上 下
32 / 43

32 この臭い、懐かしいなあ

しおりを挟む
 それから魔王さんたちは、実際の魔王城がある島とはかなり離れた場所にある島に、もう一つの魔王城を作り始めた。

「わあ、すごい豪華ですね」
 魔法で実体を作りあげたという城の内装は、本物の魔王城よりも装飾が豪華で華やかだった。
「向こうと同じものを作っても意味がないと言われてな」
 魔王さんはため息をついた。
「こう派手だと落ち着かないのだが」
「今の城が地味すぎるのよ」
 イルズさんが眉をひそめた。
「前の城はもっと華やかだったのに、このひとの代になってから地味に変えたのよ。ほんと子供の頃から地味なのが好きだったんだから」
 子供の頃? って……イルズさんて魔王さんを子供の頃から知ってるの?
「イルズさんて何歳……」
「あら、女性に歳を聞くのはだめよ」
 思わず声に出してつぶやくと、イルズさんがそう言って私の頭を小突いた。

 外に出ると、広大な森が広がっていた。
「あれは……火山?」
 遠くにある山の上から煙がたなびいているのが見えた。
「え、噴火しないんですか?」
「あの山はフェニックスが棲んでいるの」
 山を見つめながらイルズさんが説明した。
「フェニックス?」
「真っ赤でとても大きな鳥よ。あの山から沸く火を食べるから噴火はしないと伝えられているわね」
 火を食べる……おお、まさに火の鳥!

「ドラゴンやフェニックスは、神々によってこの世界が変えられた時に生まれた生き物と言われている」
 ブラウさんが言った。
「人間たちは『聖獣』と呼んでいるな」
「そうなんですね。……火山があるということは、ここにも源泉があるんじゃないですか?」
「源泉?」
「温泉になる温かい湧き水です」

「まあ、じゃあこの城にも温泉を作れるのね」
 イルズさんがうれしそうに手をたたいた。
「探しに行ってみましょうか」
「行きたいです!」
 温泉を使わなくても魔物は治せるけれど、ただ入るだけでも気持ちいいからね。

「しかし、あんな広い山の中で源泉を探し出せるのか」
 エーリックがまゆをひそめた。
「そうねえ」
「ヒナノ、魔法で源泉の場所を感知できるか」
 ブラウさんが尋ねた。
「え? そうですね……やってみます」
 山に向けて意識を集中した。
 色々な気配や魔力を感じる、その中にかすかになじみのある気配を感じた。
「あ……もしかしたらあれかも」
「分かったのか」
「ここからだと遠すぎて、なんとなくですが」
「じゃあ近くに行ってみましょう」

 魔法で山のふもとへ飛ぶと、源泉の探知を再び試みた。
 かすかに感じた気配が濃くなっている。それに硫黄のような臭いもする。これは、きっと温泉があるよね!
「あっちのほうです!」
 感覚を頼りに山の中へと入っていくと、しばらくしてひときわ気配が強くなった。
「あった!」
 茂みをかき分けた先に湯気を出す泉が現れた。

「まあ、これが温泉なの?」
 イルズさんが泉へ近づいた。
「熱すぎるかもしれないので触らないでくださいね」
「魔法を使わずにお湯が湧き出ているなんて、不思議ねえ」
「さっきから妙な臭いがするが、何なんだ」
 いぶかしげに周囲を見回しながらエーリックが言った。
「硫黄の臭いだよ。火山が近い温泉はこういう臭いがすることが多いの」
「ふうん」
「この臭い、懐かしいなあ」
 決していい臭いではないけど、温泉になじみのある身からすると懐かしくていい臭いなんだよね。

 源泉に近づいて、少し魔法でお湯を取り玉を作ってみる。
 湯もみするように手の上で玉をくるくると回しながら「鑑定」をしてみた。
 前にリンちゃんができると言っていたのを聞いて、自分でもできるのではないかと思い試してみたらできたのだ。
「うん、いい感じの温泉ね」
 ミネラルたっぷりで毒もなく、そのまま入っても効果がありそうだ。
 温度も下がったようなので、そっと玉の中に指を入れてみる。
「あったかくて気持ちいい!」
「私も触らせて。ほんと、いい湯加減だわ」
 イルズさんも玉の中に手を入れると笑顔で言った。
「さっそく城の近くに温泉を作りましょう」
「大きいのがいいです!」

「――おい」
 イルズさんと盛り上がっていると、ふいにエーリックの緊張したような声が聞こえた。
 振り返り、その視線の先を見上げる。
「あ……」
 岩の上に大きな鳥が止まっていた。
 真っ赤な毛に覆われた、とても大きな鳥だ。
 鋭い真っ黒な瞳がじっと私たちを見つめていた。

「あれがフェニックスだ」
「きれい……」
 鮮やかな毛は艶やかで、長い尾がそり上がっているその姿はとてもきれいで凜々しかった。
「少なくとも五体はいるな」
 エーリックの言葉に見回すと、確かにあちこちに赤い姿が見えた。
「……勝手にお城作ったから怒っているのかな」
「フェニックスが棲むのはこの山の中だけだからそれは問題ないだろう。山にまで入ってきたから様子を見にきたのかもしれない」
 ブラウさんが言った。
「じゃあ早く山から出たほうがいいのかな……」
 バサリと大きな羽をはばたかせて、一羽のフェニックスがこちらへ飛んできた。
 間近で見るとびっくりするくらい大きい。
 こんなに大きな鳥がどうやって飛ぶんだろうと思っていると、強い風が上から吹いて頭の上に大きな影ができた。

「ヒナノ!」
 肩に痛みを感じるのと同時に足下が浮き上がった。
(え!?)
 まるでジェットコースターに乗った時のように身体が宙を舞う感覚を覚えた。
「ヒナノ!」
 エーリックの声があっという間に遠ざかっていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

溺愛の始まりは魔眼でした。騎士団事務員の貧乏令嬢、片想いの騎士団長と婚約?!

恋愛
 男爵令嬢ミナは実家が貧乏で騎士団の事務員と騎士団寮の炊事洗濯を掛け持ちして働いていた。ミナは騎士団長オレンに片想いしている。バレないようにしつつ長年真面目に働きオレンの信頼も得、休憩のお茶まで一緒にするようになった。  ある日、謎の香料を口にしてミナは魔法が宿る眼、魔眼に目覚める。魔眼のスキルは、筋肉のステータスが見え、良い筋肉が目の前にあると相手の服が破けてしまうものだった。ミナは無類の筋肉好きで、筋肉が近くで見られる騎士団は彼女にとっては天職だ。魔眼のせいでクビにされるわけにはいかない。なのにオレンの服をびりびりに破いてしまい魔眼のスキルを話さなければいけない状況になった。  全てを話すと、オレンはミナと協力して魔眼を治そうと提案する。対処法で筋肉を見たり触ったりすることから始まった。ミナが長い間封印していた絵描きの趣味も魔眼対策で復活し、よりオレンとの時間が増えていく。片想いがバレないようにするも何故か魔眼がバレてからオレンが好意的で距離も近くなり甘やかされてばかりでミナは戸惑う。別の日には我慢しすぎて自分の服を魔眼で破り真っ裸になった所をオレンに見られ彼は責任を取るとまで言いだして?! ※結構ふざけたラブコメです。 恋愛が苦手な女性シリーズ、前作と同じ世界線で描かれた2作品目です(続きものではなく単品で読めます)。今回は無自覚系恋愛苦手女性。 ヒロインによる一人称視点。全56話、一話あたり概ね1000~2000字程度で公開。 前々作「訳あり女装夫は契約結婚した副業男装妻の推し」前作「身体強化魔法で拳交える外交令嬢の拗らせ恋愛~隣国の悪役令嬢を妻にと連れてきた王子に本来の婚約者がいないとでも?~」と同じ時代・世界です。 ※小説家になろう、ノベルアップ+にも投稿しています。※R15は保険です。

転生したら避けてきた攻略対象にすでにロックオンされていました

みなみ抄花
恋愛
睦見 香桜(むつみ かお)は今年で19歳。 日本で普通に生まれ日本で育った少し田舎の町の娘であったが、都内の大学に無事合格し春からは学生寮で新生活がスタートするはず、だった。 引越しの前日、生まれ育った町を離れることに、少し名残惜しさを感じた香桜は、子どもの頃によく遊んだ川まで一人で歩いていた。 そこで子犬が溺れているのが目に入り、助けるためいきなり川に飛び込んでしまう。 香桜は必死の力で子犬を岸にあげるも、そこで力尽きてしまい……

処理中です...