19 / 45
第二章
04
しおりを挟む
「……可哀想ですね」
先を歩くルドルフの背中を見つめてカタリーナは呟いた。
「何がだ?」
ハインツが聞き返した。
「家族に愛されないなんて……」
政略結婚が多い貴族社会では、夫婦の間に愛がない事も珍しくない。
相思相愛だった両親を持つカタリーナにはそんな家庭がどういう雰囲気なのか分からないが……それでも、生まれた子供には愛情を注ぐべきだと思う。
ルドルフの立場は本当に辛いと思う。
自分を愛してくれない父親に、血の繋がらない母親と腹違いの兄弟。
しかも彼らが生まれたのは正妻であるルドルフの母親が生きている時だ。
いくら愛人を持つ貴族が珍しくないとはいえ……。
「……そういえば、陛下は王妃様お一人だけですね」
ふとカタリーナは思い出して口にした。
国王ともなると側室がいてもおかしくなさそうなのに。
「ああ……」
ハインツは遠い目になった。
「——父上は、若い頃はかなり酷かったらしい」
「え?」
「側室はいなかったが、目をかけていた相手は何人もいたそうだ。母上との関係も最悪だったとか」
「え……ええ?!」
思いもよらない言葉にカタリーナは目を見張った。
国王と王妃には何度も会っているが……仲睦まじい夫婦だと思っていたのに。
「何とか関係を改善して……それで私が生まれたそうだ」
ハインツはカタリーナを見た。
「……前に私達が心を通わせるよう言われたのも、自分達の二の舞になって欲しくないということだったそうだ」
「そうだったのですか」
「カタリーナの信頼を失うようなまねは決してするなと母上から言われたよ」
「そう……」
相槌を打とうとしてカタリーナは首を傾げた。
——自分の気を惹こうと、他の女生徒と親しく見せかけていたのは信頼を失う行為ではないのだろうか。
カタリーナの考えたことが分かったのだろう、ハインツは眉を下げた。
「あれは本当に……すまなかった。母上から叱られた、相手の気持ちを試すようなことは決してするなと」
「……そうですか」
「父上と同類だったのかと泣かれた。……私は酷い男だな」
「いえ……あれは私にも問題がありましたから」
カタリーナはお妃教育だけをこなし、ハインツ個人に歩み寄ろうとしていなかったのだ。
———しかも彼の心が他の女性にあるならば、それを機に婚約を解消してくれればいいとまで思っていた。
酷いというならばカタリーナの方が酷いのかもしれない。
(まあ、今は……そうは思わないけれど)
休日をハインツと過ごすようになり、彼の印象が変わってきた。
それまでは優秀で何でも卒なくこなす、非の打ち所がない王子様だと——表向きの姿しか見えていなかったけれど。
実際のハインツは欠点や苦手なものもある、普通の青年だということが分かってきた。
カタリーナとしては、完璧な王子様よりそちらの方がずっと好ましい。
(そう。殿下のことを知れて良かった)
あのまま、互いを理解せず結婚していたら……ルドルフのように、生まれてくる子供に悲しい思いをさせたかもしれないのだ。
「あの件は上手く収められず君に怖い思いをさせてしまった。本当にすまない」
「……いえ、それは、大丈夫です」
眉を下げたままのハインツにカタリーナは小さく首を振った。
ハインツが何度か相手をしていた女生徒がカタリーナに虐められていると嘘をついていた件は、ハインツが件の女生徒に誤解を与えた事を謝罪し、片がつくと思われた。
だがその女生徒イゾルデ・ミュラーは——ハインツの言葉を受け入れず、カタリーナが二人の仲を裂こうと王子を誑かしたのだと吹聴するようになった。
カタリーナの普段の言動からさすがにそれを信じる生徒達はいなかったが、イゾルデの狂言は止まずさらにはカタリーナに暴力を加えようとしたのだ。
魔獣と戦ったことのあるカタリーナには人間の少女の攻撃など大した脅威ではないが、そんな事を知る由もない学園や王宮は大いに慌て、イゾルデを停学としミュラー伯爵家へと帰す事になった。
彼女は元々思い込みの激しいところがあるらしい。
父親の伯爵からは謝罪と共に娘を修道院へ入れるという申し出があったが、元はといえばハインツとカタリーナの関係の希薄さが原因であり、彼女はある意味被害者だからと修道院入りは止めてもらったのだ。
「カタリーナ。二度と私は君を不安にさせるようなことはしないから」
「……はい」
「君に相応しい男になるよう、頑張るよ」
「は、はい……」
(私に相応しい?)
王子に相応しくなれるよう、カタリーナが頑張るものではないのだろうか。
(……ああ、私が聖狼の加護を受けたから……?)
今のカタリーナは、時には王族よりも立場が上になると父親から聞かされていた。
聖獣の加護を受けられるというのは、それだけ特別なことだと。
(本当に……私はただパンをあげただけなのに)
どうしてこんなことに……。
「——それにしても。一体何が起きているんでしょうね」
一行の最後尾を歩いていたヨハンの呟きにカタリーナは振り返った。
「この国を守る聖獣が聖力を失うとは……」
「……そうですね」
当人達にも分からないという、今回の件。
(もしも……プティノを元に戻せなかったら……?)
不安な気持ちを抱えながらカタリーナは森の奥へと入っていった。
先を歩くルドルフの背中を見つめてカタリーナは呟いた。
「何がだ?」
ハインツが聞き返した。
「家族に愛されないなんて……」
政略結婚が多い貴族社会では、夫婦の間に愛がない事も珍しくない。
相思相愛だった両親を持つカタリーナにはそんな家庭がどういう雰囲気なのか分からないが……それでも、生まれた子供には愛情を注ぐべきだと思う。
ルドルフの立場は本当に辛いと思う。
自分を愛してくれない父親に、血の繋がらない母親と腹違いの兄弟。
しかも彼らが生まれたのは正妻であるルドルフの母親が生きている時だ。
いくら愛人を持つ貴族が珍しくないとはいえ……。
「……そういえば、陛下は王妃様お一人だけですね」
ふとカタリーナは思い出して口にした。
国王ともなると側室がいてもおかしくなさそうなのに。
「ああ……」
ハインツは遠い目になった。
「——父上は、若い頃はかなり酷かったらしい」
「え?」
「側室はいなかったが、目をかけていた相手は何人もいたそうだ。母上との関係も最悪だったとか」
「え……ええ?!」
思いもよらない言葉にカタリーナは目を見張った。
国王と王妃には何度も会っているが……仲睦まじい夫婦だと思っていたのに。
「何とか関係を改善して……それで私が生まれたそうだ」
ハインツはカタリーナを見た。
「……前に私達が心を通わせるよう言われたのも、自分達の二の舞になって欲しくないということだったそうだ」
「そうだったのですか」
「カタリーナの信頼を失うようなまねは決してするなと母上から言われたよ」
「そう……」
相槌を打とうとしてカタリーナは首を傾げた。
——自分の気を惹こうと、他の女生徒と親しく見せかけていたのは信頼を失う行為ではないのだろうか。
カタリーナの考えたことが分かったのだろう、ハインツは眉を下げた。
「あれは本当に……すまなかった。母上から叱られた、相手の気持ちを試すようなことは決してするなと」
「……そうですか」
「父上と同類だったのかと泣かれた。……私は酷い男だな」
「いえ……あれは私にも問題がありましたから」
カタリーナはお妃教育だけをこなし、ハインツ個人に歩み寄ろうとしていなかったのだ。
———しかも彼の心が他の女性にあるならば、それを機に婚約を解消してくれればいいとまで思っていた。
酷いというならばカタリーナの方が酷いのかもしれない。
(まあ、今は……そうは思わないけれど)
休日をハインツと過ごすようになり、彼の印象が変わってきた。
それまでは優秀で何でも卒なくこなす、非の打ち所がない王子様だと——表向きの姿しか見えていなかったけれど。
実際のハインツは欠点や苦手なものもある、普通の青年だということが分かってきた。
カタリーナとしては、完璧な王子様よりそちらの方がずっと好ましい。
(そう。殿下のことを知れて良かった)
あのまま、互いを理解せず結婚していたら……ルドルフのように、生まれてくる子供に悲しい思いをさせたかもしれないのだ。
「あの件は上手く収められず君に怖い思いをさせてしまった。本当にすまない」
「……いえ、それは、大丈夫です」
眉を下げたままのハインツにカタリーナは小さく首を振った。
ハインツが何度か相手をしていた女生徒がカタリーナに虐められていると嘘をついていた件は、ハインツが件の女生徒に誤解を与えた事を謝罪し、片がつくと思われた。
だがその女生徒イゾルデ・ミュラーは——ハインツの言葉を受け入れず、カタリーナが二人の仲を裂こうと王子を誑かしたのだと吹聴するようになった。
カタリーナの普段の言動からさすがにそれを信じる生徒達はいなかったが、イゾルデの狂言は止まずさらにはカタリーナに暴力を加えようとしたのだ。
魔獣と戦ったことのあるカタリーナには人間の少女の攻撃など大した脅威ではないが、そんな事を知る由もない学園や王宮は大いに慌て、イゾルデを停学としミュラー伯爵家へと帰す事になった。
彼女は元々思い込みの激しいところがあるらしい。
父親の伯爵からは謝罪と共に娘を修道院へ入れるという申し出があったが、元はといえばハインツとカタリーナの関係の希薄さが原因であり、彼女はある意味被害者だからと修道院入りは止めてもらったのだ。
「カタリーナ。二度と私は君を不安にさせるようなことはしないから」
「……はい」
「君に相応しい男になるよう、頑張るよ」
「は、はい……」
(私に相応しい?)
王子に相応しくなれるよう、カタリーナが頑張るものではないのだろうか。
(……ああ、私が聖狼の加護を受けたから……?)
今のカタリーナは、時には王族よりも立場が上になると父親から聞かされていた。
聖獣の加護を受けられるというのは、それだけ特別なことだと。
(本当に……私はただパンをあげただけなのに)
どうしてこんなことに……。
「——それにしても。一体何が起きているんでしょうね」
一行の最後尾を歩いていたヨハンの呟きにカタリーナは振り返った。
「この国を守る聖獣が聖力を失うとは……」
「……そうですね」
当人達にも分からないという、今回の件。
(もしも……プティノを元に戻せなかったら……?)
不安な気持ちを抱えながらカタリーナは森の奥へと入っていった。
18
お気に入りに追加
588
あなたにおすすめの小説
お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!
水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。
シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。
緊張しながら迎えた謁見の日。
シエルから言われた。
「俺がお前を愛することはない」
ああ、そうですか。
結構です。
白い結婚大歓迎!
私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。
私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
うたた寝している間に運命が変わりました。
gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。
1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。
尾道小町
恋愛
登場人物紹介
ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢
17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。
ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。
シェーン・ロングベルク公爵 25歳
結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。
ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳
優秀でシェーンに、こき使われている。
コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳
ヴィヴィアンの幼馴染み。
アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳
シェーンの元婚約者。
ルーク・ダルシュール侯爵25歳
嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。
ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。
ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。
この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。
ジュリアン・スチール公爵令嬢18歳デビット王太子殿下の婚約者。
ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳
私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。
一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。
正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?
家出した伯爵令嬢【完結済】
弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。
番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています
6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております
三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃
紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。
【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。
旦那様と浮気相手に居場所を奪われた伯爵夫人ですが、周りが離縁させようと動き出したようです(旧題:私を見下す旦那様)
めぐめぐ
恋愛
政略結婚をした伯爵夫人フェリーチェはある日、夫レイジィと女中頭アイリーンの情事を目撃してしまう。
フェリーチェがレイジィの言いなりであるのをいいことに、アイリーンが産んだ子に家を継がせるつもりだということも。
女中頭アイリーンに自分の居場所をとられ、持ち物を奪われ、レイジィもアイリーンの味方をしてフェリーチェを無能だと見下し罵るが、自分のせいで周囲に迷惑をかけたくないと耐え続けるフェリーチェ。
しかし彼女の幸せを願う者たちが、二人を離縁させようと動き出していた……。
※2021.6.2 完結しました♪読んで頂いた皆様、ありがとうございました!
※2021.6.3 ホトラン入りありがとうございます♪
※初ざまぁ作品です、色々と足りない部分もありますが温かい目で見守ってください(;^ω^)
※中世ヨーロッパ風世界観ですが、貴族制度などは現実の制度と違いますので、「んなわけないやろー!m9(^Д^)」があっても、そういうものだと思ってください(笑)
※頭空っぽ推奨
※イラストは「ノーコピーライトガール」様より
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる