29 / 58
本編
28 ライラック
しおりを挟む
「まあ、見事ですわね」
部屋を訪ねてきたソフィア様が飾られた大きな花瓶に目を留めた。
そこにはこぼれそうなほど、みっしりと薄紫と白の小さな花弁を付けた枝が飾られ、周囲に甘い香りを漂わせている。
「ライラックですわね。どうなさいましたの」
「ええと……贈り物です」
「まあ、殿下から?」
「いえ……王妃様からです」
王妃様とのお茶会が中断し、殿下とお話をしてから部屋に戻ると、追いかけてくるようにこの花が届けられたのだ。
「王妃様から……そういえば王妃様専用の庭にはライラックが多く植えられていると聞きますわ」
「……そうなのですか」
ライラックの花言葉は『思い出』そして『友情』。
そして私の実母であろう、王妃様の友人『ライラ』と同じ名を持つ花。
(そこまで思っていて下さったの)
王妃様の心が伝わってくるようで、胸がじんわりと温かくなった。
「でもどうして王妃様から?」
ソフィア様が首を傾げた。
「……実は今日、王妃様からお茶に呼ばれました」
「まあ。もしかして王妃様にももう認められたのかしら」
「ええと……それが、殿下方も呼ばれまして。それで、私をニコラ殿下のお妃にどうかと」
「え」
ソフィア様の顔から表情が消えた。
「あ、あの。でもニコラ殿下が王妃様に説明すると言って……。それでその後、エルネスト殿下からニコラ殿下とソフィア様のお話を聞きました……」
「――そうですか」
ソフィア様は力なくソファに座った。
「ソフィア様……」
「……どうして、歳上に生まれてしまったのでしょうね」
ぽつりとソフィア様は呟いた。
「私は二年待つくらい、できるのに」
「……例外はないのですか」
「過去には身分違いの恋に落ちて、駆け落ちしたり王位継承権剥奪になった方がいたそうよ。だから当人の意志だけで決めさせるなというのが王宮の認識ね」
ソフィア様とニコラ様なら身分は問題ないはずだし、そもそもソフィア様は王太子妃候補として王妃様にも認められているのだ、素質は十分なはず。
ただ、年齢だけが問題なのだ。
(なんか……モヤモヤする)
婚約期間が一年くらいとして、前世の感覚だと二十三歳で結婚することは全く遅くはない。
それにこれがもっと年齢が離れていたなら仕方ないのかもしれないが、二年なのだ。
それくらい融通をきかせてもいいだろう。
「ソフィア様」
私はソフィア様の手を取り握りしめた。
「ソフィア様とニコラ殿下のことは、ご家族はご存知なのですか」
「……いいえ」
「ではソフィア様のお気持ちをご家族に伝えましょう。それから王家の方にも。ニコラ殿下とお二人で誠心誠意お伝えすれば、悪いようにはなさらないと思います。だってソフィア様は素晴らしいお妃になりますもの」
「リナ様……」
「ソフィア様がニコラ様のお妃にはならないことはこの国の損失になると認識させましょう。そうすればきっとお二人を認めてくれます」
ソフィア様を見つめて私は訴えた。
歳の差というデメリット以上のメリットがあれば、きっと認めてもらえる。
だって政略結婚なのだもの。
「……ありがとうございます、リナ様」
ソフィア様はようやくその頬を緩めた。
「そうですわね……。まずは私の気持ちを表さないとですわね」
「ええ」
私は大きく頷いた。
「政略結婚なのですから、ニコラ殿下のお妃にはソフィア様を選ぶべきなんです」
「まあ」
ソフィア様は笑顔を見せた。
「ありがとうございます、リナ様。心が晴れた心地ですわ」
「それは良かったです」
「ですがリナ様」
ふとソフィア様は真顔になった。
「それにはまず、リナ様がエルネスト殿下のお妃になることが前提ですわ」
「……え」
私がエルネスト殿下の――
王宮のティールームでのことを思い出し、また顔に血がのぼる。
「まあ、顔が真っ赤ですわ」
ソフィア様は再び笑顔になった。
「殿下のこと意識するようになりましたの?」
「え、いえ」
「先刻殿下とお話ししたと言っていましたわね。何か言われましたの?」
「……ええ、まあ……」
「――エルネスト殿下が『氷の王太子』と呼ばれていたことは知っておられます?」
ソフィア様の言葉に私は一瞬固まった。
ゲームの中ではその言葉は聞いたけれど、現実の殿下はゲームと違って冷たい雰囲気はない。
「以前のエルネスト殿下は、幼い頃から冷静で、私たちにも距離を取っていて。……だから私はニコラ殿下に惹かれたのですけれど」
一度目を伏せると、ソフィア様は私を見た。
「でも二年前のある時から雰囲気が変わって。不思議に思ってニコラ殿下と問いただしたら、『帽子の天使』に会ったと」
「帽子の天使……?」
「帽子と一緒に飛び出してきた、天使みたいに可愛い女の子に一目惚れしたのですって。恋は人を変えるというのは本当ね」
ふふと笑顔のソフィア様を見ながら、私は再び顔が熱くなった。
「私がニコラ殿下のお妃になるべきというなら、リナ様も王太子妃になるべきですわ。ならなかったらそれこそ国の損失ですもの」
私を見つめてソフィア様はそう言った。
部屋を訪ねてきたソフィア様が飾られた大きな花瓶に目を留めた。
そこにはこぼれそうなほど、みっしりと薄紫と白の小さな花弁を付けた枝が飾られ、周囲に甘い香りを漂わせている。
「ライラックですわね。どうなさいましたの」
「ええと……贈り物です」
「まあ、殿下から?」
「いえ……王妃様からです」
王妃様とのお茶会が中断し、殿下とお話をしてから部屋に戻ると、追いかけてくるようにこの花が届けられたのだ。
「王妃様から……そういえば王妃様専用の庭にはライラックが多く植えられていると聞きますわ」
「……そうなのですか」
ライラックの花言葉は『思い出』そして『友情』。
そして私の実母であろう、王妃様の友人『ライラ』と同じ名を持つ花。
(そこまで思っていて下さったの)
王妃様の心が伝わってくるようで、胸がじんわりと温かくなった。
「でもどうして王妃様から?」
ソフィア様が首を傾げた。
「……実は今日、王妃様からお茶に呼ばれました」
「まあ。もしかして王妃様にももう認められたのかしら」
「ええと……それが、殿下方も呼ばれまして。それで、私をニコラ殿下のお妃にどうかと」
「え」
ソフィア様の顔から表情が消えた。
「あ、あの。でもニコラ殿下が王妃様に説明すると言って……。それでその後、エルネスト殿下からニコラ殿下とソフィア様のお話を聞きました……」
「――そうですか」
ソフィア様は力なくソファに座った。
「ソフィア様……」
「……どうして、歳上に生まれてしまったのでしょうね」
ぽつりとソフィア様は呟いた。
「私は二年待つくらい、できるのに」
「……例外はないのですか」
「過去には身分違いの恋に落ちて、駆け落ちしたり王位継承権剥奪になった方がいたそうよ。だから当人の意志だけで決めさせるなというのが王宮の認識ね」
ソフィア様とニコラ様なら身分は問題ないはずだし、そもそもソフィア様は王太子妃候補として王妃様にも認められているのだ、素質は十分なはず。
ただ、年齢だけが問題なのだ。
(なんか……モヤモヤする)
婚約期間が一年くらいとして、前世の感覚だと二十三歳で結婚することは全く遅くはない。
それにこれがもっと年齢が離れていたなら仕方ないのかもしれないが、二年なのだ。
それくらい融通をきかせてもいいだろう。
「ソフィア様」
私はソフィア様の手を取り握りしめた。
「ソフィア様とニコラ殿下のことは、ご家族はご存知なのですか」
「……いいえ」
「ではソフィア様のお気持ちをご家族に伝えましょう。それから王家の方にも。ニコラ殿下とお二人で誠心誠意お伝えすれば、悪いようにはなさらないと思います。だってソフィア様は素晴らしいお妃になりますもの」
「リナ様……」
「ソフィア様がニコラ様のお妃にはならないことはこの国の損失になると認識させましょう。そうすればきっとお二人を認めてくれます」
ソフィア様を見つめて私は訴えた。
歳の差というデメリット以上のメリットがあれば、きっと認めてもらえる。
だって政略結婚なのだもの。
「……ありがとうございます、リナ様」
ソフィア様はようやくその頬を緩めた。
「そうですわね……。まずは私の気持ちを表さないとですわね」
「ええ」
私は大きく頷いた。
「政略結婚なのですから、ニコラ殿下のお妃にはソフィア様を選ぶべきなんです」
「まあ」
ソフィア様は笑顔を見せた。
「ありがとうございます、リナ様。心が晴れた心地ですわ」
「それは良かったです」
「ですがリナ様」
ふとソフィア様は真顔になった。
「それにはまず、リナ様がエルネスト殿下のお妃になることが前提ですわ」
「……え」
私がエルネスト殿下の――
王宮のティールームでのことを思い出し、また顔に血がのぼる。
「まあ、顔が真っ赤ですわ」
ソフィア様は再び笑顔になった。
「殿下のこと意識するようになりましたの?」
「え、いえ」
「先刻殿下とお話ししたと言っていましたわね。何か言われましたの?」
「……ええ、まあ……」
「――エルネスト殿下が『氷の王太子』と呼ばれていたことは知っておられます?」
ソフィア様の言葉に私は一瞬固まった。
ゲームの中ではその言葉は聞いたけれど、現実の殿下はゲームと違って冷たい雰囲気はない。
「以前のエルネスト殿下は、幼い頃から冷静で、私たちにも距離を取っていて。……だから私はニコラ殿下に惹かれたのですけれど」
一度目を伏せると、ソフィア様は私を見た。
「でも二年前のある時から雰囲気が変わって。不思議に思ってニコラ殿下と問いただしたら、『帽子の天使』に会ったと」
「帽子の天使……?」
「帽子と一緒に飛び出してきた、天使みたいに可愛い女の子に一目惚れしたのですって。恋は人を変えるというのは本当ね」
ふふと笑顔のソフィア様を見ながら、私は再び顔が熱くなった。
「私がニコラ殿下のお妃になるべきというなら、リナ様も王太子妃になるべきですわ。ならなかったらそれこそ国の損失ですもの」
私を見つめてソフィア様はそう言った。
84
お気に入りに追加
3,856
あなたにおすすめの小説
【完結】結婚式当日、婚約者と姉に裏切られて惨めに捨てられた花嫁ですが
Rohdea
恋愛
結婚式の当日、花婿となる人は式には来ませんでした───
伯爵家の次女のセアラは、結婚式を控えて幸せな気持ちで過ごしていた。
しかし結婚式当日、夫になるはずの婚約者マイルズは式には現れず、
さらに同時にセアラの二歳年上の姉、シビルも行方知れずに。
どうやら、二人は駆け落ちをしたらしい。
そんな婚約者と姉の二人に裏切られ惨めに捨てられたセアラの前に現れたのは、
シビルの婚約者で、冷酷だの薄情だのと聞かされていた侯爵令息ジョエル。
身勝手に消えた姉の代わりとして、
セアラはジョエルと新たに婚約を結ぶことになってしまう。
そして一方、駆け落ちしたというマイルズとシビル。
二人の思惑は───……
いいですよ、離婚しましょう。だって、あなたはその女性が好きなのでしょう?
水垣するめ
恋愛
アリシアとロバートが結婚したのは一年前。
貴族にありがちな親と親との政略結婚だった。
二人は婚約した後、何事も無く結婚して、ロバートは婿養子としてこの家に来た。
しかし結婚してから一ヶ月経った頃、「出かけてくる」と言って週に一度、朝から晩まで出かけるようになった。
アリシアはすぐに、ロバートは幼馴染のサラに会いに行っているのだと分かった。
彼が昔から幼馴染を好意を寄せていたのは分かっていたからだ。
しかし、アリシアは私以外の女性と一切関わるな、と言うつもりもなかったし、幼馴染とも関係を切れ、なんて狭量なことを言うつもりも無かった。
だから、毎週一度会うぐらいなら、それくらいは情けとして良いだろう、と思っていた。
ずっと愛していたのだからしょうがない、とも思っていた。
一日中家を空けることは無かったし、結婚している以上ある程度の節度は守っていると思っていた。
しかし、ロバートはアリシアの信頼を裏切っていた。
そしてアリシアは家からロバートを追放しようと決意する。
噂好きのローレッタ
水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。
ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。
※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです)
※小説家になろうにも掲載しています
◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました
(旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)
継母と妹に家を乗っ取られたので、魔法都市で新しい人生始めます!
桜あげは
恋愛
父の後妻と腹違いの妹のせいで、肩身の狭い生活を強いられているアメリー。
美人の妹に惚れている婚約者からも、早々に婚約破棄を宣言されてしまう。
そんな中、国で一番の魔法学校から妹にスカウトが来た。彼女には特別な魔法の才能があるのだとか。
妹を心配した周囲の命令で、魔法に無縁のアメリーまで学校へ裏口入学させられる。
後ろめたい、お金がない、才能もない三重苦。
だが、学校の魔力測定で、アメリーの中に眠っていた膨大な量の魔力が目覚め……!?
不思議な魔法都市で、新しい仲間と新しい人生を始めます!
チートな力を持て余しつつ、マイペースな魔法都市スローライフ♪
書籍になりました。好評発売中です♪
自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!
ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。
ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。
そしていつも去り際に一言。
「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」
ティアナは思う。
別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか…
そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。
前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています
矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜
――『偽聖女を処刑しろっ!』
民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。
何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。
人々の歓声に包まれながら私は処刑された。
そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。
――持たなければ、失うこともない。
だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。
『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』
基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。
※この作品の設定は架空のものです。
※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。
※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)
いらないと言ったのはあなたの方なのに
水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。
セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。
エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。
ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。
しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。
◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬
◇いいね、エールありがとうございます!
【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした
miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。
婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。
(ゲーム通りになるとは限らないのかも)
・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。
周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。
馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。
冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。
強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!?
※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる