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第一章

05

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「また来たの……」
目の前にのっそりと現れた魔狼を見てカタリーナはため息をついた。

今日で四回目だ。
先日パンをあげてから、カタリーナが薬草採取に行くと必ずこの魔狼が現れるようになった。
最初に会った山だけでなく、泉や草原などどこにでもやってきては離れた所からこちらを見つめていて、お昼を食べようとすると目の前までやってくる。
……まるでおねだりする子犬のようなその目についパンをあげてしまうので、味をしめてしまったのだろう。

おそらく今日も来るだろうと予想はしていた。
そして毎回パンを分けてあげていると、自分が食べる分が減ってしまう。
だから今日は、魔狼の分も持ってきた。
カタリーナは魔狼の目の前にパンを四つ置いた。

いつも二つあげる所が倍になったからか、魔狼はパンとカタリーナを交互に見ると首を傾げた。
「それはあなたの分よ」
そう言って自分の分のパンを取り出して食べ始めると、魔狼もパンにかぶり付いた。


「お帰りーリナちゃん」
ギルドに戻ると受付のレベッカが笑顔で迎えてくれた。
「フリッツ君はまだ戻ってないわ」
「了解です」
弟は今日は他の冒険者達の手伝いで魔獣討伐に行くと言っていたから時間がかかるのだろう。
ギルドは待ち合わせや依頼の同行者探しの場としても使われるので、テーブルが置かれ軽食も食べられるようになっている。
今日は二人分の昼食を持ってきたのでお腹は満たされているから、カタリーナは果実水だけ貰って端のテーブルに座った。

「ああリナちゃん、薬助かったよ」
顔見知りの冒険者ヘンリクが声をかけてきた。
カタリーナは傷薬から毒消し、体力や魔力の回復薬まで様々な薬を作っている。
薬を作るのは趣味であり、研究心を満たすためで一度に作る量は多くないからこのギルドにしか卸していない。

「ヘンリクさん。どうしたの? 怪我?」
カタリーナの作る薬は他に比べて効果が高いが数が少ないので、使えるのはギルドが特に必要と判断した重症患者だけだ。
「ああ、魔狼に噛まれちまってなあ」
ヘンリクはそう言って腕をまくって見せた。
鍛え上げた腕に紫色に残る歯形が痛々しい。

———魔狼。
自分を見上げる赤い瞳を思い出してカタリーナの心臓がどくんと鳴った。
「……強かったの?」
「やたらデカい奴でな、死ぬかと思ったよ」
(デカい……ではあの子ではないわ)
今日一緒にお昼を食べた時は最初に会った時よりは大きくなっていたけれど、まだ他の魔狼より小さく、中型犬みたいな大きさだった。

「魔狼は凶暴だからな」
「少しの油断が命取りだもんな」
ヘンリクさんの仲間が口々に言う。
そう、魔狼とは本来、とても凶暴なものだ。
けれどあの魔狼は……不思議とこちらへの攻撃の意思もなく、妙に大人しい。
———本当に不思議な子だ。

「ホント、リナちゃんの薬があって助かったよ」
ヘンリクがにこにこしながら言った。
「跡はまだ残ってるけど痛みもあっという間に引いたし、剣も普通に握れるんだ」
「それは良かったわ」
冒険者にとって、怪我で戦えなくなるとその間収入も得られなくなるし、最悪辞めざるを得ない。
まだ二十代のヘンリクにとっては死活問題だ。
「ヘンリクが欠けたらキツイもんな」
「最近魔獣も増えてきたし」
「……魔獣が増えているんですか?」
冒険者達の会話に、カタリーナは思わず聞き返した。

「ああ、じわじわと増えている感じだな」
「何だか嫌な感じなんだよな」
「そうなんですか……」
そういえばフリードリヒも、最近は魔獣討伐の仕事が増えているように思う。

「リナちゃん、薬草採取は一人で行ってるんだろう? 気をつけなよ」
「フリッツと一緒の方がいいかもなあ」
「……気をつけます」
ふとカタリーナは気がついた。
以前は薬草採取の時、毎回ではないが魔獣に遭遇していたのだ。
けれど再開させてからは一度も見ていなかった。
———あの魔狼以外は。

(何か……関係あるのかしら)
妙に心に引っかかるものを感じながらも、それが何かは分からなかった。
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