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第三章 誠実な恋人たち
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一通りの対戦が終わり休憩時間となると、ブリトニーが籠を持って騎士たちのもとへ向かった。
籠の中身はレモンピールをたっぷり加えたパウンドケーキで、小腹を満たすだけでなく疲労回復にも良いのだという。
「どうですか、模擬戦は」
分けてもらったケーキを食べながらブリトニーがケーキを配っているのを眺めていると、ブリトニーの父親である近衛騎士団長がやってきた。
「どれも良い試合だった。マクレガーもすっかり一人前だな」
「ありがとうございます。……ところで殿下」
エリオットの言葉に目を細めると、団長は声をひそめた。
「近衛騎士の中に娘の想い人がいるようなのですが、殿下はご存知ないでしょうか」
「さあ。僕も名前までは知らない」
騎士たちに囲まれているブリトニーに視線を送ってエリオットは答えた。
「迷惑をかけるから誰にも言わないそうだ」
「そうですか……」
「私、多分わかりました」
試合中、明らかに一人、ブリトニーが見つめる眼差しが異なる人物がいるのにルーシーは気づいた。
「それは誰ですか」
「言えません。本人が秘密にしているのですから」
こちらを見た団長にそう答えて、ルーシーはにっこりと笑った。
「――あ、ああ。そうですか」
団長は一瞬息を飲み、それからそう言って息を吐いた。
「団長。どうした」
そんな団長の様子を見てエリオットは口を開いた。
「さっきからルーシーを見る様子がおかしいが。――そんなに似ているのか? 兄上の元婚約者に」
「……申し訳ありません。笑顔が……とてもよく似ておられたものですから」
ふう、と団長はもう一度息を吐いた。
「あの……団長様は、その方が追放された場に居合わせたのですよね」
団長をじっと見つめてルーシーは言った。
「どうして……修道院へ送るなど、そのようなことになったのですか」
それは義兄も知らないことだった。
「――あれは卒業パーティの場でした」
近衛騎士団長はエリオットの隣へ腰を下ろしながらそう言った。
一年生だったメイナードは卒業式には参加しなかったが、その後のパーティに出席するため、団長自ら卒業パーティの警備にあたっていた。
近衛騎士団長は近衛騎士たちをまとめる事が仕事で、本来ならば警備の現場に行くことはないが、あの時国王夫妻は他国への外遊中で、多くの騎士が同行し人手不足だったのだ。
到着したパーティ会場で、メイナードは入場こそパトリシアをエスコートして入ったものの、すぐに彼女と分かれ――シャーロットの元へと向かった。
団長は会場の隅に立ち、メイナードの居場所を常に確認しながら会場全体を注視していた。
しばらくは和やかな時間が過ぎていたのだが。突然メイナードがパトリシアに婚約破棄を言い渡したのだ。
「お前との婚約を破棄する!」
その言葉に会場は騒然となった。
メイナードはパトリシアがシャーロットに嫉妬し、陰で虐めていたと非難した。
「お前は修道院へ送る! そこで己の罪を悔いるがいい」
慌てて団長が彼らの元へ駆け寄ったとき、メイナードがそう宣言する声が聞こえた。
それは衝撃的な出来事であると共に――どこか違和感を感じるものだった。
メイナードは知性的な穏やかな性格で、決して卒業パーティという公の場でこのような騒ぎを起こすことはしないはずだ。
それに、パトリシアがメイナードの一方的な言い分にいっさい反論しなかったのも不思議だった。
パトリシアも優しい性格で、級友や王宮の者たちからも慕われており虐めなど行うようには思えない。
それに、そもそもメイナードとパトリシアの仲は義務的なもので、パトリシアがシャーロットに嫉妬するとは思えなかった。
「けれどあの時、王太子殿下は国王代理という立場。つまり公の場での発言は国王の言葉と同じもの。……追放すると宣言した言葉を撤回できる者は誰もおりませんでした」
そうして修道院へと送られたパトリシアが事故にあったという報告が入ったのは、国王夫妻が帰国した当日だった。
顛末を聞いた王妃は激怒し、メイナードには謹慎処分などを行ったが――パトリシアが生き返るはずもなく、またこの騒動で他の婚約者を立てることもなく、仕方なくシャーロットを新たな婚約者とし、そのまま結婚したのだ。
「どうして兄上はそんなことをしたのだろう」
初めて当時の様子を聞かされたエリオットは首を捻った。
普段のメイナードを見ていると、とても公の場でそんなことをするようには思えない。
「本当に、なぜあんなことが起きたのか。私に出来ることはなかったのか……今でも自問することがあります」
そう言うと団長はエリオットを見た。
「……娘から、殿下に想い人がいると聞かされた時、すぐにあの時のことを思い出しました。娘もパトリシア嬢と同じになるのではないかと」
「僕はそんなことはしない」
「ええ、分かっております。――娘には幸せになって欲しいと望んでいますよ」
優しい父親の顔になって、団長はそう答えた。
「……本当に、どうして追放されなければならなかったんでしょう」
騎士たちの元へ戻る背中を見つめながらルーシーは呟いた。
「そうだな。もっと円満な解決方法があっただろうに」
エリオットたちがしようとしているように、自分たちの意思を親である国王たちへ伝えることもないまま。
王太子は一方的にパトリシアを追放してしまった。――後から後悔しても、失ったものは取り戻せないのに。
「僕は絶対に、兄上のようなことはしないから」
「はい」
小さく頷いたルーシーの手を、エリオットは強く握りしめた。
第三章 おわり
籠の中身はレモンピールをたっぷり加えたパウンドケーキで、小腹を満たすだけでなく疲労回復にも良いのだという。
「どうですか、模擬戦は」
分けてもらったケーキを食べながらブリトニーがケーキを配っているのを眺めていると、ブリトニーの父親である近衛騎士団長がやってきた。
「どれも良い試合だった。マクレガーもすっかり一人前だな」
「ありがとうございます。……ところで殿下」
エリオットの言葉に目を細めると、団長は声をひそめた。
「近衛騎士の中に娘の想い人がいるようなのですが、殿下はご存知ないでしょうか」
「さあ。僕も名前までは知らない」
騎士たちに囲まれているブリトニーに視線を送ってエリオットは答えた。
「迷惑をかけるから誰にも言わないそうだ」
「そうですか……」
「私、多分わかりました」
試合中、明らかに一人、ブリトニーが見つめる眼差しが異なる人物がいるのにルーシーは気づいた。
「それは誰ですか」
「言えません。本人が秘密にしているのですから」
こちらを見た団長にそう答えて、ルーシーはにっこりと笑った。
「――あ、ああ。そうですか」
団長は一瞬息を飲み、それからそう言って息を吐いた。
「団長。どうした」
そんな団長の様子を見てエリオットは口を開いた。
「さっきからルーシーを見る様子がおかしいが。――そんなに似ているのか? 兄上の元婚約者に」
「……申し訳ありません。笑顔が……とてもよく似ておられたものですから」
ふう、と団長はもう一度息を吐いた。
「あの……団長様は、その方が追放された場に居合わせたのですよね」
団長をじっと見つめてルーシーは言った。
「どうして……修道院へ送るなど、そのようなことになったのですか」
それは義兄も知らないことだった。
「――あれは卒業パーティの場でした」
近衛騎士団長はエリオットの隣へ腰を下ろしながらそう言った。
一年生だったメイナードは卒業式には参加しなかったが、その後のパーティに出席するため、団長自ら卒業パーティの警備にあたっていた。
近衛騎士団長は近衛騎士たちをまとめる事が仕事で、本来ならば警備の現場に行くことはないが、あの時国王夫妻は他国への外遊中で、多くの騎士が同行し人手不足だったのだ。
到着したパーティ会場で、メイナードは入場こそパトリシアをエスコートして入ったものの、すぐに彼女と分かれ――シャーロットの元へと向かった。
団長は会場の隅に立ち、メイナードの居場所を常に確認しながら会場全体を注視していた。
しばらくは和やかな時間が過ぎていたのだが。突然メイナードがパトリシアに婚約破棄を言い渡したのだ。
「お前との婚約を破棄する!」
その言葉に会場は騒然となった。
メイナードはパトリシアがシャーロットに嫉妬し、陰で虐めていたと非難した。
「お前は修道院へ送る! そこで己の罪を悔いるがいい」
慌てて団長が彼らの元へ駆け寄ったとき、メイナードがそう宣言する声が聞こえた。
それは衝撃的な出来事であると共に――どこか違和感を感じるものだった。
メイナードは知性的な穏やかな性格で、決して卒業パーティという公の場でこのような騒ぎを起こすことはしないはずだ。
それに、パトリシアがメイナードの一方的な言い分にいっさい反論しなかったのも不思議だった。
パトリシアも優しい性格で、級友や王宮の者たちからも慕われており虐めなど行うようには思えない。
それに、そもそもメイナードとパトリシアの仲は義務的なもので、パトリシアがシャーロットに嫉妬するとは思えなかった。
「けれどあの時、王太子殿下は国王代理という立場。つまり公の場での発言は国王の言葉と同じもの。……追放すると宣言した言葉を撤回できる者は誰もおりませんでした」
そうして修道院へと送られたパトリシアが事故にあったという報告が入ったのは、国王夫妻が帰国した当日だった。
顛末を聞いた王妃は激怒し、メイナードには謹慎処分などを行ったが――パトリシアが生き返るはずもなく、またこの騒動で他の婚約者を立てることもなく、仕方なくシャーロットを新たな婚約者とし、そのまま結婚したのだ。
「どうして兄上はそんなことをしたのだろう」
初めて当時の様子を聞かされたエリオットは首を捻った。
普段のメイナードを見ていると、とても公の場でそんなことをするようには思えない。
「本当に、なぜあんなことが起きたのか。私に出来ることはなかったのか……今でも自問することがあります」
そう言うと団長はエリオットを見た。
「……娘から、殿下に想い人がいると聞かされた時、すぐにあの時のことを思い出しました。娘もパトリシア嬢と同じになるのではないかと」
「僕はそんなことはしない」
「ええ、分かっております。――娘には幸せになって欲しいと望んでいますよ」
優しい父親の顔になって、団長はそう答えた。
「……本当に、どうして追放されなければならなかったんでしょう」
騎士たちの元へ戻る背中を見つめながらルーシーは呟いた。
「そうだな。もっと円満な解決方法があっただろうに」
エリオットたちがしようとしているように、自分たちの意思を親である国王たちへ伝えることもないまま。
王太子は一方的にパトリシアを追放してしまった。――後から後悔しても、失ったものは取り戻せないのに。
「僕は絶対に、兄上のようなことはしないから」
「はい」
小さく頷いたルーシーの手を、エリオットは強く握りしめた。
第三章 おわり
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