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エピローグ
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「それでは行ってきます」
「行ってらっしゃい、気をつけて」
「身体には気をつけるんだよ」
「はい、お父様たちもお元気で!」
家族に見守られて、ルーシーとエリオットを乗せた馬車は走り出した。
「マリー?」
馬車が見えなくなっても立ち尽くしたままのマリーにセドリックが声をかけた。
「どうした」
「帰ってくるのがまた来年の夏だなんて……長すぎるわ」
「仕方ないだろう。王都まで遠いのだし、事情もないのに家に帰るために学園を休ませるわけにもいかないのだから」
「――馬車と船しかないというのはどうにかならないのかしら」
マリーはため息をついた。
「せっかく妹ができたのに、一年も一緒に暮らせていないのよ。しかも卒業してもそのまま王都に住むのでしょう」
「君は本当にルーシーが好きだな」
「妹ができるのが夢だったのよ」
マリーはセドリックを見上げた。
「お揃いの服を着たり、一緒にお菓子を作ったりおしゃべりをして。そうよ、せっかく恋バナができると思ったのにそんな時間もなかったわ」
「結婚式で忙しかったからな。……ところで恋バナとは何だ?」
「ふふ、女同士の秘密の話よ」
唇に指をあててマリーは微笑んだ。
セドリックとマリーの結婚式を挟んで三週間ほど滞在して、ルーシーたちは王都へと帰っていった。
この辺境にある領地から王都まで馬車や船を乗り継いで順調に行っても十日はかかる。学園が始まるのに間に合わせるため、それ以上は滞在を伸ばせなかったのだ。
「ホント、あっという間の三週間だったわ」
一人で部屋に戻るとマリーはソファに腰を下ろした。
結婚式は身内だけのこじんまりとしたものでいいと言ったのだけれど、領民の代表から是非参加したいと申し出を受けて、更にルーシーの婚約者のお披露目も兼ねたため結局三日間に渡る大宴会となってしまった。
「ルーシーが婚約かあ、しかも王太子の弟と」
ふふっとマリーは笑みをもらした。
「エリオット殿下、王太子によく似ていたなあ。悪役令嬢と攻略対象の妹弟が婚約なんて不思議ね」
その悪役令嬢が自分であることが一番不思議なのだけれど。
「パトリシア……!」
マリーが目覚めたとき、涙を浮かべた金髪の青年が知らない名前を呼び続けていた。
青年は馬車から落ちたマリーを助け出したのだと言った。
(馬車……?)
どうしてそんなものに乗っていたのだろう。馬車なんてテレビや映画の中でしか見たことがないのに。
何故か身体中が痛み、起き上がれないのはそのせいかと思いながら、なんとか頭をゆっくりと動かすと鏡に映る自分の姿が見えた。
そこにいたのは真っ赤な髪の見知らぬ少女だった。
「え……誰……?」
「パトリシア?」
青年が不安そうに顔を覗き込んだ。
「パトリシア……?」
さっきからそう呼ばれているが、それは自分の名前なのだろうか。そうして名前を呼ぶということは、この青年は自分のことを知っているのだろうか。
けれど自分はパトリシアという名前ではないし、見た目も違う。
自分は『麻里』という名前の大学生で、黒髪に黒い目で……。
「パトリシア、大丈夫か」
「あの……私は麻里です……。あなたは、どなたですか?」
恐る恐る尋ねると青年は目を見張った。
セドリックと名乗った青年は自分の恋人であること、けれど事情があって自分は別の人と婚約していたこと――そして婚約者のせいで修道院へ追放され、その途中で馬車から落ちて大怪我を負ったのだと言った。
「馬車から落ちた衝撃で記憶を失ったのか……」
(記憶ならあるけど?!)
そう訴えようとしたが、明らかに今の自分の外見は『麻里』ではない。
身体もろくに動かせない状態で、自分がどんな状況にいるのかも分からない。
マリーは記憶喪失だという青年の言葉に便乗して、しばらく様子をみることにした。
(それにこの赤い髪と顔、それからパトリシアという名前……覚えがあるのよね)
その既視感はすぐに分かった。
セドリックが『パトリシア』のこれまでのことを詳しく教えてくれたのだが、それらのエピソードに『麻里』は聞き覚えがあったのだ。
(これって……前によく遊んだスマホゲームの内容よね?!)
そうだ、確かにこの顔は、ゲームに登場していた『悪役令嬢パトリシア』だ。
(その悪役令嬢に、どうして私がなっているの?!)
夢かと思ったが、身体に残る痛みが夢ではないことを示している。
麻里の最後の記憶は曖昧だが、乗っていた観光バスが事故にあったような気がする。――バスと馬車、異なるけれど似たような事故にあったのがきっかけでパトリシアの中に自分の魂が入ってしまったのだろうか、そうマリーは思った。
けれどセドリックの話を聞いていると、どうも『パトリシア』はずっと昔から『麻里』だったようなのだ。
「パトリシアは不思議な世界の夢をよく見ていて、その夢の中では『マリー』と名乗っていたんだ」
夢の内容を聞くに、どうやらそれは麻里が生きていた日本の話らしい。
(つまり私は……パトリシアとしてこの世界に生まれて、事故のショックでパトリシアの記憶だけ無くしたということ?)
全く思い出せないので確認しようがないが、けれどパトリシアの行動を聞く限り、どうやら『麻里』の記憶と知識でゲームのような破滅する未来を回避しようとしていたことが推測できた。
(状況は読めてきたけれど……でもそもそも、パトリシアに恋人がいたなんて設定、どこにもなかったけど)
あのゲームは全てのエンドを攻略したはずだが、セドリックというキャラクターはゲームには一度も出てこなかった。
分からないことだらけの中で、一つはっきりしていること。
それはセドリックはパトリシアのことを、そして記憶をなくしたマリーを心から愛しているということだ。
話を聞く限り、パトリシアは『麻里』と性格がさほど変わらないようだったが、その、貴族令嬢らしさのない平凡な自分をどうしてセドリックが深く愛してくれているのか、正直マリーにはよく分からない。
辺境伯の後継という肩書きを持ち見目も良いセドリックならば、婚約者のいるパトリシアをいつまでも待ち続けている必要などないくらい相手には困らないだろうに。
一度セドリックにそう言ったら、一瞬絶望的な表情になったあと『私の愛まで忘れてしまったのが残念だ』と言い……その後、しっかりその『愛』なるものを身体に教え込まされてしまったのだが。
「行ってらっしゃい、気をつけて」
「身体には気をつけるんだよ」
「はい、お父様たちもお元気で!」
家族に見守られて、ルーシーとエリオットを乗せた馬車は走り出した。
「マリー?」
馬車が見えなくなっても立ち尽くしたままのマリーにセドリックが声をかけた。
「どうした」
「帰ってくるのがまた来年の夏だなんて……長すぎるわ」
「仕方ないだろう。王都まで遠いのだし、事情もないのに家に帰るために学園を休ませるわけにもいかないのだから」
「――馬車と船しかないというのはどうにかならないのかしら」
マリーはため息をついた。
「せっかく妹ができたのに、一年も一緒に暮らせていないのよ。しかも卒業してもそのまま王都に住むのでしょう」
「君は本当にルーシーが好きだな」
「妹ができるのが夢だったのよ」
マリーはセドリックを見上げた。
「お揃いの服を着たり、一緒にお菓子を作ったりおしゃべりをして。そうよ、せっかく恋バナができると思ったのにそんな時間もなかったわ」
「結婚式で忙しかったからな。……ところで恋バナとは何だ?」
「ふふ、女同士の秘密の話よ」
唇に指をあててマリーは微笑んだ。
セドリックとマリーの結婚式を挟んで三週間ほど滞在して、ルーシーたちは王都へと帰っていった。
この辺境にある領地から王都まで馬車や船を乗り継いで順調に行っても十日はかかる。学園が始まるのに間に合わせるため、それ以上は滞在を伸ばせなかったのだ。
「ホント、あっという間の三週間だったわ」
一人で部屋に戻るとマリーはソファに腰を下ろした。
結婚式は身内だけのこじんまりとしたものでいいと言ったのだけれど、領民の代表から是非参加したいと申し出を受けて、更にルーシーの婚約者のお披露目も兼ねたため結局三日間に渡る大宴会となってしまった。
「ルーシーが婚約かあ、しかも王太子の弟と」
ふふっとマリーは笑みをもらした。
「エリオット殿下、王太子によく似ていたなあ。悪役令嬢と攻略対象の妹弟が婚約なんて不思議ね」
その悪役令嬢が自分であることが一番不思議なのだけれど。
「パトリシア……!」
マリーが目覚めたとき、涙を浮かべた金髪の青年が知らない名前を呼び続けていた。
青年は馬車から落ちたマリーを助け出したのだと言った。
(馬車……?)
どうしてそんなものに乗っていたのだろう。馬車なんてテレビや映画の中でしか見たことがないのに。
何故か身体中が痛み、起き上がれないのはそのせいかと思いながら、なんとか頭をゆっくりと動かすと鏡に映る自分の姿が見えた。
そこにいたのは真っ赤な髪の見知らぬ少女だった。
「え……誰……?」
「パトリシア?」
青年が不安そうに顔を覗き込んだ。
「パトリシア……?」
さっきからそう呼ばれているが、それは自分の名前なのだろうか。そうして名前を呼ぶということは、この青年は自分のことを知っているのだろうか。
けれど自分はパトリシアという名前ではないし、見た目も違う。
自分は『麻里』という名前の大学生で、黒髪に黒い目で……。
「パトリシア、大丈夫か」
「あの……私は麻里です……。あなたは、どなたですか?」
恐る恐る尋ねると青年は目を見張った。
セドリックと名乗った青年は自分の恋人であること、けれど事情があって自分は別の人と婚約していたこと――そして婚約者のせいで修道院へ追放され、その途中で馬車から落ちて大怪我を負ったのだと言った。
「馬車から落ちた衝撃で記憶を失ったのか……」
(記憶ならあるけど?!)
そう訴えようとしたが、明らかに今の自分の外見は『麻里』ではない。
身体もろくに動かせない状態で、自分がどんな状況にいるのかも分からない。
マリーは記憶喪失だという青年の言葉に便乗して、しばらく様子をみることにした。
(それにこの赤い髪と顔、それからパトリシアという名前……覚えがあるのよね)
その既視感はすぐに分かった。
セドリックが『パトリシア』のこれまでのことを詳しく教えてくれたのだが、それらのエピソードに『麻里』は聞き覚えがあったのだ。
(これって……前によく遊んだスマホゲームの内容よね?!)
そうだ、確かにこの顔は、ゲームに登場していた『悪役令嬢パトリシア』だ。
(その悪役令嬢に、どうして私がなっているの?!)
夢かと思ったが、身体に残る痛みが夢ではないことを示している。
麻里の最後の記憶は曖昧だが、乗っていた観光バスが事故にあったような気がする。――バスと馬車、異なるけれど似たような事故にあったのがきっかけでパトリシアの中に自分の魂が入ってしまったのだろうか、そうマリーは思った。
けれどセドリックの話を聞いていると、どうも『パトリシア』はずっと昔から『麻里』だったようなのだ。
「パトリシアは不思議な世界の夢をよく見ていて、その夢の中では『マリー』と名乗っていたんだ」
夢の内容を聞くに、どうやらそれは麻里が生きていた日本の話らしい。
(つまり私は……パトリシアとしてこの世界に生まれて、事故のショックでパトリシアの記憶だけ無くしたということ?)
全く思い出せないので確認しようがないが、けれどパトリシアの行動を聞く限り、どうやら『麻里』の記憶と知識でゲームのような破滅する未来を回避しようとしていたことが推測できた。
(状況は読めてきたけれど……でもそもそも、パトリシアに恋人がいたなんて設定、どこにもなかったけど)
あのゲームは全てのエンドを攻略したはずだが、セドリックというキャラクターはゲームには一度も出てこなかった。
分からないことだらけの中で、一つはっきりしていること。
それはセドリックはパトリシアのことを、そして記憶をなくしたマリーを心から愛しているということだ。
話を聞く限り、パトリシアは『麻里』と性格がさほど変わらないようだったが、その、貴族令嬢らしさのない平凡な自分をどうしてセドリックが深く愛してくれているのか、正直マリーにはよく分からない。
辺境伯の後継という肩書きを持ち見目も良いセドリックならば、婚約者のいるパトリシアをいつまでも待ち続けている必要などないくらい相手には困らないだろうに。
一度セドリックにそう言ったら、一瞬絶望的な表情になったあと『私の愛まで忘れてしまったのが残念だ』と言い……その後、しっかりその『愛』なるものを身体に教え込まされてしまったのだが。
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