9 / 59
第一章 令嬢は記憶を失う
09
しおりを挟む
「あの…テオドーロが…ごめんなさい」
よく手入れされた庭園は色とりどりの花が咲き誇っていた。
その中にある東屋にパトリックと並んで座り、ティーカップにお茶が注がれるのを見ながら私は言った。
「ああ。彼はいつも俺を睨んでくるな」
気にする風もなく、ティーカップを手にしながらパトリックは答えた。
「本当に…ごめんなさい」
「———まあ、仕方ない。彼は君に惚れているからな」
「え…?」
私はティーカップを取ろうとした手を止めた。
惚れて…?
…だって…テオドーロは私の…
「姉弟なのに…?」
「———ああ、説明されていないのか」
カップを置くと、パトリックは私を見た。
「彼は元々は従弟だよ」
「いとこ…」
「シアと俺の婚約が決まって、ベルティーニ伯爵家の後継が必要になったから彼が養子に入ったんだ。確か伯爵の姉君の、三男だったはずだ」
「そんな事…聞いていない…です…」
目を覚ました時に弟だと名乗ったし、家の者もそれ以上の事は何も言わなかったら…本当の姉弟だと思っていた。
「そうか、知らなかったか」
ふ、とパトリックは息をついた。
「テオドーロには気をつけるんだ。彼は君を望んでいるからな」
望むって…それは…
「王命である以上俺達の婚約は覆らないけれど、同じ家に住んでいるのは心配だ」
伸びてきた手が私の頭を撫でた。
「変な事はされていないな」
「…はい」
「何かあればすぐに言って欲しい」
こくりと頷いた私の頭をもう一度撫でる。
「本当は一日も早く結婚したいが、まだ学生の身だからな」
「結婚…」
「できれば君が学園を卒業する時にしたいな」
———婚約の先に〝それ〟がある事は、分かっているつもりだけれど。
まだずっと先の事だと…自分の身に起きるという実感を抱くにはほど遠いものだった。
それに記憶が戻らないのに…本当に結婚など、出来るのだろうか。
「シア?」
思わず俯いた私の顔をパトリックが覗き込んだ。
「…俺と結婚するのは嫌か」
暗い声にはっとする。
「いえ…そうではなくて…」
私はゆるゆると首を振った。
「私…記憶がなくて…家の事も分からないのに結婚なんて…大丈夫なのでしょうか」
「そんな心配はいらない」
大きな手が私の手を握りしめた。
「分からない事はこれから覚えればいい。記憶など、これから作っていけばいい」
目の前の緑色の瞳は吸い込まれそうで…ぼうっと見つめていると、緑の光が消えて。
すぐに額に柔らかなものが触れた。
「…あ…」
触れたものが唇と気づき、顔に血が昇る。
「シア。君と結婚するのは俺だから」
優しさと熱を含んだ瞳が私を見つめてそう言うと、もう一度パトリックは私の額に口付けを落とした。
よく手入れされた庭園は色とりどりの花が咲き誇っていた。
その中にある東屋にパトリックと並んで座り、ティーカップにお茶が注がれるのを見ながら私は言った。
「ああ。彼はいつも俺を睨んでくるな」
気にする風もなく、ティーカップを手にしながらパトリックは答えた。
「本当に…ごめんなさい」
「———まあ、仕方ない。彼は君に惚れているからな」
「え…?」
私はティーカップを取ろうとした手を止めた。
惚れて…?
…だって…テオドーロは私の…
「姉弟なのに…?」
「———ああ、説明されていないのか」
カップを置くと、パトリックは私を見た。
「彼は元々は従弟だよ」
「いとこ…」
「シアと俺の婚約が決まって、ベルティーニ伯爵家の後継が必要になったから彼が養子に入ったんだ。確か伯爵の姉君の、三男だったはずだ」
「そんな事…聞いていない…です…」
目を覚ました時に弟だと名乗ったし、家の者もそれ以上の事は何も言わなかったら…本当の姉弟だと思っていた。
「そうか、知らなかったか」
ふ、とパトリックは息をついた。
「テオドーロには気をつけるんだ。彼は君を望んでいるからな」
望むって…それは…
「王命である以上俺達の婚約は覆らないけれど、同じ家に住んでいるのは心配だ」
伸びてきた手が私の頭を撫でた。
「変な事はされていないな」
「…はい」
「何かあればすぐに言って欲しい」
こくりと頷いた私の頭をもう一度撫でる。
「本当は一日も早く結婚したいが、まだ学生の身だからな」
「結婚…」
「できれば君が学園を卒業する時にしたいな」
———婚約の先に〝それ〟がある事は、分かっているつもりだけれど。
まだずっと先の事だと…自分の身に起きるという実感を抱くにはほど遠いものだった。
それに記憶が戻らないのに…本当に結婚など、出来るのだろうか。
「シア?」
思わず俯いた私の顔をパトリックが覗き込んだ。
「…俺と結婚するのは嫌か」
暗い声にはっとする。
「いえ…そうではなくて…」
私はゆるゆると首を振った。
「私…記憶がなくて…家の事も分からないのに結婚なんて…大丈夫なのでしょうか」
「そんな心配はいらない」
大きな手が私の手を握りしめた。
「分からない事はこれから覚えればいい。記憶など、これから作っていけばいい」
目の前の緑色の瞳は吸い込まれそうで…ぼうっと見つめていると、緑の光が消えて。
すぐに額に柔らかなものが触れた。
「…あ…」
触れたものが唇と気づき、顔に血が昇る。
「シア。君と結婚するのは俺だから」
優しさと熱を含んだ瞳が私を見つめてそう言うと、もう一度パトリックは私の額に口付けを落とした。
77
お気に入りに追加
4,850
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢の居場所。
葉叶
恋愛
私だけの居場所。
他の誰かの代わりとかじゃなく
私だけの場所
私はそんな居場所が欲しい。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※誤字脱字等あれば遠慮なく言ってください。
※感想はしっかりニヤニヤしながら読ませて頂いています。
※こんな話が見たいよ!等のリクエストも歓迎してます。
※完結しました!番外編執筆中です。
生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~
こひな
恋愛
市川みのり 31歳。
成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。
彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。
貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。
※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)
夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。
ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。
って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!
せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。
新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。
なんだかお兄様の様子がおかしい……?
※小説になろうさまでも掲載しています
※以前連載していたやつの長編版です
どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~
涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!
せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません
嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。
人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。
転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。
せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。
少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。
悪女役らしく離婚を迫ろうとしたのに、夫の反応がおかしい
廻り
恋愛
王太子妃シャルロット20歳は、前世の記憶が蘇る。
ここは小説の世界で、シャルロットは王太子とヒロインの恋路を邪魔する『悪女役』。
『断罪される運命』から逃れたいが、夫は離婚に応じる気がない。
ならばと、シャルロットは別居を始める。
『夫が離婚に応じたくなる計画』を思いついたシャルロットは、それを実行することに。
夫がヒロインと出会うまで、タイムリミットは一年。
それまでに離婚に応じさせたいシャルロットと、なぜか様子がおかしい夫の話。
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
【完結】その令嬢は号泣しただけ~泣き虫令嬢に悪役は無理でした~
春風由実
恋愛
お城の庭園で大泣きしてしまった十二歳の私。
かつての記憶を取り戻し、自分が物語の序盤で早々に退場する悪しき公爵令嬢であることを思い出します。
私は目立たず密やかに穏やかに、そして出来るだけ長く生きたいのです。
それにこんなに泣き虫だから、王太子殿下の婚約者だなんて重たい役目は無理、無理、無理。
だから早々に逃げ出そうと決めていたのに。
どうして目の前にこの方が座っているのでしょうか?
※本編十七話、番外編四話の短いお話です。
※こちらはさっと完結します。(2022.11.8完結)
※カクヨムにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる