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第二章
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『そんな下手な小細工はやめて、まずは二人で過ごす時間を作りなさい』
王妃にそう言われ、カタリーナと会い、謝罪をし、休日を共に過ごすことを提案し……ここで思いがけないことを知った。
カタリーナは馬に乗るのだという。
乗馬は貴族子息にとって必須の技術だが、乗馬が出来る令嬢は少ない。
遠乗りに行くということは相当の技術を持っているのだろう。
淑女の鑑のようなカタリーナが馬を乗りこなすというのは想像がつかなかったが——遠乗りの当日、現れたカタリーナの姿にハインツは息を飲んだ。
男装のような本格的な乗馬服に身を包み、軍馬にも劣らない立派な体躯の馬を従えたその姿はとても凛々しく、美しかった。
まるで以前神殿で見た戦の女神のよう——他の者に聞かれたら大袈裟だと笑われてしまいそうだが、ハインツにとってはそれほどの衝撃を受けた。
おそらく、あれが一目惚れというものなのだろう。
既に婚約者として何度も顔を合わせているのに一目惚れというのもおかしいが、ハインツはあの時初めてカタリーナを『女性』として意識したのだ。
悠々と馬を乗りこなす姿。
芝居に感情移入し目を潤ませる横顔。
目の前の薬草に夢中になる子供のような瞳、そしてハインツの存在を忘れていたことに気づき慌てる真っ赤な顔。
カタリーナが初めて見せる姿の、その全てが新鮮で愛おしいと思った。
王妃の言う通りだ。
カタリーナはこの先何十年も共に過ごす相手。
その彼女に向き合い、相手を知る。
それはとても大切なことだった。
カタリーナの意識も自分に向いてきているのを感じた。
このままいい関係を築いていけたらいい。
そう思っていた時に思いがけないことが起きた。
カタリーナが聖狼の加護を受けたのだ。
この国が聖獣の加護で守られているのは誰でも知っていることであったし、神殿や王宮で行われる彼らに捧げる儀式にはハインツも毎年出ている。
そしてカタリーナの家が聖獣の加護を受ける資格のある一族であることも知っている。
だが、誰も姿を見たことのない聖獣というものは過去のものなのだと——心のどこかでそう思っていた。
その伝説の聖狼は、威厳を振りまきつつもカタリーナの傍で寛いでいた。
聖狼を従えるカタリーナはやはり女神のようだ。
最初は呑気にそんな感想を抱いていたのだが、加護を受けたカタリーナが作る薬がとても貴重であること、そして彼女自身の存在も特別であると知らされた。
カタリーナの瞳が不安そうに揺れるのを見て、ハインツは思わず彼女の側へ歩み寄り、その肩を抱いていた。
その瞬間、ハインツへ鋭い視線が突き刺さった。
「お前がカタリーナの番か」
ハインツを見すえる金の瞳が光る。
——気に入らない。
値踏みするような眼差しと冷たい声はそう告げているようだった。
敵意とはまた異なるそれらに戸惑いながらも、ハインツは思わず聖獣相手に反抗的な言動を取ってしまった。
後で国王から嗜められたが、カタリーナの父親であるマイスナー侯爵からは『頑張って下さい』と励ましとも慰めとも取れる声色でそう言われた。
まるで当然とばかりにカタリーナの隣を陣取る聖狼リーコス。
その様子にモヤモヤしたものを感じながら、それでも所詮は獣……と余裕に思う間もなく。
なんとリーコスは人間の姿になった。
若く逞しい肉体を持つリーコスがカタリーナに寄り添う。
出会ったばかりのはずなのに、まるで共にいるのが当然のような、もう何年も共に過ごしてきたかのような空気が二人の間にあった。
それが聖獣と加護を受けた者の絆なのか、他の何かなのか……聖獣と繋がりのないハインツには分からない。
ただカタリーナの隣に立つのが当然という態度のリーコスに、焦りと不快感を覚えるのは確かだ。
そんな不快な感情を抱きながら向かったフリューア領で無事聖鳥プティノと彼の加護を受けたルドルフと出会い、そこで聖獣の加護を受けるための条件を知った。
アルムスター家やフリューア家は、聖獣と人間の間に生まれた子の末裔であるという。
そして聖獣にとって、加護を授けた者は子供なのだと、
つまりリーコスがハインツに向けた眼差しは、ハインツが娘の相手として相応しいのか値踏みしていたということなのか。
そのことに少し安堵したけれど。
任務を終え、帰ってきた早々に兄と婚約者を交換するという話があったと聞かされるとは。
それが国王の独断ですぐに消えた話だったとしても、カタリーナには王妃となるだけの価値があるというのは、事実なのだろう。
「……もっと頑張らないとならないな」
カタリーナに相応しいと思われるよう。
聖獣にも、周囲の人間達にも。
「何か?」
「……いや」
呟きを聞き返したランベルトに首を振ると、ハインツは残りの紅茶を飲み干した。
第二章 おわり
王妃にそう言われ、カタリーナと会い、謝罪をし、休日を共に過ごすことを提案し……ここで思いがけないことを知った。
カタリーナは馬に乗るのだという。
乗馬は貴族子息にとって必須の技術だが、乗馬が出来る令嬢は少ない。
遠乗りに行くということは相当の技術を持っているのだろう。
淑女の鑑のようなカタリーナが馬を乗りこなすというのは想像がつかなかったが——遠乗りの当日、現れたカタリーナの姿にハインツは息を飲んだ。
男装のような本格的な乗馬服に身を包み、軍馬にも劣らない立派な体躯の馬を従えたその姿はとても凛々しく、美しかった。
まるで以前神殿で見た戦の女神のよう——他の者に聞かれたら大袈裟だと笑われてしまいそうだが、ハインツにとってはそれほどの衝撃を受けた。
おそらく、あれが一目惚れというものなのだろう。
既に婚約者として何度も顔を合わせているのに一目惚れというのもおかしいが、ハインツはあの時初めてカタリーナを『女性』として意識したのだ。
悠々と馬を乗りこなす姿。
芝居に感情移入し目を潤ませる横顔。
目の前の薬草に夢中になる子供のような瞳、そしてハインツの存在を忘れていたことに気づき慌てる真っ赤な顔。
カタリーナが初めて見せる姿の、その全てが新鮮で愛おしいと思った。
王妃の言う通りだ。
カタリーナはこの先何十年も共に過ごす相手。
その彼女に向き合い、相手を知る。
それはとても大切なことだった。
カタリーナの意識も自分に向いてきているのを感じた。
このままいい関係を築いていけたらいい。
そう思っていた時に思いがけないことが起きた。
カタリーナが聖狼の加護を受けたのだ。
この国が聖獣の加護で守られているのは誰でも知っていることであったし、神殿や王宮で行われる彼らに捧げる儀式にはハインツも毎年出ている。
そしてカタリーナの家が聖獣の加護を受ける資格のある一族であることも知っている。
だが、誰も姿を見たことのない聖獣というものは過去のものなのだと——心のどこかでそう思っていた。
その伝説の聖狼は、威厳を振りまきつつもカタリーナの傍で寛いでいた。
聖狼を従えるカタリーナはやはり女神のようだ。
最初は呑気にそんな感想を抱いていたのだが、加護を受けたカタリーナが作る薬がとても貴重であること、そして彼女自身の存在も特別であると知らされた。
カタリーナの瞳が不安そうに揺れるのを見て、ハインツは思わず彼女の側へ歩み寄り、その肩を抱いていた。
その瞬間、ハインツへ鋭い視線が突き刺さった。
「お前がカタリーナの番か」
ハインツを見すえる金の瞳が光る。
——気に入らない。
値踏みするような眼差しと冷たい声はそう告げているようだった。
敵意とはまた異なるそれらに戸惑いながらも、ハインツは思わず聖獣相手に反抗的な言動を取ってしまった。
後で国王から嗜められたが、カタリーナの父親であるマイスナー侯爵からは『頑張って下さい』と励ましとも慰めとも取れる声色でそう言われた。
まるで当然とばかりにカタリーナの隣を陣取る聖狼リーコス。
その様子にモヤモヤしたものを感じながら、それでも所詮は獣……と余裕に思う間もなく。
なんとリーコスは人間の姿になった。
若く逞しい肉体を持つリーコスがカタリーナに寄り添う。
出会ったばかりのはずなのに、まるで共にいるのが当然のような、もう何年も共に過ごしてきたかのような空気が二人の間にあった。
それが聖獣と加護を受けた者の絆なのか、他の何かなのか……聖獣と繋がりのないハインツには分からない。
ただカタリーナの隣に立つのが当然という態度のリーコスに、焦りと不快感を覚えるのは確かだ。
そんな不快な感情を抱きながら向かったフリューア領で無事聖鳥プティノと彼の加護を受けたルドルフと出会い、そこで聖獣の加護を受けるための条件を知った。
アルムスター家やフリューア家は、聖獣と人間の間に生まれた子の末裔であるという。
そして聖獣にとって、加護を授けた者は子供なのだと、
つまりリーコスがハインツに向けた眼差しは、ハインツが娘の相手として相応しいのか値踏みしていたということなのか。
そのことに少し安堵したけれど。
任務を終え、帰ってきた早々に兄と婚約者を交換するという話があったと聞かされるとは。
それが国王の独断ですぐに消えた話だったとしても、カタリーナには王妃となるだけの価値があるというのは、事実なのだろう。
「……もっと頑張らないとならないな」
カタリーナに相応しいと思われるよう。
聖獣にも、周囲の人間達にも。
「何か?」
「……いや」
呟きを聞き返したランベルトに首を振ると、ハインツは残りの紅茶を飲み干した。
第二章 おわり
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