10 / 14
10
しおりを挟む
「え…あの…」
戸惑うイザベラの手を取りソファに座らせると、メイナードはすぐ隣へと腰を下ろした。
「殿下が…パトロンなのですか…?」
「そうだよ、嫌か?」
「いや…などと…」
イザベラはふるふると小さく首を横に振った。
「びっくりしてしまって…」
全く想像だにしていなかった。
それまでメイナードとは全くといっていいほど接点がなかった。
このオーキッドハウスに来てからは、外交関係で接待を行う時やその打ち合わせで顔を合わせていたし、それ以外でも何度か客として来た時に接客した事はある。
だがいつも仕事仲間としての付き合いで、パトロンになるなど…そんな気配は全く感じなかったのに。
「君はね、私の理想的な存在なんだ」
メイナードは言った。
「理想?」
「私が妃を持てないのは知っているね」
「…はい…」
メイナードの母親は愛妾だった。
前国王が最も寵愛していたが身分は低く、政治的な後ろ盾もなかった。
メイナードもまた父王に愛されており、そんな彼を次期国王にさせたくないと、正妃派に命を狙われた事もあった。
だが兄である現国王はメイナードを可愛がっており、彼の取りなしで王位継承権を放棄し兄に忠誠を誓う事でその身の安全を得る事となった。
そして万が一現王の子供達と王位争いが起きないよう、王太子が定まるまでは妃を娶る事も子供を作る事も禁じられたのだ。
「結婚できない事自体は構わないんだけど、外交に行った時にパートナーがいないと不便な場面が多くてね…」
困ったようにメイナードは眉を下げた。
夜会などに出席する時は、パートナーを連れて行くのが基本だ。
出来れば数ヵ国語を話せて政治や外交を理解し、そして貴族のマナーを知っているパートナーが欲しい。
たが条件に合う者はなかなかおらず、諦めかけていた所に出会ったのがイザベラだった。
シヴォリ王国接待での差配振りは見事だった。
彼女が考案した浸漬酒は今、社交界でも人気が出ていてレディントン王国の名物として外交の場でも役立っている。
未だ十八歳と思えないほど堂々とした振る舞いや語学力、そして容姿。
メイナードが望んでいたものをイザベラは全て持っていたのだ。
すぐにオーナーに、イザベラへのパトロンの話は全て断るよう話を付けた。
そうしてこの四ヶ月近く、仕事や客として来た時にイザベラの性格や能力を観察してきたのだ。
「それで確信したんだ、パートナーとして君以上に最適な女性はいないと」
「…それはつまり…私は今後、殿下のパートナーとして外交にお供をするという事ですか?」
イザベラは首を傾げた。
「ああ」
「ですが…私のような…娼婦が殿下のパートナーなど…」
「オーキッドハウスの『花』とパトロンとの関係は国外でも有名だ。君は私以外の男には触れさせない。中には口さがない事を言う者もいるだろうが、雑音として気にしなくていい」
メイナードはイザベラの手を取った。
「それにいずれは王家を出て爵位を得る予定だ。その時は君を妻にする、問題ない」
「妻…?」
「このネックレスは、父が母に贈るために作らせた特注品だ」
空いた手でイザベラの胸元を飾るサファイアに触れる。
「私が最愛を見つけた時に渡すよう、母から譲り受けたものだ」
「…さ、最愛…?」
「すっかり君に惚れ込んでしまったよ」
目を細めると、メイナードはイザベラの腰に手を回し抱き寄せた。
「本当は根回しを済ませてからパトロンになりたかったのだが、君のパトロンになりたい者が多いから早く決めてくれとオーナーに急かされてね」
「根回し…?」
「オルブライト侯爵が反対しているんだ。彼は君が客を取る前に家に取り戻したいと望んでいるからね」
「…お父様が…」
「だが君の相手は私ただ一人だ。他の客は取らせないとオーナーとも契約した。…それに」
長い指がイザベラの顎をそっとなぞった。
「早く君が欲しくてたまらなかったんだ」
(ひゃあ…!)
色気のある表情で間近に見つめられ、イザベラは心の中で悲鳴を上げた。
今までずっと仕事の相手として接してきたメイナードに、突然甘い言葉や態度を示されたのだ。
恥ずかしさで身体がむずむずしてくる。
(でも…嫌では…ないかも…)
パトロンを選ぶ権利はイザベラにはないのは分かっていたし、相当な地位と財力がないとなれないので相手が年配の場合もあると覚悟していたのだ。
メイナードはまだ二十代と若く、それに彼の仕事ぶりを間近で見てきたイザベラにとって、彼は尊敬できる存在だった。
恋心といったものは未だないけれど…彼ならばこの身を預けても大丈夫だろう。
そう思えた。
(パートナーとか妻とか…それは想定外過ぎたけど)
娼館に入った自分がそんな立場になっていいのだろうか。
「イザベラ?」
ぐ、と腰に回された手に力が入る。
「どうした?」
「…本当に…私のような者でいいのでしょうか」
思った事を口にすると、メイナードは一瞬目を見開きすぐにまた細めた。
「君は知らないだろうけれど、今社交界で君は大人気なんだよ」
「え?」
「婚約者の第一王子に追放され娼館に入れられたのに、国のために外交に努める聖女のような女性だと」
「…ええっ?!」
思いがけない言葉にイザベラは絶句した。
ただ接待の仕事が楽しいから頑張っていただけで、国のためとか…そんな事全く考えていなかったのに。
「君が私のパートナーになる事は、兄上も喜んでいたよ」
「…陛下が?」
「反対するのはオルブライト侯爵くらいじゃないかな。イザベラは何も心配しなくていいから」
メイナードの顔が動くと、頬に何かが触れる感触があった。
「っ…」
「それでね、イザベラ」
頬に口付けられて赤くなったイザベラの耳元に、メイナードは口を寄せた。
「早速初夜を迎えたいんだけど…いい?」
「しょ…え…ぅあ…」
「駄目といっても聞かないけど」
さらに顔を真っ赤にしたイザベラを抱き上げながら立ち上がると、メイナードは奥にある寝室へと歩いていった。
戸惑うイザベラの手を取りソファに座らせると、メイナードはすぐ隣へと腰を下ろした。
「殿下が…パトロンなのですか…?」
「そうだよ、嫌か?」
「いや…などと…」
イザベラはふるふると小さく首を横に振った。
「びっくりしてしまって…」
全く想像だにしていなかった。
それまでメイナードとは全くといっていいほど接点がなかった。
このオーキッドハウスに来てからは、外交関係で接待を行う時やその打ち合わせで顔を合わせていたし、それ以外でも何度か客として来た時に接客した事はある。
だがいつも仕事仲間としての付き合いで、パトロンになるなど…そんな気配は全く感じなかったのに。
「君はね、私の理想的な存在なんだ」
メイナードは言った。
「理想?」
「私が妃を持てないのは知っているね」
「…はい…」
メイナードの母親は愛妾だった。
前国王が最も寵愛していたが身分は低く、政治的な後ろ盾もなかった。
メイナードもまた父王に愛されており、そんな彼を次期国王にさせたくないと、正妃派に命を狙われた事もあった。
だが兄である現国王はメイナードを可愛がっており、彼の取りなしで王位継承権を放棄し兄に忠誠を誓う事でその身の安全を得る事となった。
そして万が一現王の子供達と王位争いが起きないよう、王太子が定まるまでは妃を娶る事も子供を作る事も禁じられたのだ。
「結婚できない事自体は構わないんだけど、外交に行った時にパートナーがいないと不便な場面が多くてね…」
困ったようにメイナードは眉を下げた。
夜会などに出席する時は、パートナーを連れて行くのが基本だ。
出来れば数ヵ国語を話せて政治や外交を理解し、そして貴族のマナーを知っているパートナーが欲しい。
たが条件に合う者はなかなかおらず、諦めかけていた所に出会ったのがイザベラだった。
シヴォリ王国接待での差配振りは見事だった。
彼女が考案した浸漬酒は今、社交界でも人気が出ていてレディントン王国の名物として外交の場でも役立っている。
未だ十八歳と思えないほど堂々とした振る舞いや語学力、そして容姿。
メイナードが望んでいたものをイザベラは全て持っていたのだ。
すぐにオーナーに、イザベラへのパトロンの話は全て断るよう話を付けた。
そうしてこの四ヶ月近く、仕事や客として来た時にイザベラの性格や能力を観察してきたのだ。
「それで確信したんだ、パートナーとして君以上に最適な女性はいないと」
「…それはつまり…私は今後、殿下のパートナーとして外交にお供をするという事ですか?」
イザベラは首を傾げた。
「ああ」
「ですが…私のような…娼婦が殿下のパートナーなど…」
「オーキッドハウスの『花』とパトロンとの関係は国外でも有名だ。君は私以外の男には触れさせない。中には口さがない事を言う者もいるだろうが、雑音として気にしなくていい」
メイナードはイザベラの手を取った。
「それにいずれは王家を出て爵位を得る予定だ。その時は君を妻にする、問題ない」
「妻…?」
「このネックレスは、父が母に贈るために作らせた特注品だ」
空いた手でイザベラの胸元を飾るサファイアに触れる。
「私が最愛を見つけた時に渡すよう、母から譲り受けたものだ」
「…さ、最愛…?」
「すっかり君に惚れ込んでしまったよ」
目を細めると、メイナードはイザベラの腰に手を回し抱き寄せた。
「本当は根回しを済ませてからパトロンになりたかったのだが、君のパトロンになりたい者が多いから早く決めてくれとオーナーに急かされてね」
「根回し…?」
「オルブライト侯爵が反対しているんだ。彼は君が客を取る前に家に取り戻したいと望んでいるからね」
「…お父様が…」
「だが君の相手は私ただ一人だ。他の客は取らせないとオーナーとも契約した。…それに」
長い指がイザベラの顎をそっとなぞった。
「早く君が欲しくてたまらなかったんだ」
(ひゃあ…!)
色気のある表情で間近に見つめられ、イザベラは心の中で悲鳴を上げた。
今までずっと仕事の相手として接してきたメイナードに、突然甘い言葉や態度を示されたのだ。
恥ずかしさで身体がむずむずしてくる。
(でも…嫌では…ないかも…)
パトロンを選ぶ権利はイザベラにはないのは分かっていたし、相当な地位と財力がないとなれないので相手が年配の場合もあると覚悟していたのだ。
メイナードはまだ二十代と若く、それに彼の仕事ぶりを間近で見てきたイザベラにとって、彼は尊敬できる存在だった。
恋心といったものは未だないけれど…彼ならばこの身を預けても大丈夫だろう。
そう思えた。
(パートナーとか妻とか…それは想定外過ぎたけど)
娼館に入った自分がそんな立場になっていいのだろうか。
「イザベラ?」
ぐ、と腰に回された手に力が入る。
「どうした?」
「…本当に…私のような者でいいのでしょうか」
思った事を口にすると、メイナードは一瞬目を見開きすぐにまた細めた。
「君は知らないだろうけれど、今社交界で君は大人気なんだよ」
「え?」
「婚約者の第一王子に追放され娼館に入れられたのに、国のために外交に努める聖女のような女性だと」
「…ええっ?!」
思いがけない言葉にイザベラは絶句した。
ただ接待の仕事が楽しいから頑張っていただけで、国のためとか…そんな事全く考えていなかったのに。
「君が私のパートナーになる事は、兄上も喜んでいたよ」
「…陛下が?」
「反対するのはオルブライト侯爵くらいじゃないかな。イザベラは何も心配しなくていいから」
メイナードの顔が動くと、頬に何かが触れる感触があった。
「っ…」
「それでね、イザベラ」
頬に口付けられて赤くなったイザベラの耳元に、メイナードは口を寄せた。
「早速初夜を迎えたいんだけど…いい?」
「しょ…え…ぅあ…」
「駄目といっても聞かないけど」
さらに顔を真っ赤にしたイザベラを抱き上げながら立ち上がると、メイナードは奥にある寝室へと歩いていった。
25
お気に入りに追加
3,175
あなたにおすすめの小説
家出した伯爵令嬢【完結済】
弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。
番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています
6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
メイドは眠りから目が覚めた公爵様を、誤って魅了する
MOMO-tank
恋愛
半年前に王太子を庇い、魅了の秘薬を体に浴びてしまった騎士団長で公爵でもあるスティーブンは、その日からずっと眠り続けている。
"目覚めて最初に見た者に魅了される恐れがある"
公爵家では厳戒態勢が敷かれていた。
ある夜、人員不足により公爵の見張りを任されたメイドのジョイだったが、運悪く目覚めたスティーブンに顔を見られてしまう。
婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい
矢口愛留
恋愛
【全11話】
学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。
しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。
クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。
スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。
※一話あたり短めです。
※ベリーズカフェにも投稿しております。
婚約破棄の上に家を追放された直後に聖女としての力に目覚めました。
三葉 空
恋愛
ユリナはバラノン伯爵家の長女であり、公爵子息のブリックス・オメルダと婚約していた。しかし、ブリックスは身勝手な理由で彼女に婚約破棄を言い渡す。さらに、元から妹ばかり可愛がっていた両親にも愛想を尽かされ、家から追放されてしまう。ユリナは全てを失いショックを受けるが、直後に聖女としての力に目覚める。そして、神殿の神職たちだけでなく、王家からも丁重に扱われる。さらに、お祈りをするだけでたんまりと給料をもらえるチート職業、それが聖女。さらに、イケメン王子のレオルドに見初められて求愛を受ける。どん底から一転、一気に幸せを掴み取った。その事実を知った元婚約者と元家族は……
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる