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第一章 令嬢は記憶を失う
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パトリックは三日後に再び訪れた。
私はようやく熱は下がったが、まだ足に力が入らずベッドから出られずにいた。
ベッドに座ったまま応対した私の目の前に、パトリックは小さな箱を差し出した。
「見舞いだ」
「…ありがとうございます」
箱を受け取り、開けると中には大粒の、雫形の緑色の石をあしらったペンダントが入っていた。
「綺麗…」
「エメラルドは魔除けや病気の治癒に効果があるそうだ。ま、気休めのお守りだが」
美しい輝きの、その色はパトリックの瞳の色によく似ていた。
「着けよう」
パトリックは箱からペンダントを取り出した。
「髪をよけてくれるか」
「あ…はい」
促されるまま髪を手でまとめると、彼はペンダントを持った手を私の首へと回した。
首筋に指先が触れた、その感触に———思わずびくりと震えてしまう。
熱が下がったはずなのに、また体温が上がる。
そんな私の様子を見つめながら、パトリックはペンダントの留め具をとめた。
「ああ、似合うな」
手を離すと私を眺め、満足そうに笑みを浮かべて頷いた。
「…ありがとう…ございます」
そう言って…恥ずかしさで彼の顔が見られない。
俯いていると、ふいに手を握りしめられた。
「もう熱はないようだな」
大きな手が私の手を包み込むように握る。
「まだ起き上がれないのか」
「…はい…まだ足の力が入らなくて…」
最初はまるで麻痺しているようだった。
触れても感覚すらなく、自分の足ではないようで。
熱が下がると共に感触は戻ってきたけれど、まだ立つことすら出来ない状態だった。
「可哀想に。早く治るといいな」
パトリックの言葉に、私は思わず顔を上げた。
私を見つめる彼の表情は心から心配そうで…本当に、テオドーロの言うように危険な人なのだろうか。
「痛みはあるのか?」
「…いいえ」
「どこか辛いところは」
「大丈夫…です」
私の手を握りしめたまま、もう片方の手が頬に触れた。
そっと頬を撫でるその動きも、眼差しも…本当に優しくて。
「あの…パトリック様」
私を見つめるエメラルドの瞳に吸い寄せられるように、視線をそらす事ができず見つめ返しながら私は言った。
「家族から…私とパトリック様は…仲が悪いのだと聞きました」
私の手を握る手がピクリと震えた。
「…本当…なのでしょうか」
本人に聞くのも失礼なのだろうけれど。
両親に聞いたら言葉を濁された。
テオドーロはパトリックの事を口にすると機嫌が悪くなるから…
考えても分からない事だし、気になる以上、本人に聞くしかないのだ。
「———仲が悪いと言うか…」
言いよどみながらパトリックは答えた。
「俺が、君に嫌われていた」
「…え…」
私は目を見開いた。
「ど…うして…ですか」
「それは俺が聞きたい。婚約の顔合わせの時から、君は俺と目を合わせようともしなかった。話しかけても返事がなくて…婚約者とは名ばかりだった」
私が…そんな事を…?
悲しげに曇る緑の瞳に、胸が締め付けられる。
「…あ…の…ごめんなさい」
私は俯いた。
「私…そんな酷いことを…」
「———だが今の君は何も覚えていないのだろう」
頬に触れていた手に力がこもると顔を上げさせられる。
「君は、俺が嫌いか?」
「…いいえ…」
まだ二回しか会っていないけれど…だからこそか、嫌いとは思えない。
それに…多分、私はこの人を知っている。
アレクシアではない、別の誰かの記憶の中で。
その記憶の中のパトリックの事は…多分、嫌ってはいなかったと思う。
「ならばいい。これからは嫌わずにいてくれれば」
パトリックは目を細めた。
「シア、と呼んでいいか?」
「は、はい」
「俺の事はリックと」
「リック…様」
「様はいらない。愛称で呼ばせるのは相手に心を許した証なんだ」
頬にあった手が肩へと回されると、相手へと引き寄せられた。
「———ずっとこうやって、シアに触れたかった」
そう言って、パトリックの力強い腕が私を優しく抱きしめた。
私はようやく熱は下がったが、まだ足に力が入らずベッドから出られずにいた。
ベッドに座ったまま応対した私の目の前に、パトリックは小さな箱を差し出した。
「見舞いだ」
「…ありがとうございます」
箱を受け取り、開けると中には大粒の、雫形の緑色の石をあしらったペンダントが入っていた。
「綺麗…」
「エメラルドは魔除けや病気の治癒に効果があるそうだ。ま、気休めのお守りだが」
美しい輝きの、その色はパトリックの瞳の色によく似ていた。
「着けよう」
パトリックは箱からペンダントを取り出した。
「髪をよけてくれるか」
「あ…はい」
促されるまま髪を手でまとめると、彼はペンダントを持った手を私の首へと回した。
首筋に指先が触れた、その感触に———思わずびくりと震えてしまう。
熱が下がったはずなのに、また体温が上がる。
そんな私の様子を見つめながら、パトリックはペンダントの留め具をとめた。
「ああ、似合うな」
手を離すと私を眺め、満足そうに笑みを浮かべて頷いた。
「…ありがとう…ございます」
そう言って…恥ずかしさで彼の顔が見られない。
俯いていると、ふいに手を握りしめられた。
「もう熱はないようだな」
大きな手が私の手を包み込むように握る。
「まだ起き上がれないのか」
「…はい…まだ足の力が入らなくて…」
最初はまるで麻痺しているようだった。
触れても感覚すらなく、自分の足ではないようで。
熱が下がると共に感触は戻ってきたけれど、まだ立つことすら出来ない状態だった。
「可哀想に。早く治るといいな」
パトリックの言葉に、私は思わず顔を上げた。
私を見つめる彼の表情は心から心配そうで…本当に、テオドーロの言うように危険な人なのだろうか。
「痛みはあるのか?」
「…いいえ」
「どこか辛いところは」
「大丈夫…です」
私の手を握りしめたまま、もう片方の手が頬に触れた。
そっと頬を撫でるその動きも、眼差しも…本当に優しくて。
「あの…パトリック様」
私を見つめるエメラルドの瞳に吸い寄せられるように、視線をそらす事ができず見つめ返しながら私は言った。
「家族から…私とパトリック様は…仲が悪いのだと聞きました」
私の手を握る手がピクリと震えた。
「…本当…なのでしょうか」
本人に聞くのも失礼なのだろうけれど。
両親に聞いたら言葉を濁された。
テオドーロはパトリックの事を口にすると機嫌が悪くなるから…
考えても分からない事だし、気になる以上、本人に聞くしかないのだ。
「———仲が悪いと言うか…」
言いよどみながらパトリックは答えた。
「俺が、君に嫌われていた」
「…え…」
私は目を見開いた。
「ど…うして…ですか」
「それは俺が聞きたい。婚約の顔合わせの時から、君は俺と目を合わせようともしなかった。話しかけても返事がなくて…婚約者とは名ばかりだった」
私が…そんな事を…?
悲しげに曇る緑の瞳に、胸が締め付けられる。
「…あ…の…ごめんなさい」
私は俯いた。
「私…そんな酷いことを…」
「———だが今の君は何も覚えていないのだろう」
頬に触れていた手に力がこもると顔を上げさせられる。
「君は、俺が嫌いか?」
「…いいえ…」
まだ二回しか会っていないけれど…だからこそか、嫌いとは思えない。
それに…多分、私はこの人を知っている。
アレクシアではない、別の誰かの記憶の中で。
その記憶の中のパトリックの事は…多分、嫌ってはいなかったと思う。
「ならばいい。これからは嫌わずにいてくれれば」
パトリックは目を細めた。
「シア、と呼んでいいか?」
「は、はい」
「俺の事はリックと」
「リック…様」
「様はいらない。愛称で呼ばせるのは相手に心を許した証なんだ」
頬にあった手が肩へと回されると、相手へと引き寄せられた。
「———ずっとこうやって、シアに触れたかった」
そう言って、パトリックの力強い腕が私を優しく抱きしめた。
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