はじまりの恋

葉月めいこ

文字の大きさ
上 下
140 / 249
夏日

20

しおりを挟む
 相変わらず峰岸の愛情表現は捻くれまくっている。気に入った相手をからかったり、いじめたり、それはまるで小学生のようだ。

「なぁんか、可愛いね。ほのぼのする」

 二人のじゃれあいを見ながら彼らの向かい側に座ると、のんびり近づいてきた渉さんがベンチを跨ぎ越して僕の隣に並んで座った。そしてそのさらに隣には相変わらず無口な瀬名くんが座る。

「みんな裏表なくって、癒やされる」

 テーブルに頬杖をついて、渉さんは眩しそうに目を細めた。

「ほら、あっちゃん落ち着いて。とりあえずご飯にしよう」

 毛を逆立てた子猫のような片平を宥めすかして、峰岸から引き離すと三島は片平を僕の隣に座らせた。
 木製ベンチはテーブルが大きいこともあって四人ゆったり座れる大きさだ。片平の前には三島、僕の前には藤堂、その隣には間宮が座った。峰岸はというと、三島と藤堂のあいだでベンチを跨いだままだ。しかも藤堂に背中を向けて若干もたれかかっている状態。重たくて邪魔だから前を向くか、端に座れという藤堂の言葉も笑って受け流している。

「唐揚げうめぇ」

「西やんもほかのみんなもどんどん食べちゃって、このままだと峰岸の胃袋に飲み込まれる」

 誰よりも遠慮なくあれこれ指でつまみ食べている峰岸に呆れながらも、三島は僕らに紙皿や割り箸を配っていく。そしてそれと同時に、皆一斉にいただきますを合図にして重箱へ箸を伸ばした。

「あ、すごい美味しいですね」

「うん、これは美味しいねぇ」

 みんな料理を口にする度に至極幸せそうな笑みを浮かべる。色々と食べていくと、どの惣菜が藤堂で、どれが三島なのかはすぐにわかったが、みんなが言うようにどれも本当にすごく美味しい。そして美味しいものを食べると人間和やかになる。たわいない会話や写真の話などをして場はとても盛り上がっていった。
 けれどふいに峰岸と藤堂のやり取りが目に入って、思わず箸が止まってしまう。なに気なく卵焼きをつまんだ峰岸の手から藤堂がそれを取り上げ、自分の皿に載せると別の卵焼きを箸でつまんで差し出した。その行動に一瞬だけ峰岸は目を瞬かせたが、すぐになんの躊躇いもなく差し出された卵焼きを口にする。

「ちょっと優哉、なに甘やかしてんのよっ」

 じっと二人を見ていた僕に気づいたのだろうか。片平が少し慌てた様子で声を上げる。そしてその声で僕の視線に気づいた藤堂が、少し気まずそうな表情を浮かべた。

「俺、甘い卵焼き駄目なんだよな。最初のやつ甘いのだったんだろ」

「もう、優哉の馬鹿」

 一時期は仲がよかったわけだから、食べ物の好みがわかっていてもおかしくない。多分それでつい手が出てしまったのだろう。それでもなんとなく胸の内がもやっとして、僕は俯き加減に藤堂の視線を避けてしまった。

「佐樹ちゃんがヤキモチ妬くって新鮮」

「えっ」

 胸のくすぶりと格闘しているとふいに耳元で囁かれた。驚いて肩を跳ね上げると小さな笑い声も聞こえた。反射的に声の先を振り返った僕は、目の前で楽しげに笑っている渉さんを見つめ小さく首を傾げる。

「いままで、彼女とかいた時でさえ、ヤキモチ妬くことなんかほとんどなかったのにね。彼が女の子に囲まれてる時もほんとはヤキモチ妬いてたでしょ?」

 頬杖つきながら僕の顔を覗き込む渉さんの視線に、じわりじわりと顔が熱くなっていった。あの時の意味深な相槌は僕の気持ちを察してのものだったのかという真実と、いまこの状況を悟られてしまっている現状に心の中は大パニックだ。

「ほんとに好きなんだね」

 恥ずかしくて顔を上げられずにいると、渉さんは子供をあやすみたいに優しく頭を撫でてくれた。

「佐樹ちゃんのすごい特別なんだってことはちょっと悔しいけど、いまは幸せなら俺も嬉しいかなぁって気分」

「渉さん」

 至極優しく微笑んでくれた渉さんを見て胸が少し締めつけられる。気持ちに応えることはできないと告げた時、渉さんは本当にいまにも泣き出しそうな表情を浮かべた。そしてごめんねと僕に謝った。その時のことはいまでも覚えている。
 どれだけの想いを抱えてきたのか、あの時、あの顔を見た時に初めて実感した。きっと言うつもりはなかったのかもしれない。でも僕が藤堂に、同性の相手に意識を向け始めたのに気がついて、言わずにはいられなかったのだろう。

「そんな顔しないの、ね」

「ん、悪い」

 いつまでも思い悩むのは、まっすぐに受け止めてくれた渉さんに失礼かもしれない。そう思って笑みを返すと、また優しく髪を撫でられた。

「それよりあの子さ」

「ん?」

 ふいと視線が流れた渉さんのその先を追って顔を上げると、そこにはなにやら片平に説教を受け、藤堂にひどく迷惑げな顔をされている峰岸の姿があった。

「佐樹ちゃんのことが好きなんだと思ってたんだけど、彼に気があるの?」

「あ、あー、それはなんていうか。本人曰く両方だって」

 なんと答えたらいいものか悩んだが、うまく説明する言葉も見つからなくてそのままの事実を渉さんに告げた。するとやはり想像した通り、驚きの表情を浮かべて渉さんは目を瞬かせる。

「わぁ、潔い贅沢さだね」

「うーん、まあ、それでも本人は真面目みたいだけど」

 峰岸から感じられる好意は二股をかけるとかそういう感じではない。純粋に藤堂が好きで、僕が好きなのだ。誤解を与えたくなくてついついフォローしてしまった。

「ああ、そっか。あれだ、好きのベクトルが違うんだ」

 感慨深げに峰岸を見つめていた渉さんが、ふとなにかに気がついたように呟いた。けれどその言葉の意味がよくわからなくて、僕は思わず首を傾げてしまう。

「んー、要するにね。佐樹ちゃんのことは愛したい。彼のことは愛されたいっていう内訳なんだよ」

「ん? けど好きなら愛したいし、愛されたいもんじゃないのか」

「ああ、伝わんなかったか。じゃあ、もっと砕いてわかりやすく言うね」

 再び首を傾げた僕を見て渉さんはちょっとうな垂れたように頭を落とした。けれど答えを求める僕の視線に気づいたのか、顔を上げてなにやら楽しげな笑みを浮かべる。そして僕の耳元に片手で衝立をして、周りには聞こえぬだろう小さな声で囁いた。

「佐樹ちゃんのことは抱きたい。彼には抱かれたいってこと」

「はっ?」

 言葉を飲み込むまでの数秒、頭が真っ白になった。

「あははっ、佐樹ちゃん驚き過ぎ」

 腹を抱えて涙目になりながら笑っている渉さんの声で我に返れば、僕は自分が立ち上がっていることに気がついた。そして突然立ち上がったであろう僕に、みんなの視線が集まっている。

「な、なんでもないっ」

 みんなの驚きや心配を含んだ視線に顔が尋常じゃないくらい熱くなった。慌ててベンチに座ると、渉さんがごめんごめんと何度も謝る。けれどそれさえも恥ずかしい気分になってくる。
 それにしてもいままで深く感情の意味を考えずにいたが、まさかそんな感情の違いがあるとはまったく予想もしなかった。藤堂とはなんとなく自然な流れで僕のほうが受け身になってしまったが、特にそれに対して抵抗感はない。
 しかしよくよく考えれば男同士ならどちらが主導権を握るかは結構重要なポイントな気がする。そう思ってちらりと視線を持ち上げてみれば、藤堂も峰岸も不思議そうな顔で僕を見つめていた。

「佐樹ちゃん可愛い」

 目があった途端にふいとそらしてしまった僕を見て、渉さんは笑いをこらえて肩を震わせていた。

「渉さんが変なこと言うからだろ!」

「だからごめんってば、その代わりにいいとこ連れてってあげるから」

「え?」

「佐樹ちゃんの学校はバイト禁止?」

 急に会話が飛んでその流れにうまくついていけない。戸惑いながらも「禁止ではない」と質問に答えれば、渉さんは満面の笑みを浮かべて藤堂と峰岸に向き直った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の追憶と運命の人-【消えない思い】スピンオフ

樹木緑
BL
【消えない思い】スピンオフ ーオメガバース ーあの日の記憶がいつまでも僕を追いかけるー 消えない思いをまだ読んでおられない方は 、 続きではありませんが、消えない思いから読むことをお勧めします。 消えない思いで何時も番の居るΩに恋をしていた矢野浩二が 高校の後輩に初めての本気の恋をしてその恋に破れ、 それでもあきらめきれない中で、 自分の運命の番を探し求めるお話。 消えない思いに比べると、 更新はゆっくりになると思いますが、 またまた宜しくお願い致します。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

【完結】もう一度恋に落ちる運命

grotta
BL
大学生の山岸隆之介はかつて親戚のお兄さんに淡い恋心を抱いていた。その後会えなくなり、自分の中で彼のことは過去の思い出となる。 そんなある日、偶然自宅を訪れたお兄さんに再会し…? 【大学生(α)×親戚のお兄さん(Ω)】 ※攻め視点で1話完結の短い話です。 ※続きのリクエストを頂いたので受け視点での続編を連載開始します。出来たところから順次アップしていく予定です。

記憶の欠片

藍白
BL
囚われたまま生きている。記憶の欠片が、夢か過去かわからない思いを運んでくるから、囚われてしまう。そんな啓介は、運命の番に出会う。 過去に縛られた自分を直視したくなくて目を背ける啓介だが、宗弥の想いが伝わるとき、忘れたい記憶の欠片が消えてく。希望が込められた記憶の欠片が生まれるのだから。 輪廻転生。オメガバース。 フジョッシーさん、夏の絵師様アンソロに書いたお話です。 kindleに掲載していた短編になります。今まで掲載していた本文は削除し、kindleに掲載していたものを掲載し直しました。 残酷・暴力・オメガバース描写あります。苦手な方は注意して下さい。 フジョさんの、夏の絵師さんアンソロで書いたお話です。 表紙は 紅さん@xdkzw48

【完結】イケメン騎士が僕に救いを求めてきたので呪いをかけてあげました

及川奈津生
BL
気づいたら十四世紀のフランスに居た。百年戦争の真っ只中、どうやら僕は密偵と疑われているらしい。そんなわけない!と誤解をとこうと思ったら、僕を尋問する騎士が現代にいるはずの恋人にそっくりだった。全3話。 ※pome村さんがXで投稿された「#イラストを投げたら文字書きさんが引用rtでssを勝手に添えてくれる」向けに書いたものです。元イラストを表紙に設定しています。投稿元はこちら→https://x.com/pomemura_/status/1792159557269303476?t=pgeU3dApwW0DEeHzsGiHRg&s=19

森の中の華 (オメガバース、α✕Ω、完結)

Oj
BL
オメガバースBLです。 受けが妊娠しますので、ご注意下さい。 コンセプトは『受けを妊娠させて吐くほど悩む攻め』です。 ちょっとヤンチャなアルファ攻め✕大人しく不憫なオメガ受けです。 アルファ兄弟のどちらが攻めになるかは作中お楽しみいただけたらと思いますが、第一話でわかってしまうと思います。 ハッピーエンドですが、そこまで受けが辛い目に合い続けます。 菊島 華 (きくしま はな)   受 両親がオメガのという珍しい出生。幼い頃から森之宮家で次期当主の妻となるべく育てられる。囲われています。 森之宮 健司 (もりのみや けんじ) 兄  森之宮家時期当主。品行方正、成績優秀。生徒会長をしていて学校内での信頼も厚いです。 森之宮 裕司 (もりのみや ゆうじ) 弟 森之宮家次期当主。兄ができすぎていたり、他にも色々あって腐っています。 健司と裕司は二卵性の双子です。 オメガバースという第二の性別がある世界でのお話です。 男女の他にアルファ、ベータ、オメガと性別があり、オメガは男性でも妊娠が可能です。 アルファとオメガは数が少なく、ほとんどの人がベータです。アルファは能力が高い人間が多く、オメガは妊娠に特化していて誘惑するためのフェロモンを出すため恐れられ卑下されています。 その地方で有名な企業の子息であるアルファの兄弟と、どちらかの妻となるため育てられたオメガの少年のお話です。 この作品では第二の性別は17歳頃を目安に判定されていきます。それまでは検査しても確定されないことが多い、という設定です。 また、第二の性別は親の性別が反映されます。アルファ同士の親からはアルファが、オメガ同士の親からはオメガが生まれます。 独自解釈している設定があります。 第二部にて息子達とその恋人達です。 長男 咲也 (さくや) 次男 伊吹 (いぶき) 三男 開斗 (かいと) 咲也の恋人 朝陽 (あさひ) 伊吹の恋人 幸四郎 (こうしろう) 開斗の恋人 アイ・ミイ 本編完結しています。 今後は短編を更新する予定です。

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

ハタセ
BL
βに強い執着を向けるαと、そんなαから「俺はお前の運命にはなれない」と言って逃げようとするβのオメガバースのお話です。

処理中です...