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「それでは私は会議に行ってくる。しばらく戻れないが課題は終えておくんだぞ」
「はい。早く帰ってきてくださいねクリストファー様」
潤んだ目で見上げるライラの頭を撫でると、クリストファーは図書館にある勉強室から出て行った。
「殿下」
図書館の外に出ると一人の男が待っていた。
イザベラの弟モーリスだ。
彼はイザベラ追放後、第二王子ヴィンセントに付くと公言して憚らなかった。
クリストファーの顔など見たくもないとばかりに、言葉を交わす事も目線を合わせる事すらなかった。
そんな彼がクリストファーに声をかけてきたのは二日前の事だった。
「…本当なのだろうな」
「ええ。まあ待っていればすぐ分かりますから」
感情の読めない顔でそう言うと、モーリスは歩き出しクリストファーはその後をついていった。
「ああもう、やってらんない」
クリストファーが出て行くとライラはペンを机上に投げ出した。
「もう。ハッピーエンドの後にこんな苦行が待ってるなんて、最低」
ライラが前世を思い出したのは入学式の日だ。
緊張と焦りで転んでしまったライラに手を差し伸べてくれた男子生徒———その顔を見て唐突に思い出したのだ。
ここがかつて日本人だった自分が遊んでいた乙女ゲームの世界で、自分はヒロインなのだと。
ライラを助けてくれたのは攻略対象の第一王子クリストファー。
そしてこれは、彼のルート始まりのイベントだ。
ゲームのようにふるまえば「本命」に会えるかもしれない。
そう思ったライラはゲーム通りの選択をするようになった。
するとあっという間にクリストファーの、ライラへの好感度は上がっていったのだ。
(何か出来すぎる…そうだ、悪役令嬢がいないんだ)
ゲームではクリストファーの婚約者イザベラが障害となり様々なトラブルが起きる。
だが現実のイザベラはクリストファーに興味がないらしく、他の女生徒が彼の側にいても全く気にしていない。
ライラの存在にすら気づいていないようだった。
(悪役令嬢のイベントが起きてくれないと…隠しキャラのメイナード様が出てこないのに)
ライラの本命、王弟メイナードはクリストファールートの途中、ライラが王宮に招かれた時にイザベラの嫌がらせで倉庫に閉じ込められてしまうイベントが起きないと登場しない。
偶然資料を取りに倉庫に来たメイナードに助けられ、その後仲が深まっていく…というストーリーだ。
だからイザベラがライラをいじめないと彼と出会えないのだ。
ライラはイザベラの罪をでっちあげる事にした。
そうすればイザベラの怒りを買い、本当に自分をいじめてくるだろうと思ったのだ。
クリストファー、そして攻略対象の一人であるオリバーはあっさりとライラの嘘を信じた。
だがイザベラは否定し、クリストファーと言い合うばかりでライラを全く相手にしない。
メイナードルートが始まるイベントが起きる日もとっくに過ぎてしまった。
仕方なくライラはクリストファールートのハッピーエンドを目指す事にした。
クリストファーは見た目こそ美男子だが、中身は威圧的でライラには優しいが他の者にはきつくあたる事も多い。
正直微妙な相手なのだが…将来王妃という地位に立てるならばそれくらい我慢できる。
(となると邪魔なのはイザベラね。ゲーム通り娼館に行ってもらおう)
そうしてライラは泣き落としでクリストファーにイザベラを娼館へ追放させ、自分が婚約者となったのだ。
ゲームならばここでハッピーエンド、『二人は幸せに暮らしました』となるのに。
クリストファーの婚約者として王宮に来たライラを待っていたのは、人々の冷たい目線と厳しいお妃教育だった。
王宮の人々にとってライラはイザベラを追い出した悪人という目に映っているらしい。
それは国王夫妻も同様で、一年でお妃教育を終えなければクリストファーとの結婚を認めないと条件を出されてしまった。
学園での成績は常に上位だったので出来ると思ったのだけれど、授業とお妃教育は全く違う。
普段の姿勢からダンス、マナー、貴族達の名前や歴史などなど。
覚える事が多すぎる。
こんなの一年で覚えられるはずがない。
クリストファーに泣きついてみたものの、むしろもっと頑張るようにと言われてしまう。
最近ではライラが訴えても迷惑そうにするばかりだ。
ライラだって本当はクリストファーではなくメイナードが本命だったのに。
どうして大して好きでもない相手の為に、こんなに苦労しないとならないのだろう。
「あーあ。早く一年の期限がこないかな」
そうすれば自分はここから解放されて…
小さく扉をノックする音が聞こえると、そっと扉が開いた。
「オリバー様!」
顔をのぞかせた相手の顔を確認するとライラは椅子から立ち上がった。
「ライラ」
「会いたかった!」
「私もだよ…愛しいライラ」
駆け寄り抱きつくと、オリバーはライラを抱きしめ返した。
「もう私…辛くて辛くて…耐えられない」
「可哀想に…もうしばらく辛抱して」
「しばらくって、あとまだ半年もあるのよ」
ライラは涙目でオリバーを見上げた。
「でも僕達の関係を知られてしまったら終わりだよ。それに僕の妻になるにも貴族のマナーは必要だ。大丈夫、君なら出来るよ」
「…そうね…」
(オリバーをキープしておいて良かった)
相手の胸に顔を埋めてライラは思った。
攻略対象の四人に接触したのだが、モーリスとニールの二人には全く相手にされなかった。
だが王宮で知り合ったオリバーは、ゲーム通りに好感度を上げる事が出来たのだ。
一年で妃教育を終えられなければ、クリストファーとの婚約は解消される。
もしくはクリストファーが王家を離れてライラと結婚する事になるが…プライドの高い彼が王子をやめるなどあり得ないだろう。
クリストファーと別れてオリバーと結婚する。
それが今のライラの目標だ。
お妃には劣るけれど、侯爵夫人になれるのだ。
宰相家ともなればお金も沢山あるだろう。
多少贅沢したって問題ないはずだ。
「愛しいライラ。早く堂々と会える日が来るといいのに」
「本当に…ずっとオリバー様と一緒にいたいわ」
二人は見つめ合い…ゆっくりと顔が近づくと、唇が重なった。
バン!
突然激しい音と共に扉が開かれた。
「はい。早く帰ってきてくださいねクリストファー様」
潤んだ目で見上げるライラの頭を撫でると、クリストファーは図書館にある勉強室から出て行った。
「殿下」
図書館の外に出ると一人の男が待っていた。
イザベラの弟モーリスだ。
彼はイザベラ追放後、第二王子ヴィンセントに付くと公言して憚らなかった。
クリストファーの顔など見たくもないとばかりに、言葉を交わす事も目線を合わせる事すらなかった。
そんな彼がクリストファーに声をかけてきたのは二日前の事だった。
「…本当なのだろうな」
「ええ。まあ待っていればすぐ分かりますから」
感情の読めない顔でそう言うと、モーリスは歩き出しクリストファーはその後をついていった。
「ああもう、やってらんない」
クリストファーが出て行くとライラはペンを机上に投げ出した。
「もう。ハッピーエンドの後にこんな苦行が待ってるなんて、最低」
ライラが前世を思い出したのは入学式の日だ。
緊張と焦りで転んでしまったライラに手を差し伸べてくれた男子生徒———その顔を見て唐突に思い出したのだ。
ここがかつて日本人だった自分が遊んでいた乙女ゲームの世界で、自分はヒロインなのだと。
ライラを助けてくれたのは攻略対象の第一王子クリストファー。
そしてこれは、彼のルート始まりのイベントだ。
ゲームのようにふるまえば「本命」に会えるかもしれない。
そう思ったライラはゲーム通りの選択をするようになった。
するとあっという間にクリストファーの、ライラへの好感度は上がっていったのだ。
(何か出来すぎる…そうだ、悪役令嬢がいないんだ)
ゲームではクリストファーの婚約者イザベラが障害となり様々なトラブルが起きる。
だが現実のイザベラはクリストファーに興味がないらしく、他の女生徒が彼の側にいても全く気にしていない。
ライラの存在にすら気づいていないようだった。
(悪役令嬢のイベントが起きてくれないと…隠しキャラのメイナード様が出てこないのに)
ライラの本命、王弟メイナードはクリストファールートの途中、ライラが王宮に招かれた時にイザベラの嫌がらせで倉庫に閉じ込められてしまうイベントが起きないと登場しない。
偶然資料を取りに倉庫に来たメイナードに助けられ、その後仲が深まっていく…というストーリーだ。
だからイザベラがライラをいじめないと彼と出会えないのだ。
ライラはイザベラの罪をでっちあげる事にした。
そうすればイザベラの怒りを買い、本当に自分をいじめてくるだろうと思ったのだ。
クリストファー、そして攻略対象の一人であるオリバーはあっさりとライラの嘘を信じた。
だがイザベラは否定し、クリストファーと言い合うばかりでライラを全く相手にしない。
メイナードルートが始まるイベントが起きる日もとっくに過ぎてしまった。
仕方なくライラはクリストファールートのハッピーエンドを目指す事にした。
クリストファーは見た目こそ美男子だが、中身は威圧的でライラには優しいが他の者にはきつくあたる事も多い。
正直微妙な相手なのだが…将来王妃という地位に立てるならばそれくらい我慢できる。
(となると邪魔なのはイザベラね。ゲーム通り娼館に行ってもらおう)
そうしてライラは泣き落としでクリストファーにイザベラを娼館へ追放させ、自分が婚約者となったのだ。
ゲームならばここでハッピーエンド、『二人は幸せに暮らしました』となるのに。
クリストファーの婚約者として王宮に来たライラを待っていたのは、人々の冷たい目線と厳しいお妃教育だった。
王宮の人々にとってライラはイザベラを追い出した悪人という目に映っているらしい。
それは国王夫妻も同様で、一年でお妃教育を終えなければクリストファーとの結婚を認めないと条件を出されてしまった。
学園での成績は常に上位だったので出来ると思ったのだけれど、授業とお妃教育は全く違う。
普段の姿勢からダンス、マナー、貴族達の名前や歴史などなど。
覚える事が多すぎる。
こんなの一年で覚えられるはずがない。
クリストファーに泣きついてみたものの、むしろもっと頑張るようにと言われてしまう。
最近ではライラが訴えても迷惑そうにするばかりだ。
ライラだって本当はクリストファーではなくメイナードが本命だったのに。
どうして大して好きでもない相手の為に、こんなに苦労しないとならないのだろう。
「あーあ。早く一年の期限がこないかな」
そうすれば自分はここから解放されて…
小さく扉をノックする音が聞こえると、そっと扉が開いた。
「オリバー様!」
顔をのぞかせた相手の顔を確認するとライラは椅子から立ち上がった。
「ライラ」
「会いたかった!」
「私もだよ…愛しいライラ」
駆け寄り抱きつくと、オリバーはライラを抱きしめ返した。
「もう私…辛くて辛くて…耐えられない」
「可哀想に…もうしばらく辛抱して」
「しばらくって、あとまだ半年もあるのよ」
ライラは涙目でオリバーを見上げた。
「でも僕達の関係を知られてしまったら終わりだよ。それに僕の妻になるにも貴族のマナーは必要だ。大丈夫、君なら出来るよ」
「…そうね…」
(オリバーをキープしておいて良かった)
相手の胸に顔を埋めてライラは思った。
攻略対象の四人に接触したのだが、モーリスとニールの二人には全く相手にされなかった。
だが王宮で知り合ったオリバーは、ゲーム通りに好感度を上げる事が出来たのだ。
一年で妃教育を終えられなければ、クリストファーとの婚約は解消される。
もしくはクリストファーが王家を離れてライラと結婚する事になるが…プライドの高い彼が王子をやめるなどあり得ないだろう。
クリストファーと別れてオリバーと結婚する。
それが今のライラの目標だ。
お妃には劣るけれど、侯爵夫人になれるのだ。
宰相家ともなればお金も沢山あるだろう。
多少贅沢したって問題ないはずだ。
「愛しいライラ。早く堂々と会える日が来るといいのに」
「本当に…ずっとオリバー様と一緒にいたいわ」
二人は見つめ合い…ゆっくりと顔が近づくと、唇が重なった。
バン!
突然激しい音と共に扉が開かれた。
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