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何番目でもいいから

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 少し洒落た個室の居酒屋で食事をしてから、乗せられた車は見慣れた道を進んでいく。まっすぐに家へお見送りコースかと、そう思うとがっかりとした気分になる。
 それでも顔に出さないように、天希は窓の外を眺めた。

 通り過ぎる街は、煌びやかなイルミネーションに飾られている。あと一時間もすれば、聖夜だ。仕方ないと思いつつも、通りを歩くカップルが羨ましく見えた。

 だがいまの彼と天希は、恋人同士ではない。執着されていたとしても、初めから一方通行の片想いだ。
 それでも――

「あまちゃん」

「……たくない」

「ん?」

「まだ帰りたくねぇ」

 ぽつりと本音を呟いていた。背中から驚いた気配を感じる。振り向けずに天希が黙っていると、急に車が方向転換した。
 身体がつんのめるような勢いに、驚いて振り返ると、スピードを上げた車は裏路地に止まる。

「伊上?」

「ほんと、君って子はさぁ」

 静かな声、ため息が混じった呆れ声。それとともにシートベルトを外した伊上が、身体をこちらに寄せてくる。
 それを天希がじっと見つめ返すと、伸ばされた手に顎を掴まれ引き寄せられた。ゆっくりと近づいてくる彼に、慌てて瞳を閉じる。

 そっと触れた唇は、優しく天希の唇を食んだ。リップ音が静かな車内に響いて、口づけが深くなるほどに顔が火照り出す。
 その先を促すように舌先で撫でられると、素直に口を開いていた。

 滑り込んできた舌に、自分のものを絡めとられて、縋るように天希は手を伸ばした。そっと彼の頬に触れると、小さく笑ったのを感じる。

「あまちゃんは本当に可愛いね」

「い、がみ」

「ん? なに?」

「ふっ、……ぁっ」

 くちゅくちゅと唾液が絡むほど口づけられて、息が乱れる。頬が熱くて視界も潤む。けれど目の前の瞳は、ほんの少し熱を灯らせただけで、いつもと変わらない。
 それが悔しくて、天希は自分から彼を引き寄せてキスをする。だが身体を押し戻されて、さらにねっとりと口の中を愛撫された。

「可愛すぎ」

「んぅっ、……ぁっ、ん、聞き、流して」

「なにを?」

「……す、き……だ。あんたのことっ、……ん、んっ」

 震える唇でようやく言葉にしたのに、それを飲み込む勢いで口づけられる。息が継げずに鼻先から声が漏れて、天希は自分の声に頬を熱くした。
 縋るみたいに甘えた声。消え入りたい気持ちになるけれど、伊上はそれを許してはくれなかった。

 シートベルトが外されると、着ているダウンジャケットのファスナーを下ろされる。さらにはシャツの隙間に手が滑り込んだ。
 ひんやりとした感触に、天希が肩を跳ね上げても、それは離れていかない。次第に手の平から熱を感じて、肌にもその熱が移る。

「さすがにちょっと狭いな」

「う、わっ」

 珍しく顔をしかめて、舌打ちした伊上に驚いていると、急に座席が後ろへ倒れた。さらにはその上に彼がのし掛かってくる。
 シャツをたくし上げられ、そこに唇が触れるだけで、心臓がはち切れそうになった。初めての時の比ではない。

 暴れ出した心臓が、口から飛び出しそうな勢いだ。するとそれを感じたのか、伊上が口の端を持ち上げた。

「あまちゃん、胸の音がすごいよ」

「あ、あんたが、こんなこと、するから、だろ、……んっ」

 鼓動を確かめるように、触れていた手。それがふいに胸の尖りを摘まみ、きゅっと押し潰した。初めての感触に、天希はふるりと肩を震わせる。
 さらには何度もそこをいじられていると、次第に疼きを感じるようになってきた。おかしな声が漏れそうで、とっさに天希は自分の指を噛む。

「あまちゃんのえっちな声、可愛くて好きだよ」

「なんか、すげぇ手慣れてる」

「またそういうこと言う」

「でも俺、何番目でも、いい。彼女、彼氏? 何人いても気にしねぇ」

「いないよ。いや、正しくはもういない」

「え?」

 自分の女々しさに、自己嫌悪に陥りそうになった天希の、頬が優しく撫でられる。驚いてすぐ傍にある顔を見つめれば、口先に触れるだけのキスをされた。

「あまちゃんは、浮気な男が嫌いみたいだから。全部、清算した」

「なんで?」

「君には嫌われたくないからね」

「なんで?」

「あまちゃんが好きだから」

「ええっ? なんで?」

「なんでなんでって、可愛いね、ほんと」

 頭の上に疑問符を並べる天希に、伊上が吹き出すようにして笑う。
 そのどこか子供みたいな笑顔。素顔が見られた気がして、胸がきゅんと音を立てた。

「あんただって、可愛い、可愛いってそればっかりだろ」

「でもあまちゃんは可愛いしね」

「それじゃわかんねぇ」

「初めはハムスターみたいに気が小さい子が、強がってるのが単に可愛かったんだけど」

「はむ、すたー?」

「あまちゃん、あの日ずっと震えてただろう? 車に乗ってる時もずっと手を握りしめていて、それが健気で可愛くてたまらなかったんだよ」

「そ、それはっ! あんなとこに、連れてこられて、びびんねぇやつなんていないだろ!」

 虚勢を張っていたことがバレていた。本当は足がガタガタ震えそうなくらい怖かった、それに気づかれていた。
 やかんが沸騰するみたいに、急激に顔が紅潮したのが、自分でも感じられる。とっさに天希は目の前の身体を押し離すけれど、その手を取って指先にキスをされた。

「君のまっすぐさ、好きだよ。少し意地っ張りで、だけど根は素直で優しいところも。どんな時でも人にありがとうございます、ってお礼が言えるところも、気に入ってる」

「たかが、そんなことで?」

「人間って、自分が持っていないものに惹かれるものだよ。少なくとも僕は、君の真っ正直さが愛おしくてたまらなくなった。君は他人の作った僕の枠組みや肩書きなんて、気にせず見てくれるだろうなって」

 ふいに近づいてきた伊上は、やんわりと天希の額にキスを落とす。そして乱れた着衣を元に戻した。
 この場面では正しい対応かもしれない。誠実だ。しかしこれではまたお預けのお見送りコース。

 天希は離れていく手を、引き止めるように掴んだ。

「なんでやめんの」

「……あまちゃんは、車の中がお好みかな?」

「えっ? ちがっ、そういうことじゃねぇよ」

「僕としては、いますぐにでも食べてしまいたいけれど。少しは大人の威厳を見せないとね」

 手の平で天希の頬を撫で、伊上はハンドルに向き合う。このあいだと同じシチュエーションだが、車窓の向こうは見知らぬ街を通り過ぎていった。
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