嫌われ者の女神たち

神崎文尾

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「いや、凄かったねえ。今日は大盛り上がりやったわ」
 技量確認後、すべての雑事が終わった後に、彩音は将校会議室にいた。毎年恒例の隊長がそろってだべりながらする麻雀大会だ。一位になって何がある、というわけでもないが、コミュニケーションの一環として開かれている。
 彩音は卓に座り、今日の反省点などを何点か考えていた。
「大尉、いいですか?」
「うん?どうしたん?畏まって」
 秋山は笑顔だ。自身の部下が入賞したことでご機嫌なのかもしれない。翻って彩音の護廷隊は散々だった。三津田司令からも直々に叱られ、機嫌のいい秋山に話しかけるのは何となくためらわれた。
「あの子たちは秘蔵っ子ですか。今日は大活躍でしたけど」
「正岡姉妹と来島?うん、同郷でね、色々と便宜を図ってやったりはしとるよ。あそこまで活躍するとは思わんかったけどね。いや、ええ経験になったと思うし、地震もつけとると思うよ」
 ニヤニヤしながら話す。気味の悪い笑顔だが、何を考えているのか分からないのが彼女の肝だ。裏に一物を孕みながらも、それをギリギリまで表に出さない。軍学校からそうだった。誰かの影に隠れながら進み、最後に一番前を走っている。彼女が大尉になるまで、出世頭は彩音のはずだったが、今やそれも昔の話だ。
 技量確認は午後五時に終わった。例年通りの優秀技量者が表彰される中、彩音としのぎを削って最後にギリギリの差で勝った来島と、射撃の絶対王者であった恵美と神崎のペアを破って優勝した正岡姉妹の顔触れが並び、参加者を唖然とさせたものだ。何でも二等兵の優秀技量は十年ぶりだという。
「しかし、こっちは完全に泡食った形になっちゃいましたよ。大尉」
「全くやられちゃいました」
 二護隊長である結城と四護隊長の福島はそろって追従するような声をあげた。軍学校では彩音らの一つ下で、後方部隊ということもあってか、階級はまだ少尉だ。一概に補給だの主計だのといった事務作業の多い偶数部隊の階級は戦闘部隊の奇数部隊よりも軽く見られている。技量確認でも芳しくない成績が多いのも道理だ。そうした運動神経のいい奴は軒並み奇数部隊に編入されている。中には例外もあるが。
「あ、ロンね」
 彩音が言った。タンヤオドラ二、子だったので五千二百。放銃した福島が顔に手を当ててまいったと言った。
「神戸中尉、こっちでも勝つなんてひどいですよお」
「何がひどいんだか。いっつもこれでは偶数部隊が勝ってんじゃないの。悔しくてやれないんだから少し我慢しなさいよ」
「そりゃ、頭を使う商売では我々は負けませんよ。弾薬からトイレットペーパーに至るまでまで完璧に把握してます。でもなあ」
 じゃらじゃらと洗牌し、愚痴るように福島が言った。かっちりしたおかっぱ頭が真面目さを外見から表しているようで面白い。
「結局我々は憲兵ですからねえ、何でもかんでも奇数の人たちに良い処が当たって悔しいって思うこともありますよ。別に悪いことをしているわけじゃなく、ただの事務業務が大半なのに、耳に痛いことを言われますし」
「そうそう。うちの部下なんて、街を歩いていたら絡まれるから私服を許してくれと言ってましたしね。神戸中尉と秋山大尉の前ですから、これ以上は言えませんけど」
 嫌味っぽい言い方をするのは結城だ。眼鏡をかけ、いつもくすくすと影のある笑いをする。まだまだ少尉の階級に慣れていないのか、言葉と思慮がいちいち軽い。広報班も兼ねているから、今回の技量確認が新聞の手によって公表されるのは知っているのだろう。師岡との仲が破局的に悪いからもしかすれば知らないのかもしれない。
「結城、それはどうもならん問題で。嫌なら宗旨替えするしかないよ。このご時世会社は溢れるほどあるで」
 秋山が諫めるように言う。自身も戦闘部隊を率いているからこそ、後方部隊の愚痴には我慢のならないところがあるのだろう。
「それはそうなんですけど……そもそも護廷隊は暴力が過ぎますよ。このままいけばデモで潰されるか国会で潰されるかのどちらかでは?」
「そうならんよう、三津田司令あたりが頑張ってくれとる。少尉の分際で口が過ぎるんよ、お前は」
「言ってくれますね……あ、ロン。満貫」
 結城は面倒なことを言われる前に逃げた。麻雀に集中するようにジトリと緑色のカーペットをにらむ。
「……師岡曹長とうまく言ってないの?」
 ぴくりと反応する。やっぱりか。
 師岡は広報班に入る前はバリバリの戦闘指揮を執っていた。彩音がその意見を取り上げて改めて指揮を執ったこともあるし、恵美などは何百発愛の鞭をいただいたか分からないほどの苛烈な人だ。
そうした人種は宗旨替えをしてもスタイルは変えない。自分の能力とやり方を信じ、よく言えば迅速に、悪く言えば強引に自分のやり方を浸透させる。そうした手練手管を使う相手と組ませるには、結城は少し諧謔が過ぎた。頭がいい自覚があるから、それに対して好意的に解釈しようとする。そこに少々嫌味が入ったとしても仕方ないと割り切ってだ。
「ええ、そう、ですね……あの人は、なんというか、ぬりかべみたいな人ですよ。私が前に進もうとすると、彼女が現れてわけの分からないうちに道をふさぐ」
「崖につながる道だとしても?」
「進んでみなくちゃ分からないでしょう?それに、彼女に崖に見える道が、花道なのかもしれない」
 屁理屈だ。結城程度の見識や経験ではそこまで深く見切ることは出来ない。まだ幼年学校を出て間もなく、そこに至るまでの見識の深さも持ち合わせていない。ジム仕事に卓越しているから、補給任務や弾薬受領などは真面目にやるものの、それだけである。
「ま、新人の時は、星の数が下でもベテランの言うことを聞いておいた方がいいよ。そうじゃないと疲れる」
「そう言うものではないでしょう。我々は星の数だけ責任がある。それを背負えない下士官の言うことをはいはい聞くだけではだめですよ」
 意外と頑固だ。頭のいい自負があるのか、プライドがひどく高い。そうばかりではいけないが、彼女の欠点はそのプライドの高さと職能が結びつかない点にある。彩音は相手にしないことにした。この分だと、将来階級が高くなった時、部下全員を見下すようになってしまう。
 牌を掴んで、それを開いたまま打ち付けた。
「ツモ。ハネ」
 南場の三局目で彩音が上がった。ラス親だったからこれでようやく安全圏。何とかトップに返り咲く。
「うわっと……中尉。ひどいなあ。これでウチ、目ェなくなってしもうた」
「同情しますよ、大尉。でも、これも勝負ですからね」
 それに、良い処でツモあがれたことで、結城との話を切ることが出来た。やめている煙草が吸いたくなる。
 不満げな顔を浮かべたまま、結城が洗牌した。長々話しているが、まだ納得は出来ていないようだった。

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