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33 本当の湯治宿にできるかも!

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 どうやら私はフェニックスにさらわれたらしい、と理解したのは空高いところから木々の間に向かって急降下しているときだった。

「――!」
 悲鳴すら上げられず、ぎゅっと目を閉ざすと、トン、と思いのほか軽く足先が地面についた。
 両足が地面につくと、肩をつかまれていた感触が消えた。

「……ここは」
 目をひらくと、そこは森の中のようだった。
 背後に降りてきたフェニックスに促されるように背中をつつかれ、歩いていった先には大きな洞窟があった。
「ここに入るの?」
 さらに背中をつつかれて、仕方なく洞窟の中へ入っていく。
 その奥には、うずくまる一羽のフェニックスの姿があった。

「……具合が悪いの?」
 ぴくりともしないその身体は病気なのか毛並みに艶もなく、かなり良くない状態に見えた。
 そっと近づいてその身体に触れる。体温が低く、脈も遅いように思える。
 触れたところから魔力を注いでいくと、ぽう、と赤い身体が淡い光に包まれた。
「これで大丈夫かな?」
 念のために鑑定して問題がないか確認する。
 大きなまぶたが震えてゆっくりと開かれ、黒い目が私を見た。

「どう? 動けそう?」
 数度目をまばたかせると、フェニックスはのそりと起き上がり、羽を一度大きく動かした。
「大丈夫そうだね」
 身体をなでながらそう言うと、フェニックスは頭をすり寄せてきた。
「ふふ、くすぐったい……ってわふっ」
 背後からもう一羽がぶつかってきて、二羽に挟まれる形になった。
 これは、もふもふ……だけど苦しい!

「ヒナノ!」
 ひとしきりもふもふに挟まれたあとでぐったりしていると、エーリックの声が聞こえてきた。
「エーリック……」
「大丈夫か」
 駆け込んできたエーリックは、フェニックスの傍らで座り込んでいた私を抱き上げた。
「わっ」
 え、お姫様抱っこ!?
「何があった」
「あ……ええと、このフェニックス、具合が悪かったみたいで。治したの」
 そう答えるとエーリックはフェニックスを見た。
「……そのためにヒナノをさらったのか」
「そうみたい……でも、どうして私が治せるって知ってたのかな」

「前にドラゴンを治したからだろう」
 ブラウさんとイルズさんが洞窟に入ってきた。
「聖獣たちは離れていても互いに意思の疎通ができると聞く。ヒナノがドラゴンの治療をしたことをこのフェニックスたちは聞いたのだろう」
 そんな、聖獣ネットワークみたいなものがあるの? 
「聖獣の治療もできるなんて、ヒナノちゃんてほんとすごいわね」
 イルズさんが微笑みながら言った。
「聖獣も魔法の治療ができないから自然治癒に任せるしかないのよ」
「そうなんですか……」

「しかし。いくらヒナノが治癒できるからといって、無理矢理さらうのはありえないな」
 エーリックはフェニックスたちを見回した。
「……この子さっきまで全然動けなかったから。きっと余裕がなかったのよ」
 二羽のフェニックスは仲良く寄り添いながらこちらを見ている。番なのかもしれない。
 大切な家族を助けたいという思いは聖獣も変わらないのだろう。
「もう大丈夫だよね」
 声をかけるとフェニックスは頭を振った。聖獣ってこっちの言葉は分かるのかな。
「じゃあ帰るか」
「あ、ちょっと待って」
 歩き出そうとしたエーリックを止めるとフェニックスを見た。
「この山にある源泉……温かい湧き水、少しもらっていい?」
 そう尋ねると、二羽のフェニックスはいいと言うように首や羽をゆらした。

「戻ってきたか」
 城へ帰ると、留守番していた魔王さんとアルバンさんが出迎えた。
「聖獣の匂いがするな」
「あ……」
 私たちは山での出来事をふたりに説明した。

「へえ。嬢ちゃんはこの山のフェニックスに目をつけられたな」
 アルバンさんが言った。
「怪我するたびに嬢ちゃんを探しにくるんじゃないか」
「ええ……」
「それは面倒だな」
 エーリックが眉をひそめた。
 そもそも、私はいつもこの島にいるわけじゃないのよね。
(でも、私しか治せないのよね……)
 魔物も聖獣も、治癒できる力を持つのは私だけだ。
(私がいなくても治せればいいのに)
 そう思い、ふとアルバンさんに私の魔力を込めた温泉を持ち歩いてもらっていたことを思い出した。

「そうだ、フェニックスも入れるくらいの大きさで温泉をつくるのは? せっかくなので湯治宿も作ったらいいかも」
「とうじやど?」
 皆が不思議そうに聞き返した。
「私がいた世界で、温泉に入りながら滞在して病気や怪我の療養をする施設があるんですけれど。それをここにも作れたらいいなと思いまして」
 魔物や動物、聖獣。それから……できれば人間も。
 何種類かの浴槽を作って、様々な生き物が利用できるようにしたいなあ。
「私の魔力を込めておいた温泉を用意して。温度を維持する方法があればいいのですけれど」

「それなら火魔法で不滅の火を作れば常に湯を温められるだろう」
 魔王さんが言った。
「なるほど、じゃあそれで循環させれば……あと浄化魔法でお湯を定期的にきれいにできればいいのですが」
「それも難しくないな。浄化魔法ならば使える者も多い」
「それなら私が時々来て治癒魔法をかけ直せば、常にあったかい温泉に入れると思います!」
 私の魔力入り温泉は、飲んだり傷口にかけたりしても効果があるから、お湯に入るのが苦手ならばそれぞれに合った方法で癒やせればいい。
「あとは、料理が作れる台所と食堂、休憩できる部屋も欲しいです」
 そうすれば本当の湯治宿にできるかも!

「まあ、面白そうね」
 イルズさんが笑みを浮かべて言った。
「嬢ちゃんがいなくても治癒できる場所か。それはいい案だな」
「ああ」
 アルバンさんとブラウさんもうなずいている。
「そうか。ではそれも考慮して城作りを進めよう。まずは場所選びからだな」
 魔王さんの言葉で、一同は湯治宿に良さそうな場所探しに城の外へと出て行った。
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