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第三章 誠実な恋人たち
03
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「それで、話って?」
部屋に入り、ソファに座るようルーシーに勧めるとエリオットはその隣に腰を下ろした。
「はい、あの……」
膝の上に乗せた手をさするように重ねながらルーシーは言い淀んだ。
「言いづらいこと?」
エリオットはルーシーの手に自分の手を乗せた。
「無理に言わなくてもいいよ」
「――いえ」
ふるふるとルーシーは首を振った。
「私は……前の家でも養子だったんです」
「養子?」
「私が生まれる前から決まっていて、生家には私の記録はなくて証明はできないのですが……」
言葉を区切るとルーシーはエリオットを見た。
「私の実父は、元レンフィールド侯爵です」
「レンフィールド?」
エリオットは目を見開いた。
「それは、まさか……」
「はい、王太子殿下の元婚約者……パトリシアは私の実姉です」
真っ直ぐにエリオットを見つめてルーシーは言った。
「……このことを知っているのは、実の家族とアングラード家以外ではアメーリア様だけです」
「アメーリアも?」
「姉が、妹がいることを教えていたそうです。それで、私を見てすぐ気づいたのだと」
エリオットはルーシーを見つめた。
妹ならば、そっくりでもおかしくはない。
前の家は子爵だと聞いていたが、この国で特に地位の高いレンフィールド侯爵家出身ならばルーシーが持つ品位の高さにも納得がいく。
けれど――。
「じゃあ……ルーシーのお姉さんが、兄上たちのせいで死んだの?」
声が震えそうになるのを抑えながらエリオットは尋ねた。
「――王都に来るまでは、王族の方々を恨んでいました」
ルーシーは視線を逸らせた。
「私は物心がつく前に養子に出たので、実の家族との記憶はありませんが……それでも、姉と母が死んだと聞かされた時は悲しかったです。アングラード家にきて、お兄様に詳しく聞いて……どうしてそんな酷いことをしたんだろうって」
じわり、とルーシーの目尻に涙が浮かんだ。
「だから……エリオット様のことも、最初は正直……お顔を見るのも辛かったんです」
しばらく沈黙が続いた。
「ごめん」
エリオットは重ねた手に力を入れた。
「ごめん……知らなかったとはいえ、ルーシーを苦しめていたなんて」
「いえ……今はもう、大丈夫です」
ルーシーは首を振った。
「エリオット様のお気持ちは嬉しいです。王妃様たちも姉のことを大切に思っていてくれていることが分かりました。それに、王太子殿下も聞いていたのとは違うようですし……」
「……それは、さっき言っていたセドリック殿の?」
「はい。兄から、王太子殿下は無実の姉を追放し修道院へ送るような冷酷な人だと……」
「兄上はただ優柔不断なところがあるだけだ。……でもルーシーからしたら確かに冷酷で、最低だよね」
「いえ、それは……」
「あの時、何かあったか僕には分からないけど。でも兄上のしたことは間違っていたのは分かるし、恨まれて当然だ」
エリオットはルーシーの手を握りしめた。
「本当にごめん」
「……エリオット様が謝ることはありません」
「これは兄上のことじゃないよ」
「え?」
「僕の家族がルーシーの家族に酷いことをした……でも、僕は」
エリオットは握った手を自分へと引き寄せた。
「僕はルーシーを手放せない。僕が守るから……嫌ならもう王宮に来なくていいから。だから……僕から離れないで」
「エリオット様」
ルーシーはエリオットを見つめてその口角を上げた。
「大丈夫です。エリオット様のことを受け入れるも決めたときに、姉のことで王家の方々は恨まないと、そう決めました」
「ルーシー……」
「兄も言ってくれました。パトリシアお姉様もきっと許してくれるから、私が望むならばエリオット様と一緒になればいいと」
「本当に?」
「はい。でも姉のことは黙っていようかと思ったのですが……アメーリア様に言われました。隠し事をしたままだと信頼関係が築けないから、エリオット様には話した方がいいと」
「信頼……」
「確かに、先程の王太子殿下の言葉を聞いたら……姉と殿下との間には溝があったのだろうと、そう思いました」
ルーシーは目を伏せた。
「お二人がもっと互いを知って信頼していれば……あんなことは起きなかったかもしれません」
王太子だけが悪いのではないのかもしれない。
互いのことを理解し、話し合っていれば円満に婚約を解消することだってできたはずなのに。
「ルーシー」
エリオットはルーシーを抱きしめた。
「話してくれてありがとう」
「……はい」
「信頼……そうだね、確かに互いを知るのは大事だ」
「はい」
「僕も、これからは何でもルーシーに話すから」
「はい……あの」
ルーシーは顔を上げた。
「……実は……まだお話ししていないことがあって。でも……まだ言えなくて……」
「うん」
ルーシーと視線を合わせると、エリオットは頷いた。
「いいよ、いきなり全部話してくれなくても。言える時が来たら教えて」
「――はい、ありがとうございます」
エリオットを見るとルーシーはほっとしたように微笑んだ。
「ルーシー」
エリオットはそっとルーシーの頬に手を触れた。
「何があっても僕はルーシーと一緒だ」
「……はい」
「大好きだよ、ルーシー」
「……私も、お慕いしています」
「ありがとう。僕を受け入れてくれて」
エリオットはもう一度、ルーシーをぎゅっと抱きしめた。
部屋に入り、ソファに座るようルーシーに勧めるとエリオットはその隣に腰を下ろした。
「はい、あの……」
膝の上に乗せた手をさするように重ねながらルーシーは言い淀んだ。
「言いづらいこと?」
エリオットはルーシーの手に自分の手を乗せた。
「無理に言わなくてもいいよ」
「――いえ」
ふるふるとルーシーは首を振った。
「私は……前の家でも養子だったんです」
「養子?」
「私が生まれる前から決まっていて、生家には私の記録はなくて証明はできないのですが……」
言葉を区切るとルーシーはエリオットを見た。
「私の実父は、元レンフィールド侯爵です」
「レンフィールド?」
エリオットは目を見開いた。
「それは、まさか……」
「はい、王太子殿下の元婚約者……パトリシアは私の実姉です」
真っ直ぐにエリオットを見つめてルーシーは言った。
「……このことを知っているのは、実の家族とアングラード家以外ではアメーリア様だけです」
「アメーリアも?」
「姉が、妹がいることを教えていたそうです。それで、私を見てすぐ気づいたのだと」
エリオットはルーシーを見つめた。
妹ならば、そっくりでもおかしくはない。
前の家は子爵だと聞いていたが、この国で特に地位の高いレンフィールド侯爵家出身ならばルーシーが持つ品位の高さにも納得がいく。
けれど――。
「じゃあ……ルーシーのお姉さんが、兄上たちのせいで死んだの?」
声が震えそうになるのを抑えながらエリオットは尋ねた。
「――王都に来るまでは、王族の方々を恨んでいました」
ルーシーは視線を逸らせた。
「私は物心がつく前に養子に出たので、実の家族との記憶はありませんが……それでも、姉と母が死んだと聞かされた時は悲しかったです。アングラード家にきて、お兄様に詳しく聞いて……どうしてそんな酷いことをしたんだろうって」
じわり、とルーシーの目尻に涙が浮かんだ。
「だから……エリオット様のことも、最初は正直……お顔を見るのも辛かったんです」
しばらく沈黙が続いた。
「ごめん」
エリオットは重ねた手に力を入れた。
「ごめん……知らなかったとはいえ、ルーシーを苦しめていたなんて」
「いえ……今はもう、大丈夫です」
ルーシーは首を振った。
「エリオット様のお気持ちは嬉しいです。王妃様たちも姉のことを大切に思っていてくれていることが分かりました。それに、王太子殿下も聞いていたのとは違うようですし……」
「……それは、さっき言っていたセドリック殿の?」
「はい。兄から、王太子殿下は無実の姉を追放し修道院へ送るような冷酷な人だと……」
「兄上はただ優柔不断なところがあるだけだ。……でもルーシーからしたら確かに冷酷で、最低だよね」
「いえ、それは……」
「あの時、何かあったか僕には分からないけど。でも兄上のしたことは間違っていたのは分かるし、恨まれて当然だ」
エリオットはルーシーの手を握りしめた。
「本当にごめん」
「……エリオット様が謝ることはありません」
「これは兄上のことじゃないよ」
「え?」
「僕の家族がルーシーの家族に酷いことをした……でも、僕は」
エリオットは握った手を自分へと引き寄せた。
「僕はルーシーを手放せない。僕が守るから……嫌ならもう王宮に来なくていいから。だから……僕から離れないで」
「エリオット様」
ルーシーはエリオットを見つめてその口角を上げた。
「大丈夫です。エリオット様のことを受け入れるも決めたときに、姉のことで王家の方々は恨まないと、そう決めました」
「ルーシー……」
「兄も言ってくれました。パトリシアお姉様もきっと許してくれるから、私が望むならばエリオット様と一緒になればいいと」
「本当に?」
「はい。でも姉のことは黙っていようかと思ったのですが……アメーリア様に言われました。隠し事をしたままだと信頼関係が築けないから、エリオット様には話した方がいいと」
「信頼……」
「確かに、先程の王太子殿下の言葉を聞いたら……姉と殿下との間には溝があったのだろうと、そう思いました」
ルーシーは目を伏せた。
「お二人がもっと互いを知って信頼していれば……あんなことは起きなかったかもしれません」
王太子だけが悪いのではないのかもしれない。
互いのことを理解し、話し合っていれば円満に婚約を解消することだってできたはずなのに。
「ルーシー」
エリオットはルーシーを抱きしめた。
「話してくれてありがとう」
「……はい」
「信頼……そうだね、確かに互いを知るのは大事だ」
「はい」
「僕も、これからは何でもルーシーに話すから」
「はい……あの」
ルーシーは顔を上げた。
「……実は……まだお話ししていないことがあって。でも……まだ言えなくて……」
「うん」
ルーシーと視線を合わせると、エリオットは頷いた。
「いいよ、いきなり全部話してくれなくても。言える時が来たら教えて」
「――はい、ありがとうございます」
エリオットを見るとルーシーはほっとしたように微笑んだ。
「ルーシー」
エリオットはそっとルーシーの頬に手を触れた。
「何があっても僕はルーシーと一緒だ」
「……はい」
「大好きだよ、ルーシー」
「……私も、お慕いしています」
「ありがとう。僕を受け入れてくれて」
エリオットはもう一度、ルーシーをぎゅっと抱きしめた。
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