しあわせのカタチ

葉月めいこ

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パフューム

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 人生にモテ期などなかった自分に、今頃そんな時期がやって来た?

 高身長ばかりが目につくそれ以外は、平凡そのもの――はっきり言って奥二重で、ちっとも目元ははっきりしていないし、鼻が高いわけでもなく、パッと見ても印象薄そうで冴えないし。

 性格的にも性質的にも、特出した部分はほとんどない俺は、この二十数年、正直モテた試しがない。
 広海先輩のことを好きになるまでは、ことごとく玉砕し続け、付き合った数は片手が随分と余るほど、と言うか、たった一人。そして交際期間は一ヶ月。

 そんなこの俺にほんと今更だ。なんで急にこんなことになったのか、よくわからないと言えるくらいの奇跡が最近、何度も起きている。
 しかしこれで何度目だろうか。いまこられても非常に困るばかりでどうしようもないのに。


 職場の休憩室で急に呼び止められた。
 こちらはもうすでに、荷物を手にダウンジャケットまで着込んで、帰る用意万端だったと言うのに、勢いに気圧されて立ち止まる羽目になってしまった。

「ごめん、無理なんだ。付き合ってる人いるし、その人以外考えられないから」

「で、でも! 噂に聞くと瑛治くんの彼女ってすごい我が儘で、喧嘩よくしてるって聞くよ」

 突然の告白に戸惑いながらそれに返事をすると、俺の言葉に半ばかぶせる勢いで反論が返って来た。

「えっ……噂?」

 噂になるほど付き合っている人がいることを、公言しているつもりはないのだけれど、一体どこからそんな話が漏れるんだろうか。

「よく瑛治くん休憩室で電話してるでしょ。ほかの人に聞いたら、かなり前から彼女がいるって」

「あっ、そうなんだ、みんな結構知ってるんだ」

 そういえばよく歳上の彼女羨ましいなぁと、同僚に揶揄されることはあった気がする。
 しかも歳上の、と限定されているということは、おそらく俺が「広海先輩」と呼んでいるのを聞いているからだろう。

 これから電話する時は背後に気をつけなければ、いつどこで誰が聞いているかわからないな。
 いまはまだそれが彼女ではなく、本当は彼氏なんだということはバレてはいないようだが、いつか知られてしまうことになるかもしれない。

 それにしても――

「知ってるのになんで、俺なの?」

 たまにあるが、なんで付き合ってる人がいるのを知っているのに、わざわざ告白してくるんだろうか。
 あまり接点がなくて知らなかったらなわかる。実際に付き合っているのは男の人だから、普通に見たら俺の周りは女っ気はまるでない。

 でも知っているのになぜ、声をかけるんだろう。いままでこういう場面に遭遇することがなかったから、俺が色々と疎いだけなんだろうか。

「それは、その、付き合ってる人がいるってわかっても、やっぱり好きなの」

 それは駄目もとでも、声をかけてその人の視界に入りたいということか。
 正直、その気持ちはすごくよくわかる。俺自身もそう思って広海先輩に告白をした人間だから、気持ちは痛いほどわかる、けど。

「ごめん」

「でも! 喧嘩ばっかりしてるって辛くない? 悲しくない? ひどいよそれ」

「……えっと」

 どうしても俺の断りの言葉を受け入れたくないのか、またすかさず少し語気の荒い声が返ってくる。でもいくら気持ちはわかっても、こちらはやはりどうしようもできない。

「まあ、確かに喧嘩はよくするし、もちろんへこんだりもするけど、それでもいまは広海先輩しか好きになれないから」

 気が強くて気まぐれで、あんまり甘い雰囲気になることは少ないけど――それでもなに気に優しいし、俺のことを少なからず想ってくれるそんな一面をたまに見せてくれる。

 それに俺はそんな、ちょっとツンデレな広海先輩が好きなのであって、ベタベタに甘くて素直で可愛い先輩は、そんなに求めてない。
 別にマゾなわけじゃないけど、あの広海先輩だから好きなんだ。

「瑛治くん優しいから、いいように扱われたりしてるんじゃない?」

 ムッとしたのか、頬を膨らませ僕を見上げる彼女。
 多分、世間一般から見ても、彼女は可愛らしい部類なんだと思う。

 胸元まで伸びた綺麗にカールした栗色の髪も、整えられた指の先も艶やかで、派手さもなく控えめな感じの装いやメイクも客観的に見ればランクは高い。

 でもどこか自分でそれを心得ているような雰囲気が、仕草や口調などから見て取れる――それが若干、俺は苦手だった。

「詩織ならそんなひどいことしないよ」

 そしてどこから――自分なら問題ない、というそんな自信が出てくるんだろうかと、正直冷めた目で彼女を見下ろしてしまった。
 しかも先ほどからなに気なく発される一言、一言が、かなりカチンとくる。

「申し訳ないけど、先輩のことそんな風に言う人は、人として好きになれない」

 いくら俺がお人好しだからと言っても、大事な人のことを悪く言われて、黙って愛想笑いなんてできない。
 周りからどんな風に映ろうとも、広海先輩は俺にとってかけがえのない大切な人なんだ。

 あんな人はこの先、二度と手に入れられないと思っている。だから絶対に別れる気はない。
 きつく睨み返すと、うろたえたように相手は視線を泳がせた。

「悪いけど、もう帰るね」

 急に黙ってしまったその子を置いて、俺はその場をあとにした。あのまま話し合っても堂々巡りで、時間を取られるばかりだと思った。

 今日は早番でせっかく早く家に帰ることが出来るのだから、こんなところで時間を取られ、先輩との時間が短くなるのはごめんだ。
 足早に休憩室を出て俺は家路を急いだ。

「おっせぇよ」

「へ?」

 家路を急ぐ――はずだったが、従業員出入り口を抜け、職場であるレストランが入ったホテル前に出たところで、いきなり聞き慣れた声が聞こえた。

 一瞬それは幻聴かと耳を疑いたくなったがそうではなく、道路を挟んで向かい側にあるガードレール傍に、いますぐ会いたいと思っていた人が――本当にいた。

 暗がりでもひと目でわかるほどのその輝きっぷりに、俺は一気に有頂天になってしまう。
 コートの上からでもわかるすらりとした身体つき、きつい印象を与えがちだが、淀みの全くない綺麗な瞳と、色気のある柔らかそうな唇。

 少し長めの艶やかな黒髪が風に流れる様は、思わずうっとりしてしまいそうになる。

「広海先輩っ」

 ――ああ、やっぱりこの人じゃなくちゃ俺は駄目だ。
 コートのポケットに両手を突っ込んで、こちらを睨んでいるその人めがけて、俺は無意識に走り出していた。

 両腕を広げて抱きつけば「うざい」と言い放たれたが、どことなくひんやりとした身体に気づき、腕にすっぽりと収まる彼を強く抱きしめた。

「身体冷えてますよ?」

「お前がおせぇんだろうが。早番だったんだろ、なにモタモタしてたんだよ」

「待っててくれたとか、なにそれ、幸せ過ぎます」

 正直、先ほどのやり取りでモヤモヤしていたけれど、それが一瞬で吹っ飛んだ気がした。初だ、これは初めての出来事だ。
 いますぐに祝杯上げたいくらいに、嬉し過ぎて昇天しそう。

 仕事終わって、まっすぐここに来てくれたんだろうか。そう思うと顔のにやにやが治まらない。

「俺、明日休みになったんだよ。お前も休みだろ。飲みに行くぞ」

「それはっ、まさに初デートっ」

 思いがけない言葉につい声が大きくなってしまった。そうしたら思いきりみぞおちを殴られた。

 その痛みと苦しさにめげそうになってしまったが、こんなところでめげている場合ではない。広海先輩と二人っきりで飲み行くとか、出かけるとか初めてだ。

「お前ほんとに鬱陶しいのな」

「いまはなに言われても平気です。奇跡を噛み締めてるんで」

 抱きしめた背中でガッツポーズをしていると、呆れを含んだため息混じりの声が聞こえる。だが、いまはそれすらいい。

 何年一緒にいるんだと突っ込まれそうだが、飲食業の俺とオフィスワークの広海先輩とでは休みがなかなか合わない。
 しかも通しや遅番ばかりで早番が少ない俺は、仕事上がりの彼と一緒に出かけるという、奇跡のようなタイミングに恵まれることは皆無に等しい。

 大学時代などは、先輩とそのお友達にくっついて飲みに行くことはあったけれど、お互い仕事をし始めてからは全くだ。
 一緒に暮らせているいまを考えれば、これは贅沢過ぎる悩みなのかもしれないが、意外と深刻な気もする。

「邪魔だ、さっさと行くぞ」

「行きます、行きますっ、待ってください」

 遠慮なく頭を叩かれて、仕方なしに抱きついた腕を解くと、広海先輩は本当にさっさと歩き出してしまった。そしてその後ろを俺は慌ててついて行く。

 この機会を逃したら、いつまた彼がこうして来てくれるかわからない。
 浮ついた気持ちを隠さずに、へらへら笑って背中にくっついたら「鬱陶しい」と跳ね除けられた。しかしいまの俺はどんなことがあってもめげる気がしない。
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