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第四章
03
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ビアンカの知り合いの船乗りや港で働く者たちへ聞き取りなどをしているうちに、すっかり日も暮れてきた。
「夕食は新鮮な海鮮料理を出す食堂があるのでそこへ行きましょう。その後は屋敷へ戻りますか、それとも他に見たい場所がありますか?」
ビアンカが尋ねた。
「そうだな、他の港は遠いのだろうか」
「ここから最も近い場所ですと……」
「ビアンカ!」
ビアンカを呼ぶ声が聞こえて一同は振り返った。
「ダン。帰ってきてたの」
「今日着いたんだ。本当は昨日のはずだったんだけど波が高くて港に近づけなかったから……」
日焼けした、二十代前半くらいの青年が駆け寄ってくるとカタリーナたちを見た。
「お客さん?」
「ええ、王都から港の調査に来ているの」
そう答えて、カタリーナはハインツへ向いた。
「彼はダン。私の幼馴染で航海士をしています。今は海外との商船に乗っているんです」
「初めまして」
白い歯を覗かせてダンは笑顔で挨拶した。
「ダン、しばらくここにいるの?」
「いやまた数日したら出港するんだ」
「そう、忙しいのね」
「……それで、ビアンカに話があるんだけど……」
「ごめん、私も今家のことで色々あって」
「家のこと?」
「ええ……」
「やつだ」
不意にリーコスが声をあげた。
「リーコス?」
「イクテュスの気配だ」
その言葉に一同は顔を見合わせると、路地裏へと早足で歩き出したリーコスの跡を慌てて追った。
「イクテュスって……聖魚?」
「そう! 今探してるの!」
「探すって……ビアンカ?!」
走り出したビアンカを、ダンも慌てて追いかけた。
「こんのガキが……!」
「ふん、先に手を出そうとしたのはお前らだろうが」
狭い路地に五人が倒れていた。
そしてその側に立つ八歳くらいの黒髪の少年と、少年に対峙する三人の男たち。
周囲を珍しそうに見回しながら独りで歩いていた、綺麗な服を着た整った顔立ちの少年を見て、どこかの貴族か金持ちの子供が迷子になったのだと判断した男たちは少年を攫おうとしたのだ。
フラフラと自ら暗い路地裏へと入り込む少年の跡を追い――けれど角を曲がったところで、先を歩いていた男が突然倒れた。
続く男二人も次々と倒れ――遅れた男たちが見たのは、倒れた仲間の傍に立つ少年の姿だった。
「おい……!」
一人が仲間に駆け寄った。
だがその瞬間、ひらりと少年の姿が舞うように跳ねるとどん、と鈍い音とともに男が倒れた。
「?!」
そしてまた一人が倒れた。
「こんのガキが……!」
ようやく男たちは、仲間が少年によって倒されたことに気づいた。
「ふん。弱すぎてつまらんな」
嘲笑うように男たちを見下した顔で少年は言った。
「こいつ……!」
駆け寄った残りの三人を少年は軽い身のこなしで次々と倒していった。
「――本当に、退屈しのぎにもならないし」
倒れた男たちにくるりと背を向けた少年の顔がふいに引きつった。
「何をしている」
腕組みをしたリーコスが少年を見下ろしていた。
「お前……何でこんなところに」
「人間に手を出すのは禁止だったろう」
「こいつらが先に手を出してきたんだ」
「リーコス!」
カタリーナたちが追いついた。
「これは……?!」
「ちっ」
カタリーナたちの姿を見て、小さく舌打ちすると少年は駆け出そうとした。
けれどそれより早くリーコスがその襟元を掴んだ。
「逃げるな」
「離せこのバカ狼!」
「誰がバカだと?」
「リーコス?」
「こいつがイクテュスだ」
軽々と持ち上げた少年を肩に担いでリーコスは言った。
「え、子供……?」
「これは自在に見た目を変える。まあ子供の姿なのは成体を維持するだけの力がないんだろうが」
「力ならあるぞ」
「ふん、嘘をつくな。我ら四体全てが力を失ったからな」
「は?」
「我とプティノは力を取り戻した。次はお前だ」
目を丸くしたイクテュスにリーコスはそう告げた。
「ふーん」
ビアンカおすすめの食堂へ移動すると個室を借り、ヨハンがこれまでの経緯を説明した。
「それで僕は海から弾かれたのか」
「弾かれた?」
「拒絶されたんだ、海に入れなければ本来の姿に戻れない」
ため息をつきながらイクテュスは言った。
「それはいつの話だ」
「さあ。半年くらい前?」
「――港に船が入れなくなり始めたのもその頃ですね」
一緒に話を聞いていたダンが口を開いた。
「ノイマン領の港でそんなことが起きたのは初めてだとベテランの船乗りたちが騒ついていました」
「この海は僕が護っていたからな」
「聖魚が力を失い海から拒否されたことで海も荒れ始めたということですね」
「で、またノイマンに加護を与えれば元に戻るんだな?」
イクテュスの問いにリーコスは頷いた。
「あのっ、私に加護を与えて下さい!」
ガタンと勢いよくビアンカは立ち上がった。
「それは無理だ」
「どうしてですか」
「女に加護は与えない」
「カタリーナ様は与えられました!」
「そこの狼は女子供が好きだからな。僕はひ弱な者は好かない」
ビアンカを見据えてイクテュスはそう言った。
「夕食は新鮮な海鮮料理を出す食堂があるのでそこへ行きましょう。その後は屋敷へ戻りますか、それとも他に見たい場所がありますか?」
ビアンカが尋ねた。
「そうだな、他の港は遠いのだろうか」
「ここから最も近い場所ですと……」
「ビアンカ!」
ビアンカを呼ぶ声が聞こえて一同は振り返った。
「ダン。帰ってきてたの」
「今日着いたんだ。本当は昨日のはずだったんだけど波が高くて港に近づけなかったから……」
日焼けした、二十代前半くらいの青年が駆け寄ってくるとカタリーナたちを見た。
「お客さん?」
「ええ、王都から港の調査に来ているの」
そう答えて、カタリーナはハインツへ向いた。
「彼はダン。私の幼馴染で航海士をしています。今は海外との商船に乗っているんです」
「初めまして」
白い歯を覗かせてダンは笑顔で挨拶した。
「ダン、しばらくここにいるの?」
「いやまた数日したら出港するんだ」
「そう、忙しいのね」
「……それで、ビアンカに話があるんだけど……」
「ごめん、私も今家のことで色々あって」
「家のこと?」
「ええ……」
「やつだ」
不意にリーコスが声をあげた。
「リーコス?」
「イクテュスの気配だ」
その言葉に一同は顔を見合わせると、路地裏へと早足で歩き出したリーコスの跡を慌てて追った。
「イクテュスって……聖魚?」
「そう! 今探してるの!」
「探すって……ビアンカ?!」
走り出したビアンカを、ダンも慌てて追いかけた。
「こんのガキが……!」
「ふん、先に手を出そうとしたのはお前らだろうが」
狭い路地に五人が倒れていた。
そしてその側に立つ八歳くらいの黒髪の少年と、少年に対峙する三人の男たち。
周囲を珍しそうに見回しながら独りで歩いていた、綺麗な服を着た整った顔立ちの少年を見て、どこかの貴族か金持ちの子供が迷子になったのだと判断した男たちは少年を攫おうとしたのだ。
フラフラと自ら暗い路地裏へと入り込む少年の跡を追い――けれど角を曲がったところで、先を歩いていた男が突然倒れた。
続く男二人も次々と倒れ――遅れた男たちが見たのは、倒れた仲間の傍に立つ少年の姿だった。
「おい……!」
一人が仲間に駆け寄った。
だがその瞬間、ひらりと少年の姿が舞うように跳ねるとどん、と鈍い音とともに男が倒れた。
「?!」
そしてまた一人が倒れた。
「こんのガキが……!」
ようやく男たちは、仲間が少年によって倒されたことに気づいた。
「ふん。弱すぎてつまらんな」
嘲笑うように男たちを見下した顔で少年は言った。
「こいつ……!」
駆け寄った残りの三人を少年は軽い身のこなしで次々と倒していった。
「――本当に、退屈しのぎにもならないし」
倒れた男たちにくるりと背を向けた少年の顔がふいに引きつった。
「何をしている」
腕組みをしたリーコスが少年を見下ろしていた。
「お前……何でこんなところに」
「人間に手を出すのは禁止だったろう」
「こいつらが先に手を出してきたんだ」
「リーコス!」
カタリーナたちが追いついた。
「これは……?!」
「ちっ」
カタリーナたちの姿を見て、小さく舌打ちすると少年は駆け出そうとした。
けれどそれより早くリーコスがその襟元を掴んだ。
「逃げるな」
「離せこのバカ狼!」
「誰がバカだと?」
「リーコス?」
「こいつがイクテュスだ」
軽々と持ち上げた少年を肩に担いでリーコスは言った。
「え、子供……?」
「これは自在に見た目を変える。まあ子供の姿なのは成体を維持するだけの力がないんだろうが」
「力ならあるぞ」
「ふん、嘘をつくな。我ら四体全てが力を失ったからな」
「は?」
「我とプティノは力を取り戻した。次はお前だ」
目を丸くしたイクテュスにリーコスはそう告げた。
「ふーん」
ビアンカおすすめの食堂へ移動すると個室を借り、ヨハンがこれまでの経緯を説明した。
「それで僕は海から弾かれたのか」
「弾かれた?」
「拒絶されたんだ、海に入れなければ本来の姿に戻れない」
ため息をつきながらイクテュスは言った。
「それはいつの話だ」
「さあ。半年くらい前?」
「――港に船が入れなくなり始めたのもその頃ですね」
一緒に話を聞いていたダンが口を開いた。
「ノイマン領の港でそんなことが起きたのは初めてだとベテランの船乗りたちが騒ついていました」
「この海は僕が護っていたからな」
「聖魚が力を失い海から拒否されたことで海も荒れ始めたということですね」
「で、またノイマンに加護を与えれば元に戻るんだな?」
イクテュスの問いにリーコスは頷いた。
「あのっ、私に加護を与えて下さい!」
ガタンと勢いよくビアンカは立ち上がった。
「それは無理だ」
「どうしてですか」
「女に加護は与えない」
「カタリーナ様は与えられました!」
「そこの狼は女子供が好きだからな。僕はひ弱な者は好かない」
ビアンカを見据えてイクテュスはそう言った。
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