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第13話 部隊、祠へ出発

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 翌朝、日が昇りきる前に編成部隊は整列し、出立の準備が整った。
 森から感じる空気に禍々しさは感じないものの、異様な静けさは続いている。

 団員たちは雪兎からの申し出で、各々が持つお守りなどに彼からの祝福を与えられた。
 王城内の噂では聖女と違い、雪兎は大した力を持っていないと言われていたので、皆の感動と喜びようは凄まじかった。

 それでなくとも強さは正義、というような脳みそが筋肉でできていそうな男たちばかりなのだ。
 物理も魔力もすごいとなると、敬意と憧れが天井知らずだ。

 崇め、祈り始めそうな様子を見ていたら、リューウェイクの脳裏で聖女を敬う神官たちと重なった。

 人間の心理として双方は等しい気持ちなのだろう。

 出発前の緊張を彼らの純粋かつ、単純な姿が和らげてくれた。
 だが無意識に口元を緩めたリューウェイクを見た途端に皆、ほうけたように固まる。

 頼もしい副団長であり、美しくも凜々しい王弟殿下の笑みには破壊力があったのだ。

 これまでのリューウェイクは欠点など見つからないくらい完璧で、尊敬できる人物ではあった。
 ただ如何せん、真面目すぎて取っ付きにくく近寄りがたかった。

 それが最近、雪兎の登場で目に見えてわかるほど雰囲気が和らいだ。
 おかげでようやく団員たちも、リューウェイクは自分たちと同じ人間なのだと、当たり前のことを再認識したのだった。

「副団長は強いし、頭も良いし、性格もいいし、美しい。オレが女なら嫁にもらってほしい」

「わかる。令嬢たちは幸せを逃している気がするよな」

「腐るほど金があったって心が満たされないと孤独だよなぁ」

 彼らにとって副団長は尊敬すべき、大好きな上司なのである。
 令嬢たちのリューウェイクに対する、すげない態度には正直腹を立てていた。

 いっそ壁画にしても目の保養になり、心の支えにもなりそうな目の前の二人が結ばれたら――そんな妄想してしまうくらいには幸せを祈っている。

「今日はお二人が全力を出せるよう補助するぞ!」

「怪我一つなく帰還できるよう全力を尽くそう」

 そのせいで彼らの士気の高め方が、些か斜め上の方向を向いていたとしても。

「いいのか、あれで」

「問題ないだろう。やる気と達成するための信念があれば、失敗も少ないさ」

 横目で団員たちの様子を見ていたリューウェイクは、奇妙な盛り上がり方に眉を寄せる。
 だが反対にベイクは楽しげに口元を緩め、まったく問題ないと肩をすくめて笑った。

 要するに、やる気が空回りしない限りはいい燃料になる、という意味だろう。

 彼らがどんな娯楽や信仰を持とうとも、周りや当人に迷惑をかけないのなら問題はない。
 たとえ崇拝対象がリューウェイクであろうとも、思うのは自由で、感情や思考を押しつけなければ、基本的に害にはならないのは確かだ。

 キラキラと輝いた瞳で見つめられるのは戸惑いを覚えるが、純粋な面は可愛らしくも思える。
 実力主義ゆえ驕り高ぶることない団員たちに、リューウェイクは少しだけ表情を緩めた。

「ではこれより祠へと向かう。道中なにが起こるかわからない。十分に気をつけるように」

「はい!」

 一糸乱れぬ声が辺りに響き、彼らの声を合図に本隊は祠への道を進む。
 リューウェイクと雪兎を除く隊員はベイクを筆頭に十三名。
 うち三名が救護班で治癒系の魔法を得意としている。

 先鋒は索敵能力が高く、防御系魔法が使える者が担う。
 その後ろには戦力の要が続き、救護班、後衛と続いた。

 第三の団員たちは得意分野はあれど、基本全員が万能型だ。
 それぞれの特性を理解しており、互いを補いながら戦うのに慣れている。

「副団長がいるとはいえ、魔物の気配が全然ないですね」

 先を歩く団員たちが首をひねりながら、注意深く周囲を見回す。
 深くまで人が入るのは年に数度なので足元は獣道が続き、伸びた枝葉が進行を阻んでくる。

 短剣で払いながら木の幹や根元、草むらに魔物が通った痕跡がないか確認をして歩いた。

「ユキトさまもいるからだろうか」

「魔物避け効果が二倍になってるのか?」

 王家に聖女が嫁ぐことが多いゆえか、女神の加護である聖魔力が血筋に現れているのは、昨今リューウェイクで証明されていた。
 いるだけで弱い魔物はほぼ寄りつかず、怪我をしてもほかの者たちと比べて回復が異様に早い。

 これまで王家の人間が最前線に立つ状況が少なかったので、広く知られていなかったと思われる。
 兄王や次兄に同様の力があるかはわからないが、系譜を見る限り病気知らずで多くが長寿であった。

「静かすぎると逆に不安を煽るな。ユキさんは大丈夫?」

「ああ、問題ない」

 リューウェイクが隣を歩く雪兎を見上げると、ひどく緊張した面持ちをしている。
 昨日から引き続き、なにやら胸の内に大きな不安を抱えているようだ。

 力んだ様子にリューウェイクは眉尻を下げて、小さく息をつきながら、なだめるために彼の背を叩いた。

「いまからそんなに構えていたら、いざというときに動けないよ」

「……すまない。緊張感は移るよな」

「大丈夫、大丈夫だよ」

 雪兎は強さも冷静さも兼ね備えている。
 だとしても訓練ではない実戦の場は初めてで、これから起こるだろうなにかに危機感を覚えている彼に、大丈夫は気休めでしかない。

 本人もそれはわかっているはずだが、リューウェイクの言葉にかすかに笑みを浮かべて見せた。

(本当に強い人だ。こんな時、相手が心配を募らせないよう柔らかい笑みを返せるだなんて)

 ただ心が強いのではなく、どんなに自分が弱っていても相手を想っていたわれる。
 簡単そうでひどく難しい行為だ。

 長いあいだ共に過ごした仲間同士でも、絆を深めて互いを理解し合っていなければ容易くない。

「副団長、そろそろ祠に近づきます」

「了解。周囲の様子は相変わらず変化無し、か。原因がわからないまま帰還していいものか」

「リューク、気にかかるなら数日、部隊を残すぞ」

 気構えているこちらの油断を誘っているのか、問題などはなからないのか。

 訝しみ、顔をしかめたリューウェイクに、先を歩くベイクが当然とばかりに提案をしてくる。
 危険があるのなら、王弟と聖者は帰還させて団員を残す、現状では至極真っ当な案ではあるけれど、あまり納得はできない。

 かといって、雪兎を一人で王都へ帰すわけにもいかず、リューウェイクの感情よりも状況判断が先になる。

「任務を終えて、場の確認をしてから判断する」

 獣道を抜けると、目の前にひらけた空間が現れた。
 そこは人の手で草を刈っているはずもないのに、大きく生い茂ることもなく整っている。

 周囲には淡い紫色の花が咲いており、枯れずに年中咲いているゆえに国花とされている。

 木々に囲まれた、ぽっかりと空いた場所に、大人が両手を広げたほどの大きさがある祭壇。その奥にこぢんまりと石造りの祠が祀られていた。
 両開きの小さな扉を開くと、装飾が施された金の台座に紫水晶が柔らかな光をまとって鎮座している。

 見た限りでは水晶に異常はなく、リューウェイクは既存の水晶を取り上げ、用意した箱に収めた。
 神殿の者以外が開かぬよう丁寧に封印を施して、今度は傍でベイクが両手に抱える箱から新しい水晶を取り出す。

 触れるだけで聖魔法の温かさを感じさせるこれは、おそらく桜花が魔力を注いで作ったのだろう。
 三年前に手にした水晶よりも強い力が宿っている。

「女神フィレンティア、この地に、この国に変わらぬ加護を――」

 決まりの祝詞を捧げてゆっくりと扉を閉めれば、希少な鉱石で作られた祠を媒体にして、紫水晶に込められた魔力が何倍にも膨れ上がる。
 聖魔力が森や大地に染み渡って穢れを浄化し始めた。

 隅々まで行き渡れば、魔物の狂暴化が最低限に抑えられ、大地の豊穣も活性化される。

 魔物の狂暴化については、特に人間の負の感情に影響を受けやすいと言われていた。
 そのため紫水晶による大地の浄化だけでなく、国が豊かで平和であればあるほど効果は絶大だった。

「よし、任務は完了だ。念のため周辺の確認をして」

「リューク、ユキト! 構えろ!」

 ひと息をついてリューウェイクが立ち上がったのと同時か、森の気配が大きくざわめき、息をひそめていた鳥たちが一斉に羽ばたいた。
 とっさに上がったベイクの声で、部隊全体が緊張を帯びる。

「なんだ? 魔力の塊みたいなのが近づいてないか?」

「これは本体がデカいのか? それとも魔力が膨大なのか?」

「両方だ!」

 も言われぬ、大きな魔力の気配に団員たちに動揺が広がり、周辺の偵察から戻った仲間の声で一瞬にして空気が緊迫した。
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