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レンアイモヨウ
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幼い頃は人を好きになることに優劣はなく、誰を好きだと言っても周りは、子供の戯言くらいの反応だった。
そのまま成長をして思春期になった頃も、若気の至り、好奇心によるもの、程度の印象しかなかったのか。
自分の性癖を自覚したのは少し遅かった。
人を好きになるのに異性だとか同性だとか、深く考えた覚えがない。けれどそれが世間一般の普通から、ズレていると気づいたのは、高校の頃だっただろうか。
しかしそれに気づいたところで、別段なにかが変化するわけでもなく、相変わらず付き合うのは男でも女でも良かった。
それでも現状を見ると、時折このままでいいのかと考えることがある。それは道の先を変えて普通のレールに乗るべきか、と言うようなものではない。
隣で笑っている男が、このままでいいのだろうかと思うのだ。
自分に向かってくる感情が、間違いだとは思わないけれど、それでもいまのこの状況は足を踏み外した、と言えるだろう。
しかしそれを言ったところで、気持ちを曲げる男でないのもわかっている。
だからそれはきっと、いつか我に返ったこいつに背を向けられるのが怖い、と思う裏側にある感情から来るものだ。
一目惚れなんて雛の刷り込みみたいな現象ではないか。
「でね、そこのご飯すごくおいしいんです。広海先輩の口にも合うと思うんで行きませんか?」
「……え? ああ」
「先輩? どうかしたの? 上の空だったでしょ。いまの聞いてました?」
「いや、……悪い。聞いてなかった」
ずっと隣で話す声が聞こえていたけれど、まったく話の内容を聞いていなかった。
のぞき込むように身を屈めた瑛治はじっと人の顔を見つめてくる。その視線を見つめ返すと、なにやら難しい顔をした。
「なんだ?」
「んー、顔色は悪くないですけど、調子悪いとか?」
「別にどこも悪かねぇよ」
「先輩が素直に謝るなんてらしくない」
「人をなんだと思ってんだ。って言うか、お前は出掛けるのになんで俺についてくるんだよ」
真面目な顔をしながら、失礼なことを言う男の頬を指先で引っ張ってやれば、ひどく情けない表情に変わる。
さらにその顔を手のひらで押し退けると、口を尖らせながら前を向いた。
なにやらぶつくさ言っているが、いつものことなので放っておく。
「おい、ここからだと駅近いだろ。行けよ」
「嫌です。せっかく休みで先輩と一緒にいられるのに、もったいない」
「俺は仕事だ。時間の無駄だから早く行け」
「い、や、です! 事務所まで送ります」
「……はあ、もう勝手にしろ」
休みなんだからもっとゆっくりしていればいいし、こいつの今日の予定は昼前からなんだから、こちらに合わせる必要もない。それなのに変に頑固だ。
わりと言い出したら、聞かないところがあるので、面倒くさいからこれ以上は言わない。
こういう過干渉なところ、昔の相手なら別れる原因第一位だろうなと思う。なんでかこいつの場合、まあいいかという気にさせられる。
言っても無駄、というのもあるが、なんだろう。
「今日は俺、夕方には用事が終わるはずなんで、晩ご飯は久しぶりに外で食べましょう。さっき話したお店とかどうですか? なにか食べたいものあります?」
「ああ、そうか」
「広海先輩?」
あれだ、ほかのやつに比べて俺に遠慮がないんだ。こちらの機嫌を取ろうと反応を窺うようなところがない。
自分の考えがまっすぐにあって、もちろんこちらも考慮はしてくれるが、媚びへつらうようなところを見せない。
俺が怒っても、反省しているような顔をしていながら、文句を言ってくる。正直、とでも言うのだろうか。
いや、馬鹿正直とも言うかもしれない。まあ言葉を換えてやれば素直でもいいのか。
「ひ、広海、先輩、……あの、そんなにまっすぐ見られると、キス、したくなる」
「は? 馬鹿だろう。もうちょっと理性の紐を締めとけよ」
「だってなんか珍しく笑ってて可愛い」
「目が腐ってんじゃねぇの」
「あ、待って待って! 置いてかないで!」
やけに目をキラキラとさせて、いまにも飛びかからんばかりの気配を感じた。人通りの少ない道だが、こんなところで抱きつかれてたまるか。
振り切るように大股で歩けば、後ろから縋るような声が聞こえる。
それでも無視して歩みを進めると、向こうも大股で近づいてきた。身長差は十五センチほどで、こいつのほうが高いけれど、コンパスの差はさほどない。
しかし伸ばされた手に手首を掴まれて、身体の重心が後ろに下がった。
「もうちょっとゆっくり歩いて、まだ時間あるし、もっと先輩と一緒にいたい」
「散歩じゃねぇんだ」
「だけど最近は休み合わなくて、あんまり一緒にいられなかったし」
「お互い忙しいんだから仕方ねぇだろ」
「あー! しまった! 出掛ける前に抱きしめておくんだった!」
「うるせぇ」
急に頭を抱えて大声を上げる男に、冷ややかな視線を向けてしまう。このオープンすぎる脳みそどうにかならないものか。
裏表がないところはいいが、もう少し周りに配慮すべきだろう。
しかし友人辺りには、ペラペラ喋ってしまっているようだし、口を開けば俺のことばかりらしく、家族にはなんと言っているのか気にかかる。
とはいえ、この馬鹿でもそう簡単には親兄弟には言えやしないか。
「次に先輩と休みが合うの再来週ですよ! 俺、死んじゃう!」
「どうせやることしか考えてねぇんだろ」
「……そ、それは、させてもらえるなら、したい、です。えー! でも、俺かなり我慢強いほうでしょ? 月に一回とか二回とかだし、できたら週一くらいしたい、んですけど。広海先輩って淡泊すぎやしませんか?」
「やらなきゃ死ぬわけでもあるまいし」
「俺は死んじゃいます。干からびちゃいます。先輩で充電したい! 一人でするくらいなら俺にさせて欲しいです!」
「それで済むのかよ」
拳を握りしめた男に目を細めれば、ぐっと言葉を飲み込む。犬のくせに猪みたいなこいつは、絶対に触ってそれだけで済むとは考えにくい。
それでなくとも普段からしつこいのに、翌日のことを考えるとやりたくない。
しかし性欲が蓄積されて、ねちっこくなってるのだとしたら、少し回数を増やしたほうが負担は減るのか?
いや、こいつのことだ、回数が増えてもそんなに変わらないな。
「有り余った体力どこかで発散しろよ。運動しろ運動」
「ひどい先輩! 俺がしつこいとか思ってません?」
「現にしつこいだろうが。毎回腰が痛くて仕方がねぇからやりたくないんだよ」
「それは先輩が悪い! だってしてる時の広海先輩って可愛いんですもん! すごくえっちだし色っぽいし」
「自分の理性のなさを人のせいにすんな!」
「うぐっ」
鼻息荒く力説する男のみぞおちを殴れば、うめいて背中を丸める。立ち止まったそいつを置いてまた歩き出すと、よほどいい具合に決まったのか、しばらく追いかけてこなかった。
けれど数分もしないうちに、後ろから勢いよく駆け寄ってくる。
腕を伸ばされて抱き寄せられると、背中に重みがのし掛かった。この男ヘタレなだけじゃなくて、ドMなんじゃないかと疑いたくなる。
殴っても蹴飛ばしても、尻尾を振り回して寄ってくるんだよな。
「なんか先輩、最近ちょっと優しいですよね。可愛い」
「可愛い可愛いうるせぇんだよ!」
「先輩のこの可愛さを知ってるのが俺だけって思うと、嬉しい」
耳元で含み笑いする男は、抱きしめる腕に力を込める。けれど身をよじろうとしたら、ぱっと後ろに飛び退いた。
俺の振り上げた拳を避けやがった。ムカついて振り向いたら、ふやけたような顔で笑う。
この顔を見ると、怒る気が失せるのはなぜだろうか。なんだか慣らされてる感じが癪に障る。それでも文句は出てこなかったので、黙って睨み付けるだけに留めた。
「ああ、もう着いちゃった。三十分ってあっという間だ」
「ほら、さっさと行けよ」
「えー、まだ時間早いじゃないですか」
「早い分だけ早く上がれんだよ」
「……そ、それって、俺と出掛けるの楽し、み」
「その口閉じてさっさと行きやがれ」
余計なことを言い出した口を塞いだら、目が輝いた。また見えない尻尾が、ぶんぶんと勢いよく振られているような気がする。
犬、犬はまあ、嫌いじゃない。嫌いじゃないが、こんなデカい駄犬はいらない。
そう思うのに期待を隠さないその顔を見ると、なんとなくむず痒い気持ちになる。
この変な感情が胸に湧くと、なおさらこの男に自分の中にあるものは、見せたくないと思ってしまう。
「広海先輩、好きです! 大好き! んふふ、今日はいい日だ。仕事終わる頃に連絡しますね。いってらっしゃい!」
こちらが言わなくたって、鬱陶しいくらいの言葉は毎日のように降ってくる。だからいまさら言わなくてもいいだろう。
大きく振られた手に、肩をすくめて歩き出してもまだ、背中に注ぐ視線はなくならなかった。
そのまま成長をして思春期になった頃も、若気の至り、好奇心によるもの、程度の印象しかなかったのか。
自分の性癖を自覚したのは少し遅かった。
人を好きになるのに異性だとか同性だとか、深く考えた覚えがない。けれどそれが世間一般の普通から、ズレていると気づいたのは、高校の頃だっただろうか。
しかしそれに気づいたところで、別段なにかが変化するわけでもなく、相変わらず付き合うのは男でも女でも良かった。
それでも現状を見ると、時折このままでいいのかと考えることがある。それは道の先を変えて普通のレールに乗るべきか、と言うようなものではない。
隣で笑っている男が、このままでいいのだろうかと思うのだ。
自分に向かってくる感情が、間違いだとは思わないけれど、それでもいまのこの状況は足を踏み外した、と言えるだろう。
しかしそれを言ったところで、気持ちを曲げる男でないのもわかっている。
だからそれはきっと、いつか我に返ったこいつに背を向けられるのが怖い、と思う裏側にある感情から来るものだ。
一目惚れなんて雛の刷り込みみたいな現象ではないか。
「でね、そこのご飯すごくおいしいんです。広海先輩の口にも合うと思うんで行きませんか?」
「……え? ああ」
「先輩? どうかしたの? 上の空だったでしょ。いまの聞いてました?」
「いや、……悪い。聞いてなかった」
ずっと隣で話す声が聞こえていたけれど、まったく話の内容を聞いていなかった。
のぞき込むように身を屈めた瑛治はじっと人の顔を見つめてくる。その視線を見つめ返すと、なにやら難しい顔をした。
「なんだ?」
「んー、顔色は悪くないですけど、調子悪いとか?」
「別にどこも悪かねぇよ」
「先輩が素直に謝るなんてらしくない」
「人をなんだと思ってんだ。って言うか、お前は出掛けるのになんで俺についてくるんだよ」
真面目な顔をしながら、失礼なことを言う男の頬を指先で引っ張ってやれば、ひどく情けない表情に変わる。
さらにその顔を手のひらで押し退けると、口を尖らせながら前を向いた。
なにやらぶつくさ言っているが、いつものことなので放っておく。
「おい、ここからだと駅近いだろ。行けよ」
「嫌です。せっかく休みで先輩と一緒にいられるのに、もったいない」
「俺は仕事だ。時間の無駄だから早く行け」
「い、や、です! 事務所まで送ります」
「……はあ、もう勝手にしろ」
休みなんだからもっとゆっくりしていればいいし、こいつの今日の予定は昼前からなんだから、こちらに合わせる必要もない。それなのに変に頑固だ。
わりと言い出したら、聞かないところがあるので、面倒くさいからこれ以上は言わない。
こういう過干渉なところ、昔の相手なら別れる原因第一位だろうなと思う。なんでかこいつの場合、まあいいかという気にさせられる。
言っても無駄、というのもあるが、なんだろう。
「今日は俺、夕方には用事が終わるはずなんで、晩ご飯は久しぶりに外で食べましょう。さっき話したお店とかどうですか? なにか食べたいものあります?」
「ああ、そうか」
「広海先輩?」
あれだ、ほかのやつに比べて俺に遠慮がないんだ。こちらの機嫌を取ろうと反応を窺うようなところがない。
自分の考えがまっすぐにあって、もちろんこちらも考慮はしてくれるが、媚びへつらうようなところを見せない。
俺が怒っても、反省しているような顔をしていながら、文句を言ってくる。正直、とでも言うのだろうか。
いや、馬鹿正直とも言うかもしれない。まあ言葉を換えてやれば素直でもいいのか。
「ひ、広海、先輩、……あの、そんなにまっすぐ見られると、キス、したくなる」
「は? 馬鹿だろう。もうちょっと理性の紐を締めとけよ」
「だってなんか珍しく笑ってて可愛い」
「目が腐ってんじゃねぇの」
「あ、待って待って! 置いてかないで!」
やけに目をキラキラとさせて、いまにも飛びかからんばかりの気配を感じた。人通りの少ない道だが、こんなところで抱きつかれてたまるか。
振り切るように大股で歩けば、後ろから縋るような声が聞こえる。
それでも無視して歩みを進めると、向こうも大股で近づいてきた。身長差は十五センチほどで、こいつのほうが高いけれど、コンパスの差はさほどない。
しかし伸ばされた手に手首を掴まれて、身体の重心が後ろに下がった。
「もうちょっとゆっくり歩いて、まだ時間あるし、もっと先輩と一緒にいたい」
「散歩じゃねぇんだ」
「だけど最近は休み合わなくて、あんまり一緒にいられなかったし」
「お互い忙しいんだから仕方ねぇだろ」
「あー! しまった! 出掛ける前に抱きしめておくんだった!」
「うるせぇ」
急に頭を抱えて大声を上げる男に、冷ややかな視線を向けてしまう。このオープンすぎる脳みそどうにかならないものか。
裏表がないところはいいが、もう少し周りに配慮すべきだろう。
しかし友人辺りには、ペラペラ喋ってしまっているようだし、口を開けば俺のことばかりらしく、家族にはなんと言っているのか気にかかる。
とはいえ、この馬鹿でもそう簡単には親兄弟には言えやしないか。
「次に先輩と休みが合うの再来週ですよ! 俺、死んじゃう!」
「どうせやることしか考えてねぇんだろ」
「……そ、それは、させてもらえるなら、したい、です。えー! でも、俺かなり我慢強いほうでしょ? 月に一回とか二回とかだし、できたら週一くらいしたい、んですけど。広海先輩って淡泊すぎやしませんか?」
「やらなきゃ死ぬわけでもあるまいし」
「俺は死んじゃいます。干からびちゃいます。先輩で充電したい! 一人でするくらいなら俺にさせて欲しいです!」
「それで済むのかよ」
拳を握りしめた男に目を細めれば、ぐっと言葉を飲み込む。犬のくせに猪みたいなこいつは、絶対に触ってそれだけで済むとは考えにくい。
それでなくとも普段からしつこいのに、翌日のことを考えるとやりたくない。
しかし性欲が蓄積されて、ねちっこくなってるのだとしたら、少し回数を増やしたほうが負担は減るのか?
いや、こいつのことだ、回数が増えてもそんなに変わらないな。
「有り余った体力どこかで発散しろよ。運動しろ運動」
「ひどい先輩! 俺がしつこいとか思ってません?」
「現にしつこいだろうが。毎回腰が痛くて仕方がねぇからやりたくないんだよ」
「それは先輩が悪い! だってしてる時の広海先輩って可愛いんですもん! すごくえっちだし色っぽいし」
「自分の理性のなさを人のせいにすんな!」
「うぐっ」
鼻息荒く力説する男のみぞおちを殴れば、うめいて背中を丸める。立ち止まったそいつを置いてまた歩き出すと、よほどいい具合に決まったのか、しばらく追いかけてこなかった。
けれど数分もしないうちに、後ろから勢いよく駆け寄ってくる。
腕を伸ばされて抱き寄せられると、背中に重みがのし掛かった。この男ヘタレなだけじゃなくて、ドMなんじゃないかと疑いたくなる。
殴っても蹴飛ばしても、尻尾を振り回して寄ってくるんだよな。
「なんか先輩、最近ちょっと優しいですよね。可愛い」
「可愛い可愛いうるせぇんだよ!」
「先輩のこの可愛さを知ってるのが俺だけって思うと、嬉しい」
耳元で含み笑いする男は、抱きしめる腕に力を込める。けれど身をよじろうとしたら、ぱっと後ろに飛び退いた。
俺の振り上げた拳を避けやがった。ムカついて振り向いたら、ふやけたような顔で笑う。
この顔を見ると、怒る気が失せるのはなぜだろうか。なんだか慣らされてる感じが癪に障る。それでも文句は出てこなかったので、黙って睨み付けるだけに留めた。
「ああ、もう着いちゃった。三十分ってあっという間だ」
「ほら、さっさと行けよ」
「えー、まだ時間早いじゃないですか」
「早い分だけ早く上がれんだよ」
「……そ、それって、俺と出掛けるの楽し、み」
「その口閉じてさっさと行きやがれ」
余計なことを言い出した口を塞いだら、目が輝いた。また見えない尻尾が、ぶんぶんと勢いよく振られているような気がする。
犬、犬はまあ、嫌いじゃない。嫌いじゃないが、こんなデカい駄犬はいらない。
そう思うのに期待を隠さないその顔を見ると、なんとなくむず痒い気持ちになる。
この変な感情が胸に湧くと、なおさらこの男に自分の中にあるものは、見せたくないと思ってしまう。
「広海先輩、好きです! 大好き! んふふ、今日はいい日だ。仕事終わる頃に連絡しますね。いってらっしゃい!」
こちらが言わなくたって、鬱陶しいくらいの言葉は毎日のように降ってくる。だからいまさら言わなくてもいいだろう。
大きく振られた手に、肩をすくめて歩き出してもまだ、背中に注ぐ視線はなくならなかった。
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