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始まり
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ショールームで家具をそれぞれ見て回り、買い物をし終わった頃にはお昼時を過ぎて十四時近くになっていた。だいぶ遅くなったが、昼ご飯はどうしようかなんて話ながら外を歩いて、なに気なく通りかかったラーメン屋で二人とも足を止めた。
人気のある店なのか入るまでに少し並んだけれど、待っているあいだ二人で話をしていたらあっという間だった。そしておすすめの豚骨ラーメンを二杯頼んだが、並ぶだけあって麺もスープも美味しくて、食べ終わる頃にはすべて飲み干していた。それは優哉も同じだったようで、二人でいい店に入れてよかったなって笑い合った。
「そういえば二人でラーメン屋は初めてだったな」
「あまり外食したことなかったですよね」
優哉がよく泊まりに来てくれていた頃はとにかく家で過ごすことが多かった気がする。食事はその時々優哉が作ってくれたので、わざわざ外に出て食事をする必要もなかった。二人きりでいる時間のほうが大事だったから、人目のある外へ出ようという気にならなかったのだろう。
以前は学校の知り合いに会うと困るからって、出かける時は少し遠くまで行ったりしていた。外にいると二人きりをあまり堪能できないから、自然と家にいる時間が長くなっていたのかもしれない。
いまも二人でいる時間は大事だけれど、こうして一緒に出かけるのもいいなと思う。生徒と教師という大きな壁もなくなったし、二人で新しい発見しながら色んな時間を過ごしたい。
「優哉の仕事が本格的に始まったら二人で出かけるなんてそんなにできないし、今日はのんびりしような」
「そうですね」
ラーメン屋を出たあとは、僕のお目当てである食器を見に行くことにした。大通りから一本入った道を十五分くらい歩いたら、通りに面した大きな窓と青空色の外壁がとても印象的な店にたどり着く。店内の様子も見える大きな窓からは、白を基調としたおしゃれな食器などが見て取れる。そして店先には――輸入雑貨ノルンと書かれた看板がある。
「佐樹さんがこういうお店を知ってるのは少し意外でした」
「うん、僕だけじゃ見つけられないな」
正直自分はおしゃれさとは無縁なところにいるので、優哉の言葉に異論はない。僕一人でこんな店を探し出すのは難しいだろう。探し出したとしてなかなか行こうとは思わないかもしれない。
「佳奈姉もこんな感じの輸入雑貨の店をやってるんだけど、食器とか揃えるならおすすめだって言われたんだ」
次女の佳奈は輸入雑貨に関してはかなり詳しい。実家で使っている食器も佳奈姉が揃えたものだ。色も形もシンプルだけれどすごく扱いやすくて、買うならそんな感じのものがいいなと思ったので、今朝電話をして聞いてみた。ほかにも色々教えてもらったのだが、ネットで見た感じここが一番よさげだった。
「行ってみよう」
青色に映える真っ白な扉を引き開けると、扉につけられたドアベルがカランと軽やかな音を響かせる。その音と共に「いらっしゃいませ」と店の奥から声が聞こえた。
「結構広いですね」
「うん、それに思ったよりもたくさんあるな」
店の中は優哉の言うように外から見るよりも広く感じた。空間に窮屈さはなく、棚と棚の合間も二人並んで見てもゆっくり見られる丁度いい広さだ。外は青色だったけれど中は淡いクリーム色で統一しているのか、壁紙や木製のラックも清潔感のある優しい色だった。
そこに丁寧に並べられた食器は、派手さのない落ち着いたデザインのものばかりだ。
「柄のあまりないシンプルなのがいいな。優哉はどの皿とかがいい?」
「デザインは佐樹さんが選んでくれていいですよ」
「うーん、そうだな」
店内をぐるりと周り、陳列されている食器を品定めしていく。どれもおしゃれで機能的なものが多い。描かれているデザインや使われている色もすごく洗練されていて、心惹かれるものばかりだ。
「じゃあ、これがいいかな」
目移りしそうな商品を見つめてしばらく悩んだけれど、その中でも一番シンプルなものを僕は手に取った。真っ白だけれど縁にデザインが少し施されているものだ。あまり柄があるものだと使っているうちに飽きてくるので、とにかくすっきりとした実用的なものがよかった。
「じゃあ、あとはサイズですね」
「とりあえずよく使うだろうものを揃えて、足りないのは次に買い足そう。皿の種類は優哉が選んでくれると助かる」
「わかりました」
優哉は食器の並ぶ棚をじっと見つめて考え込んでいたが、ディナープレートやパスタ皿、サラダボウルにグラタン皿など、一つずつ必要な皿を選別していく。普段から料理をしているから、どのシーンでどんな皿が必要かすぐにわかるのだろう。
「プレートもう一枚欲しいですね」
「うん、いいぞ」
真剣に選んでいる横顔を見ながら思わず笑みが浮かんでしまう。こうしてなに気ない買い物を一緒にするのはすごく楽しい。二人の時間を共有しているからだろうか。きっと新しいものを揃えた中で暮らすのは、もっと楽しいに違いない。
「買うもの決まったか?」
じっと棚を見つめていた優哉が顔を上げて振り返った。その視線に首を傾げてみせると、小さく頷く。
「はい、注文してきます。食器は俺からプレゼントさせてください」
「え? 気を遣わなくていいのに。僕が欲しいって言ったんだし」
「二人で使うものは、できれば一緒に揃えていきたいんです」
照れくさそうに笑う優哉は僕の手を優しく握った。思いがけない言葉と、まっすぐな優哉の眼差しに少し驚いたけれど、もしも逆の立場だったとしたら僕も同じように思ったかもしれない。当たり前のように僕がソファやベッドを買い揃えてしまったが、優哉も二人で始める時間を形に残したいと思ってくれたのだろう。昔とは違ってもう優哉も大人だし、僕が年上だからってなんでもするのはよくないのかもしれない。
「うん、わかった。優哉に任せるよ」
「ありがとうございます」
些細なことだけど大切なことだ。二人で選んで揃えて、それが積み重なると思い出に変わっていく。僕たちはこれからそんな思い出をたくさん作っていくのだから、二人の気持ちが寄り添い合うことはとても重要だと思う。だからどちらかに片寄ることなく、いつでも対等でいられる関係でありたい。
「食器は五日くらいで届くみたいです」
店員とカタログで商品を確認していた優哉は、五分もしないうちに伝票を手に戻ってきた。選んだ食器はどれも在庫があったようだ。手渡された伝票には予定日が書かれている。届くのは平日だから、夜の受け取り指定をしておいてくれたみたいだ。受領証でもある大事な伝票は、失くさないように財布の中にしまっておいた。
「思ったよりも早く終わったな」
買い物を済ませた僕たちは、目的を果たしたので店を出ることにした。雑貨店にいたのは実質三十分くらいだろうか。腕時計に視線を落とすとまだ十五時半を過ぎたところだった。せっかく外に出かけたのだから、このまま帰るのはもったいない気もする。天気もいいしこのままぶらりと歩いてもいいかもしれないな。
「近くの公園まで歩くか」
道の途中にベンチや芝生で寛げそうな大きな公園があった。近くにコーヒーショップもあったから、のんびり時間を潰すのもありだ。
「あ、佐樹さん」
「ん?」
思い立って大きく足を踏み出したら、後ろから伸びてきた優哉の手に引き留められた。その手に驚いて振り返ると、目の前に立った優哉が僕をじっと見つめる。
「あの、寄りたい場所があるんですけど、いいですか」
「もちろん、これから時間もあるし優哉の行きたいところへ行こう」
どこか緊張した面持ちでこちらを見る優哉の手を握り返して、先を促すようにその手を引いた。すると彼は表情を和らげ至極嬉しそうな笑みを浮かべる。一体どこへ連れて行ってくれるのだろう。想像してみたけれど行き先の見当はつかなくて、僕は期待に胸を膨らませた。
人気のある店なのか入るまでに少し並んだけれど、待っているあいだ二人で話をしていたらあっという間だった。そしておすすめの豚骨ラーメンを二杯頼んだが、並ぶだけあって麺もスープも美味しくて、食べ終わる頃にはすべて飲み干していた。それは優哉も同じだったようで、二人でいい店に入れてよかったなって笑い合った。
「そういえば二人でラーメン屋は初めてだったな」
「あまり外食したことなかったですよね」
優哉がよく泊まりに来てくれていた頃はとにかく家で過ごすことが多かった気がする。食事はその時々優哉が作ってくれたので、わざわざ外に出て食事をする必要もなかった。二人きりでいる時間のほうが大事だったから、人目のある外へ出ようという気にならなかったのだろう。
以前は学校の知り合いに会うと困るからって、出かける時は少し遠くまで行ったりしていた。外にいると二人きりをあまり堪能できないから、自然と家にいる時間が長くなっていたのかもしれない。
いまも二人でいる時間は大事だけれど、こうして一緒に出かけるのもいいなと思う。生徒と教師という大きな壁もなくなったし、二人で新しい発見しながら色んな時間を過ごしたい。
「優哉の仕事が本格的に始まったら二人で出かけるなんてそんなにできないし、今日はのんびりしような」
「そうですね」
ラーメン屋を出たあとは、僕のお目当てである食器を見に行くことにした。大通りから一本入った道を十五分くらい歩いたら、通りに面した大きな窓と青空色の外壁がとても印象的な店にたどり着く。店内の様子も見える大きな窓からは、白を基調としたおしゃれな食器などが見て取れる。そして店先には――輸入雑貨ノルンと書かれた看板がある。
「佐樹さんがこういうお店を知ってるのは少し意外でした」
「うん、僕だけじゃ見つけられないな」
正直自分はおしゃれさとは無縁なところにいるので、優哉の言葉に異論はない。僕一人でこんな店を探し出すのは難しいだろう。探し出したとしてなかなか行こうとは思わないかもしれない。
「佳奈姉もこんな感じの輸入雑貨の店をやってるんだけど、食器とか揃えるならおすすめだって言われたんだ」
次女の佳奈は輸入雑貨に関してはかなり詳しい。実家で使っている食器も佳奈姉が揃えたものだ。色も形もシンプルだけれどすごく扱いやすくて、買うならそんな感じのものがいいなと思ったので、今朝電話をして聞いてみた。ほかにも色々教えてもらったのだが、ネットで見た感じここが一番よさげだった。
「行ってみよう」
青色に映える真っ白な扉を引き開けると、扉につけられたドアベルがカランと軽やかな音を響かせる。その音と共に「いらっしゃいませ」と店の奥から声が聞こえた。
「結構広いですね」
「うん、それに思ったよりもたくさんあるな」
店の中は優哉の言うように外から見るよりも広く感じた。空間に窮屈さはなく、棚と棚の合間も二人並んで見てもゆっくり見られる丁度いい広さだ。外は青色だったけれど中は淡いクリーム色で統一しているのか、壁紙や木製のラックも清潔感のある優しい色だった。
そこに丁寧に並べられた食器は、派手さのない落ち着いたデザインのものばかりだ。
「柄のあまりないシンプルなのがいいな。優哉はどの皿とかがいい?」
「デザインは佐樹さんが選んでくれていいですよ」
「うーん、そうだな」
店内をぐるりと周り、陳列されている食器を品定めしていく。どれもおしゃれで機能的なものが多い。描かれているデザインや使われている色もすごく洗練されていて、心惹かれるものばかりだ。
「じゃあ、これがいいかな」
目移りしそうな商品を見つめてしばらく悩んだけれど、その中でも一番シンプルなものを僕は手に取った。真っ白だけれど縁にデザインが少し施されているものだ。あまり柄があるものだと使っているうちに飽きてくるので、とにかくすっきりとした実用的なものがよかった。
「じゃあ、あとはサイズですね」
「とりあえずよく使うだろうものを揃えて、足りないのは次に買い足そう。皿の種類は優哉が選んでくれると助かる」
「わかりました」
優哉は食器の並ぶ棚をじっと見つめて考え込んでいたが、ディナープレートやパスタ皿、サラダボウルにグラタン皿など、一つずつ必要な皿を選別していく。普段から料理をしているから、どのシーンでどんな皿が必要かすぐにわかるのだろう。
「プレートもう一枚欲しいですね」
「うん、いいぞ」
真剣に選んでいる横顔を見ながら思わず笑みが浮かんでしまう。こうしてなに気ない買い物を一緒にするのはすごく楽しい。二人の時間を共有しているからだろうか。きっと新しいものを揃えた中で暮らすのは、もっと楽しいに違いない。
「買うもの決まったか?」
じっと棚を見つめていた優哉が顔を上げて振り返った。その視線に首を傾げてみせると、小さく頷く。
「はい、注文してきます。食器は俺からプレゼントさせてください」
「え? 気を遣わなくていいのに。僕が欲しいって言ったんだし」
「二人で使うものは、できれば一緒に揃えていきたいんです」
照れくさそうに笑う優哉は僕の手を優しく握った。思いがけない言葉と、まっすぐな優哉の眼差しに少し驚いたけれど、もしも逆の立場だったとしたら僕も同じように思ったかもしれない。当たり前のように僕がソファやベッドを買い揃えてしまったが、優哉も二人で始める時間を形に残したいと思ってくれたのだろう。昔とは違ってもう優哉も大人だし、僕が年上だからってなんでもするのはよくないのかもしれない。
「うん、わかった。優哉に任せるよ」
「ありがとうございます」
些細なことだけど大切なことだ。二人で選んで揃えて、それが積み重なると思い出に変わっていく。僕たちはこれからそんな思い出をたくさん作っていくのだから、二人の気持ちが寄り添い合うことはとても重要だと思う。だからどちらかに片寄ることなく、いつでも対等でいられる関係でありたい。
「食器は五日くらいで届くみたいです」
店員とカタログで商品を確認していた優哉は、五分もしないうちに伝票を手に戻ってきた。選んだ食器はどれも在庫があったようだ。手渡された伝票には予定日が書かれている。届くのは平日だから、夜の受け取り指定をしておいてくれたみたいだ。受領証でもある大事な伝票は、失くさないように財布の中にしまっておいた。
「思ったよりも早く終わったな」
買い物を済ませた僕たちは、目的を果たしたので店を出ることにした。雑貨店にいたのは実質三十分くらいだろうか。腕時計に視線を落とすとまだ十五時半を過ぎたところだった。せっかく外に出かけたのだから、このまま帰るのはもったいない気もする。天気もいいしこのままぶらりと歩いてもいいかもしれないな。
「近くの公園まで歩くか」
道の途中にベンチや芝生で寛げそうな大きな公園があった。近くにコーヒーショップもあったから、のんびり時間を潰すのもありだ。
「あ、佐樹さん」
「ん?」
思い立って大きく足を踏み出したら、後ろから伸びてきた優哉の手に引き留められた。その手に驚いて振り返ると、目の前に立った優哉が僕をじっと見つめる。
「あの、寄りたい場所があるんですけど、いいですか」
「もちろん、これから時間もあるし優哉の行きたいところへ行こう」
どこか緊張した面持ちでこちらを見る優哉の手を握り返して、先を促すようにその手を引いた。すると彼は表情を和らげ至極嬉しそうな笑みを浮かべる。一体どこへ連れて行ってくれるのだろう。想像してみたけれど行き先の見当はつかなくて、僕は期待に胸を膨らませた。
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