
あの暗い日々から救い出されただけでも幸せなのに。
それ以上を望んでしまうなんて。
(って、それって……殿下ともっと早くから会いたかったということを望んでいるということ?)
そう思い至って、今度は顔に血が昇る。
――それじゃあまるで、私は殿下のことを……。
「リナ様? 顔が赤いですわ」
「だ、だいじょっ」
大丈夫ですと言おうとしたその時。
どん、と背中に衝撃が走った。
衝撃で前のめりになり、床に倒れ込む。
その上にずしりとした重みがかかった。
そして、いくつもの悲鳴。
背後からガチャガチャと重たげな音と足音が響いて、私は動けないながらも首だけ動かした。
何人もの騎士たちに押さえつけられている、ドレス姿の、あれは。
「コゼット……?」
「リナ様!」
「アリス!」
叫び声に、私の身体に覆い被さったものがぴくりと動いた。
ローズゴールド色の髪が揺れ、その下の青い瞳が私を見る。
「アリス……」
「おねえ、ちゃん」
震える口から溢れ落ちる――懐かしい響きの言葉。
「よかった……こんど、は、わたし……」
ふいに目の前の顔が歪むと視界から消えた。
どん、と胸に落ちる重み。
私に覆いかぶさる身体を思わず支えようとした指先に――ぬるっとした感触。
「え」
視線を送った先には、真っ赤に染まった自分の指。
そして床に落ちている、銀色に光る……赤く染まったナイフ。
「リナ様!」
「アリス様を早く運べ!」
騎士たちがアリスを抱き上げた。
(おねえ、ちゃん)
先刻の声が頭の中に響く。
「アリス――亜里朱?」
すとん、と心の中に何かが落ちた。
そうだ、私が。
『里奈』が『リナ』に転生したのなら。
『亜里朱』は――
「アリス?! いやぁ!」
「リナ!」
ドレスを血に染め、意識のないアリスに手を伸ばそうとした私を背後から誰かが抱きしめた。
「リナ! 怪我は?!」
怪我?
それは私じゃない。
私を庇ったアリスが、妹が。
「何であんたが!」
耳障りな声が響いた。
見やると、騎士に押さえつけられていたコゼットが私を睨みつけていた。
「何で汚いあんたが! 公爵令嬢になって! お妃候補に! 床に這いつくばってたあんたが!」
「黙れ」
騎士の一人がコゼットを押さえつける力を強めた。
「その者を連れて行け」
耳元で低い声が響いて――私を抱きしめているのが殿下だと気づいた。
引きずられながらもコゼットが振り返り、何か喚いた。
何を言っているのかと傾けようとした耳を、殿下の手が塞いだ。
「――君が聞くような言葉ではない」
コゼットの姿が消えてようやく私の耳から手を離すと殿下は言った。
きっと、よほどの暴言だったのだろう。
「散々聞かされましたから、慣れていますわ」
「……それは」
「――あのコゼットは、腹違いの、妹です」
「妹だと?」
妹などと呼びたくはないけれど。
私の妹はたった一人だ。
そう、今私を庇った――
どうして。
毒ではなかったのか。
どうしてコゼットは……私を直接襲おうとしていたのか。
どうしてアリスは――あの子は、私を庇って。
もしも、あの子に何かがあったら。
今更ながら震えがきた私の身体を、殿下はずっと抱きしめ続けてくれた。
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