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第一章 令嬢は記憶を失う

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「あの…テオドーロが…ごめんなさい」

よく手入れされた庭園は色とりどりの花が咲き誇っていた。
その中にある東屋にパトリックと並んで座り、ティーカップにお茶が注がれるのを見ながら私は言った。

「ああ。彼はいつも俺を睨んでくるな」
気にする風もなく、ティーカップを手にしながらパトリックは答えた。

「本当に…ごめんなさい」
「———まあ、仕方ない。彼は君に惚れているからな」



「え…?」
私はティーカップを取ろうとした手を止めた。

惚れて…?
…だって…テオドーロは私の…

「姉弟なのに…?」
「———ああ、説明されていないのか」
カップを置くと、パトリックは私を見た。
「彼は元々は従弟だよ」

「いとこ…」
「シアと俺の婚約が決まって、ベルティーニ伯爵家の後継が必要になったから彼が養子に入ったんだ。確か伯爵の姉君の、三男だったはずだ」

「そんな事…聞いていない…です…」
目を覚ました時に弟だと名乗ったし、家の者もそれ以上の事は何も言わなかったら…本当の姉弟だと思っていた。



「そうか、知らなかったか」
ふ、とパトリックは息をついた。

「テオドーロには気をつけるんだ。彼は君を望んでいるからな」
望むって…それは…

「王命である以上俺達の婚約は覆らないけれど、同じ家に住んでいるのは心配だ」
伸びてきた手が私の頭を撫でた。

「変な事はされていないな」
「…はい」
「何かあればすぐに言って欲しい」
こくりと頷いた私の頭をもう一度撫でる。
「本当は一日も早く結婚したいが、まだ学生の身だからな」

「結婚…」
「できれば君が学園を卒業する時にしたいな」

———婚約の先に〝それ〟がある事は、分かっているつもりだけれど。
まだずっと先の事だと…自分の身に起きるという実感を抱くにはほど遠いものだった。
それに記憶が戻らないのに…本当に結婚など、出来るのだろうか。


「シア?」
思わず俯いた私の顔をパトリックが覗き込んだ。

「…俺と結婚するのは嫌か」
暗い声にはっとする。
「いえ…そうではなくて…」
私はゆるゆると首を振った。

「私…記憶がなくて…家の事も分からないのに結婚なんて…大丈夫なのでしょうか」


「そんな心配はいらない」
大きな手が私の手を握りしめた。

「分からない事はこれから覚えればいい。記憶など、これから作っていけばいい」

目の前の緑色の瞳は吸い込まれそうで…ぼうっと見つめていると、緑の光が消えて。
すぐに額に柔らかなものが触れた。

「…あ…」
触れたものが唇と気づき、顔に血が昇る。

「シア。君と結婚するのは俺だから」
優しさと熱を含んだ瞳が私を見つめてそう言うと、もう一度パトリックは私の額に口付けを落とした。
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