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七難八苦の記念日
ご機嫌用、私です -リディ-
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ご機嫌用、私です。
私って誰だって?失礼致しました。
私、リディーシア・ブラウリネージュと申します。
格式高い貴族名家、ブラウリネージュ家の次女として産まれて十五年。
どこに出しても恥ずかしくない淑女であると自負しております。
自負?実際はどうだって?
余計なことに気が付く人ですね。
あくまで自負です。他評は付いてきてません。今はまだ。
とはいっても別に常識知らずなお転婆令嬢という訳では御座いません。
故あって、淑女教育に関しては人並み以上だというのは確固たる事実ですから。世間評はともかく、鬼教師と呼ばれる人からお墨付きも貰っております。
それでも周りの評価は付いてきません。何故かって?
そんなことが些細に感じるほど、周りの目を眩ませてしまう存在が身近に居るからです。そう、優秀程度では霞んでしまう、隔絶したお方が。
自分の遥か先を行く方を尊敬はしています。していますが。
……それでも僅かばかりの劣等感を抱いてしまうのは、許して頂きたく存じます。
自分が目指すべき目標であって、手の届かない憧れだとは、思いたくないですから。
少々熱く語り過ぎてしまいましたね。
ああ、何で自己紹介をしているのか、ですって?
それは聴くも涙、語るも涙なお話で。
――15年前、代々貴族を継承してきたブラウリネージュ家に、それはそれは可愛らしい天使のような女の子が産まれました。
その女の子は……。
唐突な回想やめろですって?
分かりました分かりました。
出来るだけ端折って説明致しますが、無関係という訳ではないのでほんの少し語る程度は我慢くださいな。
――リディーシアと名付けられた赤ん坊は、笑顔のとても可愛い女の子でした。
リディーシアはとても可愛い女の子でしたが、一つだけ困った所がありました。
それは、とっても泣き虫さんだったということです。
両親に抱きかかえられても一向に泣き止まず、かといって侍女に任せてみてもその激しさは増すばかり。
どうしたらいいのか、父母は揃って途方に暮れてしまいます。
そんな彼女でしたが、あることをしたら瞬く間に泣くのを止めてしまいました。
それどころか、そのプルプルな頬を緩ませてとても、とても愛らしく笑い始めたではありませんか。
それだけではありません。
リディーシアは覚束ない手を伸ばし始めました。正確には、伸ばそうと幾度も幾度もその紅葉のような小さな手を懸命に動かし続けていました。
周囲の人達も直ぐに気が付きます。
彼女は抱き返そうとしているのでした。自分がそうされて嬉しいことを、返そうとしているかのように。
そう、リディーシアが泣き止んだ理由。それは二歳年上の姉、リーネリーシェに抱き抱えられた、その瞬間でした。
無邪気に笑うリディーシア。
その一方で、リーネリーシェにもある感情が芽生えていました。
産まれて初めて出会った、自分が庇護すべき妹という存在。
この両の腕に伝わる確かな温もり。そしてその蕩けるような笑みを前に、リーネリーシェも釣られて花が咲くように笑ったのでした。
リディーシアはその後もずーっと姉にばかり懐いていました。他の誰が抱き抱えても駄目で、姉が駆け付けるまでひたすらに泣き続けました。
そうすると姉が来てくれるのを何となく分かっていたのでしょう。むしろ以前より泣く回数が増えたほどです。
そんな彼女の為に毎度毎度呼び出されるリーネリーシェでしたが、そのことに不満を覚えることはありませんでした。むしろ、密かに誇らしく思っていました。
自分が妹の一番であること。それは今までの僅かな人生の中で、唯一自分だけに与えられた確かな役割。
その役割を与えてくれる。いや、それほどに自分を、自分だけを求めてくれる妹のことを、彼女は心から愛していました。
月日が経ち、自由に歩き回り多少なりとも言葉を介するようになったリディーシアは流石に無闇矢鱈と泣き出すことはしませんでした。
その代わりに、彼女はいつも姉と一緒に居たがりました。ご飯も、遊びも、お出かけも、お風呂も、お布団も。
未熟なりにその手を、その口を最大限に活用し、ひたすら姉にせがみました。
そんな彼女の我儘を、リーネリーシェは拒絶することはしませんでした。
ですが、ある時を境にリーネリーシェは妹を避けるようになりました。
声を掛けてもそのまま行ってしまうし、抱き締めてもくれません。
リディーシアは悲しみました。何故かを考えますが答えは出ません。
それでも悲しんで悲しんで悲しんだ後、考えて考えて考えました。
姉はただただ甘え続ける自分に嫌気がさしたのだと。
幼心に自分の幼稚さを自覚してしまうと、途端に姉への申し訳なさを覚えました。それでも、そこで諦めることは出来ませんでした。
今までずっと姉の愛情を一身に受けてきた彼女は、姉のことをとてもとてもとても大好きだったのです。
それを、仕方ないからと消化出来てしまう諦めの良さを、生まれ持っていなかったのです。
姉に誇れる自分になりたい。姉に好かれる自分になりたい。そうすれば……。
それから彼女は変わりました。甘えることをやめたのです。
今まで姉と一緒、あるいはお願いしていた着替えも、ご飯も、お風呂も、お布団も、全て一人きりで頑張りました。
最初は右も左も分からず最後には侍女が全てやってくれていましたが、毎日毎日諦めず挑戦を続けて、ついにこれなら手を貸さなくても安心とお墨付きを貰いました。
次に両親に相談し、教育係を付けて貰いました。
まだ早いと言われもしましたが、一向に諦めの見えない意思の固さに観念したようです。
勿論辛い時もありましたし、泣いた回数なんて数え切れません。
それでも、投げ出すことは一切しませんでした。
全ては、もう一度姉の笑顔を受け取る為……。
――そして時は流れ、そして今に至ると。
なげぇ!!!って?
本当でしたら一幕三時間の三部構成で劇的にお送りしたい所を、断腸の思いで愛情溢れ気品高く麗しいリリ姉様の魅力を一割程しかお伝え出来ない程度まで削減してお送りしたのですけど。
一人称の枠をはみ出した所まで描写されてるぞ、ですって?
……それは、火事場の馬鹿力という奴です。
さて、改めまして、何で自己紹介をしているのか、でしたか。
何故かというとこれは……。
走 馬 灯 だから、です!!!
目の前に迫るのは何というか淑女として口に出してはいけないような形相をしている二頭の馬。その馬には金属製の引き手が取り付けられていて、その後ろで牽引されているのは現在一般的に流通している木材を原料にした馬車だろう。家というには流石に小さいけれど、倉庫としては十分成立しそうなサイズだ。
石畳を踏み砕かんばかりに騒々しく蹄鉄を踏み鳴らしながら鼻息荒くお互いに我先にと言わんばかりの勢いで疾走しているお馬さん達。まず通常の馬の速度であれば危機的だったが、彼(彼女?)等は馬車を引いている。
本来なら早めに気付けば避けれる程度の速度であっただろう。しかし、現行で運行している馬車は基本的に魔法で強化するのが主流だ。というか、今時それ以外の馬車は淘汰されている。道路は共用だから速度をある程度揃えないとスムーズな移動が出来ないから、不文律として。
話題が横道に逸れたけど、そう、馬本来の能力を遥かに超える速度を出すことが可能なのだ。しかも、そこそこ優秀な人が掛けた魔法でもって、興奮により限界以上の能力を発揮している。
つまりどういうことかというと、気付いた一秒後には目の前に迫っていて一体どうしろと。
とまぁそういうわけで、どうにもならない死を前にして人間の潜在能力が現実逃避に浪費された結果が、先程の小噺でした。
語り口が違うのは、如何にもなご令嬢をアピールしてみたかったから。こちらが本来です。
冷静に聴こえたかもしれないけど、僅かでも可能性があるんだったら確実にそれにしがみついている。
諦めの悪さだけで言えば、リリ姉様にだって負けないだろう。
でも、どうにもならないのであればせめて、今までの人生を掛けて目指した淑女として振る舞いたい。
叶わなかった夢だけど、その夢に至るまでの道程は確かに歩んでいたのだと。志半ばで倒れるとしても、今まで歩んできたことは無駄では無かったのだと。そう信じる為に。
それが、生死の尊厳を踏み躙られかけている私の、せめてもの抵抗。
ただ、願わくば。
もう一度だけあの頃のように、何も考えずリリ姉様に抱き着いて。
頭を撫でられながら名前を呼んで貰って。
今まで頑張ったね、流石私の妹だって。
認めて、貰いたかった……。
ズゴオオオオオオォォォォォォォォォォォン!!!
私って誰だって?失礼致しました。
私、リディーシア・ブラウリネージュと申します。
格式高い貴族名家、ブラウリネージュ家の次女として産まれて十五年。
どこに出しても恥ずかしくない淑女であると自負しております。
自負?実際はどうだって?
余計なことに気が付く人ですね。
あくまで自負です。他評は付いてきてません。今はまだ。
とはいっても別に常識知らずなお転婆令嬢という訳では御座いません。
故あって、淑女教育に関しては人並み以上だというのは確固たる事実ですから。世間評はともかく、鬼教師と呼ばれる人からお墨付きも貰っております。
それでも周りの評価は付いてきません。何故かって?
そんなことが些細に感じるほど、周りの目を眩ませてしまう存在が身近に居るからです。そう、優秀程度では霞んでしまう、隔絶したお方が。
自分の遥か先を行く方を尊敬はしています。していますが。
……それでも僅かばかりの劣等感を抱いてしまうのは、許して頂きたく存じます。
自分が目指すべき目標であって、手の届かない憧れだとは、思いたくないですから。
少々熱く語り過ぎてしまいましたね。
ああ、何で自己紹介をしているのか、ですって?
それは聴くも涙、語るも涙なお話で。
――15年前、代々貴族を継承してきたブラウリネージュ家に、それはそれは可愛らしい天使のような女の子が産まれました。
その女の子は……。
唐突な回想やめろですって?
分かりました分かりました。
出来るだけ端折って説明致しますが、無関係という訳ではないのでほんの少し語る程度は我慢くださいな。
――リディーシアと名付けられた赤ん坊は、笑顔のとても可愛い女の子でした。
リディーシアはとても可愛い女の子でしたが、一つだけ困った所がありました。
それは、とっても泣き虫さんだったということです。
両親に抱きかかえられても一向に泣き止まず、かといって侍女に任せてみてもその激しさは増すばかり。
どうしたらいいのか、父母は揃って途方に暮れてしまいます。
そんな彼女でしたが、あることをしたら瞬く間に泣くのを止めてしまいました。
それどころか、そのプルプルな頬を緩ませてとても、とても愛らしく笑い始めたではありませんか。
それだけではありません。
リディーシアは覚束ない手を伸ばし始めました。正確には、伸ばそうと幾度も幾度もその紅葉のような小さな手を懸命に動かし続けていました。
周囲の人達も直ぐに気が付きます。
彼女は抱き返そうとしているのでした。自分がそうされて嬉しいことを、返そうとしているかのように。
そう、リディーシアが泣き止んだ理由。それは二歳年上の姉、リーネリーシェに抱き抱えられた、その瞬間でした。
無邪気に笑うリディーシア。
その一方で、リーネリーシェにもある感情が芽生えていました。
産まれて初めて出会った、自分が庇護すべき妹という存在。
この両の腕に伝わる確かな温もり。そしてその蕩けるような笑みを前に、リーネリーシェも釣られて花が咲くように笑ったのでした。
リディーシアはその後もずーっと姉にばかり懐いていました。他の誰が抱き抱えても駄目で、姉が駆け付けるまでひたすらに泣き続けました。
そうすると姉が来てくれるのを何となく分かっていたのでしょう。むしろ以前より泣く回数が増えたほどです。
そんな彼女の為に毎度毎度呼び出されるリーネリーシェでしたが、そのことに不満を覚えることはありませんでした。むしろ、密かに誇らしく思っていました。
自分が妹の一番であること。それは今までの僅かな人生の中で、唯一自分だけに与えられた確かな役割。
その役割を与えてくれる。いや、それほどに自分を、自分だけを求めてくれる妹のことを、彼女は心から愛していました。
月日が経ち、自由に歩き回り多少なりとも言葉を介するようになったリディーシアは流石に無闇矢鱈と泣き出すことはしませんでした。
その代わりに、彼女はいつも姉と一緒に居たがりました。ご飯も、遊びも、お出かけも、お風呂も、お布団も。
未熟なりにその手を、その口を最大限に活用し、ひたすら姉にせがみました。
そんな彼女の我儘を、リーネリーシェは拒絶することはしませんでした。
ですが、ある時を境にリーネリーシェは妹を避けるようになりました。
声を掛けてもそのまま行ってしまうし、抱き締めてもくれません。
リディーシアは悲しみました。何故かを考えますが答えは出ません。
それでも悲しんで悲しんで悲しんだ後、考えて考えて考えました。
姉はただただ甘え続ける自分に嫌気がさしたのだと。
幼心に自分の幼稚さを自覚してしまうと、途端に姉への申し訳なさを覚えました。それでも、そこで諦めることは出来ませんでした。
今までずっと姉の愛情を一身に受けてきた彼女は、姉のことをとてもとてもとても大好きだったのです。
それを、仕方ないからと消化出来てしまう諦めの良さを、生まれ持っていなかったのです。
姉に誇れる自分になりたい。姉に好かれる自分になりたい。そうすれば……。
それから彼女は変わりました。甘えることをやめたのです。
今まで姉と一緒、あるいはお願いしていた着替えも、ご飯も、お風呂も、お布団も、全て一人きりで頑張りました。
最初は右も左も分からず最後には侍女が全てやってくれていましたが、毎日毎日諦めず挑戦を続けて、ついにこれなら手を貸さなくても安心とお墨付きを貰いました。
次に両親に相談し、教育係を付けて貰いました。
まだ早いと言われもしましたが、一向に諦めの見えない意思の固さに観念したようです。
勿論辛い時もありましたし、泣いた回数なんて数え切れません。
それでも、投げ出すことは一切しませんでした。
全ては、もう一度姉の笑顔を受け取る為……。
――そして時は流れ、そして今に至ると。
なげぇ!!!って?
本当でしたら一幕三時間の三部構成で劇的にお送りしたい所を、断腸の思いで愛情溢れ気品高く麗しいリリ姉様の魅力を一割程しかお伝え出来ない程度まで削減してお送りしたのですけど。
一人称の枠をはみ出した所まで描写されてるぞ、ですって?
……それは、火事場の馬鹿力という奴です。
さて、改めまして、何で自己紹介をしているのか、でしたか。
何故かというとこれは……。
走 馬 灯 だから、です!!!
目の前に迫るのは何というか淑女として口に出してはいけないような形相をしている二頭の馬。その馬には金属製の引き手が取り付けられていて、その後ろで牽引されているのは現在一般的に流通している木材を原料にした馬車だろう。家というには流石に小さいけれど、倉庫としては十分成立しそうなサイズだ。
石畳を踏み砕かんばかりに騒々しく蹄鉄を踏み鳴らしながら鼻息荒くお互いに我先にと言わんばかりの勢いで疾走しているお馬さん達。まず通常の馬の速度であれば危機的だったが、彼(彼女?)等は馬車を引いている。
本来なら早めに気付けば避けれる程度の速度であっただろう。しかし、現行で運行している馬車は基本的に魔法で強化するのが主流だ。というか、今時それ以外の馬車は淘汰されている。道路は共用だから速度をある程度揃えないとスムーズな移動が出来ないから、不文律として。
話題が横道に逸れたけど、そう、馬本来の能力を遥かに超える速度を出すことが可能なのだ。しかも、そこそこ優秀な人が掛けた魔法でもって、興奮により限界以上の能力を発揮している。
つまりどういうことかというと、気付いた一秒後には目の前に迫っていて一体どうしろと。
とまぁそういうわけで、どうにもならない死を前にして人間の潜在能力が現実逃避に浪費された結果が、先程の小噺でした。
語り口が違うのは、如何にもなご令嬢をアピールしてみたかったから。こちらが本来です。
冷静に聴こえたかもしれないけど、僅かでも可能性があるんだったら確実にそれにしがみついている。
諦めの悪さだけで言えば、リリ姉様にだって負けないだろう。
でも、どうにもならないのであればせめて、今までの人生を掛けて目指した淑女として振る舞いたい。
叶わなかった夢だけど、その夢に至るまでの道程は確かに歩んでいたのだと。志半ばで倒れるとしても、今まで歩んできたことは無駄では無かったのだと。そう信じる為に。
それが、生死の尊厳を踏み躙られかけている私の、せめてもの抵抗。
ただ、願わくば。
もう一度だけあの頃のように、何も考えずリリ姉様に抱き着いて。
頭を撫でられながら名前を呼んで貰って。
今まで頑張ったね、流石私の妹だって。
認めて、貰いたかった……。
ズゴオオオオオオォォォォォォォォォォォン!!!
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