上 下
26 / 45
第二章

11

しおりを挟む
『そんな下手な小細工はやめて、まずは二人で過ごす時間を作りなさい』
王妃にそう言われ、カタリーナと会い、謝罪をし、休日を共に過ごすことを提案し……ここで思いがけないことを知った。
カタリーナは馬に乗るのだという。

乗馬は貴族子息にとって必須の技術だが、乗馬が出来る令嬢は少ない。
遠乗りに行くということは相当の技術を持っているのだろう。
淑女の鑑のようなカタリーナが馬を乗りこなすというのは想像がつかなかったが——遠乗りの当日、現れたカタリーナの姿にハインツは息を飲んだ。

男装のような本格的な乗馬服に身を包み、軍馬にも劣らない立派な体躯の馬を従えたその姿はとても凛々しく、美しかった。
まるで以前神殿で見た戦の女神のよう——他の者に聞かれたら大袈裟だと笑われてしまいそうだが、ハインツにとってはそれほどの衝撃を受けた。

おそらく、あれが一目惚れというものなのだろう。
既に婚約者として何度も顔を合わせているのに一目惚れというのもおかしいが、ハインツはあの時初めてカタリーナを『女性』として意識したのだ。

悠々と馬を乗りこなす姿。
芝居に感情移入し目を潤ませる横顔。
目の前の薬草に夢中になる子供のような瞳、そしてハインツの存在を忘れていたことに気づき慌てる真っ赤な顔。
カタリーナが初めて見せる姿の、その全てが新鮮で愛おしいと思った。

王妃の言う通りだ。
カタリーナはこの先何十年も共に過ごす相手。
その彼女に向き合い、相手を知る。
それはとても大切なことだった。

カタリーナの意識も自分に向いてきているのを感じた。
このままいい関係を築いていけたらいい。
そう思っていた時に思いがけないことが起きた。
カタリーナが聖狼の加護を受けたのだ。


この国が聖獣の加護で守られているのは誰でも知っていることであったし、神殿や王宮で行われる彼らに捧げる儀式にはハインツも毎年出ている。
そしてカタリーナの家が聖獣の加護を受ける資格のある一族であることも知っている。
だが、誰も姿を見たことのない聖獣というものは過去のものなのだと——心のどこかでそう思っていた。

その伝説の聖狼は、威厳を振りまきつつもカタリーナの傍で寛いでいた。

聖狼を従えるカタリーナはやはり女神のようだ。
最初は呑気にそんな感想を抱いていたのだが、加護を受けたカタリーナが作る薬がとても貴重であること、そして彼女自身の存在も特別であると知らされた。
カタリーナの瞳が不安そうに揺れるのを見て、ハインツは思わず彼女の側へ歩み寄り、その肩を抱いていた。
その瞬間、ハインツへ鋭い視線が突き刺さった。

「お前がカタリーナの番か」
ハインツを見すえる金の瞳が光る。
——気に入らない。
値踏みするような眼差しと冷たい声はそう告げているようだった。

敵意とはまた異なるそれらに戸惑いながらも、ハインツは思わず聖獣相手に反抗的な言動を取ってしまった。
後で国王から嗜められたが、カタリーナの父親であるマイスナー侯爵からは『頑張って下さい』と励ましとも慰めとも取れる声色でそう言われた。

まるで当然とばかりにカタリーナの隣を陣取る聖狼リーコス。
その様子にモヤモヤしたものを感じながら、それでも所詮は獣……と余裕に思う間もなく。
なんとリーコスは人間の姿になった。

若く逞しい肉体を持つリーコスがカタリーナに寄り添う。
出会ったばかりのはずなのに、まるで共にいるのが当然のような、もう何年も共に過ごしてきたかのような空気が二人の間にあった。
それが聖獣と加護を受けた者の絆なのか、他の何かなのか……聖獣と繋がりのないハインツには分からない。
ただカタリーナの隣に立つのが当然という態度のリーコスに、焦りと不快感を覚えるのは確かだ。


そんな不快な感情を抱きながら向かったフリューア領で無事聖鳥プティノと彼の加護を受けたルドルフと出会い、そこで聖獣の加護を受けるための条件を知った。
アルムスター家やフリューア家は、聖獣と人間の間に生まれた子の末裔であるという。
そして聖獣にとって、加護を授けた者は子供なのだと、

つまりリーコスがハインツに向けた眼差しは、ハインツが娘の相手として相応しいのか値踏みしていたということなのか。
そのことに少し安堵したけれど。

任務を終え、帰ってきた早々に兄と婚約者を交換するという話があったと聞かされるとは。
それが国王の独断ですぐに消えた話だったとしても、カタリーナには王妃となるだけの価値があるというのは、事実なのだろう。

「……もっと頑張らないとならないな」
カタリーナに相応しいと思われるよう。
聖獣にも、周囲の人間達にも。

「何か?」
「……いや」
呟きを聞き返したランベルトに首を振ると、ハインツは残りの紅茶を飲み干した。



第二章 おわり
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリアン・スチール公爵令嬢18歳デビット王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。 番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています 6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...