しあわせのカタチ

葉月めいこ

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コトノハ

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 いつもはあまり聞けない、甘い声が耳から浸食してきて、頭が馬鹿になりそうだ。

「先輩、好き。ねぇ、ちゃんと聞こえてる? 広海先輩、愛してる」

 ベッドに上半身を埋める、彼の背中に俺の汗が滴る。何回イったか、わからないくらいに、俺に啼かされている先輩は、しがみつくみたいにシーツを掴んでいた。

 風呂場でお互いに火がついてしまい、ベッドになだれ込んでから、ずっと繋がりっぱなし。
 縁を掴んで広げたら、俺の吐き出したものが溢れてくる。

「いつもゴムつける余裕ないんだよな」

 おかげで滑りが良くて、ガツガツと好き勝手に腰を動かしてしまう。
 そのたびか細い声が聞こえ、それがもっと聞きたくなって、さらに啼かせることになる。

「広海先輩、気持ちいい?」

「ぁっ……いい」

「そんなにいいんだ。その声、可愛い」

 いつもより素直に言葉が返ってくるのは、イキすぎて理性のネジが緩んでいるせいかもしれない。
 もう出さないままイって随分と経つ。無理をさせている気はするのだが、やめようとすると嫌がるのだ。

「もう腰を上げてるのも辛そうだね」

「まだ、……抜くな」

「少し体勢を変えよっか」

「んあぁっ」

「大丈夫? 抜いただけでイっちゃうとか、さすがの俺も躊躇うよ」

 シーツの上でビクビクと身体を震わせる、恋人の身体が心配になる。顔を覗き込むと涙でボロボロになっていた。
 正直言うと潤んだ目で、荒い息を吐きながら打ち震えている、それはものすごくそそられる。それでもいつもとは違う様子が、ひどく気にかかった。

「どうしちゃったの?」

「えい、じ」

「俺、毎日でも先輩としたいくらいだけど。身体目当てじゃないですよ?」

 弱々しく伸ばされた腕に引き寄せられて、そっと唇にキスをする。けれどそれだけでは足りないと言わんばかりに、舌を絡め取られた。
 応えるように口の中を愛撫すれば、さらに身体を引き寄せられる。

「これ明日、絶対に腰が立たなくなってるよ。いや、まあ俺は役得なんだけど」

 抱き寄せられて首筋に顔を埋めると、上気した肌から、甘い香りが漂ってきた。その匂いを嗅ぐと、どうしても気持ちを煽られる。
 パブロフの犬って、こういうのを言うのだろうな。脳にすり込まれた感じ。

「もう一回、挿れていい?」

「……はやく」

「先輩、可愛いよ。すんごく可愛い」

 片脚を担いですっかり熟れた場所に、まったく萎えないものを押し込む。その瞬間、きゅうっと絡みついてくる感覚で、ぞわりと鳥肌が立った。
 何度しても気持ちが良くて、吸いつくそこを押し広げる。

「広海先輩、こっち見て。うん、いい子いい子」

「あっ、んっ……いゃっ、だ、ぁ、イクっ」

 見つめたまますると、ますます締まりがいい。彼も快感が増すのか、きつくシーツを掴んで、身悶えている。
 あまりにも必死な、その様子が可愛くて可哀想で、身体を引き寄せて腕の中に収めた。

「爪、立ててもいいよ」

「はっ、ぁっ……んっ、瑛冶、イク」

「イキっぱなし辛い? 抜く?」

「抜く、な」

 膝に乗せたまま腰を揺らすと、背中にしがみつかれて、ちりっとした痛みが走る。さらには声を抑えようとする先輩が噛みついてきた。
 肩の痛みに苦笑いが浮かぶが、小さな子供みたいで可愛く思える。

「好きだよ。ほんとに愛してる。絶対離してあげないんだから」

「……瑛冶、もっと」

「可愛いね。いっぱい言ってあげるから、キスして」

「ん……っ」

 小さな告白をするたび、彼は言葉をねだりながら、なにか言いたそうにする。もしかしたら俺に返事ができなくて、頭を空っぽにしてしまいたいと、思っているのかもしれない。
 まだ躊躇うような理性が残っているのか。

「先輩、言ってみて。ほら、す、きって」

 ちゅっちゅと口先にキスをして促すが、ぱっと目を伏せられた。
 こんな状況でまだ言えないとか、どれだけ強情な理性なのだろう。しかしそれがもどかしいと思っているのは、ほかの誰でもない、彼自身だ。

「はあ、仕方ないですね」

「……」

「責めてるわけじゃないよ。大丈夫です。広海先輩が言えなくても、俺がその何倍も代わりに言うから」

 不安そうな目で見つめられて、なだめるようにキスをした。そうすると彼は言葉の代わりに、身体で隙間を埋めようとする。

 この人は言葉が足りないのではなくて、言葉を告げられないのだ。
 素直じゃない性格も、大いに影響している気はするけれど。ほかの人には思ったことを言えるのに、俺だけに言えない。

 それはその分だけ、そこに大きな感情があるからだ。
 最近は少しだけ態度に表れたり、さりげない言葉を、言えるようになってきたりしている。それでもまだ言えずにいることは多いのだろう。

 この身体の中にどれだけ、言葉が詰まっているのか。心にしまったままの言葉は、思うよりもありそう。

「俺は何回でも何十回でも言える。広海先輩が好きだよって。だから平気、大丈夫です」

 言葉が欲しいと思った。それはいまでも思っている。
 それでもその言葉は、この人を追い詰めてまで欲しいものではない。きっと言葉が足りないって言ったこと、すごく気にしていたんだ。

「あの時も、誤解とかしていたわけじゃないんですよ。先輩が浮気した、とか全然思ってなかった。ただ、……」

「不安、か。……俺と、いるのは」

「……ごめんなさい。不安、です。先輩は、俺にとって出来すぎたくらいの恋人だから」

「俺は、お前のこと……ちゃんと」

 こちらを見る目が揺らいだ。水の膜が張られて、じわじわと雫が目の縁に溜まる。
 なんて苦しそうな顔をするのだろう。声をなくしてしまったみたいに、出てこない言葉に、彼は顔を歪めた。

 あの日の、空気に紛れてしまうくらいの小さな告白。あれが精一杯だったんだ。

「ねぇ、先輩。俺の目を見て、それからキスをして。好きの合図。そのくらいならできるでしょ?」

 そっと両頬を包んで、じっと見つめる。瞳は考え込むように伏せられて、しばらくそわそわと泳いだ。
 それでも見つめ続ければ、数度まつげを瞬かせてから、まっすぐに俺を見た。

「広海先輩、好きだよ」

「……」

 告げた言葉にきゅっと唇を噛んだ彼は、少しだけもどかしそうに眉をひそめた。それでもすぐにおずおずと、唇を寄せてくる。
 まるで初めてキスするみたいに、羽根が触れるような口づけをした。

「可愛いっ」

 幼さを感じさせる仕草に、たまらず目いっぱい抱きしめてしまった。
 これは俺だけしか知らない先輩だ。すぐに視線を離し、顔を伏せられたが、言葉にされるより胸がキュンとした。

「好き好き、大好き。好きの百乗でも足りない」

「安売り」

「安くないです! 俺の愛は重いですからね」

「自分で言うことかよ」

 肩口に顔を埋めた彼は、小さく笑った。きっとこの笑顔だって俺だけのもの。
 俺は不器用なこの人から、たくさんのものをもらっている。毎日が幸せすぎて、欲張りすぎていたかもしれない。

「お前は馬鹿だな」

「馬鹿でもいいです」

「我慢ばっかり」

「え? 我慢?」

 長く一緒にいるのに、俺たちは意思の疎通ができていない気がした。やはりそれは日頃の想いを、ちゃんと伝えて切れていない証拠だ。
 いまでもしつこいくらい、伝えてるつもりだった。だとしても誤解させているようじゃ、広海先輩の恋人としてまだまだ役不足だ。

「忘れちゃ駄目ですよ。我慢が利かないのは、俺のほうですからね」

「そう、か?」

「そうですよ。いつも振り回されてるの先輩のほうでしょ。今日だって花見だなんだって、忙しいところ連れ出したし。これからもちゃんと、リードを握っておいてくださいよ。犬はしつけ次第で賢くなるものです」

「手間がかかりそうだな」

「それもまた愛おしいでしょう?」

「……ああ」

 背中に回された腕に力がこもって、手のひらから伝わる熱から、愛おしいって声が聞こえた気がした。
 この人の想いは、カタチにしなくても、心の隙間に染み込んでくる。その想いに何度、救われたかわからない。

「広海先輩、ありがとう」

「なにが?」

「うん、色々、いっぱい、たくさん」

「変なやつ」

「ところで俺、朝まで頑張れますよ」

「お前が我慢、利かないのはそこばっかりだろう!」

「んふふ、続きしましょう」

 これからもどうしようもない嫉妬を、してしまうかもしれない。足りない言葉にもどかしくなるかもしれない。
 それでも心にあるこの気持ちは、一生変わることはないと思う。

 だから不安になったら、たくさん言葉を伝えます。俺の分とあなたの分、余すことなくすべて想いを詰め込んで。


コトノハ/end
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